ジェイソン・ボーン

ジェイソン・ボーン

今日はボーンシリーズ第5作

「ジェイソン・ボーン」を見ました。

評価:(55/100点) – ここに来てまさかの作品リセット


【あらすじ】

ジェイソン・ボーンは元CIAの特殊工作員である。かつてCIAの極秘プロジェクト「トレッド・ストーン計画」によって記憶を完全に無くした殺人マシーンとなった。時は経ち、ボーンは記憶を取り戻しCIAの追っ手達を撒きながら、各地を転々としていた。ある日、かつての仲間ニッキー・パーソンズからコンタクトがある。彼に関係する追加の極秘資料を入手したというのだ。ギリシャのアテネで落ち合った二人のもとに、CIAの特殊部隊が襲いかかる、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ニッキーのハッキングとボーンとのコンタクト
※第1ターニングポイント -> ボーンがUSBメモリを手に入れる
第2幕 -> ボーンの父を巡る調査
※第2ターニングポイント -> ボーンとヘザー・リーが接触する
第3幕 -> ラスベガスへの殴り込み


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【感想】

さてさて、今日は1本、待ちに待ったボーンシリーズ最新作の「ジェイソン・ボーン」です。一応5作目ですが、ターミネーターと同じく新章を狙った4作目がコケたのを受けて実質3作目の続編となっています。やっぱりこういうファンがガッツリついててかつ作品性も固まっちゃってるものは外伝的な新作は厳しいですね、、、。かくいう私も「ボーン・レガシー(2012)」についてはちょっとアレかなと思ってまして(笑)、この正統派続編は本当に嬉しい限りです。監督はもちろんポール・グリーングラス。相変わらずの細かいカット割りと手持ちグラグラのリアリティ表現は健在です。本作が旧作と決定的に違うのは、やはり脚本のトニー・ギルロイの離脱でしょう。ボーンシリーズは一貫してトニー・ギルロイが脚本を書いていましたが、「ボーン・レガシー」で監督をやってコケたのが影響したのか、今回は完全離脱で代わりにボール・グリーングラス本人がメインで書いてます。これが吉と出るのか凶とでるのか、、、。

ということで毎度のお約束です。いままでのボーンシリーズはどちらかというと巻き込まれ型サスペンスアクションでしたが、本作はいわゆる探偵ものになっています。ですので、ネタバレは楽しみを削いでしまう可能性があります。以降、多大なるネタバレを含みますので、未見の方はご容赦ください。また、本作は完全にキャラもの続編ですので、そもそもシリーズを一回も見たことがないかたはちんぷんかんぷんになります。最低でも、1~3作目までは見てから本作をご覧ください。全てが超高水準ですが、特に3作目はアクション映画史に残る大傑作ですので、本作云々を脇においても絶対見たほうが良いです。

ボーン・イズ・バック!

前作「ボーン・レガシー」では新しい「アウト・カム計画」というのが登場しましたが、本作ではそこには一切触れられず(笑)、3作目「ボーン・アルティメイタム(2007)」から続く「トレッド・ストーン計画」の真相を暴く件が再びフィーチャーされます。とは言え、前作までで「トレッド・ストーン計画」はある程度企みが見えており、かつボーンも過去を思い出しています。ですから話を転がすためには新情報が必要なわけで、今作では皆勤賞のニッキーがそれを持ってきてくれます。曰く、どうも父親がトレッド・ストーン計画に一枚噛んでいたらしいと。ボーンは、テロで死んだと思い込んでいた父親が何かの陰謀に巻き込まれたのではないかという疑念を持ち、独自捜査を開始します。そう、今回のボーンはかなり淡々と情報を辿っていき、淡々と障害を排除していきます。旧三部作であった「とっぽい見た目なのに実は超強いスパイ」というギャップは影を潜め、完全にムキムキなスーパーヒーローとしてボーンは帰ってきます。この辺はもうシリーズものの宿命なので仕方ないでしょう。基本的にシリーズものは回を重ねるほどアイドルムービー化していきますから、これは続編としてとても真っ当です。

お約束はちゃんと入ってるよ!

となれば、ボーンをアイドルたらしめている要素がちゃんと入ってるのかというのが重要になるわけです。今回は2作目からのポール・グリーングラスが監督ということで、ちゃんといつものボーンの見た目をしています。細かいカット割りで勢いをつけ、手持ちカメラで迫力を出し、そしてボーンはジャッキー・チェン直系の「その辺のものを使ったアクション」をきっちり見せてくれます。ちなみになんですが、1作目「ボーン・アイデンティティ(2002)」は今見るとすごく真っ当なカメラワークをしています(笑)。ちゃんと固定カメラでロングショットを使い、レールも使ってます。アクションシーンだけは手持ちグラグラですが、それ以外は極々ノーマルな撮り方です。作品全部が「手持ちグラグラ/カット割細々」はあくまでも2作目「ボーン・スプレマシー(2004)」からです。

ただですね、、、やっぱちょっと今回はお約束に引っ張られすぎちゃった感じがします。「その辺のものを上手く使わせなきゃ!」というのが前面に出てしまってまして、あまりあっと驚くクリエイティビティがないんですね。あからさまに変なところにダンベルがあったり、そこにはないだろってところに椅子が捨ててあったり、使うこと前提で無理やり変な小道具が配置されてます(笑)。旧シリーズなんかだとその辺にある文房具とか、キッチン用品とか、凄いスムーズにうまく使ってたのに今回はちょっと無理やり過ぎるかなと思います。

いま、いま、ここでそれを変えるかね、、、

今回、一番の不満は作品のどんでん返し部分です。3作目の肝って「こんなに一生懸命過去を探していたのに、その過去っていうのが、実はボーンは自分から志願してトレッド・ストーン計画に参加していた」という部分なんですね。それまで延々と巻き込まれ型サスペンスをやって一貫して「被害者」であったボーンが、実は被害者じゃなくて自分から自主的に悪の計画に参加していたのだというのがこのシリーズの「記憶喪失」の大どんでん返しでした。ところが、本作で、その自主的な参加が実は嵌められた結果だったのだというのが明らかになってしまいます。お、おぉ、、、、。つまり旧三部作の余韻台無し(笑)。いや確かにここからシリーズを重ねようと思ったら、ボーンに大きくわかりやすい動機が必要なんですが、いくらなんでもそれはちょいとダメじゃないかと。

でもカーチェイスは良かったよ!

