塔の上のラプンツェル

塔の上のラプンツェル

日曜は気分転換で

「塔の上のラプンツェル」を見て来ました。

評価:(90/100点) – 鉄板のお家芸


【あらすじ】

とある王国で王女が生まれた。しかし王女は生まれながらにして余命幾ばくも無い。王は怪我や老いを治すという言い伝えがある魔法の花を探し出し娘に与える。ラプンツェルと名付けられた娘は一命を取り留めた。
一方それまで魔法の花を使って永遠の若さを得ていた老女・ゴーテルは、自信の若さを保つために花の能力の宿ったラプンツェルを誘拐してしまう。ゴーテルは森の中の塔にラプンツェルを閉じ込め、自分の娘として育てていく、、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ラプンツェルの日常と盗賊・フリンライダーとの出会い
 ※第1ターニングポイント -> ラプンツェルが塔の外に出る。
第2幕 -> 「灯り」を見るための冒険。
 ※第2ターニングポイント -> 「灯り」の夜、ラプンツェルが連れ戻される。
第3幕 -> 救出。


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【感想】

映画の話しの前に、被災者の方々に謹んでお見舞い申し上げます。映画を見ていて少し後ろめたいような気分になっているのが正直なところですが、日常へのリハビリも兼ねていつも通りに書いていきたいと思います。
さて、先週の日曜日は「塔の上のラプンツェル」を見て来ました。横浜のブルク13で見ましたが、結構なお客さんが入っていました。地震直後ということもありあんまり映画を見ている気分ではありませんでしたが、人混みでいつも通りの繁華街というのも気分が紛れて結果としては良かったと思います。
あんまり論を重ねるほど頭の整理が出来ていないので、少し簡単に書かせていただきます。
本作は、ディズニーアニメの前作「プリンセスと魔法のキス」の長編セルアニメ復活からうって変わっての3Dアニメーションです。そして前作が「ディズニーの王道たるプリンセス・ストーリーの現代的再解釈」であったのに対し、本作はバリバリの「王道のプリンセス・ストーリー」です。主人公は魔女に攫われた王女様で森の中に囚われており、そこにワイルドでイケメンな盗賊が迷い込んだ所から物語が始まります。テーマは「魔女からの解放と幸せな結婚」。これ以上ないほど「白雪姫」であり、「眠れる森の美女」であり、ど真ん中のプリンセス・ストーリーです。ということで、これはもう十二分に安心して楽しむことが出来ます。いろいろ考えすぎている頭には丁度良い湯加減です。
本作では3D的な表現はあくまでも自然に見えるように使われる程度です。ですので、そこまで3D環境にこだわる必要も無いと思います。ここ数年はディズニーアニメもジョン・ラセターがプロデューサーになっていてピクサーとの差別化が難しくなっていますが、この作品は「ディズニーはやっぱりプリンセス・ストーリーだ!」という宣言のようにも見えました。「キャラクター化された白馬・マキシマス」というのがその象徴です。ピクサー映画に出てくるキャラクター化された動物は、動物的な仕草をコミカライズしてきます。あくまでも実在の動物に寄せる感じです。それに対し、本作のマキシマスは男気溢れ、まるで「みどりのマキバオー」のベアナックルのような愛すべきアホキャラです。
極めつけは90年代前半からのディズニーの象徴・アラン・メンケンによる音楽です。一聴しただけで「あ、これはディズニー映画の音楽だ」と分かるほどの”癖”が、「ディズニー復活」に花を添えます。ディズニーの第2黄金期の最後の一花を「リトル・マーメード」「美女と野獣」で咲かせたアラン・メンケンが、ヘラクレス以来13年ぶりにディズニーアニメに帰ってきたわけで、これはいよいよディズニーの第3黄金期が到来しそうな勢いです。
余談ですが、アラン・メンケンが参加した前作「魔法にかけられて」はディズニー自身による「プリンセス・ストーリーの脱構築(=自己パロディ化と破壊)」だったわけで、そこを通ってついにメンケンが王道的なストーリーに起用されたというのは大きな意味があります。
コメディ要素を入れつつも王道的なプリンセス・ストーリーをきっちりと上質なミュージカルを交えて描いてみせる。これを鉄壁と言わずしてどうしましょう。20年たっても30年たっても十分に鑑賞にたえるような普遍的なエンターテイメント、これがいわゆる「インスタント・クラシック(※)」ってやつです。とりあえず3連休は本作を押さえておきましょう。大プッシュです。
映画館はレイトがやっていなかったりそもそも閉館していたりしますので、くれぐれも無理をしないようにして是非ご鑑賞を。

※1 インスタント・クラシック(Instant Classic)
英語のスラングで、発表された瞬間に歴史年表に載ってしまうような大傑作の事。映画や音楽などの作品以外にも、語り継がれるべき超凄いスポーツ事件なんかでも使います。
例)近鉄・北川の「代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン お釣りなし」はまさにインスタント・クラシックだね!
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アメイジング・グレイス

