コクリコ坂から

コクリコ坂から

どんどん行きますよ!
ということで7月17日はゴロちゃんの奇跡の最新作

コクリコ坂から」でした。

評価:(70/100点) – ボロボロ!?冗談じゃない! 大成長やないけ!!!


【あらすじ】

松崎海は幼くして父を失い、おばあちゃんの下宿を一人で切り盛りしていた。母はアメリカ留学中の医者で、長らく家に帰っていない。
ある日、海は学校でひょんなことから風間俊と出会う。次第に魅かれ合う2人だったが、なんと二人の父親は同じだった、、、、。


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【感想】

7月17日はジブリ最新作にしてプリンス・ゴローのまさかの新作「コクリコ坂から」です。横浜のブルク13で見たんですが、完全に埋まっている大箱は初めてでした。さすがに日テレ・三菱商事・電通という超巨大資本が総力を挙げて大プッシュする映画です。
いきなり結論を書いてしまいますと、前作が前作だったのでものすごいハードルが下がっていた分を差し引いても普通に良く出来てました。もちろん海と俊が好き合うタイミングが分からないとか、ごねてた割には最後に納得するのが早すぎとか色々引っ掛かる部分はあるのですが、しかし決定的に甘酸っぱさがきっちり描けています。
カリチュラタンという古いクラブ棟を舞台にしたちょっと自虐的にも見える学生運動”感”であったり何度も流れる「上を向いて歩こう」だったり、ベタベタすぎてむしろファンタジックに見えてしまう過剰なノスタルジー描写だったりも、これを44歳のプリンス・ゴローが作っているのだと思えば大変微笑ましく感じるのは贔屓しすぎでしょうか?
だって彼の年齢を考えればいわゆる「バブル世代」のど真ん中なわけですよ。しかも親父が親父ですから。そりゃあね、本気でマボだエガだと言っていた流行り病を描くのは無理です。だったらすっごいノスタルジアに落とし込むしかないじゃないですか。元々この作品の企画は親父の方が(いつものサディスティック・ロリコン癖をこじらせて)入れ込んでいたわけで、乱暴に言えば、しかめっつらの不憫な女の子が前向きに頑張ってればそれで万事OKなわけですよ。だから全く問題ありません。ジブリ映画っぽさをきちんと出した上で、普通に良く出来ています。
ただ、こういっては何ですが、やっぱり吾朗氏の作家性みたいなものはあんまり見えないんです。良くも悪くも劣化コピーというか、あくまでも親父の企画を親父っぽくやろうとしてそれなりに出来てるという、、、、、ね、、、、、いろいろあるじゃないですか、この親子(苦笑)。だから一概に「大成長」といっていいかがちょっと分かりません。単品の映画としては、それこそ「平成狸合戦ぽんぽこ」とか「猫の恩返し」あたりと並んでるような感覚です。でも高畑勲がいつの間にかフランス文学者かぶれになって大先生になってしまった今(笑)、ジブリとしては劣化コピーだろうがなんだろうが宮崎駿テイストを受け継いでかつ周りが納得するネームが必要なわけで、それってやっぱりプリンスに白羽の矢がたっちゃうのは仕方が無いと思うんです。本人はすごい嫌でしょうし、間違いなく周りからはマイナス評価スタートで見られるでしょうけど。だからこの映画で一番の見所って言うのは、前作の「ゲド戦記」で才能無いだの二度とでてくるなだの散々な言われようだった(そして私もジブリ美術館の自宅警備員に戻れとか言ってましたがw)ゴロちゃんが、案外なんとかなるかも知れないという希望が見えたってことだと思うんです。劉禅だと思ったら関平だったみたいなw
だから見守る意味でも十分に劇場で見る価値があります。いいじゃない親父っぽくても。いいじゃない親父より下手でも。っていうか親父より上手い監督なんて富野由悠季と出崎統ぐらいだから安心していいですよ。
親父が学生時代にナウシカの企画を虫プロに持ち込んで手塚治虫にボロクソいわれてから反骨心で超進化したって言うのは有名な話です。ゴロちゃんだってゲド戦記でボロクソいわれてからどうしたかっていうのが大事なわけです。少なくとも本作を見る限りではある程度割り切って親父の真似をする限りは化けるかもしれないって分かったので、それで十分だとおもいます。
ということで、オススメです!!! いや、本当に見といた方がいいですよ。10年後に本当に化けてる気がします。

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アイ・アム・ナンバー4

アイ・アム・ナンバー4

やっつけ仕事パート3は

アイ・アム・ナンバー4」です。

評価:(85 /100点) – ジョックス共よ、帰宅部の本気を見せてやる!!!!


【あらすじ】

宇宙の侵略者モガドリアン達によって故郷をまさに破壊されようとしていたロリアン人たちは、最後の希望を9人の子供達に託し守護者と共に地球に避難させることにした。
それから十数年、ナンバー4と呼ばれるロリアンの少年は、偽名を使いながら父親代わりのヘンリーと逃走生活を送っていた。ある日、いつものように転校してきたオハイオのパラダイス高校でジョン・スミス(=アメリカ人の典型的な偽名。山田太郎みたいな感じ。)と名乗った彼は、学校でカメラマンをするサラと出会う。ミステリアスなジョンの雰囲気に魅かれるサラと良い感じの雰囲気になるものの、彼女にはアメフト部のエースで学園を牛耳る元カレのマークが居たのだ! マークはあまりの傲慢さからサラに振られたにも関わらず、まだまだ未練タラタラでちょっかいを出してくる。やがてジョンがロリアン人としての真の力に目覚めるとき、世を忍ぶ帰宅部員vs学園ナンバーワン・ジョクスの究極の恋愛闘争が始まる!! 果たしてジョンはマークを倒せるのか!? サラとの恋の行方は!? そして蚊帳の外におかれたモガドリアン達のロリアン人狩りは成功するのか!? 今、宇宙を揺るがす戦いがオハイオ州パラダイス高校のアメフト場で切って落とされる!!!!!!


