GANTZ

GANTZ

土曜日は二本見て来ました。1本目は、

「GANTZ」です。

評価:(9 /100点) – 適当でショボい「予告編」。


【あらすじ】

就職活動中の玄野は地下鉄の駅で小学校の同級生・加藤を見かける。加藤は線路に落ちた酔っ払いを救うため、自らも線路に降りてしまう。なんとか酔っ払いを助けた加藤だったが電車はすぐそこまで来ている。ためらいながらも加藤に手を貸した玄野だったが、加藤に引き込まれ線路に転落、2人共電車に轢かれてしまう、、、、。
しかし気がつくと、玄野と加藤はマンションの一室に居た。まわりには数名の男子。目の前には謎の黒い玉。はたして二人は死んだのか、、、そして黒い玉は何なのか、、、。


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【感想】

土曜の1本目は「GANTZ」です。おなじみヤングジャンプ連載のコミックの映画化で、日テレ、東宝、ジェイ・ストーム、ホリプロが制作委員会に名を連ねます。二宮君と松ケン狙いなのか若い女性が多く、漫画ファンの層とはちょっとずれているように感じました。かなりお客さんは入っていまして、一度アニメ化もされている人気シリーズです。

ソープオペラと映画について

当ブログを読んで戴いている方には「そもそも」という単語が出ると危ないというのはご想像できると思いますが(苦笑)、いきなり「そもそも論」から行きたいと思いますw
そもそもですね、原作コミックスはいわゆる「ソープオペラ」の形式をとっています。当ブログでも何度か出てきていますが、一応念のため。「ソープオペラ」はアメリカの連続ドラマの形式の一種で、キャラクターだけを配置して延々と下世話に話を転がしていくものです。ストーリー自体にゴールは無く、またあったとしても限りなく薄いゴールが設定されます。基本的にはシチュエーションとキャラクターの魅力しかありませんので、いくらでも続けることができますし、いつでも止めることができますw 実はそういう風に考えると、連載漫画とソープオペラがとても相性が良いというのがお分かり頂けると思います。つまり編集部やファンの要請が続く限りいくらでも話を転がせますし、また打ち切りが決まればすぐにでも完結させることが出来るからです。
しかしその一方で、ソープオペラは映画にはまったく向いていません。というのも映画には元々「フィルムリール」と言う形で物理的な尺の制限があるからです。もちろん複数リールをつなげるようになってからも、単純にリールが増えるとそれだけダビングに時間も費用もかかりますのである程度の制限は残ります。長さに制限があるということは、つまり作品に明確なゴールを設定した上で、時間に合わせて的確にストーリーを語る必要があるということです。二時間半ならそれに見合った話の内容があり、きっちり二時間半でゴールまで行かないといけません。
さて、原作の「GANTZ」はラストミッションまではこの「ソープオペラ」形式で「星人狩り」のゲームが繰り返されます。この繰り返しの一回一回には特に意味は無く、ゲームや星人のシチュエーションとそこに放り込まれるキャラクターを楽しむものです。正しいソープオペラであり、よく考えられた連載向けの物語構成です。
しかし前述のような映画とソープオペラの相性の悪さがありますから、この原作を映画化するのであれば当然そのままではどうにもならないわけです。(逆に言えば、例えば毎週放送するアニメやドラマであればそのままでもある程度格好は付きます。)
この「原作のストーリーをテーマを絞ってまとめる」事が映画化する際の一番の肝であり、もっとも監督や脚本家の手腕が問われる箇所です。

本作におけるストーリーについて

では今回の映画化はどういった形でテーマをまとめているでしょうか? これは明確で、「玄野の自分探しと成長」です。物語の冒頭では、玄野は面接のマニュアル本を暗記するだけで何の熱意や希望もなく安穏と生活していました。それがGANTZのゲームに参加することで段々と調子に乗り始めます。自分が「いじめっ子をやっつけるのが得意」だと認識した上で、星人狩りを天職だと思うようになり独善的に暴走していきます。しかし対おこりんぼう星人戦で仲間を失ったことで戦いの惨さを再認識し、皆で力を合わせて生き残る事を決意します。これが本作のストーリーの全てです。
問題は、本作のストーリーがどう考えても130分という尺に対して薄すぎることと、そしてストーリーに対して起こっているGANTZを巡る事態が風呂敷を広げすぎな事です。物語の最後で玄野が決意することは、物語の冒頭ではすでに自明であり加藤が連呼していたことです。ですから130分も使った上で成長するゴールとしては低すぎます。
また、映画の尺が伸びすぎている大きな要因がこれでもかというほどクドい「ウェット」で「だるい」演出です。この映画版ではXガンが強力な銃として登場します。実際に劇中で戦う敵は全てこのXガンで撃たれることで倒されます。引き金を引いたら戦闘が終了するような武器を持っているにも関わらず、玄野はなかなか銃を撃ちません。挙げ句の果てには敵の目前で愁嘆場を演じたりする始末です。
特に酷いのがラストの千手観音戦です。ここでは「岸本と加藤」「玄野と加藤」の二回、まったく同じシチュエーションで敵の目前で「感動的なお涙頂戴話」を始めます。それを待ってあげている千手観音もお茶目ですし、「そんなことしている間にXガンで撃てよ」という文句が何度も頭をちらつきます。実際問題、本作の戦闘シーンはほとんどが「そんなことしている間にXガンで撃てよ」で片付いてしまいます。アクションもへったくれもありません。CGがショボイとかカット割りすぎとか以前に、アクションシーンとしておかしな事になっています。しかも玄野と加藤と岸本以外が完全に何の役にもたっていません。ソープオペラというのは各キャラクターを群像劇のように立たせるものですが、本作ではこの3人以外は誰が誰やらさっぱり分からないため、そもそもソープオペラとしても失敗しています。

