咲 -saki-

咲 -saki-

2本目はこちら、

「咲 -saki-」です。

評価:(75/100点) – 意味がわからんけどテンションが高い!


【あらすじ】

麻雀がスポーツとして成立している世界。宮永咲を擁する清澄高校は、インターハイの長野県大会決勝まで上り詰めた。対するは最恐の天江衣(あまえ・ころも)擁する龍門渕高校、昨年天江に負けた雪辱に燃える池田華菜(いけだ・かな)擁する風越高校、そして影が超薄いステルスモモこと東横桃子(とうよこ・ももこ)擁する鶴賀学園。いま、長野代表を掛けた麻雀団体戦が幕を開ける!

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【感想】

今日のもう1本は「咲 -saki-」です。アニメの存在はしっていたのですが未見な上に漫画も読んだことが無く、完全に前知識なしの初見でした。いきなりダイジェストが流れて県大会が始まったので「すごい割り切り方だな(笑)」と思って見てたんですが、これ、前日譚でドラマもやってたんですね^^; いきなり連ドラの最終回だけ見ちゃったみたいなもんだったみたいです(笑)

実際、前知識がまったくないので最初よくわからなかったんですが、最初の10分ぐらいでだーーっと舞台を説明してくれて、しかも決勝がはじまるとちゃんとキャラ紹介の回想が挟まるので、終わったときにはもう「池田最高ーーー!!!!」ってぐらいテンションが上がってました^^;

そう、この映画、いわゆる「ドラマ」に関してはスッカスカなんですね。だけれども、フィルム全体から監督の「情熱」というか「愛」がめちゃくちゃ伝わってくるんです。それもこれも、ちゃーんと限られた時間の中で特定のキャラだけがきっちり”立つ”ようになってるからなんですね。猛烈に甘ったるくてただただホモソーシャルなところでイチャイチャしているだけに見えて、そこにちゃんと説得力があって、キャラごとの行動原理がわかるようになってるんです。だから私のようにまったく元がわからなくても、いきなりこの映画だけでも話が通じるんです。

作品のフォーマット自体はいわゆる「超能力スポ根もの」です。私の世代ですと「キャプテン翼」ですし、ちょっと下の世代だと「テニスの王子様」とか「黒子のバスケ」みたいなやつですね。スポーツを題材にしてるんだけどやってることはファンタジックな「必殺技」の応酬で「超能力バトル」が展開されるジャンルです。一見するとバカバカしくも見えますし、実際一時期は「シュート!」とか「スラムダンク」みたいなリアル路線のスポ根のほうが流行ってました。

本作では主要キャラがあり得ないような超能力を駆使して麻雀で戦っていきます。主人公・咲はカンからのリンシャンカイホウで必ずツモってきて超連鎖を起こしますし、ラスボス・天江衣はリーチからのハイテイを確実に決めてきます。劇中でも「2人の魔物」と称されていますが、とんでもないイカサマ級の超能力です(笑)。

この2人と戦う池田・加治木の両名は全然必殺技をもっていないわけで、こんなのに勝てるわけがありません。だけど、ちゃーんとこの作品はそんな「一般人」の2人に熱い見せ場を用意してくれます。池田の起死回生の数え役満からの「そろそろまぜろよ」で、私、涙がとまりませんでした。加治木も実は虎視眈々とオーラスで國士舞双を狙っていたり、もうね、こういう脇の描き方に親指が上がりっぱなしです。

ということで、遅ればせながら漫画に手をだそうと思います(笑)。いやね、本当によかった。

これ、原作ファンの方にはいつもの漫画映像化な感じで不評なんでしょうか? 個人的にはめちゃめちゃ面白かったですし、実際に原作漫画に手を出しそうな男がここにいますので大成功だと思います(笑)。テラフォーマーズとか映画はそれなりに楽しくても別に原作読みたくはならないですからね^^;

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記事の評価
セル

セル

今日は2本見てきました。1本目はこちら、

「セル」です。

評価:(35/100点) – オカルト侵略SFの凡作


【あらすじ】

クレイ・リデルは漫画家である。妻と息子を置いて放蕩の旅に出て1年が経ったが、やっと漫画の契約が取れて自宅へ戻ろうとしていた。そんなとき、空港で突然の暴動に巻き込まれる。どうも電話を使っていた人が凶暴化しているようだ。わけがわからないまま、クレイはやっとのことで空港を抜け出し地下鉄のホームまで辿りつく。地下鉄運転士のトムと共に、クレイは自宅を目指す、、、

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【感想】

今日の1本目はスティーブ・キング原作の映画化「セル」です。監督はパラノーマル・アクティビティ2のトッド・ウィリアムズ。脚本をスティーブン・キング本人が書いています。スティーブン・キングでホラーSFといえばお家芸なわけで、これは否が応でもB級の期待をするしかありません!

そして実際に見てみると、、、これ、B級が過ぎます(笑)。

どこかで見たような話のオンパレードでなんかちょっとパロディっぽさすらあり、あんまり盛り上がりません^^;

今回の一発アイデア風呂敷は、「ある瞬間に電話を使っていた人が急にゾンビみたいに凶暴化して襲ってくる」というものです。これ、すごいつい最近、まさにサミュエル・L・ジャクソンが出てた「キングスマン(2014)」にそのまんまのものがありました^^; もちろん小説の発表は「セル」が2006年で圧倒的に早いので全くパクりではないんですが、目新しさはありません。そして、途中で携帯人間がするある”進化”も、まんま「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!(2013)」でエイリアンがやってたのと同じです。大人の男2人と子供の男女4人の珍道中というのもテンプレ的ですし、「いろんなところに立ち寄りながら絶望的なパターンを体験していく」というのもありがちです。

そんなこんなで、な~んかテンションあがらないな~と思って微妙に目が泳ぎながら見ていますと、急に頭にとある作品が浮かんできました(笑)。

これ、全体的な雰囲気がニコラス・ケイジの「ノウイング(2009)」に似てるんです。シャマラン的といいましょうか、アイデア一発でグワァーーーっと風呂敷を広げまくって、それが急激にしぼむ感じ。オカルトホラーなんだけど、な~んか微妙に小じんまりした感じ。以前「スカイライン-征服-(2010)」の時に「最近の侵略SFは主人公たちの無力さを表現するから楽しいんだ!」みたいなことを書きましたが、本作は主人公たちが縦横無尽の大活躍をして携帯人間共をたぶん数千体単位で退治します(笑)。そんなところも引っくるめて、ジャンル映画としても「なんか微妙」なんです。最後の最後の絵面だけは最高にニヤニヤできるんですが、そのために1時間半はキツいです、、、

ということで、無かったことにしましょう^^;

「アンダー・ザ・ドーム」「骨の袋」「11/22/63」と、最近のスティーブン・キング原作者はドラマで当たりが多かっただけに、久々にアレなのを見た気がします。

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マリアンヌ

マリアンヌ

先週末はロバート・ゼメキスの最新作

「マリアンヌ」を見ました。

評価:(40/100点) – オシャレ。以上!


【あらすじ】

時は1942年、モロッコのカサブランカ。RAF(ロイヤルエアフォース=イギリス王立空軍)のマックスは、ドイツ大使の暗殺任務を負ってスパイとして彼の地へ降りたった。マックスに先行して現地社会に潜り込んだフランス人工作員のマリアンヌとともに、マックスは作戦を遂行する。その過程でマックスはマリアンヌに惹かれていく、、、。

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【感想】

さてさて、先週末はロバート・ゼメキスの「マリアンヌ」を見てきました。

ロバート・ゼメキス監督に脚本がイースタン・プロミスのスティーヴン・ナイト、音楽は毎度コンビのアラン・シルヴェストリ。そして主演でブラッド・ピットとマリオン・コティヤール。ガッチガッチに固めてきているこのスタッフ・キャストリストを見ただけで、「こりゃ絶対オシャレないい映画になるんだろうな」という雰囲気をビンビンに出しています。

しかもタイトルが「ALLIED」ですよ。大戦中の連合軍を意味する「ALLIED」の文字間をちょっと開くことで、「ALL LIED = 全部 嘘だった」と「LIED = ドイツ語で”歌”」を掛けてくるというこのオシャレっぷり。

