瞳の奥の秘密

瞳の奥の秘密

木曜は久々のレイトショーで

瞳の奥の秘密」を見てきました。

評価:(90/100点) – 傑作ロマン・サスペンス


【あらすじ】

検察官として活躍したベンハミン・エスポシトは定年を迎え、小説を書いて老後を過ごすことにした。彼が真っ先に書こうと思いついた題材は25年前に担当した婦女暴行殺人事件であった。彼はかつての上司にして才女イレーネ・メネンデス・ヘイスティングスを訪ね、書き連ねた文章を見せていく。それは愛と正義と政治の渦巻く悲しい物語だった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 婦女暴行殺人
 ※第1ターニングポイント -> エスポシトがリリアナ・コロトの写真アルバムを見る。
第2幕 -> イシドロ・ゴメスの捜索と結末
 ※第2ターニングポイント -> エシポストが事件を再捜査する。
第3幕 -> 解決編。


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【感想】

さて、8月はここまで全然映画が見られていないんですが、久々にレイトショーに行ってきました。タイトルはアルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」。本年度のアカデミー賞外国語映画賞受賞作品です。完全な単館映画ということもあってか、かなりの観客が入っていました。

作品の概要

本作はミステリー仕立てのロマン映画です。定年を迎えたエスポシトが、自分の人生を振り返るようにかつて担当して完全解決に至らなかった殺人事件を回想していきます。そして事件は意外な方向に転がっていき、アルゼンチンの政治情勢とも絡んで大きな流れへと発展していきます。
一応本作を見る上で必要となるアルゼンチンの歴史をざっと復習しておきましょう。
本作の回想シーンの舞台となる1970年代後半のアルゼンチンは1976年のビデラ将軍の軍事クーデターに端を発する超極右的軍事政権のもとで極端な左翼狩りが行われていました。本作で登場するある男は、この左翼狩り要員として雇われることによって特赦を受けます。そしてこの時代のアルゼンチンは決定的に官の腐敗が進行しており、ほとんど何でもありの無法状態となっています。
本作の主人公であるエスポシトとイリーナは、そんな状況下でも職分を越えて正義を貫こうとします。彼らは無茶な捜査で犯罪まがいの事も行いますが、徹底的に善人として描かれます。そしてここに「身分違いの恋」による甘酸っぱい思い出がプラスされるわけです。エスポシトは正義感や道徳心が強く、特に女性に対してはかなりの奥手です。劇中でなんどもイリーナがサインを送りますが、このヘタレはまったく踏み込みません。その純情さが、やがて遺族の夫・モラレスの狂信的なまでの妻への愛に重なっていきます。そしてエスポシトとモラレスとの共感関係が、互いの人生を変えていきます。
本作はすべての要素が「愛憎」によって巻き起こります。さすが情熱のラテン系w 特にタイトルにもなっている瞳が本作では「外からでも心が見えてしまう場所」として大変重要な要素になっています。エスポシトは写真の中の視線でもって物証も無しに犯人のあたりを付けますし、イリーナはイシドロが取調中に自分の胸を凝視しているのを見て犯人だと確信します。そして判事は保身とプライドのために犯人と司法取引を行います。
その全てが、あるタイミングで一時停止し、そして人生の終わる直前に一斉に再始動します。全体的にはB級サスペンスな作りをしているんですが、その悲哀というかロマンスの部分が本作をとても素敵な作品に押し上げています。

【まとめ】

猟奇殺人が出ると点数が甘めになってしまうんですが(笑)、本作は大変よくできた”文芸作品”だと思います。話の内容がそこまであるわけではないですし、謎解きがどうこうという事でもありません。ただただエスポシトとイリーナにうっとりしながら、パブロで笑って、モラレスで涙する。そういう類の”良質な文芸作品”です。
で、なんでカッコつきで「文芸」というかと言いますと、正直面白い事は面白いんですが、すごくもったいない気もするんです。というのも、本作はやろうと思えばそれこそデヴィッド・フィンチャーの「ゾディアック(2007)」みたいな「傑作捜査チームもの」にも出来たはずなんです。でもそこはやはりラテン系なのか、どうしてもロマンスの方にどんどん寄っていってしまいます。だから、犯罪捜査物としてはあんまり出来が良くないんです。あくまでも文芸作品、もっといえば「毒にも薬にもならないけどなんとなくおしゃれな雰囲気にはなれる映画」としての良作です。
ですので、デートにはぴったりですし、夫婦で休日に見に行くにもぴったりです。
あくまでもアルゼンチンの政治闘争等を深く考えずに、さらっと良い雰囲気を楽しむのがオススメです。

