本能寺ホテル

本能寺ホテル

今日はもちろんコレです!!!

「本能寺ホテル」じゃ!!!

(75/100点) – 綾瀬はるか史上最高傑作!


【あらすじ】

倉本繭子は現在無職の元OL。教員免許を持っているものの特にやりたいことが見つからず、周りに流される人生を歩んできた。そんな彼女は出会って半年の彼氏・吉岡からプロポーズをされ、なし崩し的に結婚を決める。彼の両親に挨拶をするために京都を訪れた繭子は、ひょんなことから「本能寺ホテル」に宿泊することとなった。そのホテルのエレベーターは、天正10年6月1日、すなわち「本能寺の変」前日に繋がっていた、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 繭子の京都旅行
※第1ターニングポイント -> エレベーターに乗る
第2幕 -> 天正10年の世界と信長との交流。
※第2ターニングポイント -> 繭子が信長に警告する
第3幕 -> 本能寺の変と繭子の決意



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【感想】

さて、本日は綾瀬はるか主演の最新作「本能寺ホテル」を見てきました。監督がフジテレビの鈴木雅之。そして主演が綾瀬はるかと堤真一。脚本が相沢友子。ということで、どっからどうみても「プリンセス トヨトミ2」なわけで、かくいう私も予告で完全に続編だと思っていました。万城目氏といろいろ揉めてるみたいですが真相はよくわからんのでどっちがどうかは何とも言えません。ただ少なくとも、「プリンセス トヨトミ」を見ている人には、本作は物凄いハードルが下がった状態だというのは確かです(笑)。

かくいう私も、半笑いで見に行ったわけです。

どうせプリンセス トヨトミ2でしょって(笑)。





で、ですね。実際見てみますと、、、

正直スマンカッタ。

これ滅茶苦茶面白いです!!!!!

マジおもろい。

どのぐらい面白いかって言うと、見てる間中ニヤニヤが止まらなくてハタから見てると「あ、、、変態かな?」って思われるぐらいオモロい。つまり、最高かよ!? これが最高のアイドル映画か!?!?!?

いままで綾瀬はるか主演映画の最高傑作って、黒沢清監督の「リアル〜完全なる首長竜の日〜(2013)」か「僕の彼女はサイボーグ(2008)」だったと思うんですよ。前者は映画的な意味で面白くて、後者はアイドル映画的な意味で綾瀬はるかが可愛すぎるという。

今回の「本能寺ホテル」は、この2作を超えました。作品の内容としても、そして綾瀬はるかの可愛さでも、文句なくダントツに「綾瀬はるか史上最高傑作」です。

以降、この映画を徹底的に褒めちぎります、、、いや、ちょっとだけ貶しますが(笑)、でも全体的に褒めます!ネタバレを多く含みますので、未見の方はご注意ください。いや、マジで見たほうがいいですよ!騙されたと思って、是非!

これは綾瀬はるか版「ブラック・スワン」だ!

皆さん、ダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン(2010)」は見てますよね? もし見ていない方はこれを機にぜひ見てみてください。ブラック・スワンは「強権的な母親によって抑圧された願望・欲望が狂気によって解き放たれる」という所謂「発狂系スリラー」の傑作であり、主演のナタリー・ポートマンそのもののような優等生的キャラクターがまさに劇中で自我を解放していくというカタルシスに溢れる作品です。

本作「本能寺ホテル」は、まさにこの「発狂系スリラー」の系譜に連なる作品です。

主人公の繭子はたぶんもう30歳近くて、それなのにいままでの人生で主体的に「これがしたい!」っていうものを持たないで生きてきました。ちょっと天然が入っていて、押しの強い彼氏の吉岡に流されまくって、なんだかんだで結婚するような雰囲気になってしまっています。教員免許をとったのも「手に職があるとなにかと便利」みたいななんとなくな理由です。そして春先に就職先が倒産して、次の職を探そうにもやりたいことが見つからずに悶々としています。

そんな繭子が、吉岡のお父さんという自分の好きなように生きるイカしたじいちゃんに出会い、問題意識を持つわけです。そして、実際にタイムスリップしたのかどうかは置いといて、本能寺ホテルで不思議な体験をし、自分の好きなことを遂に見つけて解放されるんです。

そう、この映画は、まさに私達が綾瀬はるかに持っているイメージそのものの「押しに弱そうで天然入ってる可愛い女の子」が自我に目覚めて大人の女性として成長する話なんです。まさに正統派の「発狂系スリラー」です。

ですから、この作品で「天正10年の描写が雑すぎ!」とか「信長の思想がおかしい!」とか、そういうのはもうどうでも良いんです。だって天正10年の描写は全て「繭子の内面の発露」なんですから。これは「胡蝶の夢」と同じ原理で、あくまでも繭子が内面的に「本能寺の変の日にタイムスリップして成長する話」であり、それが本当にタイムスリップしたのか彼女が発狂してそう思い込んだだけなのかは重要ではありません。だってタイムスリップ自体が「現実的じゃない」んですから、そこに出てくる信長の思想がおかしかろうが何だろうが、そんなのどうでもいいじゃないですか。これが大真面目なタイムスリップものだったら話は別ですが、あくまでも繭子が「精神的に追い込まれて、本能寺ホテルで不思議な体験をして、そして自己解放する」って話ですから。

実際に、本作を見ていて一番違和感を感じるのは不自然なカメラワークなんです。この作品では、カメラのフレームがすべて道や壁や階段に直角に撮られています。つまり凄く「カキワリ」っぽいんですね。本能寺ホテルのバーのシーンや人物の周りをカメラがぐるぐる回る一部シーンを除いて、映画の9割以上は繭子を「真横」か「真後ろ」か「真正面」から撮っています。いわゆるパース・奥行きがありません。「ブラック・スワン」がひたすらナタリー・ポートマンの肩口からカメラを撮り続けたように、本作では徹底して綾瀬はるかを直角から撮り続けます。アゴが目立っちゃってアレなんですが、これをすることで、画面全体が強烈に「ウソくさく」なるんです。これがまさに主体性の無い繭子の様子を映像的にも表現できていて、とても効果的です。意図してか単に下手なのかはわかりませんけれども(笑)。