アメイジング・グレイス

本日の2本目は

アメイジング・グレイス」です。

評価:(85/100点) – 気品ある歴史ものの傑作。


【あらすじ】

時は18世紀後半。イギリスの政治家・ウィルバーフォースは従兄弟の家に静養に訪れる。彼は長年にわたり奴隷廃止運動に注力するあまり心身共に疲弊していた。従兄弟に紹介された美女・バーバラは彼の運動の支持者で、すぐに意気投合する。彼女を部屋に招いたウィルバーはバーバラに催促され、彼の運動の歴史を語り始める。それは信仰と尊厳を巡る物語であった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ウィルバーの静養とバーバラとの出会い。
 ※第1ターニングポイント -> ウィルバーがバーバラと出会う。
第2幕 -> ウィルバーの回想。
 ※第2ターニングポイント -> ウィルバーとバーバラが結婚する。
第3幕 -> 奴隷廃止運動の結末。


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【感想】

本日の2本目は「アメイジング・グレイス」です。イギリスでは2007年の春休み映画で、4年遅れで日本に上陸しました。川崎のチネチッタで見ましたが、年配のお客さんでそこそこ埋まっていました。
本作は植民地政策全盛期の大英帝国が舞台になります。ご存じ賛美歌の名曲「アメイジング・グレイス」の作詞家ジョン・ニュートン牧師や英国史上最年少の首相ウィリアム・ピットとウィルバーフォースとの出会いからはじまります。
いわゆる史実もののスタンダードなフォーマットを使いつつ、本作では気力を使い果たし無力感に囚われるウィルバーがバーバラと出会い復活し、ついには本懐を遂げるまでを丁寧に描きます。歴史物としての圧倒的な正しさにプラスして、挫折したヘタレの復活劇に落とし込むわけです。つまり私の大好物ですw
もうとにかく「見て下さい!」としか言いようがないぐらい、ものすごい説得力とカタルシスが詰まった作品です。冒頭のウィルバーは信仰に厚く「女性になんか興味無い」というオーラビンビンで使命感に囚われています。それが若いのに物事をハッキリ言うバーバラに出会い、まるで懺悔をするように自らの失敗を吐露するわけです。お互い好きあってる男女が同じ部屋に夜通し居るのに、やることが徹夜で政治話という超真面目さ。そしてこの真面目さと真剣さがあるからこそ、後半に出てくる法案を通す「チート(=ずる)作戦」に「その手があったか!」と膝を打ち、そしてそこからはじまる歴史物としては稀に見るサスペンス展開にハラハラするわけです。
もちろん格調をだすために犠牲にしている部分もあります。一番大きい点でいえば、もし本作をもっと突き抜けた物にするのであれば、奴隷達が劣悪な奴隷船で運ばれている様子や農園で酷使されている様子を映像的に見せれば良いのです。そうすればもっと真に迫って「奴隷制度は本当に酷い」という感覚を観客にも植え付けられます。でもそこは奴隷廃止200周年記念のイギリス作品ですので、あんまり当時のイギリス人を悪く描くわけにもいきません。この「非人道的であるから廃止すべきである」という主張の根幹である「非人道的っぷり」を描かないというのは、テーマを考えれば随分ヌルい手法です。
本作での「非人道的っぷり」の描写は見た限り3カ所だけです。一つは最初の奴隷解放運動者との晩餐で鎖を見せられるシーン。次に、実際の奴隷船を見学するシーン。最後に議員達をクルージングに招いて奴隷船の前に付け、わざと悪臭をかがせるシーンです。この3シーンとも、直接的な描写はしません。ここが本作の上品さでもあり、そして不満点でもあります。
もしかしたらアフリカの人から見たら「イギリス人の自己憐憫」と思われてしまうかもしれません。ウィルバーは昔のイギリスの価値観(=奴隷を使って植民地で富を増やすのは当たり前)を真っ向から否定した人物ですので、ウィルバーの視点にするとどうしても「昔のイギリス」を否定しないといけなくなってしまいます。そこをギャグパートを挟んでやんわりと回避しつつ最終的には人道的な所に落ち着くという無難な方向で逃げたのはとても上手いと思います。
結果として本作は説教臭くないギリギリのバランスでのヒストリカル・ヒューマンドラマとして、大変すばらしい出来になっていると思います。

【まとめ】

「奴隷貿易」という歴史上の負の部分に立ち向かう男を丁寧に描いた傑作だと思います。それもただ歴史を追っていくのではなく、あくまでも挫折した男の復活劇という一般的な作劇に落とし込んでエンターテイメントにまで昇華しています。
おしゃれ映画の雰囲気でちょっと躊躇うかもしれませんが、まちがいなく見ておいたほうが良い作品です。公開規模が少ないですが、お近くで上映している場合は是非見てみて下さい。見た後にあらためてアメイジング・グレイスの和訳を見れば感無慮になること必至です。かなりオススメな作品です。
※余談ですが、本作で唯一がっかりしたのが最後に流れるアメイジング・グレイスのバグパイプ楽隊バージョンの映像です。ウィルバーが眠るウェストミンスター寺院の広場での演奏っぽいんですが、完全に合成で楽隊の輪郭が浮いてますw 世界遺産ですので観光客を避けて撮影するのが難しかったのかもしれませんが、ちょっと萎えました。せっかく上品な映画なのに、最後でちょっとずっこけますw

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ツーリスト

ツーリスト

今日は新作2本です。

1本目は「ツーリスト」です。

評価:(10 /100点) – こ、、、これは、、、Vシネマか?