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記事の評価
エンター・ザ・ボイド

エンター・ザ・ボイド

2本目は

「エンター・ザ・ボイド」です。

評価:(41/100点) – 輪廻転生は分かったから、もっとコンパクトにまとめて。


【あらすじ】

新宿で麻薬の仲介人をしているオスカーは、ある日友人のビクターの裏切りに合い警察に射殺されてしまう。彼の魂は空中を彷徨いはじめ、過去へと流れ着き、やがて転生を迎える。

【三幕構成】

第1幕 -> オスカーのトリップ。
 ※第1ターニングポイント -> オスカーが殺される。
第2幕 -> 過去の回想。
 ※第2ターニングポイント -> 回想が現実に追いつく。
第3幕 -> 転生。


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【感想】

今日の2本目はギャスパー・ノエの新作・エンター・ザ・ボイドです。結構お客さんが入っていましたが、やはり圧倒的に映画オタクっぽい一人で来ている方が多かったです。まぁギャスパー・ノエっていう時点でえげつない映画なのが確定していますので、なかなか普通の人は入らないと思います(苦笑)。一組だけ学生のダブルデートみたいな方がいたのですが、なんといいますか、ご愁傷様です。R18+のアート系映画に紛れ込んだ方が悪い(笑)。

ざっくり

あんまり内容の無い作品なのでざっくりと概要を言ってしまいます。映像はたしかに独創的なのですがストーリーは至ってシンプルで、上記の「あらすじ」が全てです。オスカーが死ぬところが真っ先に描かれ、そこから彼がなぜ死に至ったのかの説明があり、そして遺された妹と友人の結末を見届けた後、彼は転生します。

唯一面白いのは、その視点が全てオスカーの主観で描かれることです。冒頭では彼がドラッグでラリっている描写を延々と見せられます。それを主観として描くことで、CGモデルで気持ち悪い万華鏡のような映像が流れます。そしてその直前に本作でもっとも重要な会話、すなわち、「死ぬと空中を漂って空から地上を見ることが出来る」「(オスカーとリンダは)ずっと一緒だよ。」「DMTは死ぬ直前に脳内に出る物質と同等」という内容が示されます。

実は本作は奇抜なルックに似合わず律儀に作られています。冒頭でオスカーのDMTトリップ映像を見せ、それを死ぬ時と同じだとわざわざ説明してくれます。ですから、中盤以降に出てくる変な映像が全て死後の魂の主観だと分かるようになっています。そして、分かりやすく提示されるチベット仏教のリインカーネーション(輪廻転生)の概念。ずっと一緒と誓った妹が死ぬまで、彼は空中から見守り続けます。そして最後には、彼は自分や妹のあまりに無常な人生が実はまったく虚無(=void)であったと気付き、悟りを開くかのように転生を行います。

こう書くと結構面白い作品に思えるのですが私的にはかなり厳しかったです。というのもやはりテーマに対して尺が長すぎるんです。しかも完全にワンパターンな演出が繰り返され続けます。オスカーが空中を漂うシーンが全て垂直カメラの水平移動という乗り物酔い確実な映像で表現されます。正確には分かりませんが、おそらく体感では全体の4割ぐらいはこの映像だったと思います。

そして何の意味があるかよく分からない性描写の数々。いや、最後のオスカーの空想ホテルはおそらく生命の袋小路というか輪廻転生の実現場って感じだとおもうんですが、それ以外がなんとも言えないんですね。別に妹がストリップ小屋で働くのは勝手なんですが、そこの雇い主のマフィアとの件はどうでも良いと思うんですが、、、。終盤に妹の身に起こるあるイベントのための伏線ではあるんですが、それにしては長すぎてどうでも良くなってきてしまいます。
この作品が90分くらいにまとまっていれば、かなり褒めていたと思いますし、結構好きな映像作品だったと思います。でもやっぱり140分もチカチカした刺激的映像を見せられるのはキツいです。恐ろしいことにカンヌ国際映画祭で流したのは160分バージョンらしいんですが、そんなの完全に拷問ですよ。ルドヴィコ療法かっていう(笑)。

【まとめ】

もし興味がある方は、体力のあるときに映画館へ行くとよいでしょう。間違っても仕事帰りとか寝不足の時にはいかないように(苦笑)。ギャグ無しで「てんかん」の発作を起こす危険があります。くれぐれもお気を付け下さい。