テレビギャグも微笑ましく見られる

一応ちょっとだけ苦言を呈しておけば、エレベーターが開くときの天丼ギャグだったり、八嶋智人の一発ネタだったり、いわゆるテレビギャグがちょいちょい入ってきます。でもこういうのも、それこそ三池映画的な意味でのくだらないブッコミだと思えば微笑ましく見られます(笑)。本筋がグダグダな作品でやられると腹立つんですが、本作はメインストーリーが滅茶苦茶しっかりしてますからね。「十三人の刺客(2010)」の伊勢谷友介は腹立たないけど、「愛と誠(2012)」の武井咲は腹立つってのと一緒です(笑)。

この映画って明らかにマズいタイミングでギャグをぶっ込んで台無しにしている場面が無いんですね。だから、「まぁ、なんかクスグりでしょ^^;」ぐらいの感覚で流せます。

たぶん本作があんまりお気に召さない場合って、天正10年の軽すぎるノリが合わないか、または「女の子が好き放題に自分探しをする」っていうスイーツ成分が苦手かっていうパターンだと思います。あとは「タイムトラベルの意味ないじゃん」みたいな。タイムトラベル先と現在のリンクみたいなものは全くないですからね。どの時間帯にタイムスリップするのかっていう設定もよくわからないですし。最初に行ったときから同時並行的に時間が経ってるのかな、、、とかですね。

でも、映画的な見方だと、そもそも本当にタイムトラベルしてるかどうかが怪しいんです。たしかに靴を失くしてきたり着物を貰ってきたりっていう描写で「本当にタイムスリップしてるかな?」ってのは見せてますが、それだって別に繭子が発狂して自分の部屋で着替えて妄想ロールプレイしてるだけかも知れませんしね(笑)。

そういう意味でも、本作ではテーマを「繭子の内面の成長・解放」とした時点で企画的に勝ちなんだと思います。描写の矛盾や不満も「内面描写だから」で全部片付けられますから^^;

そして実際に、映画は繭子がやりたいことを見つけて綺麗に終わるわけです。これだと文句の言いようがありません。

まとめ

ということで、この映画は滅茶苦茶よく出来ています。フジテレビ映画にあるまじき出来の良さ(笑)。ちょっとスタッフが「プリンセス・トヨトミ」と同じというのが信じられないレベルです。これ本当に劇場で見たほうがいいです。邦画の、、、しかもビックバジェット映画で、まさか「ブラック・スワン」のフォロワーをやってくるとは思いませんでした(笑)。是非是非、声を大にしてオススメします!!!

ちなみにツイッターでちょろっと書きましたが、何故か劇場がお年寄りばかりでした。しかもマクドナルドとか持ち込んじゃうタイプの筋金入りの、、、。もしかしたら「八重の桜」とか時代劇ものを期待しちゃったのかも知れません^^; 本作はバリバリの「自分探し映画」であり、「頑張れ、ワタシ♡」っていう例のヤツです。発狂してますけど(笑)。なので、くれぐれもタイムスリップ時代劇を期待して見に行くのは止めたほうがいいです。念のため。

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記事の評価
【ドラマ】11/22/63

【ドラマ】11/22/63

おはこんばんにちは。きゅうべいです。明けましておめでとうございます。皆さん、正月休みはゆっくりできたでしょうか? 私はひたすら喫茶店に入り浸って本ばっかり読んでました^^;

新年一発目の今日はちょっといままでと趣向を変えまして、海外ドラマの面白いやつを紹介したいと思います。やっぱね、まとまった時間があるときってついツタヤでDVD借りてきちゃうじゃないですか^^; そんな時海外ドラマってとっても使い勝手がいいんですよね。この「おすすめ海外ドラマ」シリーズではできるだけ新しいものを紹介していこうと思います。あくまでも紹介なのでネタバレは極力しません。さらっと読んでいただいて、もし気に入ったら是非是非、レンタル店に駆け込んでください。

ということで「おすすめ海外ドラマ」シリーズの1発目はこちら。

「11/22/63(全9話)」です。

評価:(95/100点) – 超ロマンティックなタイムスリップSF


【あらすじ】

時は2016年。国語教師をしているジェイクは、自身の離婚調停に辟易していた。ジェイクはある日、行きつけのダイナーのオヤジ・アルから不思議なことを聞かされる。彼のダイナーの倉庫に入ると1960年にタイムスリップできるというのだ。ガンに侵されていたアルは、ジェイクに最後の頼みとしてタイムスリップをして”あることをしてきて欲しい”と依頼する。それは1963年11月22日に起きた「ケネディ大統領暗殺事件」を阻止し、アメリカをより良い国にすることだった。ジェイクはしぶしぶながら1960年に飛び、そして3年間の独自調査を開始する。それはケネディ暗殺の最有力容疑者・オズワルドの尾行と、別容疑者の可能性の調査だった、、、。


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【感想】

さてさて、そんなこんなで趣向を変えました海外ドラマ紹介シリーズの第一弾は「11/22/63」です。原作はスティーブン・キング。キングと聞いて皆さんがすぐイメージするように、本作はロマンティック・SFサスペンスです。主役は「サム・ライミ版スパイダーマン」ハリー役のジェームズ・フランコ。ヒロインは「複製された男」で怖い奥さん役をやっていたサラ・ガドンです。最近は映画俳優もあたりまえのようにドラマに出てきて、とっても豪華になりました。

このドラマは2011年から1960年へタイムスリップしてそこで右往左往する男の話です。いたるところに名作映画ギャグが散りばめられており、それだけでも結構ニンマリできます。タイムスリップ・コメディみたいな要素はほとんど無く、どちらかというと「丁寧に作られた巻き込まれ型サスペンス」といった様相です。