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【感想】

さて、やっつけ仕事の3本目は「アイ・アム・ナンバー4」です。本作は一見すると超能力ヒーローものかと思いますが、実際には正当な学園ラブコメとなっています。あきらかにスーパーマン・クラーク=ケントを意識した設定で登場するナンバー4・ジョン=スミスは、転校早々にちょっと問題児っぽい美人カメラマンのサラ(=これがモロにスーパーマンのヒロイン・ロイス)と陰謀論者兼SFオタクでいじめられっ子のサムと出会います。この3人組とサラの元カレにしてジョックス代表のようなイケ好かないマーク&取り巻きとの戦いが作品の大部分を占めます。すなわち、ナードとジョックスが学園有数のプロム・クイーンを奪い合うという典型的なラブコメものです。ここに宇宙からの侵略者・モガドリアンが入り乱れて、非常に大がかりな大スペクタクル・アホ大戦が始まりますw アメフト野郎は終始情けない醜態を晒し続け父親にまで泣きついたあげくにモガドリアンに一蹴さられてしまいますし、ラストには聖地・アメフト場がジョンの本気によって見るも無惨な大爆発を起こしてしまいます。この作品を書いた人は本当にジョックスが嫌いなのねw
一方のナード軍団はパラダイスです。ジョンはきっちりサラをゲットしますし、なんとオタクのサム君にもスレンダーなのに超強いワイルド系美女・ナンバー6・ジャン・ドー(山田花子的な偽名)が割り当てられます。つまりナード軍団完全勝利!小五月蠅い保護者も居なくなって、ジョックス共はボコって改心、完全なるパラダイスが待っています!!
ということで、ヒーローモノかと思ったら実は頭の悪い童貞バンザイ映画だったわけです。つまり、、、、我々の大好物!!!!!
オススメです!!!! 絶対オススメです!!!!!

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少女たちの羅針盤

少女たちの羅針盤

土曜の2本目は

「少女たちの羅針盤」を見ました。

評価:(8/100点) – 内容もドラマも無い「アイドル青春まったり映画」。


【あらすじ】

ネット映画の撮影で福山を訪れた女優のマリアは、地元では名の通った存在だった。ミステリー仕立ての映画で、監督より台本が最終稿でガラッと変わったと告げられる。
どうにか撮影を続けるマリアだったが、控え室でメイクをしていた彼女の元に脅迫文が届く。かつて仲間だったインディ劇団・羅針盤のメンバーを殺したというマリア。脅迫者はその事実を知って脅してきているのだ。それは、4年前の出来事だった、、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> マリアの撮影と脅迫。
 ※第1ターニングポイント -> 羅針盤結成。
第2幕 -> 羅針盤のストリート・デビューと市のイベント。
 ※第2ターニングポイント -> 仲間が自殺する。
第3幕 -> 現代での復讐。


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【感想】

昨日の二本目は「少女たちの羅針盤」でした。「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」の優秀作の映画化ということですが、原作は未見です。言われてみれば福山駅前のロータリーで古墳が出たとかいって工事してる時に島田荘司のでっかい看板が立ってた気がしますw
監督は長崎俊一。すみませんがこの人の映画はみんな大好き栗山千明のデビュー作「死国」以外見たことがありません。本当にすみません。
公開初日でしたが結構ガラガラでした。せっかく成海璃子と忽那汐里に加えて美少女クラブ21の森田彩華とおまけで草刈正雄の娘まででてるのに、酷い話しです。
さて、ここで毎度毎度のお約束です。結末ずばりは書きませんが、以降を読めばたぶん犯人やそのほか諸々は感づいてしまうと思います。未見の方で見る予定がある方はお気を付け下さい。つまんない映画ですが、主演の羅針盤の4人組はなかなかナイスなので顔を見ているだけでなんとかやり過ごせますよ。

は、、、、話しが無い、、、、。

さて、いきなりですが本作の公式キャッチコピーを見てみましょう。「ねえ、殺すって どんな気持だった」。いきなり看板に偽り有りです。本作は駆け出しっぽい女優(アイドル?)のマリアが撮影現場に入るところから始まります。で、彼女の独白形式で彼女がかつて人を殺したことが分かるんですが、、、、「じゃあこのキャッチコピーって誰の台詞?」ってなるわけで、作品を見てお分かりのとおり”アイツ”なワケです。っていうか主演の成海璃子がイケイケで友人を巻き込んでいく話しなんで最初っから分かりきってるんですけどね。
本作は、現代のマリアの撮影現場での会話と脅迫をフックにして物語が進んで行きます。つまり、劇中内監督の「マリアちゃん羅針盤にいたんでしょ?この辺じゃ有名だよ。」と、「私は人を殺しました。」の2つです。ここから4年前に舞台が移ります。
こういう流れですので当然観客が期待するのは「伝説的な羅針盤とはそもそもどういうグループで、どうして地元で有名なのか」と「羅針盤にどういういざこざがあって殺人事件にまで至ったのか」です。私はいますごく当たり前のことしか書いていません。だってこの2つがフックで過去の話にいくんですから。

フックがフックになって無いんですけど、、、、、。

ところが、、、、、これがびっくりするんですが、両方ともショボいというか見当外れなんですね、、、。まずそもそも「伝説的な羅針盤」というところが微妙です。映画のほぼ7割ぐらいはこの羅針盤が結成されてからストリートで人気が出てステージバトル・フェスティバルに出場し話題になるという過程です。要は「部活/サークルの活動シーン」なわけですが、伝説にまでなる意味がわからないんです。だって特別に何かの賞をとったわけでもないですし、テレビに出たわけでもありません。あくまでも商店街のストリートパフォーマンスで口コミで広がり、そして大勢の観客の前で披露してスタンディングオベーションを貰うわけです。
で、、、たぶん椅子の形からしてステージバトル・フェスティバルの会場は福山市の神辺文化会館の大ホールだと思うんですが、ここって公称で800人ぐらいしか入らないんですね。つまり、多く見積もってもストリート入れて1000人前後しか見てないワケです。これって映画監督が演技を評価するほどの伝説にはほど遠いので、、、なんなんでしょう???