そして実際に見てみますと、、、お、、、オシャレしかない(笑)。

久々に凄いアレな映画がやってきました。雰囲気7割、音楽2割、内容1割。とてもオシャレでオシャレなオシャレ映画です。

前半後半で話が全然違う

本作は良くも悪くも古風な作りをしています。昔は3時間超えの映画だと真ん中に休憩が入ったじゃないですか。私が劇場で見て覚えているのだと、「サウンド・オブ・ミュージック」とか、「十戒」とか、「2001年宇宙の旅」とか。日本映画で最近だと、「愛のむきだし」とか「沈まぬ太陽」とかですかね。本作も、作りはモロにこの「休憩付き前半後半構成」の映画です。

本作の前半1時間はカナダ出身イギリス軍人のマックスがカサブランカで同じく同志マリアンヌと出会い、偽装夫婦としてドイツ大使を暗殺するというスパイものです。マックスがフランス語の訛りをケベック訛からパリ訛に特訓したり、モロッコの風習をマリアンヌに教わったりと、コッテコテのスパイものです。

後半ではうって変わってその18ヶ月後にすっ飛び、マリアンヌがマックスと結婚・引退してロンドン郊外で家庭をもつ話になります。そしてそこで、マリアンヌのダブルスパイ疑惑が浮上し、マックスが真相を探るために奔走します。

そう、この映画は、完全に前半と後半で話が分断されているんです。しかも肝心の中心人物であるマリアンヌが結構な形でキャラ変します(笑)。前半部分では「戦う女」だったマリアンヌは、後半は「子供と家庭の庇護者」としてマックスに守られる”か弱い”存在になります。そしてマックスも、家族を守る男と軍人との間で走り回ります。前半はとっても愉快なんですが、一方の後半は、とっても甘ったるい家族愛ものに変わります。サスペンス・探偵要素も特にありません。

そうなると、当然これはもうストーリーとかほったらかしでベテラン実力俳優の掛け合いを楽しむだけの映画になるわけで、「オシャレだね~」という感想しか出てこないのです(笑)。

とにかくオシャレなんだよ!

舞台となったカサブランカ/ロンドンの背景といい、ジャズ中心の音楽といい、そしてブラピとマリオン・コティヤールの衣装といい、本作にはオシャレ要素がテンコもりです。とにかく画面上の全てがオシャレ。そんななかで火曜サスペンス劇場もびっくりのやっすいサスペンスが展開されたとしても、果たしてそれに文句をいっていいのかというそんな気さえします。言うて見れば荻上ワールドみたいなもんです。だからストーリーを期待してはいけません。とにかくオシャレ。雰囲気命。そして疑いようもなく、オシャレ作りは成功しています。

まとめ

私自身が、何を隠そうオシャレとは正反対の人生を送っていますので、こういう映画の感想を書くのにどうしても語彙が貧弱になってしまいます(笑)。

だってマリオン・コティヤールがセクシーでオシャレじゃん。ブラピだって渋くて軍服が似合っててオシャレじゃん。2人の子供が来てるニットのベビー服だってすごいオシャレじゃん。だからもう映画自体がオシャレじゃん。

ということで、オシャレな方たちのオシャレな昼下がりを彩るのに最適なオシャレ映画です。オシャレにオシャレな時間を過ごしたいオシャレ男子・女子のみなさんにオシャレにおすすめします!

これを見れば、今日から君もオシャレ(ウー)メンだ!

※余談ですが、こういうのを見ると女子高生が「カワイイ!」という単語だけで会話が成り立つという都市伝説がすごい納得できます(笑)。たぶんこの映画をカッポーとかで見て感想を言い合うと、マジで「オシャレ」しか出てこないと思います。

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雑記:脱線よもやま話 音楽の著作権を考える

雑記:脱線よもやま話 音楽の著作権を考える

うも、おはこんばんにちは。きゅうべいです。なんかJASRACが音楽教室から受講料の2.5%を著作権料として徴収しようとしているというニュースが結構話題になっております。

そこで今日は著作権について、また例によってグダグダに語っていきたいと思います。一応、私の見解というか立場を先にハッキリさせておきましょう。

JASRACが今回のように音楽教室の著作権使用料を請求・徴収するのは当然だと思います。そこに異論はありません。ただし、「音楽教室から受講料の2.5%を著作権料として徴収」という部分については断固として反対ですし、そこに大義は無いと思っています。

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ch1: そもそも著作権とは?

我々がざっくりと「著作権」といった場合、これは「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律(平成16年6月4日法律第81号)」にかかれた権利の事を指します。

本気で大真面目に興味があるかたは、(もちろん法律ですので)政府がちゃんと国民に公示してますので、原文を読んでみて下さい。

コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律
(平成十六年六月四日法律第八十一号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H16/H16HO081.html

著作権法 (全文)
(昭和四十五年五月六日法律第四十八号)
http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=1&H_NAME=%92%98%8d%ec%8c%a0&H_NAME_YOMI=%82%a0&H_NO_GENGO=H&H_NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2&H_NO_NO=&H_FILE_NAME=S45HO048&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1

以降は、相変わらず噛みくだいて雑に書いていきます(笑)。一応本職ですからあってるはずです^^;

ch1-1: 要件

まずは著作権の対象になるコンテンツを見てみましょう。

上記法律条文の第2条1項に「著作権が発生するコンテンツとはなんぞや?」が列挙されています。

この法律において「コンテンツ」とは、映画、音楽、演劇、文芸、写真、漫画、アニメーション、コンピュータゲームその他の文字、図形、色彩、音声、動作若しくは映像若しくはこれらを組み合わせたもの又はこれらに係る情報を電子計算機を介して提供するためのプログラム(電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わせたものをいう。)であって、人間の創造的活動により生み出されるもののうち、教養又は娯楽の範囲に属するものをいう。

要は「創造的活動により生み出される」「教養又は娯楽の範囲に属するもの」が「コンテンツ」だって言ってるわけです。だから、私のこの文章とか、音楽の歌詞とか、もちろん芸術的な絵画とか、こういったものが著作権の発生するコンテンツになります。私の文章が創造的かは怪しいですけど(笑)。実際、「創造的じゃない」として著作権を却下されるケースはままあります。一番有名な所だと「新聞の見出し」ですね。見出しはただ内容を要約しただけなので、著作物とは認められていません。もっと最近の身近なところだと「映画のタイトル」なんかもそうです。「映画の本編」は著作物ですが、タイトルは著作物とは認められていません。だから「君の名は(2016)」が「君の名は(1952)」の著作者から訴えられることはありません。

ちなみに「タイトルをパクられた!」として訴えるためには、著作権ではなく商標権を利用する必要があります。「登録商標」として「君の名は」がもし登録してあったら、オリジナルの「君の名は(1952)」の権利者は「君の名は(2016)」を訴えて何億円も取れます。其の話をはじめると「PPAP問題」に脱線するので今日はつまみ食いは止めておきます(笑)。

そう、いま「登録商標」の話が出ましたが、著作権は登録制ではありません。日本では著作物を作った瞬間にそこに著作権が発生します。これは超強い&著作者に有利なルールなので、そのぶん法律的な安定性に欠けます。具体的には、実際に裁判で争われない限り、あなたの著作物が「著作権の発生するコンテンツかどうか」はわからないんです。自分ではクリエイティブな仕事をしたとおもっても、裁判で「おまえの見出しにはクリエイティビティがないから著作権は与えられねぇわ。」と言われてしまう可能性があるわけです(笑)。

ch1-2: 著作権の種類

さて、そんな著作権ですが、実際には「著作権」という一つの権利ではなく、条文上で多くの「権利」が定義されており、その複合体となっています。

大まかに言って、「著作権」には「その人に一生ついてまわる著作者人格権」と「誰かと売ったり買ったりできる財産権」とに分けることができます。まずは全部をざーーーーっと列挙してみましょう。

●売り買いできない「著作者人格権」

  • 公表権(コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律 第18条1項)
  • 氏名表示権(同 第19条1項)
  • 同一性保持権(同 第20条1項)
  • みなし著作者人格権侵害(同 第113条6項)

●売り買いできる「財産権」

  • 複製権(コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律 第21条)
  • 上演権(同 第22条)
  • 上映権(同 第22条の2)
  • 公衆送信権・送信可能化権・伝達権(同 第23条)
  • 口述権(同 第24条)
  • 展示権(同 第25条)
  • 頒布権(同 第26条)
  • 譲渡権(同 第26条の2 第1項)
  • 貸与権(同 第26条の3)
  • 翻訳権・翻案権(同 第27条)
  • 出版権(同 第79条)