【あらすじ】

アレクサンダー・ピアースは詐欺師にして7億4400万ポンド(=約1000億円)の脱税を行う国際指名手配犯である。彼の恋人であるエリーズはフランス警察に完全マークされていた。ある日、いつもの喫茶店で朝食を取っていたエリーズのもとにアレクサンダーからメッセージが届く。指示通りにイタリア・ベニス行きの列車に乗ったエリーズは、そこでアレクサンダーと似た体型の男に声を掛ける。彼はアメリカ人で失恋旅行中の冴えない数学教師だった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> エリーズの逃亡。
 ※第1ターニングポイント -> 電車内でエリーズがフランクに声を掛ける。
第2幕 -> フランクの災難
 ※第2ターニングポイント -> エリーズがフランクにカミングアウトする。
第3幕 -> エリーズの囮作戦。


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【感想】

今日の1本目はツーリストです。本国では興行的に爆死し、さらには買収してまで推したゴールデングローブ賞ではあまりの出来にミュージカル・コメディ部門でノミネートされるという赤っ恥までかいた問題作ですw
とはいえ、今週公開作の中では間違いなくポップな作品ですので、結構若い方を中心にお客さんは入っていました。学生の内はもっとちゃんとした映画を見た方がいいですよ、、、。
本作はフランス映画「アントニー・ジマー(2005)」のリメイクとのことですが、私はオリジナル作品は未見です。前知識をまったく入れない状態で見に行きました。
で、、、率直に言うと、、、、これは無い。根本的に役者の”格”が主役2人とそれ以外で開きすぎているため、開始早々にオチがわかりますw そしてそのオチを最後の最後まで引っ張るものですから、なんか終始微妙な気持ちで見ることになります。端的に言うと超眠いw
もちろんディモシー・ダルトンは有名ですが、正直”格”っていう意味ではちょっと、、、、。
ということで、本作は最初っから話しがあって無いようなものです。ですので、これはもうアンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップを見るためだけの作品なわけです。ところが、これがまた微妙なんです、正直。
アンジーはものっすごいマスカラの厚化粧で正直老けてますし、ジョニデもおどけ方が完全にジャック・スパロウのそれなのでセルフ・パロディにしか見えません。途中でジョニデが屋根の上をふらふら走るシーンがあるんですが、肩をすぼめて乙女走りみたいな格好をするのがまんまジャック・スパロウです。すっごい安っぽいんです。しかもちょっと太っちゃってます。このスター2人しか見所がないのに、肝心の2人が微妙に撮れているので、、、、、誰得って言葉が頭をグルグル回りますw
結果としては、「楽しかった!!!!」みたいな幸福感とはほど遠い「あぁ、、、、、あぁ、、、、。」というやっちまった空気が残ります。話しが適当で有名な男女スターがワイワイやるだけのサスペンスというのはツタヤにいけば山のように置いてありますが、それらと違い爽快感が決定的に欠けています。スリラーなのにロクなピンチもないため、カタルシスが一切ありません。アンジーとジョニデがスターそのままで適当に活躍して、適当にくっついて、適当に終わります。見ていてどんどんどうでも良くなってしまいました。
本作を映画館で見るぐらいならツタヤに行ってサスペンスのコーナーを漁った方が有意義だと思います。デートムービーとして時間つぶしにするぐらいでちょうどいいのでは無いでしょうか。積極的なオススメはちょっと厳しいです。

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劇場版マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ~

劇場版マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ~

3月の1本目は先週末スルーした

劇場版マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ~」です。

評価:(45/100点) – 絵は凄い。絵は。曲もまぁまぁ。でも話しが、、、。


【あらすじ】

バジュラのフロンティア船団侵攻を食い止めたS.M.S.とシェリル・ランカは一躍船団のスターとなっていた。そんなおりスパイ容疑でギャラクシー船団からの避難者達が続々と襲撃・逮捕されていく。逮捕されたシェリルを尻目に、フロンティア船団のミシマはギャラクシー船団の技術を盗みバジュラ達を操ろうとする。実現すれば宇宙最大の脅威になると考えたS.M.Sマクロス・クォーターのジェフリー艦長は反逆罪を覚悟でシェリルを脱獄させ、ミシマの野望阻止に動き出す、、、。


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【感想】

今日はレイトショーで「劇場版マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ~」を見て来ました。21:30開始の結構遅い回だったのですが、観客は2~3割ぐらいの入りでした。この時間だと観客1ケタが当たり前なので、結構入っている方だと思います。一昨年公開された「劇場版マクロスF 虚空歌姫~イツワリノウタヒメ~」の後編です。
ここで読んでいただいている方に注意があります。本作は私もちょっと整理しながら書かないと分からないくらい話しが大混乱しています。ですので、100%ネタバレで書こうかと思います。総論としては、アニメーションの動きは凄いけどストーリーが無茶苦茶でかなり観客を選ぶ作品だと思います。具体的にはTVアニメを見てシェリルやランカといったキャラクターが好きなことを前提として、「彼女たちを見ていれば満足できる」という人のみがターゲットです。完全なキャラものです。TVシリーズ未見の方はまずTVシリーズと劇場版前編を見てから、それでも興味があれば行きましょう。