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※椅子・手すりの形・配置が一緒です。
左:公式ポスター
右:神辺文化会館の大ホール
(こちらのサイトからお借りしました。 http://www.cheriver.com/blog/?m=201012 )

ちなみに、本作を最後まで見ると分かるんですが、この劇中の映画監督も人間違いをしているので、実は伝説でもなんでもなくて監督が知ったかぶっただけっていうオチがたぶん正解ですw
っていうか劇中の描き方だと、マリアの方が羅針盤のメンバーなんかよりよっぽど昔から地元の有名人なんじゃないの? しかも普通だったらアリキリの石井扮するマネージャーも事件の事は知ってるでしょ。それって藤谷文子さんのマネージャーがセガールの事を知らないのと同じ様なものでしょ。または後藤真希のマネージャーがEE JUMPの事を知らないようなものでしょ。まぁいいですけど。
またどうしても突っ込まざるを得ないのは、ラストで告発者として出てくる羅針盤メンバーです。彼女たちを同じ女優さんが回想シーンのまんまで演じているわけですが、高校から大学への4年って顔や体格や服装は結構変わりまっせ、、、、これも別にいいですけど。
もう一つのフック、つまり「どういういざこざがあって殺人事件にまで至ったのか」ですが、これがもっと驚くことになってます。この「メンバーの死」は殺人事件では無く飛び降り自殺として不審点も無いまま普通に警察処理されているんです。つまり、そもそもフックになってないw ミステリーで殺人事件が題材になる以上は、「あの子が自殺するわけがない!!!!」みたいな感情論だけではなく、明らかに不可思議な点が無いといけません。じゃないとそもそも謎解きが始まりません。本作の場合、実際に始まらないんですけどね、、、、、、これってミステリーか???
本作の中ではなんとまぁ恐ろしい事に、事件をメンバーが独自に捜査するというあってしかるべきな描写が何一つありません。飛び降り自殺が起きると、すぐに過去の話から現在の話しに舞台が移って解決編が始まります。なのでさっぱり意味がわからないんです。そもそも事件そのものに「謎」が無いのに、捜査も無いままにいきなり「犯人はオマエだ!!!」みたいな話しになるので、まったくついて行けません。支離滅裂。
そんなわけで、本作には話しもドラマもないんです。そもそも語られるべきものが何も無い。そうすると、そういった支離滅裂とした要素を省いた残りはなんなのか??? これはもう「旬のアイドル/女優4人がいちゃつく様子をみるだけ」というピュアな、、、本当にピュアな意味でのアイドル要素しか残らないんです。
唯一の救いはアイドル要素としての「美少女4人のいちゃつきあい」としては何とか格好だけは付いているという点です。だからギリギリ、本当にギリギリの所でなんとか頑張れば2時間耐えることが出来ます。「耐える」という表現が全てを物語っています、、、。

【まとめ】

いろいろ書いてきましたが、本作はまったくミステリーではありません。ですから公式の予告やサイトで期待して見にいくのは大変危険です。あくまでも成海璃子の男気に胸を熱くし、忽那汐里の透明感に惚れ惚れし、草刈麻有の幸薄い感じを心配しつつ、森田彩華を懐かしく愛でる、、、、そういう一部の特殊な人向けの作品です。
個人的には全く問題ありませんが、、、、ちょっと映画として人様にオススメするのははばかられます。でもやっぱりせっかくの成海璃子の新作なので、超オススメです!!!!

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スコット・ピルグリム vs. 邪悪な元カレ軍団

スコット・ピルグリム vs. 邪悪な元カレ軍団

連休2日目は渋谷で単館系を2本です。1本目は

スコット・ピルグリム vs. 邪悪な元カレ軍団」です。

評価:(90/100点) – やっと来た! ファミコン世代感涙のアホ・コメディ・アクション・恋愛映画!


【あらすじ】

スコット・ピルグリムは無職でロックバンド「セックス・ボブ・オム」のベーシストのダメ人間である。最近17歳で中国系の彼女ができて浮かれている。そんな彼はある日、白昼夢を見てしまう。そして白昼夢で見かけたピンク髪の女性に一目惚れをしてしまう。ところがなんと、17歳の彼女ナイブス・チャウと図書館でデート中に夢の女性を見かける。どうしても彼女の事が知りたい彼はその日の夜パーティで聞き込みを行い、ついにピンク髪の女性ラモーナを発見する。なんだかんだで付き合う事になるスコットとラモーナだったが、なんとラモーナには元カレ達で組織された「エクシズ」というグループが付いていた! スコットの前に立ちはだかるエクシズの面々。はたしてスコットはエクシズを乗り越えてラモーナとの幸せを掴むことが出来るのか?

【三幕構成】

第1幕 -> スコットとチャウとの付き合いと白昼夢
 ※第1ターニングポイント -> ラモーナと付き合うことになる
第2幕 -> エクシズとの戦い。
 ※第2ターニングポイント -> ラモーナがギデオンについて行く
第3幕 -> ギデオンとの決闘。


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【感想】

本日の一本目は「スコット・ピルグリム vs. 邪悪な元カレ軍団」です。邦題について言いたいことはありますが、まずは公開されただけで良かったです。署名活動に携わった方々、本当にお疲れ様でした。
が、、、が、、、、、観客が少ない!!!!!!
渋谷のシネマライズで見ましたが、お客さんの入りは6~7割ぐらいでした。たしかにポスターを見るだにオタク向けですしアメリカでは盛大に転けていますが、あまりにもあんまりです。とりあえずこういう面白い映画に人が入らなくて公開されなくなるのは嫌なので、拡大ロードショーになる5月半ばにはもう一回見に行きます。
本作はテレビゲームやアニメへのオマージュがとてつもない事になっていて物凄い情報量を畳みかけてきますので、詳しく知りたい方は今月号の映画秘宝を読んで下さいw 主要所は全部載ってます。また下記のサイトがアメリカのオタク達がみんなで元ネタを持ち寄ったwikiです。
http://scottpilgrim.wikia.com/wiki/Scott_Pilgrim_Wiki
こいったオタクマインド全開なアホ映画ですので、好きな人には本当に心に刺さります。いきなり冒頭のユニバーサルロゴがドット絵かつ音も8ビット音楽だったり、「ファイナルファンタジー2だ!!!」とか言ってFF2のバトルBGMをベースで弾き始めたり、ストリートファイターの声が入ったり、スーパーマンリターンズでクラークケントを演じたブランドン・ラウスが胸に「3」のマークをつけて野菜好きのサイヤ人になってギターヒーロー対決したり、挙げればキリが無いくらい頭の悪いアホネタの宝庫になっています。
もし難点があるとすれば、スコットがナイブスと付き合ってるのに当然のようにラモーナと二股を掛けたり、ラモーナも元カレ軍団になんにも言わなかったり、ちょっと自分勝手過ぎる点です。結構ナイブスが健気で可哀想ですし、セックス・ボブ・オムのドラマー・キムもかなりツンデレで可哀想な人になっています。
ただ、軽く引くぐらい物凄いテンションで押し切っていますので、笑っていると2時間があっという間に経ってしまいます。圧倒的に頭の悪い戦いの数々と、そして頭の悪いゲイネタの数々。とにかく、20代~40代前半までの人ならど真ん中で突き刺さるはずですので、見に行ってみて下さい。
内容はありませんので(笑)、ただただとっても愉快な2時間が過ごせます。「高校デビュー」のような芸人の一発ネタを出してくる邦画と何が違うのかと言われてしまうかも知れませんが、本作はエドガー・ライトがきちんとしたテクニックでかなり上手く演出しています。だから所々は頭が悪くても、全体としては普通に良く出来た映画です。ファミコン世代は確実に見ておくべき青春映画です。超おすすめ大プッシュです。