【まとめ】

だらだらとグチを書いてきましたが、要は本作は後編「GANTZ PERFECT ANSWER」の予告編以上のものではありません。130分も使っておきながら、「みんなで力を合わせよう」などどいうヌルイ着地をしつつ、結局「GANTZ」関連のストーリーには進展がないままです。まるで打ち切り漫画のようなラストショットと、そしてエンドロールの後に流れる心底がっかりする後編の予告によって、本作がただの「前振り」でありただの「お試し版」であることがハッキリします。
本作は見る必要が1ミリたりともありません。どうせ後編をやる直前に日テレで放送するでしょうし、別に後編からいきなり見ても十分に話が通じる程度のボリュームです。まったくオススメしませんが、二宮君と松山ケンイチのファンであれば見に行っても良いかと思います。完全なるドラマ演出によって顔のどアップばかりですので、ファンであれば顔だけは楽しめると思いますw

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記事の評価
劇場版マリア様がみてる

劇場版マリア様がみてる

今日はレイトショーで

「マリア様がみてる」を見てきました。

評価:(85/100点) – ポスターを見て舐めてました。m(_ _)mペコリ


【あらすじ】

お嬢様学校・私立リリアン女学園に通う一年生の福沢祐巳は、ある日学園のアイドル・二年生の小笠原祥子に声を掛けられる。その場面を写真部の蔦子に撮られた事から一転、祐巳は生徒会演劇に巻き込まれていく。

【三幕構成】

第1幕 -> 祐巳と祥子の写真。
 ※第1ターニングポイント -> 祥子が薔薇様との賭を受ける。
第2幕 -> 演劇の練習と賭け。
 ※第2ターニングポイント -> 祥子が優との関係を祐巳に告白する。
第3幕 -> 結末


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【感想】

本日は「マリア様がみてる」を見て来ました。シネマート新宿は1,000円の日だったからか、公開から一週間経ちますがお客さんは10名ぐらい入っていました。でもほとんど男性ですw

おさらい

今更ですが、一応おさらいをしておきましょう。「マリア様がみてる」は雑誌「Cobalt」に連載されたライトノベルで、1998年開始です。当時はまだそこまでジャンルとして確立していなかった「同性同士だけの閉じた世界の甘やかし合い」の代表格でありブームの火付け役です。とはいえ間違ってはいけないのは、この「マリみて」以降氾濫することになった「ホモソーシャルの馴れ合い」だけを拡大コピーした作品とは違い、少なくとも初期の「マリみて」はきちんとクラシカル少女漫画的な悲壮感・愛憎を描いていたという点です。
舞台は「私立リリアン女学園」という完全に閉じた世界で、ファンタジックな階級社会が形成されています。学園のアイドルとしての生徒会長が3名「赤薔薇」「白薔薇」「黄薔薇」の肩書きと共に君臨し、その見習い2年生が3名、さらにその見習いの1年生が3名で「山百合会」というエリート組織が学園の最上部に構成されます。
そのエリート組織にひょんなことから入ることになる「一般民衆」の福沢祐巳を中心とした「身分ギャップ・コメディ」で物語が展開されます。
作品の中心となるのは「紅薔薇のつぼみ」小笠原祥子とその妹(=見習い)・福沢祐巳の関係性です。片や超お嬢様の優等生で浮世離れした存在。片やリリアンには不似合いなほど庶民的で俗世的な存在(=大半の読者と同じ)。この二人がそういった環境のギャップを越えて友情・信頼を深めるというホモソーシャルが「マリみて」の売りです。
一方作品の構造上、「マリみて」は「レギュラードラマ(=同じ時間を永遠に繰り返す作品。ドラえもん等)」ではなく「ストーリードラマ(=時間が進んでキャラが成長する。)」にならざるを得ません。ですので、いつかはこの「閉じた世界」は壊れてしまうんです。それは祐巳が成長しきった時(=祥子を必要としなくなった時)であり、祥子が卒業する時です。
この構造が限界に達したのが11巻の「マリア様がみてる パラソルをさして」です。この11巻によって、祥子と祐巳の関係性は一種の完成を迎えます。そしてこの時点で作品内での「祥子が卒業するまでの時間」が9ヶ月を切ります。ここに至って、作者・今野緒雪は作品の続きを書けなくなってしまいます。なぜなら、これ以上作品内時間を進めると、世界が壊れてしまうからです。苦し紛れとしてこれ以降は短編が増えていくことになります。短編であれば時間をそこまで進める必要はないですから、限りなく「レギュラードラマ」に近い展開ができるからです。
結局、祥子が卒業する「マリア様がみてる ハロー グッバイ」までに6年間も掛かってしまっています。
ファンとしては残念ですが、少なくとも「マリア様がみてる」の作品寿命は11巻までと考えるのが妥当だと思います。それ以降は、良く言えば「ファンサービス」であり、悪く言えば「蛇足」「延命処置」です。