話は過去に戻ったジェイクがそこで仲良くなった相棒のビルと共に、ひたすらオズワルドを尾行・盗聴して犯行の手がかりを探す展開です。なかなか尻尾を出さないオズワルド。そしてだんだん過去の世界に溶け込んで愛着を持ち始めるジェイク。そんな中で過去の世界にもかかわらずジェイクは恋人を作ってしまいます。いよいよ過去と離れがたくなっていく。だけれでも使命は果たさなければいけない。悶々とする中、ジェイクはある究極的な「答え」を選択します。

そう、本作はいわゆる「過去改変SF」です。このジャンルの金字塔「バック・トゥ・ザ・フューチャー」しかり、「バタフライ・エフェクト」しかり、そして昨年の「君の名は」。これらに一貫する「タイムスリップとロマンス」の最新版がこのドラマです。

本作は全9話と比較的短いドラマなのですが、実をいうと軽く中だるみします(笑)。するんですが、もし4~5話目で「ちょっとつまんないな~」とか思ってもそこで止めてはいけません。絶対最後まで見るべきです。というか、本作は最終話の第9話がもうそれだけで10,000点あげてもいいくらい滅茶苦茶面白いんです。もし上に挙げたような映画が好きな方がいたら、絶対見たほうがいいです。過去改変SF史上で最上級のロマンスを見ることが出来ます。甘ったるいご都合主義じゃなくて、これぞキングっていうすごーく苦くて、大人で、それでいて最高に泣ける展開がまっています。

必見の出来です。

ちょっとした補足

ちなみになんですが、、、、アメリカ人の感覚では「ケネディ大統領暗殺事件」というのは、まさに「アメリカ近代史のターニングポイント」なんですね。もちろんケネディ自身がアイドル的な人気があったというのもあります。ですがそれ以上に、後任のジョンソン大統領の始めたベトナム戦争、そして続くニクソンの経済政策失敗(1971年の第2次ニクソン・ショック)によるインフレ・高失業率・大不況、さらに繋ぎでグダったフォード、さらにその後のカーター政権で起きたイラン・アメリカ大使館人質事件を始めとする中東への弱腰外交。まさにケネディ暗殺からロナルド・レーガンのレーガノミクスまで約25年近くアメリカは暗黒期に突入します。その後も人によっては「湾岸戦争」「中東介入」「ITバブル」「リーマンショック」「格差拡大」などなど、挙げればキリがないでしょう。だから本作のように「もしケネディ暗殺が阻止されていたら、きっとアメリカはもっと良い国になっていたに違いない」というアイデアは凄く共感されるんですね。アメリカで本作が大絶賛されたのも、多分にこのバイアスはあると思います。

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記事の評価
君の名は。

君の名は。

大変長らくお待たせいたしました。
本日は新海誠の最新作

「君の名は。」です。

評価:(59/100点) – 新海誠のメジャー・パッケージ化大成功!


【あらすじ】

飛騨のど田舎・糸守町に住む宮水三葉(ミツハ)は、いつもどおり朝起きて学校へ向かった。しかしクラスの皆の様子がどうもオカシイ。みんな口々に「昨日の三葉は変だった」というのだ。疑問に思いながらも授業を受けていた三葉は、ノートに奇妙な落書きを見つける。「お前は誰だ?」。
その夜、彼女は不思議な夢を見る。それは憧れの大都会東京で、男子高校生・瀧(タキ)として生活する、リアリティ溢れるものだった、、、。

【作品構成】

オープニング -> 2021年東京

第一話 -> 三葉と瀧、それぞれの入れ替わり
中間CMタイム -> 瀧としての目覚め
※第一話終了 -> 入れ替わりのルール決め。

第二話 -> 入れ替わりの終わりと飛騨への旅
中間CMタイム -> 一回目のバッドエンド
※第二話終了 -> 瀧が口噛み酒を飲む

第三話 -> 瀧の彗星避難作戦
中間CMタイム -> カタワレドキの邂逅
※第三話終了 -> 隕石が落ちる

エピローグ -> 再び2021年


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【感想】

紳士淑女の皆様、大変長らくおまたせいたしました。本日は、すでに公開から3日も経ってしまいました新海誠の最新作「君の名は。」です。客席はほぼ中高生で埋まっており、明らかに見た目がアレな大人は、私も含めて10人もいませんでした。ものすごい混んでまして、夜の回かつ500キャパの大箱だというのに、最前列でも両脇に高校生っぽい観客がいました。左隣が女の子だったのですが、第3話のラストでガンガン泣き出しまして、何故かなんかちょっと申し訳なくなってしまいました。「悪い大人でゴメンよ、、、」って感じで(笑)。そうなんです。本作は大変悪い大人が作ったとってもあざとい”良い話”です。そんなところも含めまして、書きたいことがいっぱいあるので早速本題に行きましょう。

なお、以降、多大なるネタバレを含みます。未見の方はご注意ください。

まずは全体の概要から

まず、細かい話に入る前に、全体をざっくりと見ていきたいと思います。そもそもの「新海誠」という監督については「星を追う子ども(2011)」の時のブログ記事を見てください。

本作「君の名は。」は、新海誠の本来の作家性である「中二病的ロマンティックSFファンタジー」が最前面に出ています。相変わらず実写をトレースした高密度背景&CGモデルと、その上ののっぺりしたキャラ達。うざったいほどのモノローグと、かぶさるロキノン系音楽。これぞセカイ系という猛烈に閉じた関係性(今回は文字通り”己に入ってくる他者”との関係性)、そこに絡んでくる世界を揺るがす大規模な事件。すごい適当なシナリオと、めくるめく怒涛のエンディング。もうですね、「これが新海誠だ!」というエッセンスが振り掛かかりまくっており、誰がどう見ても紛れも無い新海誠印がここにあります。

私、前作の「言の葉の庭(2013)」を見ていないのでなんとも言えないのですが、なんかこう”やっちまった”感満載だった「星を追う子ども」から見事に持ち直してきたなというのが率直な感想です。