今回のストーリーの大混乱っぷり

今回のストーリーで一番厳しいのは、劇中の行動の動機・因果関係がグッチャグッチャだからです。しかもそのグチャグチャなストーリーの合間に「ミュージックPV」や「萌え要素」のような本筋と関係無いシーンが長く入るものですから、余計わけがわからなくなります。ですから、まずは時系列に沿って話しのプロットを整理しましょう。
・シェリルのV型感染症が末期であることが分かる。助かるには免疫を持ったランカを殺してシェリルに臓器移植する必要がある。
・フロンティア船団の前に巨大バジュラ艦が現れる。アルトとブレラの活躍で撃退するが、アルトが被弾し入院する。
・ギャラクシー船団幹部の野望が明らかになる。
 フォールド細菌を持つシェリルとランカの歌を通じてバジュラの意志ネットワークを解析、
 バジュラを操り世界征服を目論む
・ギャラクシーの幹部がフロンティアの公安に襲撃される。グレイスが重傷で拘束、シェリルが逮捕される。
・フロンティア幹部のミシマがギャラクシー幹部の世界征服案をそのまま流用しようとする。
・ミシマの野望を阻止するべく、S.M.Sマクロス・クォーターがシェリルの救出作戦を行う。
・ミシマがバジュラ・ネットワークの解析を終える。バジュラにインプラント弾を撃つことで操れるようになる。
・ミシマがバジュラを寝返らせつつ、バトル・フロンティアでバジュラの母星を目指し侵攻する。
・S.M.Sのマクロス・クォーターがバトル・フロンティアを追撃する。途中シェリルとオズマ隊長とはぐれる。
・バトル・フロンティアがブレラに襲撃され皆殺しにされる。
・ブレラはギャラクシー3幹部のインプラント体を起動しバトル・フロンティアを乗っ取る。
・バトル・フロンティアがバジュラ・クイーンと融合する。
・マクロス・クォーターのアルトがシェリル・オズマと合流。
・アルトが単機でバトル・フロンティアに突撃する。周囲のバジュラを押さえ込むためランカとシェリルがデュエット。
・S.M.S救援連合艦隊が到着。
・ランカの歌でブレラが正気に戻りインプラントを自らはずす。バトル・フロンティアに特攻し、3幹部を自爆破壊。
・バジュラ・クイーンとバトル・フロンティアの融合が外れる。
・救援連合艦隊の複数のマクロス級戦艦でバトル・フロンティアとバジュラ・クイーンを一斉射撃し破壊する。
・爆発に巻き込まれアルトが行方不明になる。
・ランカからの輸血で一命は取り留めたものの、重度の感染症からシェリルが昏睡する。
・バジュラ・クイーンの死によって無人になったバジュラ母星にフロンティア船団が入植する。
 はからずも第2の地球をゲット!
え~たぶんこの箇条書きだけ見ても訳が分からないと思いますが、大丈夫です。本編を見ても所々意味がわかりませんw
例えばシェリルを脱獄させる動機です。どう考えても「シェリルが好きだから」なんですが、劇中では「ミシマを止めるため」としか言いません。でもフォールド波はランカでも出せるんですから、対バジュラ兵器としてはこの時点でシェリルはもういらないんです。なぜこれが「ミシマを止める」ことに繋がるか分かりません。ちなみに救出作戦でのランカの歌声でミシマがバジュラ・ネットワークの解析を終えますから、むしろ「ミシマに勢いを与えて」います。
次いで一番引っ掛かるのはラスト付近のアルトの突撃です。「歌を届けるため」に突撃するということになっていますが、それって要はスピーカーを担いでいくイメージです。でもこの時点ではもうバジュラ・クイーンとバトル・フロンティアは融合しているので、その直前まであった「バジュラを救うためバトル・フロンティアを倒す」という構図はなくなっています。一応、マクロス・クォーターの唯一の大義名分は「バジュラにも意志がある=異星人だから、ミシマの異星人への侵攻は銀河連邦法違反である」という点です。ところが結局はマクロス・クォーターもバジュラを殺して母星を奪っていますw それって駄目なんじゃなかったの? しかも主人公・アルトがこの件に関してはまったく役にたっていませんw 勝手に突っ込んで勝手に爆発に巻き込まれただけです。

良かったところ

とまぁ話しに関してはつっこみ放題なほど酷いんですが、もちろん良かったところもありました。当然戦闘シーンとミュージックPVシーンです。戦闘シーンは相変わらず勢い重視で、各機体の位置関係はわかりません。ただ、ひたすら大音量でドガシャーンと動かすためテンションはかなり上がります。
「ミュージックPV」部分については、こちらも3DCG中心でかなり気合いの入ったものでした。こちらも相変わらず客観視点がありませんが、手持ちカメラっぽい動きをバーチャルに再現していて非常に面白かったです。こちらはハッキリ言って本編と一切関係がありませんから別に無くても良い部分ではあるんですが、やっぱりマクロスと言えば「アイドル」「飛行機」「三角関係」なのでここのクオリティは大事ですw