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記事の評価
運命のボタン

運命のボタン

今日は「運命のボタン」を観て来ました。

評価:(2/100点) – オカルトは断じて逃げの手段ではない。


【あらすじ】

ある日の早朝に突如ルイス家の呼び鈴が鳴らされる。不審に思いながらもドアを開けたノーラの前には、小箱が置かれていた。その日の夕方、ルイス夫妻の元にアーリントン・スチュワードと名乗る男が現れ、1つの提案をする。小箱の中のボタンを押せば、ルイス夫妻には賞金100万ドルが贈られるからりに見知らぬ人がどこかで一人死ぬという。決して裕福とは言えないノーラは、悩んだ末に勢いでボタンを押してしまうが、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ルイス夫妻に箱が届く。夫妻の日常。
 ※第1ターニングポイント ->ノーラがボタンを押す。
第2幕 -> 不審な人々と、アーサーによる捜査。
 ※第2ターニングポイント -> ウォルターが誘拐される。
第3幕 -> 結末。


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【感想】

今日は一本、「運命のボタン」を見てきました。原作はご存じホラー・SFの巨匠リチャード・マシスンがプレイボーイ誌に載せた短編「Button, Button」で、1986年にはマシスン自身の脚本で映像化(連続ドラマ・トワイライトゾーンのシーズン1・20話)しています。
実際には、原作の短編とトワイライトゾーンでは結末が違います。もちろんこの映画版もです。
原作の短編では、アーサーがボタンを押した時、夫が列車事故で死亡します。そして「あなたは本当に夫の事を知っていますか?」というオチが付きます。
一方、トワイライトゾーン版では、目に見えては何も起こりません。しかしスチュワードが「次はこのボタンをリセットして別の人に渡します。きっとその人はあなたのことを知らないと思いますよ。」と言い、アーサーが「やっべ。次は私が死ぬかも」って顔をして終わります。
どちらにも共通しているのは、「正体不明のオジさん」が「正体不明の箱」を持ってきて「良く分からないけど大金をくれる」という不気味さです。
それを踏まえた上で、では映画版はどうなっているかと言いますと、もはや完全に別物の単なる出来の悪いX-FILEもどきになってしまっています。昨日の「9<ナイン>~9番目の奇妙な人形~」と同じ症状でして、要は「説明が無いからこその面白さ」「どうしようもなく下らない説明」を付けてしまった結果、「想像の余地が無くなってしまった」って事です。
しかもオカルト系の話にしちゃうとか、リチャード・ケリーが正気だとは思えません。オカルトって言えば何でも許されるわけではないんですよ。オカルトっていうのはしばしば「理屈が付かなくて当然の事」として適当なシナリオの免罪符に使われることがあります。つまり「ここの辻褄が合わないじゃないか!」というツッコミに対して「いやオカルトですから何でもアリです」と言い訳が出来ると思われているんです。オカルト・ホラー好きとして断言しますが、オカルトは脚本家の逃げ道ではありません。オカルト・ホラーにするのであれば、きちんとそれ以外の部分を丁寧に演出して説得力を持たせないと行けないんです。ハッキリ言って本作のシナリオはあまりにもずさん過ぎます。正直かなり腹が立っています。本作の関係者は本気でマシスンに泣いて土下座するレベルです。舐めてるとしか思えません。

【まとめ】

まったくオススメできません。こんな糞映画を見るぐらいなら、是非原作を立ち読みするなり、レンタルDVDでトワイライトゾーンを見るなりして下さい。
断言しますが、こういう有名原作の良さを全部消すような適当な映画を撮って、しかも米国内で赤字をだした監督は干されます。
暫くさようなら、リチャード・ケリー。「ドニー・ダーコ」だけは面白かったよ(苦笑)。

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シャッターアイランド

シャッターアイランド

本日はレイトで

シャッターアイランド」を見ました。

評価:(62/100点) – どうしたスコセッシ、、、。


【あらすじ】

連邦保安官のテディは相棒のチャックと孤島「シャッターアイランド」に捜査のためやってきた。犯罪者収容所のなかでも精神病患者に特化したシャッターアイランドで、レイチェルという女性が密室から忽然と姿を消したためである。捜査を続ける二人だったが、やがてテディは亡き妻の仇を探しにシャッターアイランドに入り込むチャンスをうかがっていたと語り始める、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> テディとチャックの出会い
 ※第1ターニングポイント -> シャッターアイランドに着く。
第2幕 -> レイチェルの捜索とレジェスの捜索
 ※第2ターニングポイント -> テディが島からの脱出を決意する。
第3幕 -> チャックの救出と真相