さらにですね、中身はもう完全に新海誠そのものであるにもかかわらず、外見のルックスはとっても「よく出来た普通のアニメ映画」なんですね。はっきりと、原画やキャラデザインがよく出来てます。さらにいままでのテーマであった「オタクの自己憐憫(ある意味自己完結した一方的な失恋)→大人への成長」から、本作では明確にハッピーエンドっぽい着地になっています。この辺は伊達に天下の東宝が絡んでないなと感心しました。ですから、本作は「新海誠作品の入門編」としては今のところベストです。新海誠という”超アクの強いオタク系監督”をいい感じに包んでメジャー・パッケージ化できてます。

いまから、私はちょいと文句を書きますが、そんなものはこの満員の劇場がすべて吹き飛ばす些細なことです。だって新海誠はメジャー監督への道を選んだんですから。売れた以上はこのアクの強い作家性が受け入れられたってことですから、これはもう大勝利です。

良かった所:中2病的ロマコメ要素がテンコ盛り

まずは良かった所を見ていきましょう。「君の名は。」で一番良かったのはやっぱりこの「中2病っぽさ」だと思うんですね。お互い一度も逢ってないのにお互いを好きだと思ってしまう部分とか、相手に逢うためだけに凄い遠くまで衝動的に行っちゃう感じとか、最後の猛烈に恥ずかしい告白とかですね(笑)。極め付きは三葉が髪を切って瀧と同じ髪型になるとこですね。失恋/好きな人と外見で同化するというペアルック願望。
こういう「オタクや女子学生が好きなツボ=そりゃ無いだろってくらいロマンティックな青春妄想」をことごとく抑えていて、「やっぱ新海誠は妄想力あるな~」と大感心して見ていました。はっきり言ってしまえば、本作は私自身も含めたオタクが好きなもの、そしてたぶん新海誠自身も好きな要素がゴテゴテに乗っかってるんです。そういった意味で、新海誠作品にとっては「キモい」はかなりの褒め言葉です(笑)。40歳すぎたオッサンが真顔で書いてる青春ポエムですからね^^;。

話のフォーマットはもろに「オーロラの彼方へ(2000)」ですし、二人の関係性は「ラーゼフォン(2002)」やその元ネタの短編「たんぽぽ娘(1961)」(※共に未来から恋人がやってきて片方を救う話)、彗星が降ってきて世界が滅ぶっていうのだと「トリフィド時代(1951)」とか「メランコリア(2012)」なんかもあります。入れ替わりとタイムスリップは言わずもがなの「転校生(1982)」と「時をかける少女(1983)」。思い出せないんですが、「祭りの日にデカイことが起きる」ってのもなんかよく見た覚えがあります。ラストシーンはみんな大好きな「バタフライ・エフェクト(2004)」ですよね。こういう好きだったものをコラージュして見せられると、その同世代感だけでもう細かいアラはいいかなってくらい優しい気持ちになれます(笑)。

もちろん、こういう青春妄想ストーリーって、まさに青春真っ只中の人にはビンビンに響くはずです。冷静に考えると結構無茶苦茶な話しなんですが、そんな事は気にならないくらい、後半は妄想要素の乱れ撃ちで無理矢理感動させにかかります。実際「泣いた!」「感動した!」っ子供達がいっぱいいるみたいなので、これは大成功だと思います。ツイッターに書きましたが、やってる事自体はパチンコ店やキャバクラが4つ打ち音楽で無理やり客のテンションを挙げるのと同じ原理で、「感動、カンドっ、感動、カンドっ(※”ドン・ちっ・ドン・ちっ”と同じリズムで)」ってやると何故か感動するという結構雑な手口です(笑)。予告にもあった「忘れたくない人!」「忘れちゃいけない人!」みたいなセリフの反復なんかはモロにこの典型です。
ただ、これなんか悪口みたいですが、全然悪い意味ではありません。万人受けを狙った結果だと思ったら個人的には全然許容範囲です。「あぁ、こういう事やるやる。」ってテンションです。

良くない所:作品構成について

私が見ていて一番驚いたのは、映画が始まってすぐにまんまTVアニメなオープニングが流れたところです。しかも本編のダイジェスト/見せ場の抽象イメージとしてのオープニングになっており、100%TVアニメでの作り方です。本作ですね、なんと作品構成が完全に30分アニメのフォーマットなんです。全体で110分くらいの作品なんですが、およそ1話20~30分で、エピローグだけ15分くらいの全3+1話で構成されています。なんか昔「ハナミズキ」でごちゃごちゃ書いた覚えがあるんですが、映画としてはあんまり好ましい構成ではないですね。とくに本作の場合は「テレビアニメ化」が徹底されていまして、わざわざ毎話15分目くらいに場面展開まであります。第1話だと、三葉側の視点が最初の15分で、瀧側の視点が残り15分です。ど真ん中でちゃんとシークエンスが変わります。さらにきっちり30分経つと急に入れ替わりルールの説明セリフがダーーーーーっと入りまして、エンディングのRADWIMPSが流れます。CMが入るんじゃないかと思ってハラハラしました(笑)。

CMってのは流石に冗談ですが、ではこの構成で何がまずいかというと、話が途切れちゃうところなんですね。本作での3話分は、わざわざ1話毎にストーリー/イベントが独立した仕様になってます。例えば、1話目は「二人の入れ替わりの面白さとルールを伝える回」、2話目は「急に入れ替わりが起きなくなって焦る回」。この両方共が独立しており、各話ごとにきちんと起承転結があります。これ、全体としてみると、結構無駄な描写が多いのに話が進まないのでイライラします。しかもそのしわ寄せが最後にきます。クライマックスの住民避難大作戦がすごい唐突に感じられるんです。作品の真ん中あたりから徐々にストーリーを展開させてけば良かったんですが、3話目の30分だけで作戦立案→準備→実施→結果とすべて完結させようとしているため明らかに時間が足りません。「テッシーやさやちんがよく協力してくれるな」とか、「いきなり爆破はおかしくないか」とか描写不足がそのままノイズになるんですね。これわざわざこんなTVアニメ形式の構成にしないで、普通に三幕構成に落とせば十分処理できる情報量だと思いますし、もっとスムーズに出来たと思います。正直な所なんでこんなにしたのか、あんまり意図がわかりません。1年後くらいに「3夜連続テレビ放送」とかする想定なんでしょうか?