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SOMEWHERE

SOMEWHERE

土曜の2本目は

SOMEWHERE」です。

評価:(100/100点) – 完璧!!!


【あらすじ】

ジョニー・マルコは映画俳優である。ハリウッドのサンセット通りにあるシャトー・マーモントに部屋を借り、新作映画のプロモーションをしながら自堕落な生活を送っていた。フェラーリを乗り回し、派手なパーティをし、女性と遊んでも、彼の気は晴れない。
ある日目が覚めると妻のレイラと娘のクレオが部屋に来ていた。レイラは一日クレオの世話を頼んでいく、、、。


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【感想】

土曜の2本目はソフィア・コッポラの最新作「SOMEWHERE」です。昨年のヴェネチア国際映画祭の金獅子賞(グランプリ)作品です。ですが、、、あんまり観客は入っていませんでした。せっかく半年で日本公開されたっていうのに寂しいことです。
さて、本作は本当に心の底からオススメしたいすばらしい作品です。とにかく、演出も、シーンの繋ぎ方も、俳優も、文句の付けようがありません。ですから、いまから書くような細かい事ははっきり言ってどうでもいいので、とにかく見に行ってください。しかも特に小難しい作品ではありませんから誰でも理解出来るはずです。絶対に映画館で見るべきです。

物語の妙

本作のストーリーは大変シンプルです。自堕落に過ごしてきた男が娘と一緒に過ごさざるを得なくなったことで人生を見つめ直します。この物語は娘からすれば「自分の事を構ってくれない父親が反省する話し」であり、父親から見れば「愛する娘の存在を再確認して改心する話し」です。つまりはファザー・コンプレックスが炸裂しているわけで、これはどう考えてもソフィア・コッポラ自身の人生のテーマであるわけです。
偉大すぎる父親を持ち、その親馬鹿っぷりが発揮した「ゴッドファーザーPartIII」ではファンに猛バッシングを食らったソフィアだからこそ撮れるテーマです。しかも彼女はその後映像オタクでダメ人間のスパイク・ジョーンズと結婚・離婚し、同じく映画オタクで足フェチな変態のタランティーノと付き合ってたワケで、どう考えても根が深いファザコンです。しかも今度付き合ってるのは5歳年下のバンドマンです。居るんですよ、こういうファザコンを拗らせて変な母性に目覚めてダメ人間を保護し続けるタイプの女性ってw
本作の場合、この親子にスティーブン・ドーフとエル・ファニングというとてつもない実力派のコンビを送り込んでくるわけです。弁護のしようがない無いダメ人間ながらギリギリで嫌悪感を抱かれないレベルのドーフと、あまりの透明感にちょっと浮世離れしてさえ見えるエル・ファニング。その浮世離れした雰囲気があるからこそ、最終盤でクレオの人間らしさが見えた瞬間にどうしようもなく私達の心を動かしてきます。
私が本作を見ていて一番驚いたのは、クレオがフィギュアスケートを行うシーンまでの展開の巧さです。このシーンは直前のポールダンスのシーンと対応しています。共に「音楽をバックに女性が踊る(回る)」のですが、ポールダンスには彼はほとんど関心を示しません。1回目は寝てしまい、2回目はダンス自体ではなくその後の情事を目当てにしています。ところがスケートは違います。彼はやはり最初関心を示さず本を読んでいますが、次第に娘の踊りにのめりこんでいき、最後には力一杯の拍手を送ります。このシーンが作品内のジョニーの転機です。ここで彼は自堕落な女性遊びよりも娘の方を無意識に選んだわけです。ここから、ジョニーとクレオの幸せな親子の日常が始まります。
それでもなお、彼は娘の見ていないところで女性遊びを続けます。つまり彼は最終盤のあるシーンまで、やはり自分にとって女性遊びよりも娘の方が大事だということに無自覚なんです。スクリーンに映る表情を見ていれば明らかなんですが、彼自身はなかなか気付きません。
ですから妻にまで愛想を尽かされたジョニーが最後に見せる覚悟は、やっぱり美しいわけで涙をさそうんです。
その覚悟っていうのはジョニーの投了宣言なんです。それまで好き勝手に青春を謳歌していた男が、ついに大人の男になって家族と向き合う決意をするんです。その舞台がまた「シャトー・マーモント」っていうのも気が利いています。シャトー・マーモントはハリウッドセレブやロックスター達がどんちゃん騒ぎをして夢をみる場所なんです。ジョニーはそこから抜け出すんです。だからこれは「パーティーは終わり」ってことなんです。

【まとめ】

本作は非常にシンプルですが、間の取り方が絶妙です。おそらくアート系の映画やインディ映画を見慣れていなくても、その品の良さと圧倒的なスクリーンの雰囲気作りは伝わると思います。本作においてジョニーとクレオの過ごした時間は、ダメ人間のジョニーを改心させられるだけの魅力をもっていないと説得力がありません。そして実際に大変魅力的に撮れています。だから、本作に文句は1カ所もありません。全てが素晴らしく、全てが完璧です。
オススメとか緩い言い方ではなく、悪い事は言わないので絶対に見た方が良いです。間違いなくソフィア・コッポラの代表作であり、男の成長物語としてはある種の到達点にあると思います。