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【感想】

さてさて金曜恒例の新作レイトショーですが、今週はマーティン・スコセッシ監督の「シャッターアイランド」です。言わずと知れたハリウッド映画界・最重要監督の一人であり、なにより「ハスラー2」と「タクシードライバー」という巨魁を打ち立てた教科書に出てくるレベルの大巨星です。
で、その新作なんですが、、、公式サイトを見ていただくと分かるようにひたすら「謎」という名のどんでん返しを猛プッシュして来ていまして、ある意味では宣伝の失敗と言えるかも知れないんですが、、、、酷い。
一応サスペンスなんで多くは書きませんが、このどんでん返しを宣伝しすぎているために本末転倒になっています。どんでん返しっていうのは意表を突かれるから効果があるわけで、最初から「どんでん返しあります!」って言われたら何の意味も無いんです。
ネタバレギリギリをえぐると、要は「シャマラン問題」です。
これは、ご存じ「シックス・センス」以降のM・ナイト・シャマラン監督が、ひたすらラストの立場逆転や世界観どんでん返しにこだわり続けていることに関する議論の総称です。早い話が「ラストでひっくり返すための前振りを続けるって映画としてどうよ?」という論点で、面白ければ良いと思うか映画でやるなと思うかで意見が分かれるわけです。
ただ本作は、第2幕までの描写はそこそこ出来てはいます。だから見ている間はそこまで気になるほど酷いとは思いません。ただ、、、やっぱり10年遅いんです。いまさら「シックス・センス」のど直球なフォロワーを見せられても、アイデアに手垢が付きすぎていてまったく驚けません。
わかったのは、やっぱりデヴィッド・リンチの悪夢描写はずば抜けているという事と、シャマランも意外と映画力あるんだなって事です(笑
スコセッシ監督には、そろそろディカプリオをやめて昔のような男泣き必至の名作をまた作っていただきたいです。興行成績はともかく、作家としての彼のフィルモグラフィー上では間違いなく無かったことになる類の珍作でした。余韻の残し方なんかはこれぞスコセッシって感じの繊細さですから、まだまだ現役で撮っていただいて、もっともっと彼の作品が見たいです。
オススメはしづらいんですが、、、役者のファンならば間違いなく押さえておいた方が良いです。俳優や演出は全く問題無いですから。

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ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ

ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ

アカデミーについて書きたいのは山々なのですが、まずは今日のレイトショーで観た

「ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ」です。

評価:(45/100点) – 映画としては糞そのもの。しかしアイデアは素晴らしい。


【あらすじ】

バカ正直のナオは、ライアーゲームという大金を掛けたゲームの決勝戦に招待される。人気のない孤島で、ナオはそのほか10人の人間と共に莫大な金を掛けたゲームを始める。


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【感想】

さて、アカデミーについても色々書きたいことはあるんですが、今日は「ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ」についてです。つい先ほど見終わったばかりです。
人の入りはレイトショーにしては多く、10~20人ぐらいでした。私は例によってドラマ版を全く見ていない上に漫画も読んでいない状態です。ハッキリ言ってボーイズ・オン・ザ・ランの時に書いたように松田翔太を見に行ったようなものです。後はモロにSAWのトリック・ドールをパクってるピエロ人形が気になったという所でしょうか。
見終わっての感想ですが、なんと言いますか、、、非常に評価に困る作品でした。
といいますのも、映画としては文句なく糞なんです。詳しくは後述しますが相当酷いです。ところが本作は(SAWのパチモンとはいえ)日本でソリッド・シチュエーション・スリラーが作れる可能性を見せてくれました。その点は十分に評価に値すると思います。