山ほど種類があります。私、大学の授業で暗記させられました^^; いまはもうあんま覚えておらず条文片手にカンニングしながら書いてます(笑)。

ch1-3: 著作者人格権

まずは著作者人格権を見てみましょう。これは売り買いができません。死ぬまでオリジナル作者についてまわりますし、死んだ後も残ります。

「公表権」とは著作者がボツにした作品を勝手に公表されたり、また世間への発表日を自分で決められる権利です。CDやゲームや漫画の発売日前のフライング販売は厳密に言うとアウトです。週刊少年ジャンプの早売りをしている本屋やコンビニは、漫画の作者に訴えられると負けます。

「氏名表示権」は、「作品を発表する時の名前」を著作者が自由に決められる権利です。ペンネームとかですね。ですから、某ラ○ライブの声優さんみたいに、昔でていたアダルトビデオがバレちゃった場合、「あの〇〇が昔出てたアダルトビデオ!」という宣伝をされたら訴えることが出来ます。この場合は彼女は実演家(=台本に準じてなんか演じたり喋ってる人)なので、厳密には「著作権」ではなくて「著作隣接権」の「氏名表示権」にあたります。ややこしい^^;

「同一性保持権」は、いまパーマ大佐の「森のくまさん」替え歌で揉めてるやつです。どこもかしこも揉めてばっかだな(笑)。同一性保持権は勝手に変更を加えられない権利です。これは大変面倒でして、どこまでが批評でどこからが引用パロディかでよく裁判になります。君子危うきに近寄らず。パロったりする場合は、後から訴えられないように一声かけるのが礼儀です。

「みなし著作者人格権侵害」はそのまま条文を引用しましょう。

著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。

要は、明らかに名誉を害するために使っちゃだめってことです。実際の判例がこちらのwebページに乗ってます。

知財弁護士.com
平成25年7月16日判決(東京地裁 平成24年(ワ)第24571号)
http://www.ip-bengoshi.com/hanrei/25_1/20131021.html

漫画家の佐藤秀峰さんが自分のイラストを意図しない形で政治利用されたとして訴えた裁判です。

上記の4つの権利をまとめた「著作者人格権」は、著作者に一生ついてまわります。何度も書きますが売り買いはできません。そして、第60条にあるとおり、「著作者が存しなくなった後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害にあたる行為をしてはならない」とあり、さらに116条で「遺族が著作者の代わりに訴えていいよ」となっています。ですから、厳密には遺族が相続することもできません。完全に著作者固有の権利です。

もし「”吾輩は猫である”を書いたのは実はオレだ!」とか言って「吾輩は猫である 作:山田太郎」みたいな本を勝手にだすと夏目漱石の遺族に訴えられます^^;

ch1-4: 財産権としての著作権

長くなっちゃってすみません。やっとJASRAC様が登場する場面がやってきました!

財産権としての著作権は、項目自体が全部で13個あります。こちらは著作者人格権と違い売り買いができますし、売り買いができるということは第3者に委託することもできます。ここで注目しないといけないのは、「著作者人格権」の持ち主は絶対に著作者本人ですが、「財産権としての著作権」の権利者は本人とは限らないということです。よく細野晴臣・高橋幸宏・坂本龍一のYMOが揉めていますが、「財産権としての著作権」をレコード会社に売ってしまっていると、「実際に曲を作った本人達」の意図しない形で「権利者としてのレコード会社」がベスト盤を発売することができます。本人たちにはもう権利がないのですから、それを止める手段も権限もありません。

さて、JASRACはまさにこの「財産権としての著作権」を委託管理する法人です。ただしこれは「信託」なので普通の「委託」ではありません。「財産権としての著作権」そのものを原著作者から一定期間譲り受けてJASRAC自体が正式な「財産権としての著作権者」になります。だからJASRACは直接的に著作権侵害者との裁判ができます。

元々の「財産権としての著作権者」は、「歌詞」「メロディ」「レコーディングされた演奏・唄」の権利をJASRACに委託します。JASRACは権利者との委託契約についてそれぞれの権利区分の選択制をとっています。


JASRACホームページ:お預けいただく範囲の選択について
出典:http://www.jasrac.or.jp/contract/trust/range.html

ですから、「テレビ・ラジオ放送とカラオケの利用料だけ徴収して」という契約はメニュー上は可能です。

JASRACの委託契約はホームページのデータベースから検索することができます。
http://www2.jasrac.or.jp/eJwid/

ch2: JASRACの問題点と音楽教室問題

さて、そんな「財産権としての著作権者」の強い味方であるJASRACですが、問題点が一個だけあります。それはよく言われる「本当に著作権者に分配されてるの?」という話です。結論から言うとグレーです。本来はあり得ないことですが、そこには「包括契約と按分」というこの問題で一番難しい闇があるからです。

ch2-1: JASRACの問題点

本来のJASRACの業務とは、第3者の著作物の利用に対して「財産権としての著作権者」が行う「許可・料金契約の事務作業」を代行することです。あくまでも契約の代行業ですから、そこにグレーゾーンの入り込む余地はありません。一回の契約を代行する毎にパーセンテージで手数料をハねるだけです。これならばなんの問題も起きようがありません。

しかし、JASRACには実際に何百万曲と委託されており、さらに社員はたかだか500人弱しかいません。これを一曲一曲契約代行するのは面倒くさいです。そこで、JASRACはテレビ局やラジオ局、さらにはレコード会社と「包括契約」を始めます。これは月額いくらでJASRAC信託曲が使い放題になるというパック販売です。これはJASRACの発明した最高の手抜き効率的手段です。

JASRACのホームページからこの包括契約について引用しましょう。

<演奏会の場合の計算例>
● 公演1回の使用料
定員1,000名の会場で入場料2,500円のコンサートを開催する場合、
使用料は、(2,500円×1,000名×80%)×5% = 100,000円(税抜) ですが、
年間の包括的利用許諾契約を締結すると、
使用料は、(2,500円×1,000名×50%)×5% =  62,500円(税抜) となり、
包括的利用許諾契約を締結しない場合と比較して、約4割引になります。
(注)入場料がない場合や、上記計算による使用料が「定員数×5円」又は「2,500円」を下回る場合には適用されません。

年間の包括的利用許諾契約について
http://www.jasrac.or.jp/info/create/contract.html

突っ込みどころは2箇所あります。

まず第一に、JASRACが定める上演権の値段は、何故か「1曲(=1権利)いくら」ではなく、総入場料の4%です。100曲歌おうが1000曲歌おうが全部で4%です。そうすると歌いまくれば歌いまくっただけ、著作権者に入る単価は少なくなります(笑)。謎の値引きサービスです。

第2に、JASRACと包括契約を結ぶことで、料率が総入場料の2.5%に値引きされます(笑)。著作権者にとっては同じ1回歌われただけでも、使った人がJASRACと包括契約をしてるかどうかで入ってくるお金が変わるわけです。すさまじいシステムです。代行業のくせに「抱き売値引き」してくれちゃうんですから(笑)。ちなみに今回の件で「音楽教室の売上の2.5%を請求するなら値段の根拠を示せ!」という意見をよく見ますが、正直根拠はどうでもいいんです。「財産権としての著作権」は物権ですから、別にいくらに設定しても構いませんしその根拠も必要ありません。たとえば、もしあなたが駐車場を経営する場合、別に利用価格はいくらでもいいですし、法的な制限もありません。高すぎれば誰も使いませんし、安ければ使う人が増えるってだけです。著作権使用料も同じ事です。

むかし大槻ケンヂさんが「JASRACの本社前で自分の曲をライブして使用料を払ったのに、JASRACから入金されてこなかった」という都市伝説があります。こういうのは実際にあり得て、この包括契約におけるサンプリング利用率にのっとった割り振りと最低支払い料により入金が切り落とされているパターンです。

著作権者からするとこんなにふざけた話はありませんが、一方で利用者からするとこの包括契約は悪くない仕組みです。なにせパック売りで安くしてくれますし、さらには細かい利用明細を提出する手間が省けますから。本当なら一曲一曲全部調べていつ何回演奏したかをJASRACに出して費用を請求してもらうんですが、包括なら適当に一括でドンと払えばそれで終わりです。

使う方は安くなってハッピー、JASRACも手間がかからず集金できてハッピー、著作権者はちょっと取り分が減るけどそれでも取りっぱぐれるよりはハッピー、とWin-Win-微Winな関係になっています。約1名軽く被ってますが結果オーライ。

もし一曲一曲の使用実績を全部個別に事前申請させて本気で集計すると、たぶん使用料を10倍以上にしないとそもそも経費がまかなえないんじゃないでしょうか。でも、個人的にはそっちのほうが不公平が無くて良い気がします。ライブチケットが3万円ぐらいになりますが、まぁ芸術ですからそんなもんでしょう^^; あとは完全事前承認性って手もありますよね。本来は承認を受けなきゃいけないものですから、本当は申請を待つ受け身スタイルでも良いんです。無断使用は問答無用で高額民事訴訟。これだと結構いけそうです。先ほども書いたように「財産権としての著作権」には定価もヘッタクレもないので「俺の曲は1回演奏すると1億円だ!」という設定もありです。