とまぁストーリー自体に大いに不満はあるんですが、でも三幕目のラスベガスは本当に良かったです。これぞ真骨頂!って言う感じで、銃撃戦あり、カーチェイスあり、肉弾戦ありとアクション要素てんこ盛りの大サービスシーンです。特に、たぶん見た方は一番思うであろうSWAT装甲車のカーチェイスですね。おまえバットモービルかっていうぐらい車をなぎ倒していく装甲車に、ボーンが乗用車で立ち向かうという、これぞヒーロー映画の真骨頂です。

【まとめ】

勢いはあってとっても楽しいんですが、良くも悪くもキャラものの域をでない作品でした。ボーン・シリーズは1~3作目が凄すぎるので、新しくシリーズを作り直す上で本作は産みの苦しみかなと思います。ストーリーを転がすにあたりやらなきゃいけないけどどうしても微妙になってしまう「汚れ仕事」みたいな部分を一気にやっつけた作品でした(笑)。ということで、何時になるかわかりませんが、また6作目を期待しつつ、本作もちょくちょくリピートしたいです。惜しむらくは、ちょっとでいいんでジェレミー・レナーにも触れてあげて欲しかったなと思います。完全になかったことにするのはちょいと可哀想すぎますから、、、。

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ラスト・ウィッチ・ハンター

ラスト・ウィッチ・ハンター

今日の2本目は

「ラスト・ウィッチ・ハンター」です。

評価:(25/100点) – ヴィン・ディーゼルのコスプレシリーズ


【あらすじ】

クイーン・ウィッチを退治して早800年、ウィッチ・ハンターのコルダーは呪われた「永遠の命」と共に魔女狩りを続けていた。そんな中、コルダーの所属する「アックス&クロス」の執事・36代目ドーランが何者かに殺害されてしまう。コルダーは仇討ちのため、犯人捜査に乗り出す、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 36代目ドーランの引退と殺人事件
※第1ターニングポイント -> ドーランの部屋で魔法の痕跡を見つける
第2幕 -> コルダーの捜査と過去の秘密
※第2ターニングポイント -> クイーン・ウィッチが復活する
第3幕 -> 最終決戦


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【感想】

今日の2本目は「ラスト・ウィッチ・ハンター」です。ご存知ヴィン・ディーゼル主演最新作で、かついつものヴィン・ディーゼルです(笑)。こちらも「高慢と偏見とゾンビ」と一緒で、ほぼ満員でした。予告を見た時に「デビルクエスト(2011)」と同じノリかと思っていたのですが、意外と現代描写の方が多く、あんまりヒゲモジャで中世風なヴィン・ディーゼルアクションはありませんでした、、、ちょっと残念です。

テンションが上がらんのです、、、

本作は「オカルト探偵もの」です。主人公はウィッチ・ハンターのコルダー。魔女狩り一筋800年の、年季の入った不老不死おじさんです。ある日、信頼していた助手の36代目ドーランが殺されたことから、その仇討ちに乗り出します。捜査の過程で、この事件が800年前に倒した宿敵・クイーン・ウィッチを復活させようとした陰謀だと発覚し、そこから怒涛のオカルトクライマックスへと向かいます。

そう、本作ですね、せっかく楽しいオカルト要素てんこ盛りなのに、完全にいつものヴィン・ディーゼルなんです(笑)。「ワイルド・スピード」シリーズもそうですし、「トリプルX」もしかり、「リディック」もしかり。基本的にちょい半笑いでもごっとした声を出すいつものヴィン・ディーゼルが、いつものように犯人を探すために突き進み、いつものように危なげなく勝利します。「じゃあセガール映画としていいじゃん!」って話なんですが、肝心の敵やアクションが微妙なんです、、、。そこが本作の一番の不満点です。

せっかくヴィン・ディーゼル主演なのに、基本的に魔女たちが精神攻撃ばっかりであんまり肉体アクションに発展しないんですね。そうするとディーゼルの大根っぷりだけが際立ってしまい、しょぼい敵と相まって物凄い退屈になります。
しかも肝心の敵が対して強くもなく、脅威かどうかもよくわからないので、爽快感もありません。まさに誰得映画。で、誰が得かというと、そりゃもちろん主演でプロデューサー兼任のヴィン・ディーゼル本人なわけで、これ単にいつもの「オレ様映画」です(笑)。

【まとめ】

ということで、超テンションが低く、あんまり書くことがありません(笑)。不満はいっぱいあるんですが、どっちかっていうとゲンナリ度の方が高くてもういいかなっていう、、、そのぐらいの温度感です。自慢じゃないですが、私はたぶんヴィン・ディーゼルが出てる映画を全部見てると思うんです。しかもわりと好きな俳優です。それでこのテンションっていうのが、、、お察しください。ファンの私ですらちょっと頭がクラっときたので、おそらくヴィン・ディーゼルのファン以外にはヤバいぐらいつまらないと思います。ということで、良い子の皆はレンタルDVDにしときましょう。ちょっと来年の「xXx: The Return of Xander Cage」が心配です(笑)。

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ハドソン川の奇跡

ハドソン川の奇跡

今日は満を持して

「ハドソン川の奇跡」を見てきました。

評価:(90/100点) – 最上級のクラシカル映画


【あらすじ】

サリーはUSエアウェイズ1549便の機長である。バードストライクにより両翼エンジン停止という絶体絶命の状況から、ハドソン川への不時着によって奇跡的に乗客乗員155人全ての命を救った英雄だ。しかし、いまや家にも帰れず、ニューヨークのホテルで事故の悪夢に魘され続けていた。人々は彼を英雄と讃え、テレビの取材も殺到するが、どうにも自分の事とは思えない。そんな中、国家運輸安全委員会(NTSB)の事故調査が開始される。経験に基づいた判断の正しさを主張するサリーだったが、ACARS(※飛行機と管制塔のやり取りデータ)には左翼エンジンが微力ながらまだ生きていたというデータが残っていた、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> サリーの悪夢と人々の賛辞
※第1ターニングポイント -> ホテルで左翼エンジンが生きていたと知らされる
第2幕 -> 事故の回想
※第2ターニングポイント -> タイミングが重要だったと気付く
第3幕 -> 事故シミュレーションと委員会


【感想】

今日は1本、クリント・イーストウッドの最新作「ハドソン川の奇跡」を見てきました。昨日に引き続き有楽町のピカデリーで見ましたが、500人箱でほぼフルハウスのすごい人気でした。トム・ハンクスが来日して神田の蕎麦屋に出没したりとなにかと話題でしたので、プロモーション大成功です。

今日はですね、この映画を褒めちぎりたいと思います。以下ネタバレを多々含みますので、未見の方はご注意ください。後ほど細かく書きますが、本作は、絶対前知識一切無しで一回見たほうがいいです。なにも情報が無い初見でこそ光り輝く演出があり、映画自体がほぼそこの一点突破型です。まずは劇場にダッシュです!