※ 完全に余談ですが、変電所の爆破は、本作のベース元ネタ「オーロラの彼方へ」のオマージュです。

※ 2016年9月6日追記:監督インタビューを見ていたら、今回ターゲットを「学生向けにしてる」という話がありました。これ映画慣れしてない人が理解しやすいようにテレビアニメ3話連続形式にしたのかなと邪推しました。それならそれで子供舐め過ぎなので違うかもしれませんが、あくまで邪推で。

一応細かいツッコミをば

とまぁ構成にツッコミを入れたところで、次は細かいツッコミに入ります。

一番厳しいノイズは、話の根幹である「入れ替わる二人の時代が実は3年ずれてる」事にふたりとも全く気が付かないところです。二人ともiPhoneっぽい携帯電話を使っています。学校にも通ってます。そして少なくとも両方の家にはテレビがあります。バイトのシフトに入るのにカレンダーも見てます。この状況で、二人共が年号が違うって気付かない可能性がありますかね?ちょっと無理があります。教科書には必ず〇〇年度って入ってますし、そもそもなんかiPhoneの日記帳アプリみたいなのつけてますしね。ここはそもそもの話の核になる部分なので、それがガバガバなのは流石にちょっとどうかと思います。

付随するところで行くと、「三年前の日本全土で話題沸騰の天体ショー&大事故」をまったく知らない高校生ってどうなんでしょう。一回ミキ先輩とのデートで入った変な写真展でわざわざ特集コーナーまで見てるのに、まったく分からないんですね。これもちょっと無理があります。

最終盤で名前は忘れるくせに隕石が落ちることは忘れない三葉とか、アプリ上の日記は消えるのにマジックでかいた「ある言葉」は消えないとか(※たぶん消えるまでタイムラグがある設定)、初めて入れ替わった直後になんで学校へいったり電車に乗ったり日常基本行動ができるんだとか、わりとこの入れ替わり周りのところが雑な印象があります。

あとは肝心の巨大隕石ですよね。巨大隕石が落ちてきて数百人規模の被害者が出るってある意味爆弾みたいなものですから、自衛隊が迎撃しないのかな〜って言うのもちょっと思いました。分裂してから実際に落下衝突するまで結構時間ありますしね。しかも見た感じ1200年周期で落ちる恒例シリーズの第3弾っぽいので、少なくとも村長レベルで手に負える事態じゃないなと。
(※ちなみに第1弾は御神体のあるクレーター、第2弾はもとからある隕石湖。隕石同士が引かれ合うってのも一種の「結び」ですね。)
もともと真面目にSF考証をするつもりが無い作品なので別にいいんですが、お話本筋のノイズになるレベルではなんかちょっと引っかかります。

でもそんなのどうでもいいんだよ!って話。

ただ、この辺のアラは「細かいストーリーなんてどうでもいいんだよ!」で済んじゃう部分でもあります。本作ではキーワードとして「結び」というのが出てきます。劇中ではかなり便利に使っていて定義が怪しいんですが、「運命の糸」「超常的なパワーによって人やモノが結びつくこと」「時間そのもの」みたいな万能な意味で使われます。これは結構逃げワードとしての破壊力がありまして、なんでもかんでも「だって結びだし」「結びの神様が適当にやってくれたんでしょ」で終わらせる力技が可能です。運命には過程も理屈も無いですからね。作品内でこういうエクスキューズを用意しておくっていうのは本当は反則なんですが、本作に限って言えば、「“理屈”より”情(じょう)”を優先させる」という宣言にもなっているので効果的だと思います。そして、この「”理屈”より”情”を優先させる」事自体が、まさに「セカイ系」の王道ど真ん中なわけです。

基本的にいままでの新海作品も、クライマックスの「盛り上げ」をやりたいだけでそれ以外はただの前振り・舞台設定です。「秒速5センチメートル(2007)」が公開された時に、「イントロが50分ある山崎まさよしのPV」と言われましたが、相変わらずやってることは一緒です。ただ今回は「イントロが90分あるRADWIMPSのPV」にはなって無くて、ちゃんと「前振りを90分したうえでの感動の乱れ撃ち!」として抽象・一般化されています。より作家性がマイルドに表現されているわけです。実際、「秒速5センチメートル」は山崎まさよしにがっつり乗れないと厳しいですが、本作は別にRADWIMPSが好きじゃなくても大丈夫です。ただ、その分、強烈なロマンチシズムに乗る必要があります。

この映画は、2021年の東京で、三葉と瀧が喪失感を感じながら目覚めるところから始まります。本編はほぼ全てが(忘れてしまった)回想で、最終的には再び2021年に戻ってきます。ですから、この映画はあくまでもこの2人の喪失感が何かを明らかにし、そしてそれが埋まるまでの話なんですね。

結局、本作のロマンチシズムって「僕達が一目惚れをした時、または運命の人だと思った時、実は記憶を亡くしているだけで物凄い大宇宙的なバックボーンがあるかもしれない」ってとこなんです。

“運命の二人”というロマンチックなシチュエーションに乗れるかどうかだけ。そりゃバイブスに乗っかれた人は熱狂しますよね。「なんか良くわからんけど感動した!超傑作!」って。テーマ自体は普遍的といってもいいかも知れません。逆にこれに乗っかれなかった場合、どうしてもアラが気になっちゃって「なんじゃこれ?無茶苦茶じゃんか」となるわけです。

【まとめ】

本作は、本当に「新海誠作品の入門編」として最適な一本です。彼のフィルモグラフィの総決算でありながら、一方でちゃんと”大衆向け”にメジャー・パッケージ化されており、そりゃ大ヒットしてもまったく不思議ではありません。大人が真面目にみるにはちょっとアレですが、少なくともティーン・エイジャーには間違いなく記憶に残る作品になるんじゃないでしょうか?