映画としての難点

冒頭の文を見ていただいて分かるように私は本作には好意的です。なので悪口を先に片付けてしまいましょう(笑)。
本作の映画としての一番の難点は、映画の文法を全く使っていないことです(苦笑)。いきなり話が終わってしまいますが、明確に本作は映画として構成されていません。100%TVドラマの文法で作られています。具体的に言いますと「間の徹底的な排除」「小刻みなカットバック・早回しの多用」「泣き喚き等オーバーリアクションの多用」そして「過剰なインパクト音としてのSE」です。要は、本作はずっ~と何かしらの映像効果や効果音といったエフェクトを掛け続けているんです。まるで作り手に脅迫観念でもあるかのように、映像に常に手を加えて「間」をつぶしています。これはTVチャンネルをたまたま合わせた人を逃がさないための演出です。その過剰さが恐ろしく安っぽく、観客のリテラシーをバカにしているように見えます。これはあくまでもTVドラマ特有の文法で、映画館の大画面で集中力が上がっている時に見せられるとものすごい白けます。
第二の難点は致命的なまでの演出のダサさです。本作を見ていて一番イライラするのはこの部分です。本作に登場する「エデンの園ゲーム」は全部で13回の「投票」が行われるのですが、その全てについて「何かイベントが起こる」→「結果発表」→「裏切り者が勝手に自白」→「罵しり合い」→「次の投票へ」というワンパターンが延々繰り返されます。この中でも特に裏切り者が勝手に自白するパートや、聞かれても居ないのに秋山が手の内をバラすパートは本当に最低な出来です。聞いてもいない悪事や工夫をベラベラ勝手に喋りだすものですから、どっちらけも良いところです。
第三の難点は、すべてを台詞で説明するところです。これは後述する事にも関わってくるのですが、本作はまるで舞台演劇のように台詞だけで物語が進行していきます。映画としてはとても不自然なところが多々あります。なにせ映像の力に全く頼っていないというか、映像自体を利用できていません。なので映画的な興奮や感動は一切ありません。

本作の最も優れた点。「エデンの園ゲーム」のアイデア。

書いていたら割と手厳しくなってしまいましたので、今度は褒めるパートに行きましょう。以上に書いてきたように本作は映画としては全くもって酷い出来です。ところが本作には唯一にして最大の美点である「エデンの園ゲーム」があるんです。エデンの園ゲームのルールを説明するのは面倒なので公式ホームページを見てください。実際にこのゲームにもツッコミ所は結構あります。しかし私が大事だと思うのはこういったソリッド・シチュエーションのアイデアを考えようという脚本家・プロデューサがでてきたということです。
本作の序盤では、同一のルールを使っているにも関わらず、少し状況をいじくるだけで「囚人のジレンマ」を複数パターン作って見せます。そして中盤、ここまで一切使われなかった”新ルール”でさらに別の展開を作って見せます。そして最終盤、きちんとゲームの盛り上がりと話の盛り上がりを一致させてきます。
ソリッド・シチュエーションはキャラクターを論理的・環境的に追い詰めていくための構造です。本作では穴だらけながらもきちんと数学的に追い詰められているように見えますし、言葉で延々と観客を”説得”してきます。
たしかにこのシチュエーションの作り方自体の詰めはボロボロで、実はいくらでも抜け道があったりします。もっというと、おそらく本作は最後のオチから逆算して、脚本の後ろからルールと経過を書いています。そのため、通常の状況ではまったく必要の無い不自然なルールがあります。でもこういうチャレンジをしてきたことに意味があると思います。その志を買いたいです。
木のプレートがあるのに赤リンゴを燃やしちゃったり、焼きごてを使った直後にポケットに入れたり、あまつさえリンゴを隠したり(どこにそんな場所があるんじゃ!)、暖炉の火程度で純金や純銀が燃えたり、脱落した連中がいきなり最後にしれっと復活したり、ディティールは最低ですがあまりにも早い話のテンポと中田ヤスタカの中毒的なワンループ構造音楽の「勢い」で結構誤魔化されます(苦笑)。

【まとめ】

本作は映画としてはかなり酷い出来です。どのぐらい酷いかというと「交渉人 THE MOVIE」とどっこいどっこいなレベルです。しかし、私はソリッド・シチュエーションのアイデアを買いたいと思います。稚拙ながらもこのジャンルに挑戦する作品が出てきたことは大変好ましいことです。もっとディティールを真面目に作った上でゴア描写を追加できれば、本作は十分に面白くなる余地があります。
ということで、本企画の未来に向かってオススメです!!!
余談ですが、本作でも「猿ロック」にみられたような「疑うことを知らない無垢」=「良い事」という気色悪い構図があります。戸田恵梨香がただの頭足りない子にしか見えないのが実は最大の難点でしょうか? 可愛いのに、、、。
またドラマのDVDをとりあえず1シーズン分借りてみました。その程度には期待の持てる作品です。

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記事の評価
ハート・ロッカー

ハート・ロッカー

今日はある意味で一番の話題作、

「ハート・ロッカー」を観て来ました。

評価:(60/100点) – これがアカデミー監督賞の最有力候補なのか!?