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高校デビュー

高校デビュー

昨日の1本目は

高校デビュー」に突撃してきました。

評価:(1/100点) – なんかもう酷すぎて言葉が出ない、、、。。


【あらすじ】

長嶋晴菜は中学時代にソフトボール一筋で全国大会を制した。しかし彼女はどうしても恋愛がしたくて仕方が無い。高校デビューを目論みオシャレして街角に立ってみたものの、晴菜はまったくナンパされない。そんな晴菜は、友人の真巳に助言され街で見かけたイケメンの小宮山ヨウにコーチをお願いする、、、。


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【感想】

土曜の一本目は「高校デビュー」です。原作の存在を知らずに前知識ゼロで見に行きました。観客席は8割方埋まっていまして、そのほとんどがたぶん中学生~高校生ぐらいの女の子組で男は数人しか居ませんでした。ここまで極端なのは「君に届け」以来だと思います。漫画の売り上げは累計600万部越えということなので、単純に13巻で割っても46万人ぐらいが単行本を買っている計算です。そりゃ劇場に人も入るはずです。
肝心の感想なんですが、正直に言うとこの作品についてはあんまりテンションが高くありません。1点を付けといてなんですが、実は腹も立っていません。
というのも、結局この作品を構成している要素が私にとってはどうでも良いからです。「芸人の寒い一発ギャグ」。一人言を大袈裟に口に出すような「ファンシーセンス」。走っている足下に土煙をCGで足したり、3階(2階?)の階段から地面まで女の子が飛び降りて着地してしまうようなリアリティのカケラもない「コメディセンス」。その全てがどうでも良いです。
でまぁハッキリと書いてしまうと、こういうのが好きだっていう人が居るのは別に良いと思うんです。実際に見ていた女子中学生達は温水洋一のズラが飛ぶところで笑ってるわけですよ。私には面白さのカケラも分かりませんが、でも笑ってるんです。彼女たちにはたぶん「エンタの神様」とか「レッドカーペット」とか、ああいう条件反射の笑いが染み込んじゃっているって事だと思うんです。な~んにも頭を使わないで、ただ「ここは笑うところですよ~」「ほら、ギャグ言ってるから笑ってくださ~い」っていう指示をそのまま素直に受け入れるように教育されちゃってるんです。だから、別にそれはそれで良いんです。つまらないのが分かってるのにこんな映画を見に行った私が悪いんです。すいませんでした。
作品としては本当に褒めるところが1カ所も見当たりません。最初から最後まで、終始オーバーリアクションでファンシーな演出が繰り返し繰り返し同じトーンでスクリーンに映されます。監督が盛り上げたいところではそれっぽい音楽が流れ、悲しげなシーンでもそれっぽい音楽が流れ、唐突に熱く語り出したかと思えば唐突にどうでも良い一発ギャグで外してきます。終始同じトーンのため、盛り上がりが無ければ盛り下がりも無く、一貫してフラットにつまらないシーンが垂れ流されます。
問題点を具体的に挙げればキリがありません。まずカメラワークからしてかなり終わっています。本作は意図的に「書き割り」の雰囲気を出す画面作りをしてきます。つまり奥行きが無い感じ。もっというとジオラマ的(=箱庭的)で無機質な感じです。画面には奥行きが無く、カメラが同一シーンで引いたり寄ったりすることがほとんどありません。強烈に「撮影セットくささ」があります。画面に映っていないところは世界が存在していない感じです。この画面作りが去年の「矢島美容室 The Movie」を強く思い出させます。
さらに話し自体にリアリティがまったくありません。晴菜はセンスが悪いと言うよりはただの頭がイカレた女にしか見えませんし、ヨウもたこ焼き程度で懐柔される「イケメン」という体裁ですが、服装が全身黒ずくめで一番痛いタイプの「自称ビジュアル系」な方にしか見えません。晴菜やヨウの両親を含めて大人が出て来ないという所もとてもファンタジックです。
ファンタジックと言えば、やはり一番の問題は「この作品が何を表現したいのか」というテーマが見当たらないことです。この作品は「見た目なんか気にしなくても、いつかありのままを受け入れてくれる王子様が来るよ」という女性への甘やかしがメインです。しかし冷静に見て下さい。主人公の晴菜がモテなかったのは単純に行動が気持ち悪かったからです。だって、当たり前ですけど最初から大野いとは十分にカワイイですもの。この顔で「ブサイク」扱いしたら日本女性の8割以上はブサイクですよ。あまりにも設定が無茶苦茶すぎます。
結局、本当に本作は存在意味がわからないんです。そもそも漫画の映画化のくせしてここまで芸人をだして下らないギャグで作品世界を壊してどうするんでしょう? すくなくとも劇場で配っていた漫画を読む限り、この映画は漫画のファンに向けたものですら無いと思います。
またTwitterでもちょろっと書きましたが、本作は雰囲気だけで作品を固めた結果、おそらく監督の意志とは無関係に過去の死屍累々の駄作達のコラージュのようになってしまっています。つまりダサいという意味でもブランニューに成り切れていないんです。やれスイート・リトル・ライズだ、やれ踊る大捜査線3だ、やれキラー・バージン・ロードだと書きましたが、おそらくこの監督はそれらにオマージュを捧げるつもりはありません。彼のとてつもなく酷いセンスが、その酷さに於いても中途半端だというだけです。だから、その酷いセンスを笑うことすら出来ません。ただただ下らなく、ただただどうでも良い作品です。

【まとめ】

非常に得体の知れない気持ち悪い映画です。そもそもモテコーチが要らないくらいスポーツが出来て可愛い女の子の話なわけで、こんなものの何所に感情移入して見れば良いのでしょう? ココリコ田中扮する溝端淳平もアゴ出過ぎですしコントに出てくるようなイケメン像でしかありません。学芸会という言葉さえ使いたくありません。忘年会の余興レベルです。
ただ、もしそれでも良いという方が居れば別に止めませんし、見て貰って良いと思います。この作品を楽しめるという方が居るとすればそれはたぶん私とは映画に求めている物が違うんです。あまりにもあんまりなので、私にはこの映像群は判断がつきません。もし気が向いてお金が余っているならば、物は試しで見てみるのも良いかもしれません。

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ランウェイ☆ビート

ランウェイ☆ビート

エイプリルフールだったけどこれだけはガチです。

「ランウェイ☆ビート」でも食らえ!!!!!

評価:(2/100点) – 美糸(びいと)って名前、ホストの源氏名?