ストーリーの概略

本作は、2009年に起きたUSエアウェイズ1549便のハドソン川不時着事故を題材として、機長サリーの葛藤を描きます。トラウマにも近い後遺症にうなされるサリーは、「左翼エンジンが生きていたかもしれない」という新事実によって、自分の判断に自信を失っていきます。世間からの英雄という評価と、一方で自分の判断が間違っていたかもしれないという不安のギャップに、サリーはどんどん精神的に追い詰められていきます。本作はプロット上とても少ないシークエンスで語られます。しかしその少ないシークエンスを使って、イーストウッド監督はこれ以上無いほどのカタルシスと人間ドラマを描ききります。

そう、この映画は完全にサリー個人の感情面だけに焦点を絞った映画なんです。事故の原因がどうとか、事故のときの救助風景がどうとか、そういうのはサリーの周りの状況にすぎません。あくまでもサリーがそこで何を思い、何を行動し、そして事件後に彼の内面でどういうドラマが展開されるのか。それが全てです。

実際の事件や原作小説などを元にした「脚色」は、その元ネタのどの部分(ドラマ/葛藤)に焦点を絞って映画化するかがもっとも大切です。脚本家のトッド・コマー二キはこの事件から「キャプテン・サリーの意識の高さとプロの仕事ぶり」をピックアップしました。

そしてそれをまるでパズルのピースを嵌め込むように、最低限かつ無駄の無い演出で、クリント・イーストウッドは完璧に見せてくれます。上映時間96分の今時珍しいぐらい短いドラマが、あっという間に過ぎていきます。

「映画は映像で全てを語る」という基本に忠実

例えば、冒頭のシークエンスを見てみましょう。彼は飛行機事故の悪夢にうなされて飛び起きます。そして考え事をするためにジョギングに出ます。でも上の空で、車に轢かれそうになってしまいます。直後、彼がシャワーを浴び、風呂場で鏡を覗くシーンが入ります。

ここまで何も説明セリフはありませんが、彼が飛行機の機長であること、そして何か飛行機事故のトラウマに襲われていること、周りが見えないぐらい精神的に参っていること、そして何かを自問自答していることがわかります。このキャラクター設定をすべて映像/登場人物の行動だけで表現します。

例えば女性キャスターにインタビューを受けるシーンでは、彼はヒザをさすり、落ち着かない様子を見せます。まるでトラウマを押さえ込んでいるようにも見えます。そして取材が終わると外を見て、また事故の幻影を追ってしまいます。

このように、本作では、少ないシークエンスの全てに情報が高密度で叩き込まれています。そして、本作が「事故により精神的に追い詰められ自信を失ったサリーが、プロとしての自信を取り戻す話」であることがハッキリ提示されます。

モンタージュ理論の真骨頂

本作には、事故の回想が2回映し出されます。1回目は2幕目まるまる。ここでは、妻との電話中とバーでの飲酒中の前後半に分けて、事故の発生から完全に救助が終わるまでをフルで見せます。2回目は3幕目のクライマックス。事故調査委員会において、出席者全員でボイスレコーダーを聴くシーンで再び事故発生から着水までが映し出されます。これが本作で最大の映画的なトリックです。

1回目の回想では、観客に「もしかしたらサリーは判断をミスしていたかも知れない」という情報が直前に与えられています。そのため、一度は最寄りの空港へ向かうと管制塔に言ったのに急にハドソン側への不時着を主張するサリーが、とても自分勝手に見えます。そして、着水してからも飛行機の中を必死に捜索したり、救助後に「助かったのは何人だ!?」と繰り返し質問するサリーが、まるで自分のミスを取り返すために焦っているように見えるんです。

ところが2回目の回想はまったく違います。今度は観客には直前情報として「バードストライクから35秒間経つと、もう空港へ着陸するのは不可能である」という情報が提示されます。その上で回想シーンに入るわけです。当然私たちはバードストライクのシーンから頭の中でカウントします。「1、2、3、4、・・・・・35!」。そう、本当に決断まで35秒以上かかってるんですね。そうすると、さっきとまったく同じ回想シーンであるにも関わらず、今度はサリーや副操縦士のジェフがどんどん独断で対処していく姿が、一流のプロの仕事に見えるわけです。あくまでも回想シーン自体は一緒なんですよ。もちろんセリフも含めて。それが事前情報が変わることで180度違って見えるようになるんです。この2回目の回想シーンで「ハドソン側へ着水する」とサリーが管制塔に通達する場面が、本作のクライマックスです。そのカタルシスたるや凄まじいです。

そしてさらに追い打ちを掛けるように、「データよりもプロの勘の方が正しかった」というある事実が判明するわけで、これはもうガッツポーズなしには見られません。

この作品は、ほぼこのクライマックスのモンタージュ理論どんでん返しのアイデア一発を見せるためだけに撮っていると言っても過言ではありません。そこまで観客も含めてサリーに掛けられていたストレスが一気にカタルシスへ生まれ変わるわけで、これほど劇的でこれほど気持ちの良いクライマックスはありません。

【まとめ】

この映画は「いぶし銀」といっても良いイーストウッドのとてつもない演出力で、一発ネタをぶちこんできます。それこそ先日の「イレブン・ミニッツ」とやってることは一緒です。この「ワンアイデアを誠実に映画に組み立てる」というのはすごくクラシカルな映画の撮り方で、それこそアメリカン・ニューシネマより前の映画は大体こうでした。こういう、ちょっと古いけれども上質な映画が劇場で見られるというのは本当に幸せなことです。全世代に是非見ていただきたい作品でした。物凄く映画演出・構成の勉強になりますので、そちらに興味がある方はかじり付いて見てみてください(笑)。

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BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント

BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント

今日はスピルバーグの最新作

「BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」を見てきました。

評価:(75/100点) – 安定の児童向けファンタジー


【あらすじ】

ソフィーは孤児院暮らしの女の子。不眠症で、監視の目を盗んでは夜な夜な本を読みふけっていた。ある晩の深夜3時過ぎに、ソフィーは窓の外に異様な気配を感じる。窓に近づいてはいけない。カーテンの向こうへ行ってはいけない。ルールを知りながらも興味を抑えきれないソフィーはついに窓の外を覗いてしまう。そこには、暗闇の向こうからのびる巨大な手があった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 真夜中の出会いと誘拐
※第1ターニングポイント -> ソフィーが食べられそうになる
第2幕 -> 夢工房とBFG
※第2ターニングポイント -> 夢工房が襲われる
第3幕 -> 女王陛下とBFG