こういう作家性の強い=アクの強い監督って、「いかにアクを損なわずに大衆化するか」っていうのが一番苦労する所です。「星を追う子ども」は大衆化を狙いすぎてただ気持ち悪くなっちゃったわけですが(笑)、本作はそのバランスが完璧だと思います。

そういった意味でも、今後の新海作品が非常に楽しみです。次作も引き続き「スレ違い続ける青春妄想ほろ苦SFラブファンタジー」をやるのか、それともまたジュブナイル的なものにリベンジするのか。監督としては次がキャリア勝負の分かれ目です。ティーン・エイジャーは是非是非、夏休みの間に御覧ください。猛プッシュオススメします。大人は夏休みが終わって落ち着いてからですかね(笑)。アルコール入ってるといい感じにアラをスルーできると思います。おすすめします。

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記事の評価
プリンセス・トヨトミ

プリンセス・トヨトミ

今日の一本目は大阪よ立ち上がれ!!!

「プリンセス・トヨトミ」でファイナルアンサー!!!!。

(4/100点) – 中学校のドアの件どうなった? 知らねヽ(´▽`)ノ


【あらすじ】

会計検査院の松平は部下2名を従えて大阪に会計監査に訪れた。特に何事もなく監査は進んだが、社団法人OJOの監査で不思議な事が起こる。監査後に忘れた携帯電話を取りに戻った松平が見たのは、つい1時間前までいた職員達が忽然と消え、電話も不通、机の中ももぬけの殻になった姿だったのだ。不信に思いながらも決定的な証拠を得られなかった松平だったが、空堀中学校で不思議な扉を見たことと研究者の漆原の言葉から、OJOに抜け道があることに気付く、、、。


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【感想】

本日の1本目は「プリンセス・トヨトミ」です。まるで2chのコピペでお馴染みの「大阪民国」を絵に描いたような映画ですが、結構客席は若い人もいて、埋まっていました。監督はフジテレビの鈴木雅之。フジテレビと東宝の協賛映画です。
ここでお約束のお断りです。本作にはロクにドラマがありませんがそれでも「話しが無い」という説明をするために結末付近までネタバレ有りで書きます。特に支障は無いと思いますが、未見の方はお気を付け下さい。

話しの地滑りっぷり

いきなりですが、本作はかなり話しが地滑りします。というか、そもそも話しが始まるまでに1時間以上かかります。
本作の前半は会計検査院の鬼の松平・ミラクル鳥居・旭の監査行脚を軸に物語が進みます。OJOで不思議な事があった後も監査は普通に進められます。物語が動き始めるのは開始約1時間目。松平がOJOの扉を開けさせるところです。ここまでがとにかく退屈です。いわゆる謎らしい謎もないまま(=話しが無いまま)ひたすら監査が続くものですから、とてつもなく退屈で睡魔との戦いになります。そして通路が開くと同時に、大阪国についての話しがすべて中井貴一の口から語られます。ここは完全に説明口調で、ナレーションで良いレベルで一気に情報が伝えられます。実は本作はある意味ではここで終わっているとも言えますw ここまでが言うなれば「前置き」にあたります。そして「木曜日」のインタールードの後、「金曜日」としてようやくドラマが始まります。最近の邦画にありがちなのですが、前置きでたっぷり状況やキャラクターの説明をして、映画上の第三幕だけで独立したドラマを語る構成になっています。これが私が良く使う「全○話のテレビドラマ」というやつです。
金曜日になると、ストーリーは監査から離れて一転、「豊臣国松の末裔が誘拐された」という話しになります。しかも「誘拐された」裏側も並行して見せながらの展開です。当然それまでにそんな誘拐の話しはありませんから、本当にここだけ全体から独立した話しになっています。そして、映画は最終的には「父と息子の関係性」「会話が途絶えがちな父と息子の幸せな一子相伝の話し」に着地します。前半の展開からは思いも寄らない所へのすごいすっ飛び方ですw 普通の映画は尺を最大限に使ってあるテーマ(=ゴール)を語るためにエピソードを逆算で構築するのですが、本作の場合はどうしても行き当たりばったりな感じがしてしまいます。だってこのテーマなら前半は丸々要らないですからw
ということで、本作にはかなり置いてきぼりにされた印象があります。「あれ、そこ曲がるの?」「あれ、その道は違くない?」って言ってる間に気がついたら知らない土地で迷ってる感じですw

細かい所が行き当たりばったりすぎる

当然話し全体の流れがずさんであれば、細部を見ればボロボロですw 例えばそもそものきっかけになった「OJOの職員が入り口から出ていないのに忽然と姿を消した件」は最後まで意味が分かりません。話しの流れ上は「OJOの建物に隠し扉があったのだ!!!!」ってことで解決しているような雰囲気になっていますが、この隠し扉の先は部屋が一つあるだけで行き止まりですw そもそもこの隠し扉の通路は「人生で2度しか歩かない」「父と子が語り合うための神聖な場所」なわけで、断じて昼休みに通るための通用口ではありませんw よしんばカメラが映していない所でこの行き止まりの部屋からさらに別の通路があったとしても、OJOの職員がそんな所を通って別箇所に行く理由がありません。OJOのオフィスで大阪国の業務をすればいいだけですからw
隠し通路といえば、やはりこちらも話しのきっかけになる中学校にあった不思議な扉があからさますぎる上にその後は一切登場しません。江守徹扮する漆原教授曰く「大坂城には最低でも三カ所の隠し通路がある」はずですが、これと中学校/OJOの扉との因果関係もまったくありません。けっきょくなんだったんでしょうか? もしかして中学校の扉とOJOの扉が中で繋がってたんでしょうか? じゃあOJOの職員って本業は学校の用務員とかっていう設定? なんかよく分かりません。
分からないと言えば、やっぱりそもそもこの「秘密結社 大阪国」という設定がさっぱりです。そもそも年間5億円の資金のためにものすごい苦労しているわけですが、有志団体で推定会員266万人(=大阪の人口)いるんだから、全員から年会費200円取った方が秘密が守れるんじゃないの? 「他へ引っ越した人はどうなるの?」とか、「そもそも大阪城が赤くなったら観光客にはバレバレじゃね?」とか「大阪城の前で数万人単位で集まって数で脅しといて秘密も何も無いだろ!」とか、「結局鉄砲もってるんだから危険分子じゃん!!」とか「御神体=教祖が匿名の”ミスX”じゃあ求心力無いでしょ。」とかツッコミ所は山ほどあります。
そもそもからしてメインのはずの「プリンセス・トヨトミ」がなんにもしませんから。ドロップキックを一回やったくらいですw
着地も結局「鬼の松平」が拳銃にびびって逃げ帰ったようにしか見えません。情にほだされたとも見えなくはないですが、それも単に拳銃で撃たれて気が弱ってただけにも見えます。っていうか検査員なんだから仕事しろ。ちゃんと報告挙げろ。おまえの独断で揉み消して良い規模の裏金じゃない。

でも良いところもあるよ!!!