【あらすじ】

東京下町の月島高校に通う塚本芽衣は平凡な生活を送っていた。クラスメイトには引きこもりの留年生がいたり、ヤンキーがいたり、大人気のティーンモデルがいたりする。ある日文化祭の出し物を企画していると、昨年と同じくモデル・美姫を大フィーチャーしたファッションショーに決まる。しかし美姫はそれだけではつまらないといい、みんながオリジナルのデザインを持ち寄り自分が気に入るものがあれば、自身の持つファッション雑誌の連載で紹介すると約束する。張り切るクラスメイト達だったがなかなか気に入るデザイン画は書けない。そんなとき、やってきた転校生・溝呂木美糸がいじめられっ子の引きこもり留年生・犬田悟を一晩でイケメンにプロデュースし、さらには素晴らしい出来のデザイン画を複数点見せつける。なんと美糸は有名ファッションブランド・スタイルジャパンの社長の息子だったのだ。そんな美糸の元にクラスメイト達は一致団結する、、、。


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【感想】

4月1日、映画の日は「ランウェイ☆ビート」を見ました。先々週末公開の松竹/TBS映画ですが、震災の影響で得意のごり押し地上波宣伝が出来ず興行的にはかなり悲惨な事になっています。今日も客席は7人しかいませんでした。1,000円なのに、です。
さて、本作は根本的な部分が駄目すぎます。大きく分けると2つの要素で絶望的に失敗しています。1つは「ダサい」こと。もう1つは「話しがぎこちない」こと。それぞれについて詳しく書いていきたいと思います。
ということで、今回はネタバレをガンガン含めて書きます。公開後2週間経ってますので大丈夫だとは思いますが、もし万が一見に行く気がある方はいますぐブラウザを閉じて下さい。もっとも、本作は話しをネタバレされたからと言ってどうこうなる映画ではありません。話しなんぞ予告である程度分かってますから。そんなことよりも、この作品は細かいディティールが酷い事になっています。

絶望を感じる所その1: ダサい

一言で「ダサい」と言っても、本作には2種類のダサさが入り交じっています。そしてその2種類は切っても切り離せない関係にあります。
本作が始まってすぐ、3~4分ぐらいでしょうか、、、月島商店街での人物紹介シーンがあります。なんてことはないシーンなんですが、ここで頭をハンマーでぶん殴られるような強烈な衝撃を受けます。というのも、いわゆる「コマ落ちエフェクト」が入るんです。急に一時停止して、2~3秒飛ぶものです。どんびきするほどのダサさです。そう、ダサさの1種類目は「演出のダサさ」です。これは最初から最後まで随所で見られます。私もついうっかり使ってしまう言葉なのですが、「ポップ/POP」という単語は非常に危険です。一般的には「ポピュラー/大衆的」の略語ですが、和製英語として特に創作畑では「かわいい/いまどき」みたいな意味で使われることがあります。おそらくですが、本作の演出面でのキーワードはこの「ポップ」だと思います。何故かと言いますと、本作での演出はすべて「スカしたハズシ」を意図されているからです。息抜き的な意味で、あえて少しダサいことをしているという空気をビンビン出してきます。これは大谷健太郎監督の過去作「NANA」「NANA2」でも見られた現象です。直近の「ジーン・ワルツ」では直球でダサかっただけ好感が持てたのですが(苦笑)、本作の様に小細工をしようとして失敗していると見るに堪えません。特にもっとも気になるのは、やはりクライマックスのファッションショーに挟まれる観客席からのカメラ映像です。クライマックスのファッションショーは爆笑ポイントの連続でそれはそれは愉快なシーンなのですが、なんと観客席からのハンディカメラ映像(たぶんSONYのHDハンディカム)に光量不足でデジタルノイズが入っていますw
フィルムから見る限り、最後のファッションショーはある程度進行も実際にやっていると思います。実際にファッションショー・イベントを通しでやって、それを映しています。そうすると当然撮影用のライトを最適化できません。かなり暗い客席から少し明るいランウェイをハンディカメラで撮っても上手くは撮れません。本作ではその失敗した映像をポスプロ段階で白黒レベルをカチ上げることで明るくしようとしています。そこでカチ上げすぎたため、デジタルノイズが乗っちゃっているんです。撮り直せって話しなんですが、そんな失敗映像を入れているということは、これは監督の意図としては「ハズシ」であり「実在感の表現」だっていう事です。
実は超直近で同じ演出を試みている作品があります。「ザ・ファイター」です。「ザ・ファイター」では試合のシーンになると突然画面の解像度が落ちわざとインターレースの映像になります。輪郭にシャギがかかる映像で、テレビの放送波で使われる形式です。これはまさしく実在感の表現であり、テレビ中継の映像を再現することで実際の出来事のように見せる演出です。まぁ「ザ・ファイター」の場合は多分に「ロッキー・ザ・ファイナル」へのオマージュではありますけれど。
なぜ同じことを意図し同じ手法をとりながらこんな悲惨なまでに開きができるのでしょうか? 演出力っちゃあそれまでですが、それはやっぱり真面目さだと思います。つまり、実在感の表現としてなぜハンディカメラを使うのかという大元の部分です。「ザ・ファイター」だったらテレビ放送を真似するため。「ロッキー・ザ・ファイナル」だったらリングの中の視点で臨場感をだすため。「レスラー」だったらドキュメンタリー調にするため。でも本作にはその根拠がありません。「なんとなくハンディカメラを使っとけば本当っぽくみえるだろ?」っていう短絡的で上っ面だけの演出です。映画監督は映像作家でありクリエイターなんだから最低限の頭は使ってください。
ちょっと長くなりすぎました。2種類目のダサさに行きます。これはもう文字通りの見たまんま。そもそも服装がダサいです。
Twitterでは面白おかしく「ロディ・パイパーっぽい」と書きましたが、これは決して大袈裟ではありません。主役のビートはデザイナーとは思えないほどいつもワンパターンの服装をしています。トップスはワイシャツに大きめのレザーブルゾン/革ジャン。右手首には驚くべき事に星柄の皮のベルトをブレスレットのように常に付けています。たとえ制服であってもです。先生は没取しろ。ボトムスはジーンズないしチノパンの上から、常に青か赤のタータンチェックのスカートを穿いています。足下はコンバースのハイカットか革ブーツ。レザーじゃなくキャンバス地です。このパターンをずっーーーーーーと着続けます。以下参考画像です。