【まとめ】

上に書かなかった本作の特徴として、パロディが多いという事も言えます。ざっと思いつくだけでも、「エウレカセブン」のロボットが波乗りするシーン、「ガンダムW」の岩を盾にして大気圏突入するシーン、「F91」のセシリーっぽいシェリルの衣装。バジュラ母星での戦闘は「ダンバイン」の最終回です。バジュラ自体もダンバインっぽい造形です。
ということで、本作は完全にアニメオタク向けの作りですし、もっというとキャラクターもののアニメを好きな人向けです。話しの整合性よりは勢いや萌えがあればOKという割り切り方が出来ないと、結構つらいかもしれません。オススメはしません。本作のターゲットになるような方は勧めなくても見に行くでしょうし(苦笑)、見に行く気が無い人にオススメして無理に見せてもどうせ意味がわかりません。すごく閉鎖的で人を選ぶ作品です。前編が比較的わかりやすい整理をしていただけに、後編でなんでここまでグチャグチャになったのか結構不思議ですw

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悪魔を見た

悪魔を見た

日曜の二本目は韓国映画の

悪魔を見た」を見たぞ見た!

評価:(30/100点) – これ、グロくもないし、ノリ軽いし、、、深遠か?


【あらすじ】

韓国国家情報員のエージェントを務めるスヒョンは、結婚間もない妻を殺されてしまう。女性を狙った似たような事件が頻発していることから警察は4人の容疑者に絞り込む。怒りに燃えるスヒョンは、義理の父親である退役警官のククァンを通じて捜査情報を入手し独自に復讐を始める。2人の容疑者を病院送りにした後、ついにスヒョンは3人目にして殺人犯を特定する。殺人犯のキョンチョルは連続快楽殺人鬼で今日もまた女子学生を攫っていた、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> サンファの死とスヒョンの捜査
 ※第1ターニングポイント -> スヒョンがキョンチョルに発信器を付ける
第2幕 -> スヒョンのいたぶり
 ※第2ターニングポイント -> キョンチョルが発信器をはずす
第3幕 -> キョンチョルの逆襲と結末


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【感想】

ちょっと日が開いてしまいましたが日曜の二本目は「悪魔を見た」を見ました。監督はグッド・バッド・ウィアードのキム・ジウン。結構な拡大ロードショーでしたが、日曜はガラガラでした。イ・ビョンホンのファンがもう少しくるかなと思っていたんですが、映画オタクみたいな方が多かったのが意外でした。
私も実はかなり期待していた作品だったんですが、正直あんまりピンと来ませんでした。ストーリー自体は「主人公が残酷な復讐をしようとするあまり調子に乗って手痛いしっぺ返しを食らうが、結局は復讐を果たす」というわりと良くある話です。本作の一番の期待所は当然R18+まで食らったゴア描写なわけですが、、、、実際には全然グロいところは映しません。生首とか肉体破損の間接描写が出てきますが、それこそ「冷たい熱帯魚」とか「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」のような直接描写が無いのでそこまで嫌な感じものこりません。この何とも言えない”ヌルい湯加減”が作品全体から伝わってきて、終始微妙な気分にさせられます。「ちょっと面白い」と「ちょっとつまらない」の間をメーターの針が高速で振れまくっているような感覚です。
本作のタイトルは「悪魔を見た/I saw the devil」です。この悪魔とはなんぞやと考えると、直接的には悪魔的な殺人鬼であるキョンチョルを指しています。それにプラスして、悪魔=モラルの破壊者ですから、これは「復讐」という行為そのものを指しているとも考えられます。作中で捜査官(=正義の行使者)であったスヒョンは、復讐心に取り付かれるあまり何度もキョンチョルを痛めつけては解放します。復讐だけを考えるならすぐにキョンチョルを殺せば映画は30分で終わりますw しかし彼はまさに悪魔(=復讐心)に魅入られて道理を忘れてキョンチョルをいたぶり、結果として大きな代償を払うことになります。作品のテーマを考えれば、間違いなく本作の肝はそのスヒョンの心理にあるわけです。この物語はスヒョンの妻が殺されるところで始まり、スヒョンが復讐することで終わるのですから。
おそらく本作がいまいちである大きな要因は、あまりにもスヒョンの格闘力が強すぎてまったく危なげがない点と、スヒョンの調子に乗り方(=悪魔に魅入られ方)が共感しづらい点です。つまりはイ・ビョンホンなわけですが(苦笑)、俳優が悪いというよりはキャラクターが立っていないという方向です。
本作では一番肝心なスヒョンの豹変振りがあまり描かれません。前述の通りこの物語は「真面目だったスヒョンが、我を忘れて”どんどん残忍になっていく(←劇中の台詞)”」のが重要です。つまりスヒョンの落差です。これがほとんど無いんですね。せっかく冒頭でスヒョンの仕事風景がチラッと映るのに、肝心の彼の態度が映りません。彼が冒頭で真面目なら真面目なほど、”どんどん残忍になっていく”過程が面白くなっていくんです。ここが抜けてしまったため、最初から最後までスヒョンは残忍なままですw 結果としてテーマがボケボケです。
そしてスヒョンが最初から強すぎることで、その対比として弱すぎるキョンチョルが全ての美味しいところをかっさらっていきます。キョンチョルは残忍で、小心者で、スケベで、小太りで、しかも弱くて卑怯という敵役キャラクターとしてはパーフェクトな殺人鬼ですw あまりにもキョンチョルのキャラが強すぎるため、これもやはりスヒョンの魅力を激減させています。
ですから見終わった後で印象に残るのは、あまりにも美味しすぎるキョンチョルと、結局適当に流されているだけに見えてしまうスヒョンのがっかり具合です。