【感想】

本日は、この三連休一番の話題作、スピルバーグ最新作のBFGへ行ってきました。有楽町の日劇で見たのですが、客入りは寂しく、ほとんど私より上のおじさんと夫婦連ればかり、肝心の子供連れが全くいませんでした。スピルバーグのジュブナイルって言えば、私が子供の時は一番の大作扱いだったんですが、、、なんかちょっと時代を感じます。

これから、極力ネタバレしないように本作のいいところを書いていきたいと思います。本作は完全に児童向けですので、もし幼稚園〜小学校低学年くらいのお子さんがいる方は、ぜひ見に行ってください。100%完璧に道徳的な内容で、かつ子供には心躍るスペクタクルが満載なので、絶対人格形成の役に立ちます。もっとも、かく言う私もグーニーズとETとバック・トゥ・ザ・フューチャーとインディジョーンズで育ってひねくれましたので、あんま説得力はありません(笑)
大人の方には「おじいちゃん萌え」という新境地が待ってます(笑)

概要:父としてのET、祖父としてのBFG

本作は、「チャーリーとチョコレート工場(2005)」や「ファンタスティックMr.FOX(2011)」と同じくロアルド・ダールが原作となっています。その名に恥じぬように、本作にはいわゆる”エグい”描写は一切ありません。

主人公のソフィーは両親を亡くして、孤児院で暮らしています。仲が良いのは猫だけ。友達もいないし、先生は厳しい。そんな時、窓の外に巨人を見てしまい、誘拐されてしまいます。はじめは恐ろしかったものの、徐々に巨人に敵意がないことに気付き、ソフィーは彼の仕事を見せてもらうことになります。するとそこには、まさに子どもたちの夢が詰まった光景が広がっていました。

そう、今回のBFGは一切ソフィーに説教だったり宿題をだしたりしません。完全に甘やかしてくれて、しかも夢のような仕事をしている老人。素敵な洋服をくれる人。これ完全に田舎のおじいちゃんです(笑)。BFGは、他の若い巨人たちにいじめられている気の小さい老人で、ソフィーにとっては気の良いおじいちゃんなわけです。ソフィーはおじいちゃんのためにいじめっ子たちをなんとかしようと立ち上がります。この辺りの孤独な老人と孤独な子供の交流って言うと大傑作「グラン・トリノ(2008)」があります。ただ、本作はあくまでも子供がターゲットですので、グラン・トリノとは逆で子供が老人を助ける方向性です。

その方法というのも、きちんとBFGの「特技」と「人当たりの良さ」を最大限活用します。この辺りは本当に良く出来ています。いじめっ子に対して、殴り返すのではなく、きちんと先生に言いつけて、その上で自分の特技を使って自分なりに乗り越える。
とても教育的で道徳的な話です。

子供だましなのか、子供向けなのか

こういった児童向け映画だと、よく「大人も楽しめる子供向け作品」みたいなフレーズを聞くことがあります。では、本作はどうかというと、、、私はこれはいわゆる「子供向け映画」であり、「大人も楽しめる子供向け作品」だと思います。

実際に、本作にはいわゆる「ツッコミどころ」みたいなものが結構あります。ネタバレにならない程度にいいますと、例えば「なぜ”偉い人”が簡単に納得してくれるのか」とか、「なぜ”あんな隠れ方”で見つからないのか」とか、「なぜBFGは他の巨人とは違うのか」とか、「それができるなら最初からやっとけよ!」とかですね。映画を見ていただいたあとだと、何のことを言っているかわかると思います^^;

本作における上記のような「ツッコミどころ」は、ほとんどは「ご都合主義」的な部分なんですね。ツッコミどころって「矛盾している」「意味がわからない/通じない」「都合が良すぎる」みたいなパターンがあるんですが、この「ご都合主義」の部分については、作品のトーンでいくらでも基準を変えられます。

本作の場合、この「ご都合主義」の基準が作品冒頭からあんまりブレないんです。すなわち、いじわる巨人以外は基本的にみんな善人でみんな真剣に話を信じてくれる世界であり、そして、巨人達はステルス能力が高くて、喋ったり音を立てたりしてもあんまり人間に気付かれません。これは作品中で一貫しています。なので、「この作品はこういうもんなんでしょ」で納得できるんですね。大人だと「いやいやいや。こんな良い人ばっかじゃないでしょ」とどうしても世間ズレするんですが(笑)、でも子供向けなら「みんな基本は良い人なんだよ」でOkなんです。教育上も、道徳的にもですね。

この「納得できる基準」のリアリティラインへ大人も降りていけば、本作はまったく問題なく見られます。私は、これこそが「大人も楽しめる子供向け作品」だと思います。

いわゆる「子供だまし作品」ってこの基準がブレブレだったり、上記で言う「意味が通じない」とか「矛盾してる」箇所がやたら多いんですね。

やっぱり演出が滅茶苦茶上手い!

スピルバーグ監督作ということで、本作はやっぱりちょっと画面の作り方が古いです。古いんですが、ものすごい高度なことをサラっとやってます。

例えば映画冒頭のシーン。夜のウェストミンスター橋を赤い2階建てバスが画面の奥に向かって走って行き、カメラが左によるとビッグベンが見えます。このシーンはわずか20秒ぐらいなんですが、たったこれだけのシーンで、「舞台は真夜中のロンドン」だと一発で分かります。「橋をロンドンバスが通る」→「これはロンドンだな」。「ビッグベンが映る」→「あ、真夜中だ」。これをナレーションや字幕など一切使わずに、たった20秒程度の画で見せるわけです。ちなみに最近の映画では「ロンドンの空撮シーンに字幕で”London,UK -2016″」みたいにするのが流行りです(笑)

映画はみんな暗い中で集中してみていますから、本当は極力説明ゼリフや字幕は出さないほうがいいんですね。特に冒頭は観客の頭を使わせて、スクリーンに集中できるように持っていくべきです。この冒頭20秒たらずのシーンで、スピルバーグ監督は私たちに脳トレをさせています。ロンドンバスが出てきた、時計が写った。この2つの連想ゲームのおかげで、観客はその後のシーンでも細かいアイテムを気をつけて見るようになります。そうすると、後のシーンででてくる「夢がビンの中にはいっている」シーンでも、「あ、ワルツを踊ってるな」「あっちはドラゴンと戦ってるな」とか細かいところまで見えるんですね。この”観客をスクリーンに引き込む”テクニックはとんでもないです。

他には長回しもあります。近年のスピルバーグのアイコンといえば、リドリー・スコットがライバル心をむき出しにした「プライベート・ライアン(1998)の冒頭長回しカット」です。あれも作品冒頭の情報密度をマックスまで上げる事で観客を引き込む手法でした。今回はそのプライベート・ライアンよろしく、カメラがグワングワンに飛び交う長回しシーンが何回も登場します。全てソフィーが逃げまわるシーンであり、これがアトラクション感があってムチャクチャ楽しいです。このあたりは子供向け作品としては凄いポイント高いと思います。