【あらすじ】

ジェームズ軍曹はイラクの爆弾処理班「ブラボー部隊」のリーダーとして赴任する。マッチョで冷静なサンボーン軍曹と気の弱いエルドリッジ技術兵と共に、ジェームズは数々の爆弾を処理していく、、、。


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【感想】

本日観ましたのは「ハート・ロッカー」です。おそらくこのエントリーを書いている6時間後には女性初のアカデミー監督賞受賞作として歴史に残るのではないでしょうか?そういった意味では今もっともホットな作品です。
皆さんご存じの通り本作は全米映画批評家協会賞の作品賞・監督賞・主演男優賞を獲って一躍アカデミーの有力候補に躍り出ました。キャスリン・ビグローとジェームズ・キャメロンの元夫婦対決というキャッチーなコピーも相まって、その知名度が急上昇しています。
実際に私が見に行った際も、夕方の回は完全に満員完売で、夜の回も最前列以外は全席埋まっていました。元がインディ映画なので箱が少ないという問題はあるものの、それにしても物凄い入り方です。マナーが悪い客が結構いましたので、それだけアカデミー賞の話題によって普段映画を観ない人まで来ているという事だと思います。
もちろん前評判の高さから、私の期待値も相当高かったです。それ故に観ている最中はちょっと信じられませんでした。これが数々のマイナーなものからメジャーなものまで映画賞を獲っているという事実。そしてアカデミーでも作品賞(プロデューサー賞)と監督賞で最有力候補に挙げられるという事実。その事実こそが本作を読み解くキーワードであり、そして現在のアメリカが抱える病理のようなものだと思います。それを順を追って考えてみましょう。

本作の大枠について

いきなりですが、本作の冒頭である文章が表示されます。ニューヨークタイムズが出版している「War Is a Force That Gives Us Meaning(戦争は我々に存在意義を与える力)」というベストセラー本からの一節で、「The rush of battle is a potent and often lethal addiction, for war is a drug.」という文です。直訳しますと「戦いの連続は良薬であり、時に中毒を引き起こす。戦争とは麻薬だ。」となります。これが本作で描かれる全てです。
テーマをそのまま言葉で表すのは最も避けるべき演出の一つですが、恐ろしいことに本作は冒頭でいきなりテーマをそのままずばりの文章で説明してしまうわけです。なんか演出そのものをいきなり放棄しているというか、映画であること自体を放棄しているように見えます。ところがこの「映画演出としての致命的な下手さ」が、観ている内にだんだん実は意図的なのでは無いかと思えてくるわけです。
本作にはいわゆる三幕構成のようなものはありません。もっというと、話の展開すらロクにしません。ただひたすらジェームズ軍曹とブラボー部隊の爆弾処理を淡々と描くだけです。ですので率直に言って退屈です。物凄く退屈です。その退屈っぷりはかなり度を超していまして、はっきりと観ていてイライラしてくるレベルです。しかしですね、、、どうもこの反応こそが監督の意図のような気がするんです。
というのも、この作品は常にグラグラと揺れるカメラでドキュメンタリータッチな映像が流されるわけです。ここに先ほど書いた「映画としての演出の放棄」が加わり、それがドキュメンタリー感を補強する効果を持ちます。そして別に劇的な事がおこらないというのもある意味では現実的です。
要はですね、本作は観客に戦場を疑似体験させているわけです。そのために意図的に映画を退屈にして、観客に緊張とストレスを与え続けるわけです。結局二時間近くスクリーンには緊張する爆弾処理の様子が映されているわけで、そもそも面白くなんてなりようがないんです。であればこそ、おそらくこの観客のイライラは意図的なものの筈です。すなわちこの「ハート・ロッカー」という映画そのものが、実はアバターと同じく「アトラクション」なんです。ただし、アバターが「楽しいパンドラ観光ツアー」だったのに対して、ハート・ロッカーは「悲惨な戦場ストレス体験ツアー」です。
私が先ほど「現在のアメリカが抱える病理」と書いたのはまさしくこの部分です。つまり、あれだけ「世界の警察」面してイラク戦争を強行しておきながら、実はアメリカ人の大半が戦場のなんたるかを映画アトラクションにしないと理解できないほど薄っぺらにしか考えていなかったということです。そしてこの作品が高い評価を受けているということは、このアトラクションをみんな良くも悪くも気に入ったということです。
注意しなければならないのは、本作には特別政治的な描写は無いということです。というよりも、舞台がイラクであるという必然すらありません。劇中に出てくるイラク人・イスラム教徒は、はっきり言ってゾンビと大差ない描かれ方ですし、限りなく抽象化された「驚異となる敵」以上の存在ではありません。そして、本来であれば爆弾を800個以上解体した英雄のジェームズは、しかし全く英雄的には描かれません。むしろ狂人(=戦争中毒者)として描かれます。妻と子供と暮らす平凡な日常に嫌気が差し、彼は自ら危険な戦場へ志願し続けます。
この作品は救いのない要素で埋め尽くされていて、ただただ緊張とストレスを観客に与え続けます。そういった意味ではもしかしたら反戦映画なのかも知れません。少なくとも本作を観て「超面白かった。サイコー!!!」とか感じる人とは友達になれないと思います(苦笑)。