【まとめ】

「チェ・ミンシク」「連続殺人鬼」「R18+」と聞いてかなり期待が高かったのですが、かなり消化不良でした。正直な話し、このレベルなら邦画でもゴロゴロ転がっていますのでわざわざ韓国映画を見るほどではないと思います。
「韓国2大名優であるイ・ビョンホン、チェ・ミンシクが初共演。映画史上最も強烈な比類なき復讐劇が観る者すべての心を鷲掴みにする深遠なる物語。」という宣伝文句は結構偽りありです。強烈でも無ければ深遠でもありません。
140分は長すぎますし、ジャンル映画としても物足りないです。ここのところ劇場はお祭り状態で話題作テンコ盛りですので、本作を見るのはとりあえず後回しでも良いと思います。

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英国王のスピーチ

英国王のスピーチ

東京マラソンを横目に今日も2本です。1本目は

「英国王のスピーチ」を見て来ました。

評価:(80/100点) – 正調ハリウッド式の師弟もの


【あらすじ】

キングジョージ5世の次男・ヨーク公は吃音症に悩まされていた。将来を考え治療をしなければならないと考えてはいるがどの医者もなかなか成果を上げらない。困ったヨーク公の妻・エリザベスは言語障害を専門とするライオネル・ローグを訪ねる。彼は王子であるヨーク公本人に自分を訪ねるよう要求し、対等な立場での治療を求める。不敬と思いながらも治療を一度試したヨーク公はその成果に驚き正式に治療を受けることとなる。こうして王子の特訓が始まった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ヨーク公アルバート王子の吃音症とローグとの出会い。
 ※第1ターニングポイント -> 正式にローグの治療を受けることにする。
第2幕 -> 父王の死と兄・キングエドワード8世。
 ※第2ターニングポイント -> ヨーク公がキングジョージ6世として即位する。
第3幕 -> 第2次世界大戦の開戦


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【感想】

本日の1本目は「英国王のスピーチ」です。ご存じ今年のアカデミー賞の最有力候補です。たぶんこのブログエントリーをアップした数時間後には作品賞と主演男優賞を持って行っているでしょう。個人的には「ソーシャル・ネットワーク」の方が遙かに好きだし出来も良いと思いますが、「アスペルガーの天才ナード」と「吃音症の善良王」のどっちがアカデミー会員向きかって言われたらそりゃあ、、、、ねぇw 特にアカデミー会員は映画を見もしないで投票しやがる人たちが一杯いますので、こういう「レッテル貼り」はかなり結果に響きます(苦笑)。
とはいえ、その評判と話題性からか劇場は9割方埋まっていました。

王道的な「カンフー映画」

本作は大変分かりやすく出来ています。見た直後のTwitterで「カンフー映画」と書きましたが、本作は本当にカンフー映画の「師弟もの」のフォーマットをそのまま使っています。しゃべりが下手な(=弱い)主人公が、変わり者の異端者だけどしゃべりについては天下一品な(=超強い)師匠と出会い、ユニークな修行でもって成長し、全国民への開戦ラジオスピーチ(=強敵)に打ち勝つまでのストーリ-です。きちんと途中には小ハードルも設定され、より段階を踏んで修行の成果が見えるようになっています。この喋りを空手にすれば「ベストキッド」ですし、フォースにすれば「スターウォーズEP4 新たなる希望」です。

本作は史実をそういったベタで王道的なストーリーに当てはめて描きます。

ですから、これはもうエンターテイメントのど真ん中でありキングジョージ6世とエリザベスの夫婦愛という非常に当たり障りのない感動話と相まって気品たっぷりな作品になっています。なので、あんまりツッコミを入れるのも野暮です。これは「カンフー映画」というジャンルムービーを「歴史もの」と足して一般向けにアレンジした「マッシュアップ作品」なわけですから。もちろんカンフー映画好きとしては大いに不満や物足りなさはあります。

まず第1の不満は修行シーンが明らかに短すぎることです。前半に横隔膜を鍛えたり、転がりながら発声したり、ルックス的に面白い修行がいくつか出てきます。とはいえ結構ダイジェストでさらっと流されてしまうため、いまいち修行によって強くなった感じがしません。もちろんFワードや下品な言葉を連呼するところは多いに笑わせていただきましたw コリン・ファースの堅い雰囲気で笑いを持って行くのはさすがです。

不満の2点目はライオネル・ローグの「異端っぷり」があまり描かれないことです。特に作品の冒頭で「王道的な医者」がやる治療が「ビー玉を口にほおばって喋る」という見た目が十分に変なものなので、その後のライオネルの治療がどこまで「当時の常識として変なのか」が良く分かりません。史実として難しいのかもしれませんが、やっぱりここは「正式な医者がやる治療」と「ライオネルがやる異端な治療」を明確に対比して貰わないと後半の熱血展開が半減してしまいます。ミヤギさんしかり、オビワンしかり、それこそ丹下段平しかり。私達は「そのジャンルのど真ん中から厄介払いされた変人師匠」が大好物です。ジェフリー・ラッシュの優しい顔と相まって、いまいちライオネルの変人っぷりが足りないような気がしました。とはいえ、きちんと「極度のシェイクスピア・マニア」という変態性を描いてはいますので、魅力的なのは間違いないです。ちょっと物足りないぐらいの感覚です。