【まとめ】

細かい所を書き始めるとキリがないのでまとめに入ります。本作は、子供向け作品として間違いなく普遍的な完成度をもっています。10年後でも、20年後でも、小さなお子さんに見せれば絶対教育上プラスになりますし、なにより面白いです。そういう意味では、リアルタイムで見る必要があるのかと言われるとちょっと怪しいんですが、、、でも映画界への投資だと思って是非見に行ってもらいたいです。

私なんかが書くのはおこがましいのですが、スピルバーグはこの20年ぐらいずっと「歴史的な映画監督になるにあたってユダヤ人が撮るべき作品」という義務感を背負って作品を作ってきました。そのまんまナチスとユダヤ人を描く「シンドラーのリスト(1993)」、奴隷問題を描く「アミスタッド(1997)」、再びWW2の「プライベート・ライアン(1998)」、ユダヤ人が殺されたミュンヘンオリンピック事件を描いた「ミュンヘン(2005)」、20世紀初頭のヨーロッパ史を馬の一生を通して描く「戦火の馬(2011)」、そしてアメリカの礎リンカーンの伝記「リンカーン(2012)」。これらはエンターテイメントというよりは文芸的な意味での”お堅い仕事”であり、歴史に名を残すために必要な”必修科目”なんです。彼の次回作は再び”お堅い仕事”で、19世紀にイタリアで起きたユダヤ人少年の誘拐事件を描いた「The Kidnapping of Edgardo Mortara」の予定です。スピルバーグも今年で70歳ですから、全力で頑張っても、撮れて残り十数本です。そして、スピルバーグ本人がやりたいのは「陰謀サスペンス」と「ジュブナイル」です。彼の生涯の悲願であった「タンタンの冒険」を映画化し終わった今、残りの作品で是非、超楽しいジュブナイルと、猛烈にハードなSF陰謀サスペンスを見たいんです。そのために、スピルバーグが死ぬまで彼が好きな映画を撮りまくれるように、一映画ファンとしてささやかながらお金を落としたいですし、みんなにも見てもらいたいです。

やっぱり、私の世代には、この人は特別です。

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記事の評価
キング・オブ・エジプト

キング・オブ・エジプト

​今日は

「キング・オブ・エジプト」です。

評価:(60/100点) – 楽しいアイドル珍道中映画!


【あらすじ】

古代エジプト。太陽神ラーは2人の息子にエジプトを託す。オシリスには街を。セトには砂漠を。
それから数千年、オシリス王の治世が終わり、その息子ホルスへの禅譲が行われることとなった。ホルスの戴冠式に多くの神々が訪れる中、叔父のセトは戴冠式のまさにその場で実の兄オシリス王を殺し、ホルスの両目を奪い、王位を簒奪する。愛の神ハトホルの嘆願で一命を取り留めたホルスは、復讐を狙う、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ホルスの戴冠式とセトの反乱
※第1ターニングポイント -> ベックがホルスの右目を取り返す
第2幕 -> セト神殿への珍道中
※第2ターニングポイント -> セトがアポピスを召喚する
第3幕 -> オベリスクの決戦


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【感想】

本日は「キング・オブ・エジプト」の字幕版を見てきました。吹き替えが凄いことになってるらしいという噂は聞いてますが、どうにも字幕派でございまして^^; 監督はエジプト生まれのアレックス・プロヤス。ブルース・リーの長男ブランドンの代表作「クロウ/飛翔伝説(1994)」で有名ですが、個人的には「ダークシティ(1998)」とか「ノウイング(2009)」とかの「オカルトちっくなトンデモ映画監督」って印象の方が強いです(笑)。ちなみに漫画「クロウ」の映像化はTBSで深夜にやってたドラマ版の「クロウ 天国への階段(1998)」のが好きだったりもします。
有楽町のスカラ座ではあんまりお客さんが入っていませんでした。650人の箱で多分40-50人くらいです。公開直後にしてはちょっと寂しかったです。

さて、本作はアメリカでぶっ叩かれまくっておりまして、イギリスでもビデオスルーの憂き目に遭っています。ですが、私はこれから(ちょっと無理やりに)全面擁護します!中身にがっつり触れていきますので、未見の方はご注意ください。欠点もいっぱいある映画ですが、すごいニヤニヤしながら観れる愉快な作品です。ぜひ劇場で!

まずは大枠から

本作に一番近いのは、昨日の「セルフレス 覚醒した記憶(2016)」のターセム・シン監督の「インモータルズ-神々の戦い-(2011)」です。っていうか世界設定はほぼ同じです。世界には太陽神ラーをはじめとして多くの神様がいまして、彼らは人間の姿(と言ってもデカい!身長3mぐらい)と獣の姿を自由に変身できます。そのエジプトの神々が統治する世界で、反乱が起きます。正当な王位継承者ながら人間を軽んじているホルスは、簒奪者セトへの復讐を図る過程で協力者の人間コソ泥・ベックと珍道中を繰り広げ、徐々に王としての責任に目覚めていきます。

本作には2つの大きな話があります。1つはホルスの復讐譚。もう1つはベックが亡き恋人ザヤを生き返らせようとする話です。この2つが良い感じに混ざり、怒涛のオカルトクライマックスへなだれ込んで行きます。

すごいヘンテコなストーリー

上の概要だけ見ると超王道ストーリーに見えるかもしれませんが、本作は実際にはすごい変なことになっています。というのも、話の要素/目的がコロコロ変わるからなんですね。

例えば復讐について。本作の劇場予告では「奪われたホルスの目を盗んで世界を救え!」みたいなフレーズが流れるのですが、実際は本作ではホルスの目は探しません(笑)。
ホルスの目は、片目分だけ2幕目冒頭でサクっと盗みまして、もう片目については「どこにあるかわからんから保留!」となります(笑)。2幕目のメインストーリーは、「ラーの”創造の水”をセト神殿の心臓に垂らすことで、セトを弱体化する」ことです。そしてそのセト神殿へ向かう途中で追っ手に襲われたり、スフィンクスが邪魔してきたりするわけです。そんでもって2幕目が終わり全部のちゃぶ台がひっくり返ると、嫌が応にも世界を救うためにセトへ特攻をかけざるをえない緊急事態が起きます。

すると今度は「実はホルスは王の自覚が芽生えると覚醒ホルスに進化して超強くなる」という話に変わるんです。2幕目はなんだったんだっていう話なんですが、気にしてはいけません^^;