【まとめ】

タイトルの「ハート・ロッカー(The Hurt Locker)」は「棺桶」を表すジャーゴンで、転じて戦場そのものを表現しています。
そのままずばり、これはこのアトラクションの名前なわけです。
ここまで長々と書いておいてなんですが、、、これって映画として果たして出来が良いのでしょうか? アトラクションとしてはOKだと思うんですが、これがアカデミー作品賞・監督賞の有力候補と言われるとちょっと考えてしまいます。これなら「イングロリアス・バスターズ」の方が数倍面白いですし、なんなら「しあわせの隠れ場所」だってコレよりは面白いです。
「アバター」と「ハート・ロッカー」という両極端なアトラクションがアカデミー賞を争うという構図が、ハリウッドの現状を如実に表しているように思えます。
もし極限のイライラを体験したいという方は止めませんが、エンターテインメントでは無いことを十分にご理解の上でのご鑑賞をオススメします。きっと今週末はアカデミーの影響で入ったカジュアルな観客が、呆然としながら劇場を後にする様子を多く見ることになると思います(笑)。

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記事の評価
サベイランス

サベイランス

サクサク行きまして、次は

「サベイランス」です。

評価:(40/100点) – 「カルトの帝王」の困った娘。


【あらすじ】

サンタ・フェの田舎町で5人が無残に殺される事件が発生する。FBI捜査官のエリザベスとサムは警察所に居る目撃者3人から事情聴取を行う。3人は「傷だらけの警官」と「怖がる若い女性」と「無口な女の子」。しかし彼らの証言が微妙に食い違う。果たして彼らに何が起きたのか?そして犯人は誰なのか?


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【感想】

私の大好きな「カルトの帝王」デヴィッド・リンチがプロデューサに名を連ね、長女のジャニファー・リンチが監督・脚本を務めるサスペンススリラー作品です。本国ではおととし公開ですが、ようやく日本に上陸しました。ちなみにジェニファーはすでに去年「蛇女」というボリウッド映画を撮っていますので、ある意味周回遅れでの公開です。
ハッキリ断言しますが、ジェニファー・リンチ監督のファンというのは聞いたことがありません。というのも初監督作品の「ボクシング・ヘレナ」が度を超して最低な映画だったからです(笑)。色男が愛する女の手足を切って所有物として愛でるというサイケな恋愛映画(←いやまじでサスペンスじゃないんです)で、ジェニファーは当然のように映画を撮らせてもらえなくなりました。それから15年、ついにあの問題児が帰ってきた(笑)ってなわけで一部の映画ファンには待望の作品です。
やはりデヴィッド・リンチを思い起こさせるのはサイケなキャラクター達です。一人を除いて出てくるキャラクラー全員が頭イカレてます。情緒不安定なのは言わずもがな、いちいち各キャラの妄想混じりの証言を映像化して見せる物ですから、軽い頭痛を引き起こします。でもそれこそがデヴィッド・リンチの特徴でもあるので、娘に着実に受け継がれているのはうれしい限りです。
ところが、、、ラストが超がっかりで台無しなんです。金返せっていうレベルのオチにもならないオチで、もう本当にどうしようもありません。犯人については中盤あたりで気付きましたので当然もう一ひねりしてくるのかと思いきや、、、結局犯人捜しだけなんです。なんとも言い難いです。
一応「幼い子供だけが物事の真実を見ている」という部分にテーマらしき物はありますし、映画としてまったくダメダメというものではありません。単につまらないだけです。この「単につまらない」というのが割と皆さんが同意できるジェニファーの評価だと思います。これがデヴィッドだったら「単につまらない」なんてならずに訳分からない要素を散りばめて「わかんないし気持ち悪いけどなんか引っ掛かる」というぐらいには煙に巻いてくれるんですが、、、ここいらが限界なんでしょうか?
とはいえ「ツイン・ピークス ローラ・パーマ最後の七日間」でジェニファーの書いた脚本は良かったので、決して才能がないわけではないんです。監督はあきらめて脚本家に専念した方が絶対良いですよ。