不満点を書こうとしたらやっぱ面白かったっていう方が先に立っちゃってますが(苦笑)、全体的に「もう半歩足りない」という喉の引っかかりみたいな気持ち悪さはありました。いまいち突き抜けるカタルシスが無いんです。もちろんカンフー映画としての「燃え」の代わりに「感動」させに掛かってきているので仕方が無いんですが、エンタメ映画としてはもうチョイです。

【まとめ】

好きか嫌いかで言えば間違いなく好きですし、事実私は2回ほど泣いてますw 本音を言うとアカデミーは「ソーシャル・ネットワーク」にあげたいですが、本作がとっても去年みたいに「え~~~~っ」って感じにはなりません。これならアカデミーを持って行っても仕方がないです。
アカデミー賞後だと劇場が今以上に混んでしまうかも知れませんが、一見の価値があるのは間違いないですし2時間の間微笑ましく見られる良心的な作品なのもたしかです。とりあえず押さえておきましょう。オススメです。
※随所で指摘されていますが、日本の宣伝コピーの「内気な王」っていうのは変です。「内気」と「吃音症による自信喪失」はまったく別物ですのであしからず。

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恋とニュースのつくり方

恋とニュースのつくり方

今日の2本目は

恋とニュースのつくり方」です。

評価:(12/100点) – (自称)負け犬天才美女がみんなにチヤホヤされる話。


【あらすじ】

28歳彼氏無し。ベッキー・フルラーは仕事一筋で生きてきた。しかし地方TV局の緊縮財政の折、ベッキーはリストラされてしまう。それでも夢を追うベッキーは全国局に履歴書を送りまくる。
彼女の新しい仕事は40年以上続いた老舗の全国ネット早朝番組「デイブレイク」のエクゼクティブ・プロデューサー。しかし番組は視聴率が低迷し打ち切りの危機に瀕していた、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ベッキーのリストラと新しい仕事。
 ※第1ターニングポイント -> プロデューサー業開始。
第2幕 -> マイクへの懐柔と視聴率獲得作戦。
 ※第2ターニングポイント -> 「デイブレイク」が打ち切りの危機を脱する。
第3幕 -> ベッキーへのオファー。


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【感想】

今日の2本目は「恋とニュースのつくり方」です。「”プラダを着た悪魔”の脚本家」「”ノッティングヒルの恋人”の監督」という宣伝をしているように、配給としては完全にOLに狙いを絞っている、、、、はずなんですが、観客は少々の女子高生と年配の女性のみでした。400人の箱で20人も入っていませんから、初日としては相当マズい感じです。
ちなみに、公式Twitterへのリツイートで褒めてくれた人にオリジナルグッズプレゼントとか、ブログで褒めてくれた人にオリジナルグッズプレゼントとか、作品同様に腐った性根のキャンペーンをやっています。
ですが、私はそんな物で懐柔なんぞされません。甘い!!!!!
レイチェル・マクアダムスの自筆サインポスタープレゼントでも絶対無理。ハリソン・フォードとのディナーにご招待でギリギリ懐柔できるぐらいの作品の出来です。プライベートのハリソン・フォードに突撃して「F○ck Off!!」と叫ばれるという「ブルーノごっこにご招待」なら絶賛してみせますけどねw
とまぁおふざけは置いておきまして、本作で何がショックだったかというと、これはもう「誰かが私にキスをした」レベルの調子こいた万能美女の話をハリウッドメイクで見せられるということに他ありません。本作は「恋に仕事に頑張る冴えない女の子の話」みたいな雰囲気を被った「天才で、美人で、イケメン・エリートの彼氏がいて、誰からもチヤホヤしてもらえる女性の話」です。これを見た本当に冴えないOLの方々は激怒して良いレベルです。
だって、本作ではベッキーが努力するという直接的な描写が一切ないんです。彼氏の家にお泊まりしながらも夜中にニュース番組をチェックしたりする描写はあるんですが、そもそも彼女の受け持つ「デイブレイク」は報道番組ではなく情報番組ですし、直接この勉強が役に立つ場面が一切ありません。なにせ彼女が視聴率を立て直す切り札は「デイブレイク」を下世話なバラエティーにすることなんですから。でも、それってどうなんでしょう? 下世話な番組にしたらすぐに視聴率がV字回復するってちょっとTV視聴者を舐め過ぎじゃないですか? 早い話、本作ではベッキーは最初から最後まで、超優秀で人当たりも良くていろんな男性が声を掛けて好意を寄せてくれる完璧人間なんです。そんな完璧人間が個性的なキャスター2人を懐柔する話しなんです。
私、実は「プラダを着た悪魔」は大好きです。今でもちょくちょくDVDで見返すぐらい好きです。アン・ハサウェイとメリル・ストリープが大好きだというのも多分にあるんですが(苦笑)、あの映画ではきちんとアンディが「上司の無茶振りに根性で耐える」という「修行シーン」があったんです。ところが、本作では同じ脚本家が書いたとは思えないほど、主役のベッキーは最初から才能を持っているんです。それは開始直後の「デイブレイクのプロデューサ就任初の事前ミーテイング」ですぐに発揮されます。聖徳太子よろしく一斉に発せられる複数の要望をすべて完璧に裁いて見せるんです。しかも最後には余裕のアメリカン・ジョークまで付けてきます。この時点でどっちらけです。こいつはもう我々とは違う世界の天才なんだと。これは「冴えない女」では断じてないと。そう思ってしまうわけです。そうすると、後はもう感情移入も応援もすることなく客観的に天才の天才的でイケイケな行動を死んだ目で見るしかないんです。
本作にはテレビ業界特有の苦労や過酷な労働条件で働く女性の苦労は語られません。あくまでも記号としてのTV業界です。
なんか全体的に作り手の愛情や熱意が伝わらない作品でした。別に調子に乗っている天才の話ならそれはそれで良いんですが、だったら天才なりの苦労とか、天才だけどブチ当たる壁とか、そういった物を設定して欲しかったです。なんの障害もなくスルスルと実績を上げて行くベッキーを見て、本当に心底どうでも良いと思ってしまいました。
OLの方には一切オススメしません。もし「自分は天才なのに周りが分かってくれないから不当な扱いを受けている」と日頃から思っている方には、是非見て欲しい作品です。そんな方にはオススメします!!!