このように話がコロコロ変わるので、せっかく出てきたフルアーマー・セトちゃんが、序盤でボコった片目ホルスにあっさり負けたように見えちゃいます。超弱く見えちゃうんですね(笑)。確かにストーリー上は片目がなくても王の自覚で覚醒したホルスはセトより遥かに強いことになってます。筋は通ってるんですが、プロットの問題で分かりづらくなってしまっており、もったいないかぎりです。

そんなこんなでメインストーリーは徘徊老人並みに彷徨っているわけですが、じゃあサイドストーリーのザヤの件はどうかというと、こっちはこっちで無茶苦茶です(笑)

あの世の9つの門をくぐり切ると2度と生き返らないというのをベース設定に、ホルスは「王になれたら生き返らせてやる」とベックに約束します。いろいろあって、ハトホルが死者避けの腕輪というあの世とこの世を行き来できる便利な腕輪をくれることになるんですが、なぜかハトホルはこの世のベックに置いて自分は犠牲になってあの世に行っちゃうんですね。いやいや。犠牲になるならあの世に行ってからザヤに腕輪を渡してくれよってことなんですが、この世に置いて行ってしまったばかりに、ハトホルは無駄死にで終わります。もう、ハトホルったらお茶目なんだから(笑)。そう、本作はですね、登場人物が全員お茶目すぎます。

太陽神ラー、怠慢説

トトだって冷静になればスフィンクスの謎なんてすぐ解けるのに、なぜか超テンパって2度も間違えます。

ベックだってとりあえず創造の水をたらしゃ良いだけなのに、なにを思ったか垂らし損ねます。いやいや、ホルスが嘘つきだろうがなんだろうが、セトが悪なのは確実なんだから垂らせよっていう、、、ね。

さらにはセトちゃんです。セトちゃんは神々の心臓やら脳みそやらを奪って超合神(※いい日本語訳だw)になるんですが、その目的があるならさっさとお目当の神々を襲っとけやって話です。でもセトちゃんはなぜか数ヶ月or数年は泳がしています。なんでしょうね。小悪党特有の余裕ぶっかましでしょうか(笑)。

そして極め付きは太陽神ラーです。本作のラーおじいちゃんは結構マッドサイエンティストなんですが、最後に実はスーパーパワーが使えるのが明らかになります。本人は「借りを返すぞ」とか言ってるんですが、それができるんなら先にオシリスにやれやっていう話です。そうすりゃ映画が15分で終わるのに(笑)。しかも持ってる槍が実はアポピス(キバいっぱいの大蛇)を操れるみたいな設定まで出てきて、いやいや毎晩戦ってたのはなんやねんというおかしなことになってます。ボケ防止のエクササイズだったんでしょうか?

お茶目勢ぞろい=ツッコミ不在のボケ大会

とまぁそんなこんなで登場人物が全員お茶目さん揃いな訳ですが、これがですね、だんだん面白くなってきます(笑)。さながらツッコミ不在のボケ倒し祭りです。劇中にツッコミがいない以上は観客の我々が突っ込まないといけないわけで、だんだんツッコミが忙しくなりすぎて変なテンションになってくるんですね。そうすると、だんだん登場人物たちがキュートに見えてきます。もうね、最後なんて最高ですよ。セトちゃんったらせっかくトトの知識を得たのにそれでもなおボケてますから。元がどんだけ脳筋なんだ(笑)。

ということで、映画が終わると観客のこちらにも、謎の達成感が湧き上がってきてとっても楽しくなります。

【まとめ】

そんなこんなで個人的にはとっても楽しめた映画でした。ちょっとびっくりしたのは、アメリカでの不評の中に結構「デザインがダサい」「CGがしょぼい」ってのがあるんですね。確かに神様のデザインは「牙狼」っぽいというか特撮ヒーローちっくですし、CGの動きはかなりカクカクしてます。でも、このぐらいだと正直言って邦画より遥かによくできてるんですよね^^;やっぱハリウッドのレベルは高いなというべきか、我々が邦画のCGに慣れ過ぎてるのか(笑)、ちょっとカルチャーギャップを感じました。

結構正統派のファンタジーアクション映画ですので、是非劇場へ駆けつけてください!おすすめします。

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イレブン・ミニッツ

イレブン・ミニッツ

​今日の2本目は

「イレブン・ミニッツ」です。

評価:(90/100点) – スコリモフスキ meets ファイナル・デスティネーション!


【あらすじ】

ポーランドのワルシャワ、17時。女優はオーディションのため、夫を置いて一人で監督の部屋へ向かう。自殺未遂をした女は、同棲していた彼の犬を譲り受け、別れを告げられる。学生への性犯罪で保護観察中の男は、公園でホットドッグを売る。質屋に強盗に入った男は、そこでクビを吊った店主を発見する。そして17時11分、なにかが起こる、、、。


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【感想】

今日の2本目はイエジー・スコリモフスキの最新作「イレブン・ミニッツ」です。あんまりお客さんが入っていないのはある程度予想していたのですが、さすがに同じ列のサラリーマンが焼酎と唐揚げを食べ始めたのはびっくりしました(笑)。どうみても映画オタク向けの作品なのに、なんかいいんだか悪いんだか、、、というね、、、。

映画オタク向けと書きましたが、本作はイエジー・スコリモフスキらしからぬ、とても愉快なエンタメ色の強いジャンルムービーです。ですので、是非、映画オタクの方以外にも見ていただきたいです。ここから私はこの作品をがっちり褒めちぎります。細かいネタバレはいたしませんが、どうしても具体的に書かざるを得ない部分がありますので、実際に見てから読んで頂いたほうが良いかと思います。本当におすすめですので、是非劇場で御覧ください!

これは悪趣味ジャンルムービーだ!