一方、この包括契約は大変独占力が強いビジネスモデルです。なにせ包括契約さえすればJASRAC信託曲は使い放題ですから、下手にJASRAC信託曲以外の曲を使う理由がありません。余分にお金がかかりますし、権利者を探して話をするのも面倒です。そうすると、必然的に使うのはJASRAC信託曲が中心になり、著作権者もJASRACに委託しないと機会損失が発生することになります。何年かおきに公正取引委員会が監査にはいってますよね。個人的にはこの包括だけは徹底的に潰してほしいです。そうしないとネクストーンとか他の業者が出てこないですから。

こうして、JASRACは著作権の大巨人へと成長しました。

ch2-2: 音楽教室からの徴収問題

ここまで5000文字以上を使って書いてきましたが、いよいよ本題の音楽教室からの徴収問題です。

まず、大前提として、日本の著作権には「フェア・ユース」という概念がありません。「フェア・ユース」は「商業目的ではなく」「作成される複製物が少なく」「著作物の潜在的マーケットを侵さない」場合に著作物の使用が認められる制度です。アメリカ合衆国著作権法 第107条に規程されています。

「フェア・ユース」が無い代わりに、日本における「著作権の制限」は第30条から第49条までで具体例で個別に定められています。

今回の音楽教室問題に相当するのは第38条です。

著作権法第38条第1項
公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。

「音楽教育」と言われて100%善意のボランティアで子どもたちに音楽を教えてるような教育機関を想定するのは不適当です。今回JASRACが対象としているのは正に音楽塾であり「営利を目的」そのものです。当然商売で使ってるんですから、そこから使用料を取ろうという方針は当たり前です。JASRACがトチ狂って小学校の音楽授業から利用料を取ろうとしたら怒っていいですが、営利目的の私塾から取らない理由はありません。100%取るべきだと思います。

ただし、ここで想定しているのは音楽学校の教師が生徒に向けてお手本としてJASRAC曲を演奏するようなケースです。例えば、生徒側が1分に満たない楽曲のフレーズを練習として演奏した場合とか、音楽教室内の自由時間に生徒が勝手に演奏した場合は私はカウントする必要無いし払わないでいいと思います。いろいろケースはありますから、包括契約には反対です。

補足:日本には「カラオケ法理」といってその上演を「管理」「支配」し「利益が帰属」しているのは誰かによって著作権侵害の主体を判断するという判例があります。(「クラブキャッツアイ事件 最高裁昭和63年3月15日」)
これを使うと、生徒の演奏も「先生の指示(管理・支配下)」で、「教室の運営(営利目的)内」で行われていたと判断することもできます。この論法が裁判でとおれば、生徒の演奏からも上演権料が取れる可能性があります。

ポイントは「教室内が公衆か」「演奏そのものが営利目的にあたるのか」と「演奏した楽曲が楽曲足り得るのか(※要は2小節とかものすごい短くないか)」の部分です。また、もし歌詞カードや楽譜をコピーして配ってたら当然アウトです。さすがにそれは論外なので争点にならないと思います^^;

喫茶店のBGMがアウトなのと同様に、曲の演奏そのものに対価が発生していなくても、その曲を使うことによって営利に寄与していると考えられる場合には「営利目的の演奏」になります。音楽教室がクラシックやオリジナル曲などのライセンスがクリアされた曲ではなくてわざわざJASRAC信託曲(ポップスが多い)を使うのであれば、それは当然「生徒の人気につながる」「その曲が売りになる/その曲目当てに生徒が来る」「売上アップに寄与する」という考えで採用しているわけであり、「営利目的じゃない!」というのは無理筋でしょう。「先生が見本として演奏するのは”演奏技術の実演のための引用”であって曲そのものに価値を見出して聞かせているわけではない!」という意見をちょいと見かけましたが、だったら著作権フリーの曲を使えばいいわけであって、これもちょいと苦しいかと思います。もっとも、一小節だけ使って特定・個別のテクを見せるとかなら引用が認められてセーフの可能性があります。

しかし一方で、JASRACが包括契約として授業料の2.5%を取ろうとしているのはオカシイとおもいます。2.5%ってちょっと前に出てきましたよね?そう、これ、音楽教室と「ライブハウスの包括契約」を結ぼうっていうんですね。業態としては「演奏者が他人の著作物を演奏してお金を取って入場した観客に聞かせている」わけですから、ライブハウスと音楽教室の構造は一緒っちゃあ一緒です。

とはいえ、音楽教室でJASRAC信託曲をどれだけ演奏してるかっていうデータはあるんでしょうか?

個人的には、いきなり包括契約をJASRACから提案するのはオカシイと思います。まずは全部の楽曲を逐一教室に申告させて、JASRACも監査員を割り当てるか授業風景をビデオ提出させて、虚偽申告がないかをキッチリ確認する個別申請から始めるべきです。当然JASRAC側も経費がかかりますが、でもそれって本当は当たり前のことですからね^^; そこでJASRACの思惑通り信託曲がガンガン使われているならガッツリ利用料をとれますし、もしそんなに使ってないなら包括にする理由はありません。それにもし個別申告にして虚偽申告があったら、著作権侵害で訴えればたんまり賠償金がとれます。

そう、これって構造的に包括契約を申し込むのはJASRAC側ではなく教室側からじゃないと説明がつかないんです。だって包括契約って値引きシステムなんですから、お金貰う方から先に値引きを提案するのは変でしょう?そもそも著作物の利用って事後報告じゃないですから。「演奏させて下さい」「嫌じゃ」ってパターンだって当然ありえます。「使った分だけ後から払えばいいんだろ!」っていうのは本質的におかしくて、許可を受けるのが先で実際の利用/演奏は後です。

もしいま音楽教室が著作物の使用料を払わずに勝手に営利目的で演奏したり楽譜をコピーしたりしてるのが明白ならそれはただの犯罪ですから、いますぐ損害賠償請求と刑事告発をするべきです。著作権者の受託者たるJASRACはすぐにでも著作権者を守るために法的措置をとるべきでしょう。

ちなみにざっと見たところ、宇多田ヒカルさんの曲は「映画」「CM」「ゲーム」以外の利用については全てJASRACに窓口を委託していますから、今回の音楽教室の料金徴収も宇多田さんがツイッターで何を言おうが当然徴収されます。もし本当に営利目的の音楽教室に無料で使ってほしいなら、宇多田さんは上演権を全部JASRACから引き上げればいいだけですし、それはとても簡単にできます。そしたらみんな大手を奮ってバンバン使えるので、意外とレンタルや配信で回り回って儲かるかもしれません。他人のライブでカバーされる際の著作権契約を自分でやらないといけませんが、そこはソニー・ミュージックパブリッシングにぶん投げとけば、NOとは言わないでしょう。「やってくれないならユニバーサル・ミュージック・パブリッシングに権利移す」って言えば一発です^^。

それと宇多田さんは何故かアメリカのASCAP(米国作曲家作詞家出版者協会)の会員です。ですから、外圧としてASCAP経由でJASRACに対して委託者と個別の委託契約を結べるように交渉してみるのも面白いかも知れません。さすがに一人一人と個別契約だとJASRAC内でも収集がつかなくて現実的じゃないですが(笑)。

まとめ

本件は全面的にJASRACバッシングしている人が多いですが、営利目的で公衆に演奏する利用に対して料金を徴収するのは当たり前の話です。

あとはJASRACの想定/把握している今回の音楽教室における演奏が「公衆」かつ「営利目的」かどうかだけですね。

JASRACは原著作者から「信託」を受けています。「信託」には普通の「委託」と違い、顧客の利益を最大化する義務があります。ですから怠慢は許されません。法律上著作権を侵害していると見込まれる使用者とは、速やかに使用許諾契約を結び料金を徴収し、必要であれば裁判を起こさないといけません。

ただ、包括契約だけは本当に根拠不明です。たぶんJASRACを叩いている方も「音楽教室なんだからクラシックとかJASRAC信託曲以外のが多いんじゃね?」みたいなイメージが先行してると思います。私もなんとなくそんなイメージがあります。ピアノ・バイエルとか。音楽教室がいちいち著作者個人に許可を受けにまわっているとは考えづらいですから、普通なら著作権フリーのクラシックが多いんじゃないかと。ライブと同じ2.5%って言われると、ちょっとボッてる感はあります(笑)。でも実際にJASRACが信託曲を使われたと言っている以上は、本当に使われてるんでしょう。そしたら、その使用実態に則って個別曲ごとに粛々と利用料を請求し、過去分については裁判すればいいだけなんじゃないかと思います。