↑ こちらランウェイ☆ビートの舞台挨拶。真ん中がビート。

↑ こちら往年の名レスラー。”ラウディ”ロディ・パイパー。
「格好良い」タイプではなく、スコットランドからきた飲んだくれというキャラです。
瓜二つです。すごい相似形w でもやっぱパイパーのが渋くて格好良いです。
作中ではビートは「おしゃれさん」で通っているわけです。意味が分かりません。おしゃれではないでしょ、これ。舞台挨拶の衣装なんて本当にコスプレっていうか役者が可哀想。完全に羞恥プレイです。やっぱり本作で一番オシャレなのは田辺誠一演じるお父さんです。彼は常に細身のスーツを着ていてシンプルで格好良いです。一方でビート側の「格好よさ」表現っていうのは、すごくゴテゴテしたものを付けていくやり方なんです。顕著なのは劇中でのワンダの変身です。類型的なオタク・ひきこもりとして登場するワンダは、髪を切って服装を変えることでイケメンとして生まれ変わり、性格まで明るくなり、ついには超人気モデル美姫の恋仲になります。大出世なのですが、彼のイメチェン時の服装は正直無理です。というのも、このワンダ変身後の服装は、ベルトを多用して、革のブーツにデザインYシャツという「渋谷に昔居た勘違いしたヤンキー高校生」そのものなんです。一目見ただけで痛々しさが伝わってくるんですが、劇中では女性陣がみんな見とれてしまいます。こういったセンスにものすごいギャップを感じます。私ももう歳なんでしょうか、、、。
また、中盤でビートのデザインがワールド・モードに盗用されるというイベントがあります。この時の衣装もそんなにみんな騒ぐほど可愛いかが全然ピンときません。たしかに桐谷美玲が可愛いのは間違いないですが、特にパクッたワールド・モードの服はかなりダサいと思います。星いっぱい付けた真っ赤なタイトシャツって、、、小学生のお絵かきじゃないんだから。
ファッションに疎い私が無いセンスを振り絞って考えたんですが(苦笑)、たぶんこれってそもそも「オシャレ」ってものを考えるときのポイントのズレなんだと思います。私なんかが「オシャレ」を考えると、一番最初に気になるのは「シルエット」なんです。例えばボトムスだったら、パイプドなのかテーパーしてるのかとか、太めなのか細めなのかとか。トップスも同じで、細身なのか余裕があるのかとか、シャツの襟の形であるとか、そういうところです。でもこの作品内での価値観は明らかにシルエットではなく装飾なんです。ベルトが一杯あるかとか、星が一杯付いてるかとか、そういうゴテゴテしたオーバーカロリーな感じです。個人的にはそれってジャンクフードに通じるセンスだと思うんですが、でもこの辺は個人差があると思うので一概に否定は出来ません。
唯一言えるのは、「ビートのデザイン・センス」は劇中内での扱いほど万人に受けるすごいものでは無いってことです。

絶望を感じる所その2: 話しの進め方がぎこちない

すでに書き始めてから2時間経過して4600字を突破したのでちょっと先を急ぎますw
本作で絶望的なのはダサさだけではありません。話しの運びも本当にキてます。
Twitterでハナミズキを引き合いに出したのは、実は本作もハナミズキと同様に映画の構成ではなくテレビドラマのフォーマットを垂れ流しているからです。ハナミズキ同様に本作は全5話です。
第一話「転校生ビートとワンダのイメチェン」
第二話「文化祭やるぞ!!!!」
第三話「ミキティの裏切り / 父との和解」
第四話「プロジェクト・ランウェイ・ビートとワールドモードの妨害」
第五話「ファッションショー本番」
しかも本作の問題はフォーマットだけではありません。イベントの進め方にも大きな問題があります。本作では何回か大きなイベントがあります。しかしその一つ一つのエピソードがその後にほとんど影響を与えません。極端な事を言えば、ミキティの裏切り・ワールドモードのパクリのあたりはエピソード自体を丸々削除しても全体に影響がありません。その後のワールドモードの妨害の話しも、大勢に影響がありません。だって、本来この話しは「学校の文化祭でファッション・ショーをやろう!」っていう物なんです。だから、実は本作を整理すると15分ぐらいに収まります。
本作のストーリーには大きく2つの柱があります。1つはファッション・ショーの企画を通じて語られる父と子の和解の話しです。こちらはベタベタで安っぽいもののそれなりにまとめてきています。父を憎んでいた息子が父の思いを知ることで和解し、やがて父と同じ境遇を経験し乗り越えることで成長します。しかし、全体尺の半分ぐらいにはもう父子が和解してしまうため、いまいち興味が続きません。後半は結構どうでも良くなってきます。
もう1つは忍ぶ恋の話し。こちらは「主役(のはずの)塚本芽衣がビートに惚れてしまうがビートにはすでに恋人がいる」という片思いの話しです。こちらも描写がかなり適当で、「ここで惚れたな」っていうポイントが無いまま唐突に好きとか言い出すのでかなりどうでも良いことになっています。しかもわざわざ同じ境遇としてミナミを出してくるあたりも小賢しいです。だってミナミとビート父とビート母の三角関係がまったく同じ構図のまま子供に引き継がれるってそれはちょっと適当過ぎるでしょ。しかも同じイベントの同じタイミングで同じように緊急手術とか、、、これがいわゆる「天丼ギャグ」って奴です。どんなに真面目にやっていても繰り返されると笑いに転化してしまうという恐ろしい現象です。
先ほどもちょろっと出ましたが、これが本作を語る上での2つめのキーワードです。「小賢しい/小手先」。いかにも「企画会議で一生懸命練りました!!!」っていう上っ面だけの人物配置。このいかにもな「やっつけ感」が本作を極めて不愉快で見ていて腹が立つものにしています。それが最高潮になるのがラストのファッション・ショーです。これはもう是非映像でご自身の目で見て下さい。あまりの破壊力に爆笑必至です。でも本来ここって笑われてはいけない場面です。しかし劇中内の観客の少なさもあいまって非常にシュールなコント空間になってしまっています。

【まとめ】

話しダメ、演出ダメ、音楽ダサイ、俳優大根、とかなり極まった作品です。唯一の救いは桐谷美玲の可愛さですが、でも本当にそれだけ。しかもキャラクターの魅力ではなく単に顔が可愛いってだけです。ですから本作を映画館で見る必要は万に一つもありません。どうしても気になる方はレンタルDVDで十分です。
ただやっぱりここまで完成度の低い作品というのもなかなか見られませんので、記念にはなるかと思います。ご自身の忍耐力を試したい、またはゆったりとした空間でポップコーンを食べてウトウトしたいという方にのみオススメです!!!