いきなりですが、この作品には明確なストーリーがありません。いわゆる物語的な意味での起承転結がなく、ある日の世界の「17時~17時11分」までを切り取った形になっています。なぜ「11分」というハンパな時間なのか?これは映画を見ていただければわかります。

本作には起承転結が無いと書きました。では何があるのかというと、それは「不穏な空気とカタストロフの予感」です。本作では、全編を通して、ひたすら「不穏な空気」が描かれます。明らかに悪事を考えてるっぽいエロ監督と、狙われてるっぽいちょい頭の弱いグラマラスな女優。そこに乱入しようとする左目を怪我した女優の夫。保護観察中のホットドッグ売りと、その息子で麻薬中毒のバイク便配達屋。公園で彼氏を待つのは、手首を切って家に火を付けながらそれでも生き残ってしまった女。全ての登場人物が、何か犯罪の臭いというか危険な雰囲気を漂わせており、いたるところでちょっとしたアクシデントや不吉なイベントが頻発します。空にはよくわからない”何か”が浮かび、部屋には鳩が突っ込んでくる。

群像劇である以上はいつかはこの登場人物たちは交わるわけで、それはもうこの不穏さの積み重ねで破滅するしかあり得ないわけです。いつカタストロフがくるのか?いつこの不穏さが爆発するのか? 見ている私たちはヤキモキ・ハラハラしながら、それを待ち続けます。「お!バーナーに火がついた!」「うぉ、交通事故起きそう!」「うわ、飛行機が低空で!これは9・11か!?」「え!?隕石落ちちゃうの!?アルマゲドン!?」。そういったヤキモキが5分に1回くらいやってきます(笑)。まだこない、、、まだこない、、、うぉ、、、まだだ、、、。こうやってジレている内に、いつしかカタストロフを待ち焦がれてハードルが上がりまくっている自分がいるわけです。そしてついに来る破滅の瞬間!やっときた!ガッツポーーーーズ!しかも笑えるぐらい凄いあさっての方からカタストロフがやって来ます(笑)。この開放感!エクスタシー!最高にスッキリします(笑)。もう完全に「ファイナル・デスティネーション」です。

これだけだと普通のブラックホラー・コメディなんですが、さすがにこれで終わらないのがイエジー・スコリモフスキ。ちゃんとこの後に、「でもこういう劇的な事件は、実は世界中でしょっちゅう起きているんだ。」という締めが加わり、最終的には「人生の不条理さとだからこその面白さ」という人間讃歌に着地します。私たちが出会う人やすれ違っただけの人にも、すべてその瞬間に至る人生の物語があるんだってことですね。つまり、この映画は世界で常に起きていることを、たまたま11分だけ切り取ったという形なんですね。だから起承転結もないし、ドラマが途中から始まるんです。11分っていうのは、おそらく9・11の連想、つまり破滅の時ですね。ついでにホテルの部屋番号も「1111」です。

この結末はとても良くまとまってます。なんですが、なんかこういたずらっこの無理矢理なアリバイ言い訳に聞こえるんですね(笑)。「ほら!悪趣味だけど楽しいだろ!皆好きだろ!あ、一応道徳的な内容なんで、親御さんは子供が見ても怒らないでください。」みたいな変な言い訳(笑)。

とてもお茶目で素晴らしい映画です。

【まとめ】

もうすぐ80歳になる巨匠の最新作がまさかの直球ジャンルムービーという、よくも悪くもとても驚いた作品でした。逆に言うとですね、みんなホラーコメディのことを低俗だの下品だの文句いうなよ!ってことです(笑)。巨魁スコリモフスキも認めた素晴らしいジャンルです。是非是非、「ファイナル・デスティネーション(2000)」「デッドコースター/ファイナル・デスティネーション2(2003)」「ファイナル・デッドコースター(2006)」「ファイナル・デッドサーキット(2009)」「ファイナル・デッドブリッジ(2011)」とセットで見て欲しい作品です。これホント名作です。絶対映画館で見ましょう!

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セルフレス 覚醒した記憶

セルフレス 覚醒した記憶

​今日は二本です。一本目はシャンテで

「セルフレス 覚醒した記憶」を見てきました。

評価:(75/100点) – 古き良きB級午後ロー映画


【あらすじ】

“ニューヨークを作った男”建築王のダミアンは、ガンに蝕まれ余命半年を宣告されていた。まだまだ若いもんには負けんという心意気はあるが、確実に死が近づいている。そんな折、彼の家にオルブライト博士の名刺が届く。博士は「人間の脱皮」として、魂を別の”器”へ移す研究を行っていた。人生最後の賭けとして、ダミアンは博士に依頼し、若い肉体への”脱皮”手術を行う、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ガンとオルブライト博士
※第1ターニングポイント -> ダミアンがキドナーとして生まれ変わる
第2幕 -> キドナーの生活と手術の秘密
※第2ターニングポイント -> マデリンとアナが誘拐される
第3幕 -> ラボへの潜入


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【感想】

今日はお休みをとって二本見てきました。一本目はターセム・シン監督の「セルフレス 覚醒した記憶」です。平日昼の回なのに意外と年配の方で埋まっており、ライアン・レイノルズ人気を感じました。

良きB級アクションSF

私、何が好きってB級SFアクションほど好きなものはありません(笑)。ターセム・シン監督といえばスローモーションの面白映像と気持ち悪い変なアーティスティック映像加工が特徴なわけで、それがSFアクションとくっついたら面白く無いはずがありません!

そんなこんなでかなり鼻息荒く見てきたんですが、これですね、すごい午後のロードショーっぽいんですね(笑)。面白映像はエッセンス程度に留まっていて、全体はこれでもかっていうミニマムかつバカっぽいアクション映画。肉弾戦と1:2カーチェイスが一番お金かかってるんじゃないかってくらいの節約っぷりで、前作「インモータルズ-神々の戦い-(2011)」とは180度違います。あっちはCGバリバリ、ケレン味たっぷり、話は一直線って言う王道の大作アクションエンタメ映画でした。対する今作は、もうユーロッパコープが作ってるんじゃないかっていうくらいアホっぽい体を張ったアクションです(笑)。

話はいたってシンプル。初代「仮面ライダー」と一緒です。主人公が改造人間になって、自分を改造した(=生みの親)悪の博士をぶっ殺しに行くっていう王道のエディプスコンプレックスもの。そこにさらに父と娘の確執と修復みたいなものも混ぜ、「親殺しかつ娘との仲直り」という世のお父様の不満を綺麗さっぱり解消する作品となっております。しかも、「まさかこのまんまなんてことないだろうな、、、」と不安だった私の懸念点も、最後にきっちり落とし前つけてくれました。ターセム!あんた、わかってる!わかってるよ!(サムズアップ)
作品のテーマとターゲティングが一致しすぎていて、あざとすぎるんじゃないかと思いつつ、泣いてしまいました(笑)。

いいキャラが勢ぞろい!