そして実写版

ようやっと実写映画版の話に行きます。この実写版は原作一巻を元に、「祐巳と祥子」にのみ絞って物語を展開させます。元々が「学校」と「祐巳の家」ぐらいしか舞台の出て来ない話ですが、本作では完全に学園内で完結しています。祐巳の家族は出てきませんし、祐巳の友達もほぼ蔦子のみ。山百合会に至っては祥子と志摩子以外の誰一人、明確に台詞や紹介もありません。白薔薇の二人や令・由乃コンビは原作では相当なファンがついていますが、このあたりの要素は全てばっさりカットしています。あくまでも「祥子が祐巳をスールに出来るか否か」というストーリーのみで転がしています。
私はこの整理は大正解だと思います。というのも、90分程度で話をまとめるのであれば、、、そして映画として3幕構成に落とし込むのであれば、あきらかに祥子の成長をメインに据えるよりほかないからです。原作一巻の肝は、「庶民派の祐巳の影響で、お嬢様の祥子が成長する」という部分にあります。これにより、身分を越えた信頼関係が生まれるからです。最初は「シンデレラをやりたくない(=優と向き合いたくない)」から祐巳を構っていた祥子が、第二ターニングポイントで祐巳に相談することで「私はむしろシンデレラをやりたい(=優と向き合ってケリをつける)」と変化するところが一番大事です。
この実写版ではその肝を中心にして、見事に原作がシュリンクされています。映画化はこの時点で確実に大成功です。
もちろん細かい演出からもきちんと原作を噛み砕いているのが見て取れます。本作における原作からの最大の変更点はラストシーンです。ラストのクライマックスにおける祐巳と祥子の会話が変更され、祐巳の台詞が削られています。本作ではあくまでも祐巳は「自信の無い庶民」として描かれますから、クライマックスのシーンで「あまりのことに声も出ない」というのは映画演出としては正しいです。ここは非常に有名な掛け合いシーンですので変更には相当勇気がいたと思いますが、個人的には良い変更だと思います。
また、BECKの時に書いた「歌を誤魔化す」演出も本作では見事にクリアしています。本作の演劇シーンは「夕暮れ時の教室や生徒会室の風景」と「BGM」と「徐々にフェードアウトする台詞」で誤魔化されます。そしてそのシーンの直後に、蔦子と祐巳の会話で「夢のような日々が終わってしまった」という内容が語られます。つまり、演劇シーンの演出は「祐巳が感じたセンチメンタル/ノスタルジーの表現」になっているわけです。これによって、「誤魔化すため」の演出に作品内で必然性をもたせたることに成功しています。

【まとめ】

大枠では原作に忠実な流れでありながら、きちんと映画にするための整理を行った素晴らしい映画化だと思います。もちろん、キャラクター人気の高い作品ですから、キャストにあれこれ文句は絶対に出ると思います。個人的には鳥居江利子と柏木優のキャスティングは無しですw
冒頭にも書きましたが、ポスターを見るとものすごい地雷の香りがただよってきますw っていうかはっきり書きますと、未来穂香の顔と鼻が丸すぎます。でも本編を見て納得しました。本作では「祥子が祐巳を心より必要とした」のが大事なんです。だから外見がブサイクならブサイクなほど「内面に惚れた」という表現になるわけです。ストーリー上も、「志摩子には外見で判断してスールを申し込んだけれど、祐巳には内面に惚れてスールを申し込んだ」わけですから、志摩子と祐巳は絶妙な顔バランスでキャスティングしないといけないわけですw
もうすでに公開スクリーンが小さくなってきているようですが、お近くで上映している方は是非是非見てみて下さい。かなり意外な掘り出し物です。オススメします!

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記事の評価
エクリプス/トワイライトサーガ

エクリプス/トワイライトサーガ

久々に休日出勤から解放された今日は2本です。1本目は

エクリプス/トワイライトサーガ」を見て来ました。

評価:(30/100点) – 逆輸入的な「日本の少女漫画風アメリカンラノベ」


【あらすじ】

エドワードを取り戻したベラは高校卒業を控え幸せな日々を送っていた。ある日、エドワードの姉アリスがヴィクトリアの気配を予知する。
その頃、ニューブラッドと呼ばれる吸血鬼に成り立ての集団は暴虐の限りを尽くしていた。果たして彼らの黒幕は、ヴィクトリアか、それともヴォルトゥーリ一族か、、、。


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【感想】

本日の一作目は「エクリプス/トワイライトサーガ」です。世界的には大ヒットしているライトノベルですが、劇場はガラガラでした。
概要は前作と同様に「イケメン吸血鬼とイケメン狼男にモテモテ」というだけの物ですので、別にどうと言うことはありませんw ただ、そういった下らない内容であったとしても、さすがはハリウッドという画面のクオリティだけでそれなりに見えてしまうのが恐ろしい所です。本作では前作より一層、ベラが調子に乗っています。なにせ冒頭からエドワードとジェイコブに対して堂々と二股を掛けてきますw しかも2人ともわかっている上でそれでもベラを奪い合います。いいですね、モテモテでw
挙げ句の果てに「私もあなた(ジェイコブ)の事を愛しているけど、エドワードの方が好きなの」と来たもんです。おじさんには若い娘のモラリティは良く分かりません。
面白いと思うのは、こういった「花より男子」的なモテモテ話がキャストが外人になった途端に日本ではヒットしないと言うことです。もしこれで登場人物が日本人だったら、間違いなくこのガラガラっぷりはあり得ません。極端なことを言ってしまえば、こういう妄想系オトメゲー的な物は日本が本場だったりしますから、どうしても「日本のライトノベルっぽいアメリカの小説」という倒錯が日本の女性には中途半端に見えるのかも知れません。
少なくともテレビ局主導で作るマンガ原作邦画よりは確実によく出来ていますので、一見の価値はあるシリーズだと思います。

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大奥

大奥

2本目は

大奥」です。

評価:(1/100点) – ターゲット不明の下品で俗な男色アイドル映画。


【あらすじ】

江戸時代、赤面疱瘡という疫病が蔓延し、男の数が激減してしまった。減った男に代わる形で女達が仕事をこなし、男達は”子ダネ”として売春するか婿入りをするのが習わしとなっていた。
水野祐之進は貧乏旗本に生まれ、剣術を習いながらのらりくらりと暮らしていた。もうすぐ二十歳になろうかという日、彼は家族に楽をさせるため大奥にあがる決意をする。そこは権力争いと男色が跋扈する世界だった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 祐之進とお信。
 ※第1ターニングポイント -> 祐之進が大奥にあがる。
第2幕 -> 大奥での生活。
 ※第2ターニングポイント -> 祐之進が吉宗に名前を聞かれる。
第3幕 -> ご内証の方。