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記事の評価
ランナウェイズ

ランナウェイズ

3連休の1本目は

ランナウェイズ」です。

評価:(60/100点) – 初期衝動だけで突っ走る青春物語


【あらすじ】

ロサンゼルスに住む16歳のシェリー・カーリーと双子の姉マリーは奔放な母とアルコール依存症の父の離婚でぐれていた。タバコや酒は当たり前。夜な夜なディスコに繰り出し自堕落な生活を送っていた。
時を同じくして、1歳上のジョーン・ジェットはロック・スターに憧れギターを勉強していた。ある日ジョーンがクラブを出ると、そこに有名な音楽プロデューサーのキム・フォーリーを見つける。キムに声を掛けたジョーンはその場で女性ドラマーのサンディ・ウェストを紹介される。キムはこの二人がモノになると考え、当時男の物だったロックの世界に「女性ロック・バンド」というギミックで乗り込む事を考える。必要なのはブリジット・バルドーのようなセンターを飾るセックス・シンボルである。スカウトに出かけたキムは街のクラブでシェリー・カーリーに声をかける。こうしてシェリーとジョーンは出会い、そして「ザ・ランナウェイズ」を結成する、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ジョーンとキムの出会い。
 ※第1ターニングポイント -> キムがシェリーに声を掛ける。
第2幕 -> 「ザ・ランナウェイズ」結成とドサ周り。そしてメジャー契約。
 ※第2ターニングポイント -> 日本ツアー
第3幕 -> 仲違いとその後。


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【感想】

3連休の1本目は「ランナウェイズ」です。70年代にスポット的に活躍した「ザ・ランナウェイズ」のボーカル・シェリー=カーリーの自伝「ネオン・エンジェル」の映画化です。トワイライト・シリーズのクリステン・スチュワートとご存じ天才ダコタ・ファニングのダブル主演で昨年話題になった映画で、由緒正しきアイドル映画です。アイドル映画にしては珍しく結構お客さんが入っていました。
私、実はザ・ランナウェイズは名前しか知りませんでした。っていうか「ジョーン・ジェットの最初のバンド」ぐらいの認識しかなかったので、てっきりジョーンがメインだと思って映画も見に行きましたw
本作は原作の著者であるシェリー・カーリーを中心に進んで行きます。彼女が初期衝動を爆発させ、そして駄目な日常から抜け脱しロックスターとなり、でも結局挫折して駄目な日常へと戻っていきます。本作ではその初期衝動を一過性の青春として描きます。
ただーーこれはシェリーの自伝なので仕方がないことですがーーどうしてもシェリーの言い分が前面に出てきてしまうためストーリーにはイマイチ乗り切れない物があります。本作を客観的に見ると、どう考えてもシェリーが自分勝手にジョーンの夢・情熱の具現化であるバンドをブチ壊したようにしか見えません。アルコール・ドラッグ中毒で、短気で、そしてロックへの情熱もそこまで無いシェリーが、奔放に振る舞えば振る舞うほど周りとの軋轢が生じていき、ついにバンドは空中分解してしまいます。本作では随所にそれを「他人のせい」にする描写が出てきます。初期には自分勝手な母親のせいであり、中盤ではアルコール中毒で自堕落な父親のせいであり、後期ではプロデューサであるキム・フォーリーの無理解のせいです。特に後半は「キムは自分たちを商品としてしか見てない」ばりの事を平気で言ってきます。どん底だったシェリーをフック・アップしてくれた恩人に向かってそれは無いだろ、、、とか思うんですが、どうにも要領を得ません。
ただ本作がズルイのは、そういったシェリーのワガママな部分すらダコタの愛嬌を使って「青春だから仕方ないんですよ」と説得してくる所です。結局、本作におけるシェリーは奔放で手に負えない女王様であり、そしてそのセクシーさ=小悪魔っぷりでもってそれすら周りにあきらめさせてしまうような魅力的な人間として描いてくるわけです。そんな離れ業は普通の子役ではまず無理なんですが、それをよりによって当代一のダコタ・ファニングを使って彼女自身の魅力でねじ伏せてくるという、、、ここまで行くとはっきり言って反則です。
早い話がシェリー役にダコタをブッキングした時点でこの映画は勝ちです。酷い話しです、、、(汗
もちろん本作のもう一人の主役であるクリステン・スチュワートもかなり頑張っています。トワイライトの1作目の頃から「たくましいアゴ」「目つきが悪い」と言われ続けてきた彼女に、まさかこんなハマリ役があるとは思いませんでした。まずそもそもジョーン・ジェットと顔がそっくりですし、ケツアゴが男らしさの表現とマッチして本当にロックスターに見えてきます。たたずまいは完璧です。是非今後もこの路線で行って欲しいです。
ストーリー自体はいたってシンプルですが、それでも役者の魅力だけで120分持たせるというのは相当なものです。もちろん歌に関しては「お察し下さい」レベルですが、元ネタのザ・ランナウェイズ自体も上手いわけでは無いのでそこは全然問題無いでしょう。とにかく全編通じて、シェリーの「私達はイロモノじゃない」「ちゃんとやってた」「無理解なキムが全部悪い」「今はちゃんと薬物から更正して良くなった」というメッセージがビンビンに伝わってきます。ダコタが不良メイクから始まって最後は清純派メイクになるところがポイントですw最後のシーンなんてちょっとぼかしが入ってますしw
ですからシェリーが挫折したロック道をジョーンがまだ突き進んでいるっていうノスタルジックな着地にしたのは素晴らしいまとめ方だと思います。青春を過ぎて大人になった自分が居る一方で、年を取ったのにまだ青春のまっただ中にかつての仲間が居る。それだけで十分に素敵な映画です。
ダコタやクリステンが好きな人は絶対に押さえておいた方が良いですし、なにより青春物語として普遍的なものは持っている作品です。上映館がかなり少ないですが、お近くで上映している方にはオススメです。劇場で「I Love Rock’n Roll」を聴くと本当にテンション上がりますよ。

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