著作権まわりは大変面倒ですが、ざっくりの考え方は上に書いたとおりです。
個人的には是非、JASRACには大手音楽教室(ヤマハ? カワイ?)を相手に裁判して欲しいと思います。こういうのは裁判で白黒ハッキリさせないと絶対後で気持ち悪いことになりますから^^;

著作権は、著作者人格権と財産権に分かれており、人格権は問答無用で破ってはいけない。財産権は対価を払えば譲ってもらえたり許可をもらったりもできる。そう覚えておくと良いと思います。
よく「自分の曲を演奏してるのにJASRACにお金を取られる」と言っているミュージシャンがいますが、それは上演権をレコード会社/音楽出版社にすでに売っちゃったか、上演権をJASRACに委託する時に例外条項を付けなかった本人の落ち度です。もっとも、売れないバンドなんかがデビューの時に「財産権としての著作権」を有無を言わさずレコード会社に召し上げられちゃうって問題も別にあります。日本で昔からあるレコード会社と音楽出版社との資本関係問題ですね。ここに触れるといろいろヤバい話がいっぱいなので、それはまた別の機会に^^;

著作権はコンテンツ・ビジネスでは当たり前の基礎知識ですので、一度原文を読んでおいて損はないと思います。

追記

ちょいと某2ちゃんねるで「楽譜を買ってるんだからいいじゃんか!」「楽譜にも著作権料があって、演奏する時も著作権料を払うんじゃ二重取りだ!」というのを見かけたので追記いたします。

たとえば漫画を買ってきて、これをスキャンしてネットにアップロードしてバラ撒くとお縄になりますよね? だけどGoogleドライブにバックアップを取るためにアップロードするだけなら大丈夫です。

これはなぜかというと、漫画を買ったからといって「漫画という著作物」に対してユーザーが権利を取得したわけではないからです。「財産権としての著作権」に複製権がありますから、他人向けに勝手にコピーをつくる/つくらせると複製権侵害になります。上記漫画のケースだとネットワーク公開なので「送信可能化権侵害」も入ります。もし雑誌の早売りや日本未公開のアメコミだったりしたら「公表権侵害」にもあたります。さらにアメコミに勝手に日本語訳を付けていたら「翻訳権侵害」もつきます。賠償金がうなぎのぼりです(笑)

もちろん、勝手に自分でスキャンしてタブレットとかで個人的に見ている分にはまったく問題ありません。これは著作権法第30条の制限規定である「私的使用のための複製」にあたります。でもこれを非営利だろうかなんだろうが不特定多数にばら撒くと複製権の侵害になります。どこまでが「私的」なのかはグレーゾーンでよく揉めますね。家族はいいのか?離婚した嫁の再婚相手はいいのか?遠い親戚はいいのか?とかですね^^;これは裁判しないと分かりません。

これと同じで、楽譜を買ったからってその楽譜の著作権を貰えることにはなりません。買った楽譜でライブをするなら上演権に基づく契約が必要になりますし、宇多田ヒカルのCDを持ってるからって勝手にカバーアルバムを発売したらそりゃ当然に違法です。漫画だと誰でも「勝手にスキャンしてアップロードしたら犯罪だな」って分かるのに、なぜか音楽関連・楽譜だと急に感覚が変わる人がいるのは心理学的に面白い所です。もしかしたら「楽譜」→「演奏・歌唱に使うもの」→「演奏して当たり前」っていう固定観念があるからかもしれません。もちろんあくまでも「上演権」の対象となるシチュエーションが駄目なだけですので、家で勝手に弾いてる分には大丈夫ですし、ストリート・ミュージシャンでもお金を貰わない(※投げ銭もアウトです)ならまったく問題ないです。たまたま聞いてる人がいたとしても、ただの大きな独り言です(笑)。

たとえばツタヤに置いてあるレンタル用DVDは、レンタル事業に利用する為に「貸与権(※映画の場合は頒布権)」をクリアしてある(=著作権者と貸与権に関わる契約をしてありその分お金を払っている)高いDVDを使っています。中身が一緒だったとしても貸与権料が上乗せされています。これは図書館に置いてあるDVDなんかでも同様です。図書館用のDVDは「貸与権」と「上映権」がくっついた状態で販売されるものが多いです。その権利許諾料があるので、市販で3000円ぐらいのDVD作品でも、1万円ぐらいします。

冒頭の方は、たぶん「著作権」という一つの権利があると思ってしまってるんだと思います。これは「印税」という単語でくくられてしまうことからくる誤解でもあります。実際には著作権は複数の権利の複合体ですから、その一つ一つの権利に対してちゃんと許諾契約が必要です。極端な話ですが、例えば「”いい日旅立ち”を今度ライブで演奏します!」と言って「上演権」に関する契約を交わした人が、ライブで急に「いい日旅立ち~デスメタルVersion」を披露した場合、勝手にアレンジしたとして「同一性保持権」を理由に訴えられる可能性があります(笑)。あとは「上演権」の許諾だけをとってグッズとして歌詞掲載パンフレットを売っちゃったケースも当然アウトです。「上演権」と「複製権」はまったく別ですし、印刷物だと「出版権」というまた別の「複製権を独占できる権利(※ただし契約後6ヶ月以内の発売や重版など義務も負う)」もあります。ちょっと前のパーマ大佐の「森のくまさん問題」の歌詞変更なんかも「同一性保持権」を無視して勝手にアレンジしちゃったケースですね。和解おめでとうございます。

著作権は難しいですが、原理原則を把握すればすれすれの所以外はわりと納得しやすいと思います。

今回のJASRACの主張は、たぶん法的にも通ると思います。感情的に「JASRACが嫌い」っていうのは全然別の話です。

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ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち

ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち

週末は1本、

「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」を見ました。

評価:(65/100点) – やる気復活のティム・バートン節


【あらすじ】

ジェイクは、いつもお爺ちゃんから不思議な話を聞かされて育った。空を飛ぶ女の子。奇妙な双子。力持ちの兄弟に、透明な男の子。そしてそんな奇妙な子どもたちの世話をするミス・ペレグリン。お爺ちゃんの話に空想を膨らませ、彼は学校でもちょっと浮いた存在になっていた。
ある日、ジェイクはお爺ちゃんから電話を受ける。心配になったジェイクがお爺ちゃんの家に駆けつけると、そこには家を荒らされ、そして裏の林で両目をくり抜かれたお爺ちゃんがいた。

「島へいけ。1943年9月3日のループへ。鳥が全てを教えてくれる」。

息を引き取ったお爺ちゃんの言葉を頼りに、ジェイクは父親と共にお爺ちゃんの昔話に出てきたケインホルム島へ向かう。

【三幕構成】

第1幕 -> お爺ちゃんが襲われ、ケインホルムへ行く。
 ※第1ターニングポイント -> ジェイクがループへ入る。
第2幕 -> ミス・ペレグリンの屋敷での交流。
 ※第2ターニングポイント -> ペレグリンがバロンに捕まる
第3幕 -> ペレグリン救出大作戦。


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【感想】

さてさて、週末はティム・バートンの最新作「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」を見てきました。

最近--特に「 スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 (2007)」以降のティム・バートンはちょっと中途ハンパというか、「オレに求められてるのはフリークスが出てくるサブカル受けするコメディだろ?」みたいな感じが凄いでていました。 「アリス・イン・ワンダーランド(2010)」しかり、 「ダーク・シャドウ (2012)」しかり、なんというか、思いっきり滑ってるうえにあんまり監督自身も楽しそうじゃない感じが伝わってきて、ちょいといたたまれない感じです。もうやる気なくなっちゃったのかな、、、という寂しさこみで。

本作は、その迷いが晴れたように、ものすごく全力で「ティム・バートン」をしています(笑)。

ちょいとグロテスクだけどキュートな「奇妙な子どもたち」のキャラクター造形。正統派ゴシック・ホラー調の舞台・背景。「こまけぇことはいいんだよ!」っていう言葉が聞こえてきそうなほど雑だけど勢いのある脚本と、そしてたぶんハリー・ハウゼンのオマージュであるカクカクしたCGドクロ兵士やモンスターたち。同じくハリー・ハウゼン・リスペクトのギレルモ・デル・トロとちょっとモンスター造形が似ちゃってるというところも含めて、とっても画面全体から楽しんでる様子が伝わってきます。