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【感想】

今日の二本目は「大奥」です。例のドラマの方ではなく、よしながふみのレディースコミックの映画化です。お客さんはほとんど入っておらず、20~30代ぐらいの女性が中心でした。
本作はあまりにもツッコミどころがありすぎて、たぶん指摘しきれません。大きな部分で言えば、そもそもテーマとして「男女逆転」がまったく活きていないという部分と、そもそもキャスト的に変という部分です。
ということで、ジャニーズのファンの方はいますぐブラウザを閉じてください。おそらくこれから書くことは、事実だと思いますが熱狂的なファンの方には厳しい内容になるかと思います。私は嵐には一切興味がありませんので好きでも嫌いでもありません。なので、いつも女性アイドルにやってるようなゲタ捌かせが出来ませんので(笑)、純粋に本作を見た感想になってしまいます。

まず主役が、、、。

え~いきなり最も危ない所に切り込んでいきますが、主演の二宮君があまりにも酷すぎます。っていうか何コレ? 二宮君へのいじめ? それくらい全く役が出来ておらず、本人の責任というよりはブッキングのミスだとおもいます。大奥内で並んだときに一人だけ背が低く物凄い猫背です。それは正座しているときも同じで、ひとりだけ裃(かみしも)が寝てるので変です。プラスで、冒頭に剣術の稽古(っていうよりチャンバラ)シーンがあって「師範代」と呼ばれるほどの腕のようなのですが、立ち回りが全く出来ていません。途中で関ジャニの大倉と戦うシーンがあるのですが、これは両者ともびっくりするほど下手でまったく達人同士の戦いに見えません。剣道を習って2週間目ぐらいで模擬演習をやらされたみたいな動きです。しかも入浴シーンで二宮君の上半身が映るのですが、腕にも胸にも筋肉がついていないため、剣術の稽古をしているようにすら見えません。
こういった肉体的な部分だけでなく、セリフのしゃべり方も完全にコントのそれです。むりやりべらんめぇ調にしようとして舌がもつれていたり、下手にドスを聞かせようとして変な発声やアゴ使いになっていたり、普通の時代劇ならどれもOKテイクになるはずが無いようなシーンばかりでビックリです。わりとこのキャラが作品全体を出来の悪いコントにしか見えないようにしています。
圧巻なのは、大奥内で皆がそろいもそろって二宮君を「美男子」と称するところです。これはファンの方でも異論が無いと思うのですが、二宮君は間違いなく美男子じゃないです。彼のアイドルとしての魅力は人の良さがにじみ出たような人なつっこい愛嬌でしょう? 決して「美形」を売りにしたアイドルではないはずです。どっちかというと松山ケンイチとかそっちよりの「格好良くはないけど良い感じの困り顔」です。それをそれこそ美形を売りにしたような大倉だの玉木だのが「美形」「美形」と褒めちぎるものですから、これは一種の褒め殺しというか、もう公開イジメにしか見えません。
祐之進は非常に粗暴な言動が目立つキャラクターですから、どう贔屓目にみても二宮君には合っていないですし、彼の魅力も殺す形になってしまっています。こんな無茶な役は断れば良かったのにと思わずにはいれません。

話運び。

本作の欠点その2は話運びです。これは本当にビックリするくらい適当です。本作は男女逆転した世界のはずですが、男女の逆転が世界に影響を及ぼしません。すなわち「男っぽい女」と「女っぽい男」が増えたっていうだけで、それの影響が全く出ていないんです。例えば、飛脚は女になっただけで普通に飛脚ですし、大工は女になっただけで普通に大工です。別にジェンダー論をぶつつもりはありませんが、女と男では肉体的にも思考回路的にも違いがあるのですから、男と女の数が逆転したからってそのまま役割が逆になるだけってわけはありません。力の弱い女性が大工になるならば当然力が弱いなりの工夫をしないと可笑しいんです。でも本作ではそこは一切考えられていません。あくまでも雰囲気として逆転しているように見えるだけです。
そもそもからして、女が「吉宗」だの「忠相」だのと男の名前を名乗ってること自体が変なんです。別に女を隠して居るわけではないのですから、男の名前を名乗る意味がまったく分かりません。
2003年からのTVドラマの大奥が面白かったのは、大奥という女だらけの舞台で嫉妬や嫌がらせといった「OLあるある話」を時代劇風にやって見せたからです。極端な話、男だらけで権力闘争になったら、OL的な嫉妬や嫌がらせじゃなく、もっと直接的な実力行使になるはずです。ですが、本作の男共はまるで中身が女性になってしまったかのように「OL的な嫉妬や嫌がらせ」をふんだんにやってきます。なので、本作をみていると大奥の男共がみんなオカマに見えてくるんです。別にオカマが悪いというわけではなくて、これではせっかく男女逆転したのに本末転倒だっていう事なんです。
挙げ句の果てには、廊下の影から「キャー!!!二宮くぅ~~~ん!!!」見たいな気色悪い仕草をする後輩達の描写があったりするんです。気持ち悪っ。
本作は宣伝上はイケメン軍団が売りにはなっていますが、誰がどう見てもキャラクターとして掘り下げ甲斐があるのは阿部サダヲだけです。彼はきちんと苦労人として描かれますが、他の連中はそのあたりが全く描かれないためです。
だから、ラストで嫌がらせをした連中が罰を受けたとしても全然カタルシスが生まれません。彼らの嫌がらせが低レベルすぎるため、映画的には本当にどうでもよく見えてしまうんです。
そして肝心の吉宗についても内面が一切描かれないため、ダミ声と相まって色気づいた中年ババァにしか見えません。(三十路前の女優にすみませんm(_ _)m )
結果として本作を見終わった後に残るのは、ただただ気持ち悪いという印象と、全編通して使われる品の無い下ネタの数々だけです。

【まとめ】

正直に言いまして、まったくターゲットの分からない作品でした。二宮君を見に行ったファンでもさくすがにこの演技や扱いを見ればガッカリするでしょうし、かと言って腐女子を狙い撃ちするようなBL的な「心と心の交流(←書いててキモイですがw)」展開もありません。あくまでも男色としての行為を匂わす程度です。そして時代劇としてはあまりにも軽すぎる立ち回りと台詞回し。これは誰が見ることを想定したのでしょうか?
まったくオススメできない作品でした。これを見るくらいならTVドラマ版の大奥をレンタルDVDで見た方が1億倍マシです。ということで、同じ「大奥」ならフジテレビドラマ版の「大奥」がオススメです!!!