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ナルニア国物語第3章 アスラン王と魔法の島

ナルニア国物語第3章 アスラン王と魔法の島

今日は話題作が多く公開される中であえてこの2本です。1本目は

ナルニア国物語第3章 アスラン王と魔法の島」です。

評価:(35/100点) – もう3Dじゃなくていいんじゃ、、、、。


【あらすじ】

舞台は第2次世界大戦下のイギリス。ペベンシー4兄弟のうち、長男のピーターと長女のスージーはアメリカへ疎開していた。残されたエドマンドとルーシーは従兄弟の家に預けられる。嫌味な従兄弟のユースチスに悶々としながら耐えていた2人は、ある日壁に掛けてあったナルニア風の絵に誘われナルニア国へ戻ることとなる。しかし寄りによってユースチスまで付いてきてしまった。
カスピアン王の「朝びらき丸」に拾われた3人は、王の旅に同行することになる。それはかつてカスピアンの父王の側近だった「七人の偉大な領主」を探す旅だった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ナルニアへの帰還と孤独の島
 ※第1ターニングポイント -> 孤独の島を抜け出す。
第2幕 -> アスランの剣を探す旅。
 ※第2ターニングポイント -> アスランのテーブルに剣を6本置く。
第3幕 -> 暗闇の島での決戦。


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【感想】

今日の1本目は「ナルニア国物語第3章 アスラン王と魔法の島」です。金曜・土曜とテレビで前作をやっていますし、結構一押し感のある大作、、、、のはずですが、正直あんまりお客さんが入っていませんでした。
え~~~~~何を書いていいか正直わからないくらいフツ~~~~につまらない子供向け映画でした(苦笑)。
というのも、物語の大半が「島を渡り歩いて領主を見つけて剣を集める」という内容であり、その「島の設定的な面白さ」で引っ張っているからです。じゃあその島がどれぐらい面白いかというと、、、、、う~~~ん。私は原作未読なのでピンと来てないだけかもしれませんが、なんか「007 ゴールドフィンガー」や「シンドバッド黄金の航海」っぽい島とか、「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」で見たような机とか、あんまり目新しくグッと来るものがありませんでした。非常に淡々と物語りが進むので、あんまり盛り上がることもないままなんとな~く気付いたら映画が終わってしまいますw
本作はすごくキリスト教的な道徳に溢れた作品だと思います。早い話が、本作は「誘惑」という名のサタンのトラップを少年・少女がかいくぐって成長する「試練の話」なわけです。そして全ての試練を乗り越えると、アスランの国(=神の国)が現れてアスラン(=神様)自らが招待してくれます。「一度アスランの国(=神の国)に入ると戻ってこれない」というのも考えれば当たり前の話しです。「ナルニア国物語/第1章 ライオンと魔女」でペベンシー兄弟達は「アダムの息子」「イブの娘」と呼ばれているわけで、この辺りはかなり意図的に作っています。親御さんも安心してお子さんを連れて見に行ける鉄板の内容です。
だからこそ、盛り上がることが無く淡々と説教をされている気分になってきますw twitterでちょろっと書いたように、これはまさに小学校の道徳の授業で「NHK教育テレビ」のドキュメンタリーっぽい放送を見せられて感想文を書かされるときの憂鬱に限りなく近いです。「つまんないけど、つまんないって書くと怒られるからとりあえずお茶を濁すか、、、。」みたいな感じですw
ちなみに3Dになったとはいえ、スペクタクル度は前作と比べて大幅にダウンしています。1作目と2作目でお馴染みだった大群vs大群のモブシーンもありませんし、魔法的な演出もほとんどありません。全く3Dの価値はありませんので、どうしても字幕で見たいという私のような輩いがいは2D吹き替えで十分だと思います。
とはいえ、家族連れで行くのであればという注釈付きではオススメできます、、、、たぶん、、、、いや2の方がまだ面白いです、、、でもそれだと1の方が面白いし、、、とりあえずオススメデス。

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