そう、たぶん昔からのティム・バートンのファンならばファンなほど、本作はとってもニヤニヤしながら楽しめるはずです。ジョニー・デップ/ヘレム・ボナム=カーター
の呪縛から解き放たれた無邪気なティム・バートンを楽しめる、とても愉快な作品です。

とてもストレートなジュブナイル活劇

本作はとっても古風なジュブナイルものです。私は原作の小説を読んでいないのですが、この本が2011年発表というのを聞いてちょっとびっくりしました。本作は、それこそ70~80年台に流行った一連の「少年冒険映画」そのものです。「お爺ちゃんから”宝の地図”をもらった少年が、悪党たちに追われながらも旅の仲間と共に宝を探しだす」という超王道ストーリー。このド直球な話に、ティム・バートンの為にあるんじゃないかってくらいちょいグロ・悪趣味なモンスターや異能者たちの要素を載っけていきます。ただ、この映画はたぶん昨年のスピルバーグ監督作「BFG」のように現役の子供に向けて作ったものではなく、「昔こどもだったティム・バートンファンへ作ったセルフパロディ」的な要素が強いです。それこそ目玉をくり抜いたり、小学生が見るにはちょっときつめなショッキング描写が所々に散りばめられており、あきらかに楽しんでワザとやってる感じがビンビン伝わってきます。良くも悪くもポリコレとかなんも気にしてないです(笑)。

これ、作戦としてはとても良く機能しています。いうなれば作品全体として「ダブル・スタンダード」を観客にすんなりと押し付けてきてるんですね。ストーリーが雑な部分は「だって子供向けだし」で押し切ってきて、一方悪趣味描写な部分については「だってこういうの見に来たんでしょ?」と急に大人向けになるという(笑)。でもこれこそが、ティム・バートンであり、そしてヘンリー・セリックと組んだ一連の傑作(ナイトメアー・ビフォア・クリスマス (1993)、コララインとボタンの魔女(2009))の一番の肝だったと思います。キモかわいい的な意味でのグロテスク・ファンタジーとして成立している本作は、もうそれだけでファンならば大満足できるはずです。

逆に言うと、ティム・バートンがあんまり好きじゃないっていう人は、この映画はただのトンデモ作品に見えてしまうかと思います。話や設定が結構穴だらけですし、敵のバロンはおちゃめすぎて脇ががら空きですしね^^; 一番気になるのはループとよその世界との繋がりですよね。ループの中の「奇妙な子どもたち以外の人」はどうなってるんだろうとか、時空の穴/特異点みたいな扱いなのに意外とすんなり未来と繋がっちゃってるなとか、変に平行世界ものみたいになってる部分はうまい具合にボヤかして適当に流してたりしてます(笑)。

【まとめ】

ということで、ティム・バートンのファンの方は当然見に行ったほうがいいですし、見たらもう大満足すること請け合いです。久々に「ちゃんとティム・バートンしてる作品」が見られます(笑)。一方、もし彼にあんまりピンと来ないという方は、まずは 「チャーリーとチョコレート工場(2005)」あたりで予習したほうが良いかもしれません。個人的にはティム・バートンは「PLANET OF THE APES/猿の惑星(リメイク版/2001)」より前が最高に好きです。本作は、なんか昔の彼がちょっと戻ってきた気がしてとても楽しめました。是非是非、劇場でお楽しみください。

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記事の評価
ドクター・ストレンジ

ドクター・ストレンジ

週末はマーベル最新作

「ドクター・ストレンジ」を見ました。

評価:(70/100点) – ん!?雑か!?


【あらすじ】

ドクター・ストレンジは天才的な神経外科医である。その類まれな手腕でもって多くの命を救ってきたものの、いかんせん性格に難があり超自己中だ。彼はある夜に脇見運転で崖から転落し、両手の神経を激しく損傷してしまう。医者として致命的な怪我をおった彼は自暴自棄になっていく。そんな時、ストレンジは奇跡的に下半身不随から復活したという患者の話を聞く。藁にもすがる思いでその男・パングボーンに会った彼は、「カーマ・タージへ行け」という言葉を頼りにネパール・カトマンズへ向かう、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ストレンジの日常と事故
※第1ターニングポイント -> ストレンジがカーマ・タージへ着く
第2幕 -> ストレンジの修行とカエシリウスの反乱
※第2ターニングポイント -> エンシェント・ワンの死
第3幕 -> 香港サンクタム攻防戦


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【感想】

さてさて、土曜はマーベル・シネマティック・ユニバースの最新作「ドクター・ストレンジ」を見てきました。昨年のシビル・ウォーは結構な客入りだったのですが、本作はそんなでも無く、やっぱちょっとキャラの知名度が低いのかな~と思ったりしました^^;

主演はおなじみベネディクト・カンバーバッチ。「スター・トレック イントゥ・ダークネス(2013)」では歴代屈指のヴィラン・カーンを演じていましたが、比較的真面目な映画に出ているイメージが強く(笑)、正直ドクター・ストレンジはどうなんだろうとちょっと不安でした。ところがですね、蓋を開けてみたら超似合ってる。というか、序盤は普通にいつものカンバーバッチなんですが、魔法を身に着けてヒゲを揃えてからはもうイラストのドクター・ストレンジにしか見えません。蝶野正洋かカンバーバッチかってくらいバッチリです。本当にマーベルは俳優を連れてくるのが上手いです。

そして今回の監督・脚本はこれまたファミリー映画と正反対のスコット・デリクソンを連れてきました。リメイク版「地球が静止する日 (2008)」、「ヘルレイザー ゲート・オブ・インフェルノ(2000)」「デビルズ・ノット(2013)」「NY心霊捜査官 (2014)」などなど、決してできが良いとはいえないアホ映画ばっかり撮っている監督です^^;ホラー・サスペンス演出の人なんですが、なにせ元ネタ丸わかりのオマージュばっかり詰め込んでくる人で、「楽しそうだけど頭悪っ(笑)」っていう監督なんですね。「あぁゾディアックね」「いまさらブレアウィッチ・ネタか」とか(笑)。

本作でもガッツリとオマージュネタをぶっこんできています。ベースは脚本をDCEUのデヴィッド・ゴイヤーがやった「ダークシティ(1998)」です。本作一番のビジュアル面では、当然「インセプション(2010)」と一連のマトリックスシリーズ、特に「マトリックス レボリューションズ(2003)」です。ビジュアルでマルチバース(多元宇宙)を飛んで行くところとか、ミラー・ディメンジョンで建物や街を歪めるところとかはモロです。あとは、回転廊下で「2001年宇宙の旅(1968)」も入ってますね。階段に落ちてからマントで戻ってくるのとかは「バック・トゥ・ザ・フューチャー2(1989)」ですし。こういった感じで、とにかく監督が好きなものを根こそぎぶっこんできて、あとは勢いでカバーしています。

そう。本作は近年のマーベル・シネマティック・ユニバースでは珍しいなってくらい話のプロットが雑です(笑)。

ドクター・ストレンジが魔法を使えるようになる修行過程がよくわかりませんし、カーマ・タージに魔法使いが多すぎて全然秘密結社になってないうえに、他の魔法使い達がその後全然戦力として出てきません。そもそもカーマ・タージでストレンジが相応の期間修行してるはずなのに、その間はカエシリウスがなんにもしないで潜伏しててくれるんですよね。カエシリウスからしたら待ってる理由はないですからさっさと攻めてこないといけないんですが、ストレンジの修行中は律儀に大人しくしてて、修行が一段落したらいきなりロンドンとニューヨークに立て続けに攻めてくるという^^; ストレンジが途中で離脱して手術を受けるシーンでも、カエシリウスはニューヨーク・サンクタムを潰さずに待ってますしね。結構空気が読める良い人なんです(笑)。

そういった意味だと、本作ラスボスのドルマムゥもかなり素直で良い人です。ストレンジの嫌がらせを受ける損な役回りで、そのわりにあんまり悪いこともしてないっていう可哀想なキャラです。

そんなわけで、本作はもう話の筋とかどうでも良くて、とにかくカンバーバッチ演じるドクター・ストレンジが「嫌味で高飛車だけど格好いい!」というだけを見る完全に割り切ったキャラものになっています。個人的にはMCUの中では「マイティ・ソー(2011)」以上「アントマン(2015)」以下ぐらいの出来かな~と思います。低いんだか高いんだか良く分かりません(笑)。