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君に届け

君に届け

本日の1作目は

「君に届け」です。

評価:(65/100点) – 緩い恋愛映画かと思ったら熱血友情物語だったの巻


【あらすじ】

高校性の黒沼爽子は長い黒髪と愛想の無さから「貞子」と呼ばれいじめられていた。彼女は入学式の朝に出会った風早翔太や、クラスのはみだし者である吉田千鶴・矢野あやねコンビらと友情を深めていく、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 爽子と翔太
 ※第1ターニングポイント -> 席替えが行われる。
第2幕 -> 千鶴・あやねとの友情と、くるみの策謀。
 ※第2ターニングポイント -> 翔太がくるみの告白を断る。
第3幕 -> 翔太の告白と大晦日


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【感想】

今日の1本目は「君に届け」です。ティーンエイジの女性を中心にかなりお客さんが入っていました。別マガ連載の人気少女コミックの映画化で、去年末から2クールで深夜アニメにもなっています。
作品としてあんまり内容がないので、ざっくりと書いてしまいますw
要は性格は物凄い良いが社交性が薄く見た目が冴えない爽子が、イケメンでクラスでも人気者の翔太に好かれるという夢のような話です。「あの人だけが私の内面を分かってくれる」というヲトメの欲望そのままな内容ですので、それだけなら「都合良すぎ」「甘えるな」でバッサリ切って捨てるんですが(苦笑)、本作にはバッサリいけない部分が一カ所だけあります。それが爽子・千鶴・あやねの「仲良し三人組」のチーム分です。
この三人組の描写がベタながら完璧なんです。三人とも「見た目で誤解されがちだけど根は超良い人」であって、お互いが足りない部分を支え合うように友情を深めていきます。不覚ながら、中盤に夜の神社前で千鶴・あやねが相談するシーンとその後の屋上のシーンで、私完全に涙腺決壊いたしましたw
あやねのヘルプコールを受けて男子陣を捨ててすぐに駆けつけるシーンであったり、千鶴がお好み焼きを泣きながらヤケ食いするシーンであったり、この3人が集まったシーンはどれも大変素晴らしいです。
ただその一方で、やはり翔太・くるみ絡みの恋愛要素は限りなく類型的で退屈です。爽子も翔太もほとんど一目惚れ状態なためそもそもエピソードの積み重ねがありませんし、くるみも用意周到というにはお粗末です。なので、中盤以降はテンションがみるみる降下していってしまいます。

【まとめ】

恋愛映画としてはお世辞にも出来が良いとは言えませんが、女同士の友情物語としては大変すばらしい出来です。「女の子ものがたり」や「パーマネント野ばら」が好きだった方には是非オススメです!!!

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記事の評価
×ゲーム(バツゲーム)

×ゲーム(バツゲーム)

今日も今日とて1本、

×ゲーム」を見てきました。

評価:(55/100点) – 出来はイマイチだが、やっとまともなスリラーが来た!


【あらすじ】

小久保英明は大学生である。ある日、彼の元に小学生時代の同級生から担任が自殺したとのメールが届く。しかし彼らはつい3日前に同窓会で会っていたばかりだった。担任の自殺を不審に思う彼の元に、不思議なDVDが届く。そこには、担任の先生が何者かに拷問されている姿が映っていた、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 英明と同窓会と先生の死。
 ※第1ターニングポイント -> 謎のDVDが届く。
第2幕 -> 黒髪の女の捜索。
 ※第2ターニングポイント -> 英明が拉致される。
第3幕 -> ×(バツ)ゲーム。
 ※第三ターニングポイント -> 英明が13番を引き罰を受ける。
第四幕 -> 逆襲。
 ※第四ターニングポイント -> 英明が小学校から抜け出す。
第五幕 -> 解決編。