文句ばっかりになってしまったので、良い所も挙げておきましょう。なんといっても一番良いところは沢木ルカの存在感です。この子がまだ13歳だというのでかなりビックリしてるんですが、かなり良いです。ちょっと古風な感じのボーイッシュさと相まって、往年の角川映画のヒロインっぽさを凄い感じます。東宝映画ですけどw
その他の存在感ではやはり玉木宏です。大阪城公園の屋台のお兄ちゃんというズルい役でシークエンスのすべてを掻っ攫っていきますw いきますが、残念ながら話しの本筋とは一切関係ない出オチです。本作で非常に困るのは、柱になる話しが無いためメインの役所のキャラクター達が総じて薄っぺらいことです。結果、沢木ルカや玉木宏や甲本雅裕のような直接ドラマに絡まない俳優の「地力」が目立ってしまっています。

【まとめ】

色々書きましたが、沢木ルカを見るためだけでお釣りがくるぐらい彼女は素晴らしいです。なのでオススメしておきたいのですが、、、ちょっと内容が内容だけに難しいです。幸い映画の日が近いですから、1日に1000円で見に行くぐらいでちょうど良いのではないでしょうか?
真面目に見るとやってられないくらいの出来ですから、あくまでも半笑いでビール片手に見るぐらいの態度でOKですw

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きみがぼくを見つけた日

きみがぼくを見つけた日

風邪から回復したので
きみがぼくを見つけた日」に行ってきました。

評価:(75/100点) – タイムトラベル。いいね。良くないけど^^;


■ あらすじ

タイムトラベル能力を持った男の前に、自分を知っているという女が現れた。未来の自分が過去でナンパしてきたらしい。結婚するものの、タイムトラベルを制御できない男はいわば放浪癖のあるダメ男。妻は嫌気がさしつつも惚れた弱みで離れられない。そんな二人に子供のことである問題が、、、。
<三幕構成>
第1幕 -> ヘンリーとクレアの出会いとタイムトラベル、そして結婚。
第2幕 -> 夫婦に子供はできるのか? どうすれば良い?
第3幕 -> 死期を知ってしまうヘンリーとアルバの交流。

■ 感想

素直に面白かったです。かなり好印象。ただし、ちょっと一部のSFファンには厳しいだろうなという点もちらほら。それは後ほど整理します。まずはざっと感想を。
この話は、カテゴリとしてはSFではなくラブストーリーです。タイムトラベルは一種の「放浪癖」であり、「どうにもならない理由で引き裂かれる二人」を演出してくれます。初夜でいきなりいなくなる新郎。クリスマス前にいきなりいなくなる新婚の旦那。でも待ち続ける妻。泣けてきます。
ちなみに原題は「The Time Traveler’s Wife(タイムトラベラーの妻)」というモロにSFでございって言うものです。日本では「きみがぼくを見つけた日」というラブストーリーを前面に出したタイトルにしてますが、たぶん正解です。OL層の取り込みを考えてのことだと思いますが、この映画はコテコテのSFファンよりは間違いなく女性の方が楽しめると思います。
妻と夫の引き裂かれる愛、そして娘への思い。泣きたい方は思う存分、泣けば良いじゃない。ちなみに私もちょっと涙腺やられました。泣ける。

● SFとしてどうよ問題

これは絶対に出てくる問題です。しょうがないです。結論から言いますと、「きみがぼくを見つけた日」は
SFレベルを思いっきり下げてセンチメンタルに流した作品です。
サイエンス・フィクションには「SFレベル」というものが存在します。要は科学考証の厳密さです。SFというのは基本的にはハッタリです。ぶっちゃけ嘘です。ですので「どこまで嘘をついて」「どこから本当のことを入れるか」というサジ加減が必要になってきます。
たとえば、スターウォーズというSFの超名作があります。この作品中のC3POとかR2D2の造形を見ると、きちんと腕にシリンダーが見えたりしますし、攻撃されると火花が出ます。つまり、「人工知能ができるかどうかはハッタリだが、駆動部分のメカ機構は本当」ということです。また、「宇宙空間では無重力なのでデススターの近くに宇宙ゴミが浮いているのは本当だが、真空なのにレーザーガンの音が聞こえるのはおかしい」ということもいえます。ジェダイが使うライトセーバーやフォースは完全にファンタジーな超能力です。でもスターウォーズはSFです。つまり、スターウォーズは「SFレベルをちょっと押さえてファンタジーに振った作品」と言えます。
では、「きみがぼくを見つけた日」はどうでしょうか?
タイムトラベルについて、どうやって能力を取得したのかは一切語られません。また、過去の自分と接触したり、過去の人に未来を教えるなど、この手の「タイムトラベルもの」ではタブーとしていることもバンバンやります。過去の世界に干渉すれば、当然バタフライエフェクトが起きて未来が大きく変わるはずですが、そんな気配はありません。でも良いのです。
上記のスターウォーズと同じように、この作品ではタイムトラベルをただの超常現象としてあくまでファンタジックに使ってるんです。だから科学的考証はほとんど入っていません。わりと厳格なSFファンが見ると「なんじゃそりゃ」と言いかねませんが、これでも十分SFなんです。