決してつまらないわけではないんですが、かといって面白いわけでもなく、やっぱりMCUお得意のキャラ紹介シリーズにしかなってないかなと思います。今後、「マイティ・ソー3(マイティ・ソー:ラグナロク)」と「アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」に登場しますので、その顔見せですね。本作のエンドロール中にはまさにこの「ソー:ラグナロク」のイントロが流れます。

ですから、一応チェックはしておいたほうがいいんですが、まぁあんまりハードルを上げずにポップコーンとビール片手にふらっと見に行くぐらいの姿勢で丁度いいかと思います。

余談ですが、カーマタージの本拠地が原作のチベットからカトマンズに変更になってるあたりに、諸々の政治的な配慮を感じます(笑)。マーケットとして無視できないですからね^^;

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ザ・コンサルタント

ザ・コンサルタント

土曜日は

「ザ・コンサルタント」を見ました。

評価:(35/100点) – あんま爽快感が無い、、、


【あらすじ】

クリスチャン・ウルフは高機能自閉症の会計士である。中華料理屋と洗濯屋の並びの長屋に居を構えた小さな個人会計事務所で、今日も地元のお年寄りの税理業務を手伝っている。

ある日、クリスはリビング・ロボティクス社の横領疑惑の会計監査を頼まれる。得意の驚異的数学力で過去15年分の書類を一晩で洗った結果、クリスは横領と支払い還流に気付く。しかし、それが表沙汰になる直前になって横領犯と目されるCFOのエドが自殺をしてしまう。社長のラマー・ブラックバーンから一方的に事件の幕引きを言い渡されたクリスは、自分の気質と相まって猛烈なフラストレーションを溜めていく。そんなおり、突如クリスは命を狙われる、、、。


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【感想】

さて、土曜日はベン・アフレック主演の最新作「ザ・コンサルタント」を見てきました。今年はこの「ザ・コンサルタント」と「夜に生きる(5月公開)」が立て続けに公開され、さらにはバットマン単独映画も撮影しつつジャスティス・リーグの脚本にも手を入れていると、大車輪のベン・アフレックです。今作はついないだ公開された「ジェーン」の監督・ギャビン・オコナーと組んでおり、俳優のみでの参戦です。

実は私、体調不良の中で無理やり見ていたものですから、あんまりこの映画にテンションが高くありません^^; ちょいと辛口になるのをご容赦下さい。

どうしてこうなった、、、

本作は物凄い変な映画です。

予告を見たときにはてっきり「ユーロコープ映画」のノリだと思ったんですね。舐めてたヤツが実はスーパー殺し屋だった!大変だ!!悪役全員ぶっ倒せ!的な。確かに大筋はそうなんですが、この映画は大きく3つの話が並行で動いており、そのどれもがかなり雑に回収されていきます。

1つはFinCEN(※Financial Crimes Enforcement Network:アメリカ財務省のマネーロンダリング専門対策チーム)が行うマフィアのマネロンを請け負っていると思われる会計士の捜査です。こちらは長官のレイ・キングと脛に傷持つ新人のメリーベス・メディナが主役です。メリーベスはマフィア皆殺し事件の現場テープと偽名の数々を手がかりとして、捜査を行っていきます。

もう1つは会計士クリスの過去トラウマ話です。高機能自閉症と診断されたクリスは、一人でも生き残る術を学ぶため、実の弟ブラクストンと共に元大佐のゴリゴリ体育会系親父からインドネシアの格闘技・シラットを叩き込まれます。そしていじめられっ子たちを物ともしない立派なオトナへ成長していきます。

最後に、本作の中心となるリビング・ロボティクス社の不正会計事件の監査と、そこで出会う経理職員のデイナとの交流、さらに巻き込まれる陰謀の話です。

この3つがロクに整理もされない状態で、すっちゃかめっちゃかグッチャグッチャに混ざって展開されます。もうね、、、せめて整理してくれないかなっていうくらいテンポもヘッタクレも無い叩き込み方をしてくるので、なんかどんどん興味がなくなってくるんですよね。

結論を行ってしまえば、3つめのリビング・ロボティクス社の話以外は全部カットでいいです。蛇足も蛇足。要らない。直接本題と関係ないですから^^;

本作には最後に2つほど”あるオチ”が待っておりまして、そのための布石が1つ目と2つ目のストーリーなんですね。ですが、このオチ自体が「続編に色気だしてるのかな?」っていうくらいふつーーーの内容なため、バレバレな上にもったいぶり方も回収の仕方も本当に酷い(笑)。ということで、結構面白いメインストーリーを全て台無しにしてくれます。

こういうのって見せ方の問題だと思うんですね。話のボリュームと映画の上映時間ってある程度比例していてしかるべきです。当たり前ですけど、アクション映画には長めな2時間10分も引っ張るなら当然2時間10分相当のオチを持ってきてもらわないと困るんです。それが、フタを開けたら連続30分ドラマの第1話みたいなのが待ってるわけです。

これだと全然納得出来ないです。

爽快感もないし、無駄に長いし、そのうえ話は雑だし、ほんとにどうしてこうなったんでしょう。さすがにこの規模の作品じゃベン・アフレックが直接台本を直したりはしないですよね^^;

良い所:ベン・アフそのもの。悪い所:そこに頼りすぎ。

今回の白眉といいましょうか一番良かった所は、やっぱりベン・アフそのもののアイドル要素になります。ムキムキの筋肉ダルマなのに怯えた子犬みたいな高機能自閉症の天才を演じていて、しかもそれがスイッチが入ると手がつけられない殺人マシーンで、それも何故か東洋の神秘・シラットの達人という、この盛り込み方(笑)。詰め込みすぎだろってくらい詰め込みまくったこのクリスというキャラと、ちょっと間の抜けた愛されキャラのベン・アフ本人のシンクロ性が、本作の唯一の拠り所です。というかですね、この映画を作った人たちはベン・アフレックに頼りすぎ。さすがのベン・アフも130分をアイドル要素だけでもたせたるのは荷が重いです。ちょっとこれは可哀想。

「ベン・アフレックが天才会計士だなんてステキ!」とかいってみても、そもそも外見のムキムキっぷりが既に普通の計算オタクじゃないですから(笑)、「ギャップ萌え」ってよりは総ツッコミ待ち状態なんです。「なんだこの会計士!ただものじゃないぞ!」って、そりゃおまえ、見りゃ分かるだろと。身長191センチ体重100kgで体脂肪率1ケタの会計士が”ただもの”なわけがない(笑)。完全に余談ですが、毎年1月4日に秋葉原のヨドバシカメラ周辺にいくと、東京ドーム大会が終わった直後の新日本プロレスのレスラーの打ち上げによく遭遇します。見た瞬間に体格にビビりますよ^^; 同じ人間と思えないくらいデカイですから。

ですからですね、このベン・アフが普通に「内向的なオタク」みたいな扱いを受けている世界観自体がちょっとコントっぽいというか、もうそれだけであんま真面目に見るのもな~~~っていう感じなんです。「ゴーン・ガール(2014)」なんかでは分かりやすく「キレたら怖そう」っていう部分をちゃんと出してたじゃないですか。それが本作ではまったく無いんですね。あくまでも「普段おとなしいのに実はヤバイ人だったのだ!!!」っていうベースラインでくるため「イヤイヤそれは無いんじゃね。」っと軽く白けてしまいます。

【まとめ】

本作については、たぶん頑張って褒めるにしても「ベンアフ格好いい!」みたいな部分しか無理なんじゃないかと思います。じゃあアイドル映画として良い出来なのかと言われると、それはそれで見せ場が少なすぎるなというのがあり、結局とても中途ハンパです。どうせやるならジェイソン・ステイサムの映画みたいに開き直って完全アイドル映画にしちゃえばイイのにと思わずにはいられません。

話の設定や大筋は面白くなりそうな要素がテンコ盛りなだけに、ちょっと勿体無いなという作品でした。

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本能寺ホテル

本能寺ホテル

今日はもちろんコレです!!!

「本能寺ホテル」じゃ!!!

(75/100点) – 綾瀬はるか史上最高傑作!