本作は、正直に言うと話は全部どっかで見たようなよくある内容です。それなのにめちゃくちゃ楽しく見られるっていうのは、やっぱり俳優さんたちの強度が素晴らしいからなんですね。

特にライアン・レイノルズ。ものすごいイケメンでガタイも良いのに、場面によってはタレ目かつ寄り目でちょっととぼけて見えたり、微妙に頼りなさそうに見えるんですね。この場面場面でガラッっと変わる顔の印象が、本作のような「巻き込まれ型」のサスペンスにはとってもハマってます。困ったな〜って言いながら危なげなく敵をなぎ倒していく感じが最高です。正当なリーアム・ニーソンの後継者です(笑)。

後は敵のマシュー・グードですね。「ウォッチメン(2009)」のオジマンディアスにしても、「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(2014)」のアレグザンダーにしても、こう何考えてるかよくわからん天才というか、淡々とモノ凄いことをやらかす雰囲気が100点満点です。無表情で目の焦点が合ってない感じですね。
もうね、この主人公と敵をキャスティングしてアクション物やろうっていう企画の時点で8割型勝ってると思います(笑)。

【まとめ】

B級アクションのお約束をちゃんと踏襲した上で安定して見せ場を供給してくれるとっても良い作品でした。大作感は全くないですから1800円出すにはちょっと、、、と思われてしまうかもしれませんが、見て損はありません。レンタルでも午後ロー待ち(※やるよね!絶対)でも良いので、ぜひ見て欲しい作品です。結構本気でオススメします!

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グランド・イリュージョン 見破られたトリック

グランド・イリュージョン 見破られたトリック

今日はレイトで

「グランド・イリュージョン 見破られたトリック」を見てきました。

評価:(20/100点) – 90億円かけたVシネマ


【あらすじ】

マジシャン義賊団・ホースメンは前作から一年間地下に潜っていた。そんな休止活動中のおり、リーダーのディランから新しいミッションを与えられる。次なるターゲットはモバイルのセキュリティ会社。個人情報を抜き取る悪巧みを暴露するため新作発表会に乗り込むホースメン達だったが、実はこれは宿敵の罠だった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ホースメンの新人と、1年ぶりの復帰。
※第1ターニングポイント -> マカオに飛ばされる
第2幕 -> マカオでのチップ泥棒
※第2ターニングポイント -> ディランと合流する。
第3幕 -> アーサー親子退治大作戦


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【感想】

今日は、「グランド・イリュージョン 見破られたトリック」を見てきました。たま~にある映画の日を初日にするパターンの変則公開作です。レイトショーでしたが、意外とお客さんが入ってました。
いきなりですが、本作は結構アレな感じになってまして、正直そんなに書くことが浮かびません(笑)。というかあんまりモチベーションの上がらない作品でした。なのでサラっと要点だけ書かせていただきます。

滅茶苦茶

本作は、「グランド・イリュージョン(2013)」の続編です。前作はいわゆる変人チームものとして、B級ながら結構良くできてました。手品の神様「ジ・アイ」という幻のチームに入るため、個性的なマジシャン4人組「フォー・ホースメン」がねずみ小僧よろしく上流階級をだまくらかしてお金を毟り取っていく「痛快ピカレスク映画」です。前作は、ホースメンのメンバー達のキャラクターを上手く立てながら、強烈にB級臭い「どんでん返しサスペンス」みたいなのを展開しており、楽しかったです。いわゆる「シネパトス映画」ですね(笑)。
当時乗りに乗っていたジェシー・アイゼンバーグと、一部でカルト的な人気があったウディ・ハレルソンの起用も手伝って、前作は制作費7,500万ドルに対して3億ドル近くを稼ぎ出しました。

そんな「グランド・イリュージョン」の期待の続編ですから、これはもうキャラモノに決まってるじゃん!、、、、と思っていると、なんとチームの紅一点アイラ・フィッシャーが降板しております。いきなり「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン(2011)」や「ベスト・キッド2(1986)」並の唐突なヒロイン交代劇に驚いていると、さらにですね、話の流れについていくのが精一杯なグダグダっぷり。基本的に今回はダニエル・ラドクリフ(ハリー・ポッター)が敵なんですが、この敵とのパワーバランスが凄い分かりにくいんです。前作でB級感むき出しで好評だったラストの「どんでん返し」を意識するあまり、作中に何回もどんでん返しを重ねていくため、おまえ「ワイルドシングス(1998)」か?っていうくらいの頻度で、もうなんか行き当たりばったりにしか見えないんですね。「ハリー・ポッターにはめられた!」→「でも出しぬいてやったぜ!」→「やっぱりはめられてた!」→「まだまだもっかい出し抜くぜ!」→「モーガン・フリーマンにもはめられた!」→「甘いわ!また出しぬいたぜ!」・・・・・これがもう2回くらい重なります。ワンパターンっていうよりも、なんかしつこいっていうか、適当っていうか、、、なんなんでしょう。
FBIは無能な上に何故か海外まで出張ってくるし、最高セキュリティのチップを盗むっていってるのにやってることは防犯カメラ1個で見破られるようなトリックだったり、細かいディテールも結構酷いです。

さすがになんかこの映画おかしいぞ、、、と思って調べたら、監督が変わってるんですね。前作は「トランスポーター(2002)」シリーズでお馴染みのルイ・レテリエ。対して今回は悪名高き「GIジョー バック2リベンジ(2013)」の朱 浩偉(ジョン・マレー・チュウ)。これね、、、だめだってこういうことしちゃ(笑)。どうせ誰がやってもキャラ人気でお客さんは入るからっていうこの、、、ね。

しかも、このシリーズって手品が題材ということで非常に映像化が難しいんですね。だって今の映画ってCGという名前の種も仕掛けもバリバリあるトリックを普通に使ってるんですから。スーパーマンはCGで空を飛べるし、ハリー・ポッターだってCGで姿を消せます。だから映画で手品を扱うってそもそも無理ゲーなんです。本作でも、手品の後に胡散臭い理屈が出てくるんですが、「いや、でもそれCGっしょ」というのが随所にあり結構冷めます。映画内でお盆がビジネスバッグに突然変わっても、別に驚かないんです。

そんなこんなで、作品中のホースメンの手品はほとんど魔法化しています。魔法使いチームのケイパー映画って言えば聞こえは良いんですが、ただあんまりお互いの能力を補完したりっていうチーム戦略は無いんですね。特にウディ・ハレルソン演じるメリットの催眠術は、もうなんでもアリです。あまりに便利すぎるため、敵側にも同じ能力の双子をおいちゃうくらいに(笑)。作ってる方も結構やっつけ仕事だなっていうのが露骨です。

【まとめ】

もともとがチームモノの続編なのでキャラさえ立ってればOKみたいな所はあるんですが、そのせっかくのキャラがボロボロのストーリーで完全に潰されちゃってました。あまつさえ前作を全否定するラストをもってくるって、一体この映画は誰向けなんでしょう。シーン単位では勢いがあるので、大枠にさえ目をつぶれば耐えられないことは無い、、、というぐらいのかなり厳しい印象でした。

超余談ですが、魔法使い軍団の敵が悪い顔のハリー・ポッターって時点で悪ふざけだよな、、、って感じなので、そこで爆笑できるセンスがあればいけると思います、、、。

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