■ さいごに

「きみがぼくを見つけた日」を気に入った方は、是非「ダンデライオン・ガール」という短編SFを読んでみてください。残念ながら文庫本は絶版ですが、ネットで検索してみてください。原文はこちらのwikipedia(英)の下部にリンクがあります。
タイムトラベルと恋愛を重ねるのはとても古典的な手法です。マンネリといえばマンネリですが、でもなんか好きなんです。
男のクセに乙女ちっくなだけかもしれません。お勧めです。
あ、ちなみに、SFレベルの高いタイムトラベルものが見たければ、「バタフライエフェクト3」も超お勧めです。こちらは単館系ですがめっちゃ良作です。必見。

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バタフライエフェクト3/最後の選択

バタフライエフェクト3/最後の選択

バタフライエフェクト3/最後の選択
評価:(85/100点) – 第一作を踏襲したタイムスリップ・サスペンスの傑作。続編制作のお手本。


■ あらすじ

タイムスリップ能力を持つサム・リードは過去に行って事件現場を目撃することで、警察の捜査に協力していた。ある日彼の元にかつて殺された恋人の妹が訪ねてくる。彼女は犯人として死刑が迫ったロニーが無実であると確信し、真犯人の捜査を依頼してくる。彼は恋人の殺害現場へのタイムスリップを承諾するが、つい過去に介入してしまう。そこから全てが狂い始めた、、、。

■ 三幕構成

第1幕 ->サムの能力・人柄紹介
 ※第1ターニングポイント -> サムがレベッカの殺害現場へタイムスリップする
第2幕 -> 連続殺人事件の捜査
 ※第2ターニングポイント -> ビッキーが殺されサムが逮捕される
第3幕 ->解決編

■ 感想

傑作!!

この作品はバタフライエフェクト・シリーズの三作目ですが、前二作との直接のつながりはありません。実はこのシリーズは、第一作目がSF史に残る大傑作だった反面、二作目がとんでもない駄作でした。何故かというと、第一作目を傑作たらしめた重要な要素が二作目でごっそり削げ落ちてしまったからです。すなわち、「過去を変えたところで状況が改善される訳ではない(むしろ悲惨になる)」「タイムスリップは体への負担が高く寿命が縮まる」という事です。そしてもっとも重要なのは「状況を大きく変えたいのであれば、その状況の根本を変えるしかない」という事です。第一作目では物語設定の根本に立ち返ることで、それまでのストーリーを全てひっくり返し、結果ラブストーリーとして非常に上質な情緒を表現しました。このどんでん返しであり「厳しい現実的な完全解」こそが、バタフライ・エフェクトを名作にのし上げた大きな要因です。
さて、シリーズ三作目の本作はまさにこの第一作目の要素をリファインした作品です。とてつもなく控えめに張り巡らされた伏線とも気づかないほどの伏線は、まさにクライマックスの瞬間に全てが一点に集約されます。その見事さといったら、そんじょそこらのサスペンスには太刀打ちできないほどのレベルです。さらにその集約した一点というのが、前述の第一作目の要素を忠実に再現しているわけです。これは本当に凄いことです。ここからは「物語原型」という概念に焦点を絞って、人気作・傑作の続編について考えてみましょう

物語原型について

物語原型の話をする前に、まずはログラインについておさらいしましょう。「知ってるわ、ボケ~。」というかたは、次のタームまで読み飛ばしてください。
よく小学校の国語のテストで「物語のあらすじを書きなさい」という問題が出ると思います。僕も散々やりました。例として、みんなが知ってる「桃太郎」について考えてみましょう。地域ごとのバリエーションとかは特に気にせずにお願いします。
桃太郎のあらすじを乱暴に書いてみますと、、

ある日、川で洗濯していたおばあさんが川を流れてきた桃を見つけました。それを割ったら男の子がでてきます。男の子は正義感が強く、みんなを苦しめる鬼退治に出かけます。桃太郎と名付けられた男の子は、道中おばあさんにもらった吉備団子で犬・猿・キジを味方に付けて、見事に鬼を退治しました。めでたし、めでたし

こんな感じです。すごい乱暴すぎてバツつけられそうですが(笑)。
これはあくまでも「あらすじ」です。ではこれをログラインに直して見ましょう。ログラインとは「あらすじ」から具体性を徹底して削った「話の根幹」です。

ある所に突如やってきた「よそ者」が、困っている人を助けるために色々な仲間を集めて、ついには悪い奴を退治する話。

はい、こうです。これなら100点(笑)。
ここで、桃太郎のことは一旦忘れて上記のログラインだけを考えてください。さて問題です。上記のログラインを読んであなたが思い出す作品はなんですか?
ロード・オブ・ザ・リング?七人の侍?それともゲームのドラゴンクエスト?
全部正解です。もっと言うと西部劇の八割はこんな感じです(笑)。
すなわち、ある作品や映画を読んだり見たりしてログラインに起こすことで、物語の一番基本的な流れが分かるわけです。そして全然印象の違ういろんな作品が、実は同じログラインを共有していることに気付くはずです。こういったログラインの事を物語原型と言います。

バタフライエフェクトの物語原型

さて本題です。本作のストーリーをログラインとして端的に表すと、「ある特殊能力をもった人間が、嫌な過去を変えるために色々試みるが、挫折し、遂には根本的に世界を変える話」です。

つまり、第一作目と全く同じ物語原型を持っています。決定的に違うのは、第一作目はあくまでもラブストーリーであり、本作はサスペンスであるという点です。すなわち「バタフライ・エフェクト1」と「バタフライ・エフェクト3」は、全く同じ物語原型を共有しながら表面に出てくる肉付けが違う作品ということです

素晴らしい。まさに続編制作の鏡です。単体で見ても楽しめて旧作のファンも喜ぶ、まさに最高の手法です。セス・グロスマン監督Good Job!

■ まとめ

ここまで書いたように、本作は傑作である第一作目の安易な「焼き直し」に留まらない、しかし確実に忠実な作品です。
一作目を見た人も、はじめてシリーズを見る人も間違いなく楽しめる超良作です。惜しむらくは公開館が少ないことですが、是非、見てください。遠出してでも見る価値があります。オススメです!

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