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【感想】

さて、本日は一本、先日公開の「×ゲーム」です。若い子を中心にお客さんが4~5割は入っていまして、ちょっとびっくりしました。AKB48とD-BOYSのネームバリューでしょうか? あんまり山田悠介の映画って入っているイメージが無かったのでうれしい誤算です。
本作は「SAW」シリーズに近いソリッド・シチュエーション・スリラーです。SAWが2004年1月で、「×ゲーム」の原作が2004年8月ですから、テーマ的にも見せ方的にもかなり意識していると思われます。ツッコミ所はかなり多く、ストーリーにもずさんな点が目立ちますが、しかし日本で「SAW」をやってみようという気概だけはビンビン伝わってきました。だからソリッド・シチュエーション・スリラーが好きな方は絶対に見た方が良いです。
まず本作で一番好感が持てる部分は、きちんと「拉致」→「部屋に閉じ込められる」→「ゲーム開始」→「いろいろあって一人だけ生き残る」→「だけど、、、」というCUBEから脈々と続くソリッド・シチュエーション・スリラーのジャンルムービーとしてのお約束をきちんと踏襲している点です。日本で最近作られ始めた同ジャンルもどきの作品は、このお約束が全然出来ていません。このジャンルはあくまでもジャンルムービーとして続編が作り易いように、バッドエンドで終わらなければいけません。だから本作の作りはその一点において紛れもなくソリッド・シチュエーション・スリラーとして正しいんです。
肝心のゲーム部分ですが、これがまた良い湯加減です。実は結構ここに不満があるんですが、でもきちんとスプラッター的な嫌な感じを出そうという努力は見えます。ただし、この罰ゲームが思った以上にヌルイです。エグいのは「画鋲の刑」と「洗濯ばさみの刑」ぐらいで、後は「牛乳イッキ飲み」だの「髪を燃やせ」だの「ウジ虫イッキ食い」だの見た目の面白さはあってもスプラッタ方向には行かず、どうしてもギャグに見えてしまいます。しかもそのエグいものは一番先に見せてしまうんです。
本作で一番の問題はまさにこの「ヌルさ」です。ストーリーの核である罰ゲームをギャグにしてしまった結果、CGのショボさも相まってその後の展開が真面目に見られなくなってしまうんです。只でさえ滑稽な背景部分が、これにより一気に嘘臭く見えてしまいます。ここはもう少し見せる順番を考慮して欲しかったです。最初ギャグみたいな物が続いて油断していた所で「画鋲の刑」が来た方がストーリー上は絶対に自然です。
ちょっと細かいツッコミになってしまうんですが、画鋲の刑の後で英明の太腿の裏には血が付いているのにお尻にはズボンの破けた跡さえ無かったり、あれだけやられてるのにすぐにスクッと立ち上がって暴れ回ったり、極めつけは頸動脈や胸の上に焼き鏝を当てられたのにピンピンしていたり、ディティールのずさんさはかなり目立ちます。追加するなら、一応嘘でもいいのでゲームが終わる条件は設定した方が良いかなとは思いました。
ストーリー的なツッコミで言いますと、一番大きいのは「主人公が偶然と奇跡の積み重ねで生き残らないと成立しないトリック」問題です。この手の映画ではよくある問題ですが、ドンデン返しにしたつもりがその罠が成立するためのハードルが物凄い高すぎて全然罠になってません。映画なんで主人公はたまたま生き残りますが、でもそのたまたまを犯人が当てにしてはいけませんw
またこれは構成上の問題ですが、小学校を脱出した後のエピローグが長すぎます。しかも全部犯人側からベラベラとネタばらしをしてくれるため、著しく集中力と興味が低下します。こういうキャストが少ない低予算のスリラーの場合、全ての裏側を説明してしまうと世界観が薄っぺらに見えてしまいます。想像させる分には無料ですから、もっと思わせぶりにバッサリと省略してしまっても良かったと思います。ここまで喋られてしまうと、続編を作ろうにもコピー作品しか作れなくなってしまいます。
この辺りの演出は日本でこのジャンルが成熟してノウハウが蓄積すればある程度進歩していくのではないかとは思います。
ちょっと苦言が多くなってしまいましたが、でも私はこの作品は結構好きです。少なくともSAWの(超)劣化コピーまでは日本でも作れるというのが分かっただけでも儲け物だと思います。

【まとめ】

ずさんはずさんですし、B級と呼ぶにもかなり苦笑いな部分は多いです。でも先月の「KING GAME」のように表面だけなぞっているわけでは無く、きちんと作ろうという気概は感じました。ジャンル好き限定でオススメします!!!

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記事の評価
いばらの王 -King of Thorn-

いばらの王 -King of Thorn-

本日はアニメ映画の二本立てです。一本目は

いばらの王 -King of Thorn-」です。

評価:(4/100点) – ポスト・エヴァンゲリオンの有象無象の一つ。


【あらすじ】

体が石化してしまう謎の奇病”メデューサ”が流行した世界。コールドスリープカプセルセンターにて治療法が見つかるまでの眠りについたカスミ・イツキは、突如眠りから起こされる。するとそこにはモンスター達が蔓延っていた。逃げ惑う160人のほとんどは殺され、残ったのはわずかに7人。はたしてイツキはセンターから脱出することができるのか? そして世界に何が起こったのか?

【三幕構成】

第1幕 -> 世界観の説明。カスミとシズクとコールドスリープ。
 ※第1ターニングポイント -> カスミがコールドスリープから目覚める。
第2幕 -> 城からの脱出。
 ※第2ターニングポイント -> カスミがビデオカメラの映像を見て城に再突入する。
第3幕 -> 結末。


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【感想】

本日はアニメ映画の新作を2作見てきました。1作目は「いばらの王」です。さすがに平日の昼間でしたので、観客も数人でした。
基本的に本作はかなり駄目駄目だと思うのですが、原作のファンの方もいらっしゃると思いますので、どうしても具体的な指摘をせざるを得なくなってしまいます。ですので、以下は多大なネタバレを含んでしまいます(=というか結末も書きます。)ので、例によって原作未読の方や楽しみにしていらっしゃる方はご遠慮下さいo(_ _*)o。
ちなみに私は原作未読で、前知識もまったく無い状態で見ています。