【あらすじ】

倉本繭子は現在無職の元OL。教員免許を持っているものの特にやりたいことが見つからず、周りに流される人生を歩んできた。そんな彼女は出会って半年の彼氏・吉岡からプロポーズをされ、なし崩し的に結婚を決める。彼の両親に挨拶をするために京都を訪れた繭子は、ひょんなことから「本能寺ホテル」に宿泊することとなった。そのホテルのエレベーターは、天正10年6月1日、すなわち「本能寺の変」前日に繋がっていた、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 繭子の京都旅行
※第1ターニングポイント -> エレベーターに乗る
第2幕 -> 天正10年の世界と信長との交流。
※第2ターニングポイント -> 繭子が信長に警告する
第3幕 -> 本能寺の変と繭子の決意



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【感想】

さて、本日は綾瀬はるか主演の最新作「本能寺ホテル」を見てきました。監督がフジテレビの鈴木雅之。そして主演が綾瀬はるかと堤真一。脚本が相沢友子。ということで、どっからどうみても「プリンセス トヨトミ2」なわけで、かくいう私も予告で完全に続編だと思っていました。万城目氏といろいろ揉めてるみたいですが真相はよくわからんのでどっちがどうかは何とも言えません。ただ少なくとも、「プリンセス トヨトミ」を見ている人には、本作は物凄いハードルが下がった状態だというのは確かです(笑)。

かくいう私も、半笑いで見に行ったわけです。

どうせプリンセス トヨトミ2でしょって(笑)。





で、ですね。実際見てみますと、、、

正直スマンカッタ。

これ滅茶苦茶面白いです!!!!!

マジおもろい。

どのぐらい面白いかって言うと、見てる間中ニヤニヤが止まらなくてハタから見てると「あ、、、変態かな?」って思われるぐらいオモロい。つまり、最高かよ!? これが最高のアイドル映画か!?!?!?

いままで綾瀬はるか主演映画の最高傑作って、黒沢清監督の「リアル〜完全なる首長竜の日〜(2013)」か「僕の彼女はサイボーグ(2008)」だったと思うんですよ。前者は映画的な意味で面白くて、後者はアイドル映画的な意味で綾瀬はるかが可愛すぎるという。

今回の「本能寺ホテル」は、この2作を超えました。作品の内容としても、そして綾瀬はるかの可愛さでも、文句なくダントツに「綾瀬はるか史上最高傑作」です。

以降、この映画を徹底的に褒めちぎります、、、いや、ちょっとだけ貶しますが(笑)、でも全体的に褒めます!ネタバレを多く含みますので、未見の方はご注意ください。いや、マジで見たほうがいいですよ!騙されたと思って、是非!

これは綾瀬はるか版「ブラック・スワン」だ!

皆さん、ダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン(2010)」は見てますよね? もし見ていない方はこれを機にぜひ見てみてください。ブラック・スワンは「強権的な母親によって抑圧された願望・欲望が狂気によって解き放たれる」という所謂「発狂系スリラー」の傑作であり、主演のナタリー・ポートマンそのもののような優等生的キャラクターがまさに劇中で自我を解放していくというカタルシスに溢れる作品です。

本作「本能寺ホテル」は、まさにこの「発狂系スリラー」の系譜に連なる作品です。

主人公の繭子はたぶんもう30歳近くて、それなのにいままでの人生で主体的に「これがしたい!」っていうものを持たないで生きてきました。ちょっと天然が入っていて、押しの強い彼氏の吉岡に流されまくって、なんだかんだで結婚するような雰囲気になってしまっています。教員免許をとったのも「手に職があるとなにかと便利」みたいななんとなくな理由です。そして春先に就職先が倒産して、次の職を探そうにもやりたいことが見つからずに悶々としています。

そんな繭子が、吉岡のお父さんという自分の好きなように生きるイカしたじいちゃんに出会い、問題意識を持つわけです。そして、実際にタイムスリップしたのかどうかは置いといて、本能寺ホテルで不思議な体験をし、自分の好きなことを遂に見つけて解放されるんです。

そう、この映画は、まさに私達が綾瀬はるかに持っているイメージそのものの「押しに弱そうで天然入ってる可愛い女の子」が自我に目覚めて大人の女性として成長する話なんです。まさに正統派の「発狂系スリラー」です。

ですから、この作品で「天正10年の描写が雑すぎ!」とか「信長の思想がおかしい!」とか、そういうのはもうどうでも良いんです。だって天正10年の描写は全て「繭子の内面の発露」なんですから。これは「胡蝶の夢」と同じ原理で、あくまでも繭子が内面的に「本能寺の変の日にタイムスリップして成長する話」であり、それが本当にタイムスリップしたのか彼女が発狂してそう思い込んだだけなのかは重要ではありません。だってタイムスリップ自体が「現実的じゃない」んですから、そこに出てくる信長の思想がおかしかろうが何だろうが、そんなのどうでもいいじゃないですか。これが大真面目なタイムスリップものだったら話は別ですが、あくまでも繭子が「精神的に追い込まれて、本能寺ホテルで不思議な体験をして、そして自己解放する」って話ですから。

実際に、本作を見ていて一番違和感を感じるのは不自然なカメラワークなんです。この作品では、カメラのフレームがすべて道や壁や階段に直角に撮られています。つまり凄く「カキワリ」っぽいんですね。本能寺ホテルのバーのシーンや人物の周りをカメラがぐるぐる回る一部シーンを除いて、映画の9割以上は繭子を「真横」か「真後ろ」か「真正面」から撮っています。いわゆるパース・奥行きがありません。「ブラック・スワン」がひたすらナタリー・ポートマンの肩口からカメラを撮り続けたように、本作では徹底して綾瀬はるかを直角から撮り続けます。アゴが目立っちゃってアレなんですが、これをすることで、画面全体が強烈に「ウソくさく」なるんです。これがまさに主体性の無い繭子の様子を映像的にも表現できていて、とても効果的です。意図してか単に下手なのかはわかりませんけれども(笑)。

テレビギャグも微笑ましく見られる

一応ちょっとだけ苦言を呈しておけば、エレベーターが開くときの天丼ギャグだったり、八嶋智人の一発ネタだったり、いわゆるテレビギャグがちょいちょい入ってきます。でもこういうのも、それこそ三池映画的な意味でのくだらないブッコミだと思えば微笑ましく見られます(笑)。本筋がグダグダな作品でやられると腹立つんですが、本作はメインストーリーが滅茶苦茶しっかりしてますからね。「十三人の刺客(2010)」の伊勢谷友介は腹立たないけど、「愛と誠(2012)」の武井咲は腹立つってのと一緒です(笑)。

この映画って明らかにマズいタイミングでギャグをぶっ込んで台無しにしている場面が無いんですね。だから、「まぁ、なんかクスグりでしょ^^;」ぐらいの感覚で流せます。

たぶん本作があんまりお気に召さない場合って、天正10年の軽すぎるノリが合わないか、または「女の子が好き放題に自分探しをする」っていうスイーツ成分が苦手かっていうパターンだと思います。あとは「タイムトラベルの意味ないじゃん」みたいな。タイムトラベル先と現在のリンクみたいなものは全くないですからね。どの時間帯にタイムスリップするのかっていう設定もよくわからないですし。最初に行ったときから同時並行的に時間が経ってるのかな、、、とかですね。

でも、映画的な見方だと、そもそも本当にタイムトラベルしてるかどうかが怪しいんです。たしかに靴を失くしてきたり着物を貰ってきたりっていう描写で「本当にタイムスリップしてるかな?」ってのは見せてますが、それだって別に繭子が発狂して自分の部屋で着替えて妄想ロールプレイしてるだけかも知れませんしね(笑)。

そういう意味でも、本作ではテーマを「繭子の内面の成長・解放」とした時点で企画的に勝ちなんだと思います。描写の矛盾や不満も「内面描写だから」で全部片付けられますから^^;

そして実際に、映画は繭子がやりたいことを見つけて綺麗に終わるわけです。これだと文句の言いようがありません。

まとめ

ということで、この映画は滅茶苦茶よく出来ています。フジテレビ映画にあるまじき出来の良さ(笑)。ちょっとスタッフが「プリンセス・トヨトミ」と同じというのが信じられないレベルです。これ本当に劇場で見たほうがいいです。邦画の、、、しかもビックバジェット映画で、まさか「ブラック・スワン」のフォロワーをやってくるとは思いませんでした(笑)。是非是非、声を大にしてオススメします!!!

ちなみにツイッターでちょろっと書きましたが、何故か劇場がお年寄りばかりでした。しかもマクドナルドとか持ち込んじゃうタイプの筋金入りの、、、。もしかしたら「八重の桜」とか時代劇ものを期待しちゃったのかも知れません^^; 本作はバリバリの「自分探し映画」であり、「頑張れ、ワタシ♡」っていう例のヤツです。発狂してますけど(笑)。なので、くれぐれもタイムスリップ時代劇を期待して見に行くのは止めたほうがいいです。念のため。

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