【まとめ】

本作もバリバリの単館映画ですが、わざわざ足を運ぶ必要は感じません。正直オススメするのは気が引けます。ただデヴィッドのテイストを感じることは出来ますので、父親の大ファンであればとりあえず押さえておきましょう。
それにしてもきつかったです。

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記事の評価
ラブリーボーン

ラブリーボーン

本日は二本観てきました。まず一本目は

ラブリーボーン」です。

評価:(45/100点) – サスペンスというよりはスイーツ・ラブストーリー。


【あらすじ】

スージー・サーモンは両親と妹と弟の5人で幸せに暮らしていた。しかしある日中学校からの帰り道で向かいに住むジョージに殺害されてしまう。死後の世界へと旅だったスージーだったが、家族のことが心配でこの世とあの世の”狭間”に留まることにする。しばらく発って、スージーの家族はストレスから崩壊、ジョージは新たにスージーの妹・リンジーを狙い始めた。

【三幕構成】

第1幕 -> スージーと家族の日常とレイとの恋。
 ※第1ターニングポイント -> スージーが殺される
第2幕 -> 父の捜査と家族崩壊。
 ※第2ターニングポイント -> スージーが自身の死を受け入れる。
第3幕 -> リンジーの捜査とスージーの成仏。

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【感想】

とてもかっちりした構成の作品です。第一ターニングポイントはきっちり開始30分で来ますし、第2ターニングポイントはわざわざ暗転してシーンが変わります。非常にオーソドックスというか普段映画をあまり観ない人にも親切な作り方です。
実際、多少冗長に思う部分はあるものの終盤までは非常にスムーズに展開が進んでいきます。そしてスージー役のシアーシャ・ローナンも15歳とは思えないほど素晴らしい演技を見せてくれます。
と、ここまでは絶賛モードなんですが、いまいち微妙な雰囲気になるのはひとえに終盤の展開によるものです。
せっかく「犯人が妹を連れ去って、父親の捜索に手を貸す幽霊」的なベタなストーリーで盛り上げられるにもかかわらず、終盤のサスペンスシーンは「木の床板をそっと戻す」というこれ以上なくショボい展開のみで終わってしまいます。さらにはとってつけたような因果応報・悪が滅びるストーリーや急に道徳的になるスージー等、それまでの話を全て台無しにしてしまう程の超展開で観客全てを置き去りにして斜め上に突っ走ります。
正直な所、最後の30分までは80点~90点つけても良いほどの出来でした。せっかく前振りをして物語を積み上げていったにも関わらず、最後は家族をほっといて色ボケに走るバカ女のせいでメチャクチャです(笑)。
また、演出面もあまりいただけません。CGはさすがの出来ですし特にあの世の描写は本当に綺麗ですが、一方でスローモ-ションにコーラス曲を合わせる演出がしつこく繰り返されてちょっとイライラします。でも、前半のジョージの顔を隠す演出はなかなか上手いです。ピンボケやフレーム見切れを上手く利用して、何を考えているか分からない不審者としての犯人を表現しています。その割に顔がきちんと映るのが早すぎるんですが、まぁ引っ張っても「木の床板サスペンス」では面白くならないので、これで良いのではないでしょうか。面白くなる要素がそろっているだけに、つくづくラストが心残りです。

【まとめ】

良くも悪くもピーター・ジャクソン監督が仕事と割り切って適当に作るときの傾向が出ています(笑)。
きっと「ディストリクト9」のプロデュースが忙しくて片手間になったのかなとか思いつつ、時間が空いている方にはオススメ出来ます!
でもたぶん後悔するので、半年後にDVDで観た方がダメージは少ないかも知れません。一番おもしろかったのは開始前に流れた「第9地区」と「ブルーノ」の予告編でした(笑)。

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