本作の概要と基本プロット

まずは概要をざっとおさらいしておきましょう。本作のストーリーは、宇宙から飛来した細菌「メデューサ」が核となります。「メデューサ」は感染者の「夢」「空想」を具現化します。作中では「進化を促す存在」とされており、一種のオーパーツ的な存在、もっというと「2001年宇宙の旅」のモノリスのイメージです。
で、この「メデューサ」を宗教の信仰として利用としたのが「ヴィナスゲート社」の社長さんで、彼がイツキの双子の姉・シズクを適合者として確保するところから話しがややこしくなります。シズクは確保される直前に愛する妹を殺してしまっており、軽い錯乱状態にありました。ということで、シズクが「メデューサ」で生み出したのは「妹のコピー」と「茨のツタ」でした。彼女は茨のツタで世界から城を隔離して、妹のコピーと平和に暮らそうとしましたとさ、、、とまぁこんなところです。全部ネタバレ(笑)。
上記のような概要が背景で、基本プロットとしては「モンスター有りの脱出もの」です。ミラ・ジョボビッチの映画版「バイオハザード」一作目と同じプロットです。なんか良く分からない怪物達がウヨウヨする中で、サバイバル型の脱出作戦が展開されます。主人公一行は完全にテンプレ通りで、頼れる勇者(正義のマッチョマン)、物知りの案内役、母性剥き出しの介護キャラ、サブ・マッチョマン(キャラかぶってるので途中で脱落)、役に立たない嫌な奴、そして内通者。
襲い来るモンスターから逃げながら、彼らはサバイバルしていきます。
とまぁここまで書くとB級ホラーとして私の大好物なように思えるのですが、、、、、、。

シナリオがガタガタですよ、、、。

まずですね、開始して10分くらいで私の心が折れました(苦笑)。
というのも、見てるこっちが赤面するほど画面作りがダサイんです。本作の冒頭、世界各国のニュースで「メデューサ」と「ヴィナスゲート社」が報道されている映像がでます。ここでいきなり言語の不一致が起きています。日本のアニメですので、別に外人が日本語を喋っているのはそこまで気になりません。問題は、ヴィナスゲート社長の記者会見でイギリスの放送でも中国の放送でも日本語を喋っている点です。仮に劇中で本当は英語をしゃべっているのだとしたら、中国の放送では中国語の字幕が必要です。もし中国の放送が同時通訳の放送なら、LIVEとかのマークの横に訳者の名前が出ないといけません。そのくせ、囲いとか下のテロップは英語・中国語なんです。
その直後、城に入るときにケージにある英語の注意看板が写ります。これはわざわざ日本語字幕を付けてきます。意味不明。格好付けすぎてダサさが半端無いことになってます。イングロリアス・バスターズほど徹底しろとは言いませんが、背伸びするなら中途半端な事はしないで欲しいです。
次に心が折れるのは、7人になってから初めてモンスターが襲ってくるシーンです。このモンスターは目がほとんど見えないらしく音に反応するそうです。つまり、「ディセント」に出てくる地底人のアイツと一緒です(笑)。ところが、、、ガキが「走っちゃ駄目だよ!あいつらは音に反応するんだ!」って大声で叫ぶんです(苦笑)。しかもモンスターはその声をスルー(笑)。ちょ、おま(笑)。
このモンスターの「音に反応する」という設定は劇中通してメチャクチャ適当です。都合の良いときだけ反応して、都合の悪いときは完全スルーを何度もします。それって全然サバイバルホラーになってないんですけど、、、っていうか自分らで作った設定なら、最後までちゃんとやって下さいよ。
さらになんかいろいろあって、SDカードに機密データをいれたりとかを華麗にスルーしますと(←セキュリティ厳しいパソコンに外部記憶デバイスは普通無いです。)、やはり次なるがっかりは全部喋ってくれるヴェガの登場です。出来の悪いセカイ系作品の大きな特徴として「聞いても居ない裏設定をベラベラと長時間喋るキャラが出てくる」という要素があります(苦笑)。まさにそれ。ヴェガ独演会によって、ようやく話しの概要が浮き彫りになり、サバイバルホラーから一転してヘボいセカイ系作品に急展開します。
ここからがもう怒濤のツッコミどころです。まず「眠ってた時間が48時間ぽっちってどういうこと?」っていう所でしょうか?
また、モンスター達の存在も意味不明すぎます。だって彼らは途中でメデューサに罹って石化する描写があるんです。ところが一方でメデューサで夢が具現化した者はメデューサには罹らないとも言っています。ってことは、、、あのモンスターはメデューサから生まれたのでは無いんです。じゃあ、48時間で驚異の進化を遂げた謎の巨大生物なんでしょうか? 結局コイツらの正体は最後まで語られません。なんじゃそれ?
さらに、3幕に入る直前に、なんとA.L.I.C.E.が監視するための腕輪をポロッと外す描写があるんですね。あれはさすがにビックリしました。「え、はずれるの?それも簡単に?」っていう(笑)。よく洪水とか大爆発で外れなかったと感心します(笑)。それって物語上は外れちゃ駄目なんじゃないのでは、、、とか思っていると別に何にも使われていないみたいでそれもズッコケです。てっきり腕輪がキーかと思ったら、なんと首筋注射が鍵だった!、、、、、ミスリードにすらなってない、、、、。
とはいえ本作一番のツッコミどころはラストです。結局、本作では「メデューサ病」は何にも解決していないんです。唯一分かっているのは、メデューサによって具現化したコピー・カスミはメデューサには罹らないってことだけです。で、一緒に生き残るガキは生身なんです。だから本作が終わって数日後には、人類が全滅してカスミだけが生き残るはずです。ま、いっか、、、別に。セカイ系が恐ろしいのは、主人公さえ良ければハッピーエンドって所です。人類全滅おめでとうございます(笑)。

【まとめ】

一応フォローしておきますと、私は片山一良監督は大好きです。「THE ビッグオー」というアメコミ風(=バットマン風)アニメの傑作を世に出しましたし、なによりポスト・エヴァンゲリオンのアニメ群で最も私が好きな「アルジェントソーマ」の作者です。「アルジェントソーマ」は既存の「エヴァンゲリオン風セカイ系」というフォーマットを逆手に取って、最終的には「コミュニケーションの齟齬における悲劇」と「夢敗れたロマンチストがそれでも愛を貫こうとする執念」というすばらしいヒューマニズムに着地する離れ業をやってのけました。
だからこそ、そんな片山監督が本作のような「出来の悪いセカイ系」を監督しているのは、正直信じられません。彼は10年前にはもっと凄い作品を作っていたんです。私は今でも「エヴァンゲリオンのフォロワー」の中で最も重要な作品は「アルジェントソーマ」だと思っています。まぁ「ラーゼフォン」も好きなんですけど(苦笑)。
とにかく、すくなくとも本作は劇場で見るような作品ではありません。極端な事を言えばですね、こういう台詞で全部説明するようなセカイ系の作品は、全部ラジオドラマで十分です。
ですので、本作を見るぐらいなら今すぐレンタルDVD屋に走っていただいて、片山監督の「アルジェントソーマ」を一気鑑賞するのがオススメです!!!!!

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記事の評価
武士道シックスティーン

武士道シックスティーン

本日は2本です。

1本目は「武士道シックスティーン」です。

評価:(65/100点) – 邦画の中では文句なく良作。若干剣道描写が、、、アレか?


【あらすじ】

剣道の中学チャンピオンの磯山香織は、中学時代に唯一敗れた西荻早苗を追って東松高校に入学する。しかし高校で再会した西荻はへっぴり腰で気迫のない情けない少女であった。そこで磯山は西荻の潜在能力を発揮させるために特訓を企画する。剣道一筋の人生だった磯山は、西荻との交流で徐々に心を開いていく。しかしそれは磯山の強さを奪うことでもあった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 早苗と香織の出会い。
 ※第1ターニングポイント -> 香織が放課後に早苗を自宅に誘う。
第2幕 -> 地区大会と香織の苦悩。
 ※第2ターニングポイント -> 早苗が父と再会する。
第3幕 -> 早苗と香織の決闘。


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【感想】

さて本日は2本見てきました。一本目は武士道シックスティーンです。原作本の人気もあってか、結構混んでました。映画を見てる間中ずっ~と気持ち悪い笑い声を上げてるキテるアイドルオタク風の人が居る一方で、親子連れや年配の男性一人で来てる人など、観客層もさまざまでした。
でまぁ結論から先に言いますと、これがなかなか良い出来の青春スポーツものでした。本作のような内容はおそらく日本でしか成立しづらいものです。そういった意味で十分に邦画として見る価値のある佳作だと思います。

ストーリーについて

本作のストーリーは早苗と香織という2人の似たもの同士が互いに距離を測りながら友情を深めていく青春映画です。先日見た「海の金魚」とほぼ同じフォーマットです。
早苗の父親は、人が良すぎるために企業秘密を漏洩してしまい大借金を背負って蒸発してします。それを見た早苗は「負けること」に強烈な抵抗を示すようになり、逃げ回ってでも「絶対に負けない」事を信念に気迫のない腰の引けた剣道スタイルになっていきます。
一方の香織は母を亡くし、不器用な剣道家の父親に幼い頃から「勝つ剣道」を叩き込まれ続けます。「勝つこと」だけが生き甲斐で、趣味も剣道の鍛錬と剣道関連書の読書など、完全に剣道のみの人生を歩んできています。
このお互い「父親に理解して欲しい」という欲求を心の底にもったーーしかし表面への出方が180度違う2人が出会うことで相互に支え合うようになっていきます。
主演の成海璃子と北乃きいは結構な好演を見せてくれますし、剣道シーンは一部を除いてなかなか良く出来ています。剣道を囓った身としては、ここまで剣道シーンを描写してくれればもう十分及第点です。
しかしですね、実はこの剣道描写でちょいちょいガックリさせられるんです。
まずは北乃きいが勝つ2つのシーンです。両方とも相手が完全に棒立ちなのも酷いんですが、北乃きいが背中を反っちゃってるのがダメダメです。面を打つときは一足一刀から踏み込んで手を伸ばしつつ絞りますので、背中は絶対に反りません。胸は張りますが、背中が反り返ってるのは変です。
次に最後の決闘シーンです。ここは心底がっかりです。ここでは両者が制服姿で剣道をするんですが、2人とも下手なんです(苦笑)。しかもスゴい下手。もしかして他の剣道シーンはスタントマンの吹き替えなのかもと思ってしまって急に冷めてしまいました。

スポーツにおける「道」の問題。

あまり意識されることが少ないかも知れませんが、日本のスポーツや文化には「道」と言う文字が最後に付くものがあります。ちょっと思いつくだけでも、柔道、剣道、茶道、華道なんかがあります。この「道」という文字はそのまま「生き方」を表しています。要は柔道や剣道や茶道や華道は、単なる技術論や勝負論ではなく、そこから「人生とは?」というところまで拡張された価値観・精神を修行するものなんです。
本作で描いている「剣道」もまさにその典型です。「剣道」は相手の3部位を竹刀の先端から中結いまでの37~38センチで打つスポーツです(プラスで突きもあります)。ルールは超単純です。しかし単純過ぎるがゆえに、そこには技術論以上に精神論が大きくなっていきます。本作で描かれる早苗のように細かい横ステップを多用すると、普通はぶっ飛ばされます(笑)。っていうか本作の剣道シーンでは一足一刀の間合いに入っても動かなすぎです。
本作の早苗と香織は剣道を通じて人生について考えさせられます。剣道を続ける意味を互いに悩んだとき、そこには「父と自分の関係」であったり自分の人生観を見つめ直す事になります。
こういったスポーツと人生観を重ねるというのは非常に日本的な発想です。

【まとめ】

本作は剣道を通じて友情を深め合う2人のまっすぐな少女の成長物語です。役者陣はみなさん良いですし、ストーリーもちょっと類型的な嫌いはあるものの十分に及第点です。
必見というほどでもありませんが、もしお時間があれば映画館で見てみるのも良いかもしれません。随所に小笑いが起きるようなギャグも挟んできますので、剣道を知らない方でも全然問題ありません。万人におすすめできる佳作です。

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