川の底からこんにちは

川の底からこんにちは

GWの中日となる今日は

川の底からこんにちは」です。

評価:(97/100点) – 頑張りますから!!!ってかもう頑張るしかないんですから!!!


【あらすじ】

木村佐和子はOLである。バツイチ子持ちの課長・健一と付き合い、何事にも無気力。東京に出てから5年で4人の男に捨てられた。
ある日、健一とのデート中に父が肝硬変で倒れたと連絡が入る。過去のしがらみから帰郷を拒否する佐和子だったが、丁度仕事の責任をとって退職したばかりの健一はノリノリであった。こうして、佐和子は健一と彼の連れ子の加代子を伴って帰郷する。佐和子は父が経営するしじみ工場「木村水産」を継ぐことになるのだが、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 佐和子の日常。
 ※第1ターニングポイント -> 佐和子が帰郷する。
第2幕 -> 佐和子と加代子としじみ工場。そして健一が出て行く。
 ※第2ターニングポイント -> 佐和子が朝礼で開き直り宣言。
第3幕 -> 父の死。


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【感想】

さて、GWも真ん中にさしかかった本日は「川の底からこんにちは」です。渋谷のユーロスペースでしか上映していないということもあってか、昼の回で立ち見まで出ていました。石井裕也監督の本格デビュー作であり、何より満島ひかりさんの主演作として(局所的に)話題の作品です。
いきなり結論から言いますと、私は大傑作だと思います。少なくとも今のところは今年見た中で一番面白かったです。テーマ自体はとても重たいんですが、それを軽妙なギャグとテンポの良い語り口でサクサクッと見せてくれます。監督もとてもメジャーデビュー作とは思えない手腕でして、堂々たる演出です。素晴らしかったです。

概要

本作のテーマをざっくりと言ってしまえば、「無気力だった女性がどん底から開き直り、それに周りも影響を受けてみんなで頑張る話。」です。
満島ひかり演じる木村佐和子は男に捨てられ続けて無気力そのものの「よくいる普通のOL」です。一方の健一は妻に逃げられたバツイチ子持ちで、しかも仕事もロクにできずに退職させられてしまいます。佐和子はこの自分と似て「中の下」「ロクなもんじゃない男」である健一のヘタレ全開で最低な行動を目の当たりにすることで、ついにキレて開き直るわけです。
満島さんの演技も、前半はローテンションで無気力な「いまどきの娘」像なんですが、一転して悲壮な程に「頑張ろう」とする後半にさしかかるとこれはもう本当に鬼気迫るというか素晴らしい演技を見せてくれます。昨年の「愛のむきだし」といいとても着実に女優としてのキャリアを積んでらして、とても素敵だと思います。
健一役の遠藤雅さんも良い存在感を見せてくれます。ちょっと間の抜けた(←失礼)顔といい、ちょっとおどおどした小者っぽい佇まいといい、完璧です。ナイスキャスト。
そしてはずしていけないのが加代子役の相原綺羅さんです。この子が出てくるコメディシーンは本当にとても良く出来ています。「両親の離婚でもの凄い速度で”ませ”てしまった子供」という役柄を完璧に見せてくれます。
総じて役者さんはどなたも素晴らしいです。木村水産のおばちゃん達の「田舎に居るオバタリアン」っぽい体型・仕草なんかは、出てきただけでちょっと笑いが起きる程です。

ストーリーについて

肝心の話ですが、これも大変良く出来ています。
本作にはいくつもの「相似形」が仕込まれています。
 1)  共に母親の居ない「佐和子(幼少で死別)」と「加代子(両親の離婚)」。
 2)  共に恋人を奪い合う「佐和子」と「友美」。
 3)  共に浮気をして出て行く「健一」と「敏子の旦那」。
 4)  共に浮気で駆け落ちして東京へ行く「佐和子」と「健一」。
 5)  「糞尿を撒く」行為と「父の遺灰を撒く」行為。
さらに良く出来ているのは、これらが全て「デ・ジャヴ」を意図して構成されていることです。演出上は「相似形ですよ!」と声高に見せずにしれっと流してくるんですが、これらは全て「前に起きたことと同じ事が後でも起きる」という連鎖になっているんです。だから例えば3)では、健一が目の前で敏子が旦那を叱るのを見ることで、自分も叱られる予感を感じます。
ここでもっとも大きいのは5)の「遺灰を撒く」行為です。前者は「糞尿を撒いた」結果として巨大スイカが取れるわけなので、当然「遺灰を撒いた結果」として何かポジティブな事が近未来に起こることが予感されます。だから本作は悲惨な状況の中でもハッピーエンドとして成立します。
また、どんなにシリアスな場面だったとしても、ウェットになりすぎそうになると細かいギャグで意図的に”泣きポイント”を外してきます。それは男女の修羅場だろうが、人が死ぬ場面だろうが、関係ありません。
この外し方がとても見事で、結果として凄く重たい話なのにコメディとして楽しく見られてしまうんです。笑わそうとして下らないギャグを詰めるのではなく、きちんと話を語る上で必要な時に的確にギャグを入れてくるんです。是非DVDが出ましたら、去年公開の「なくもんか」に関わったスタッフは全員繰り返し見ることをオススメします。これが正しい「映画としてのギャグ」です。

【まとめ】

とにかくですね、映画が好きな方はもう行ってるとは思いますが、それ以外の方も悪い事は言いませんので見に行っとくべきです。めちゃくちゃ面白い2時間を確約いたします。惜しむらくは、こういう映画をこそシネコンの全国公開プログラムに組み込んで欲しいものです。そりゃこんだけ面白い作品が150席しかないユーロスペースで1日4回じゃあ立ち見ぐらい出ますよ。
私も月末ぐらいにもう一回見に行こうと思っています。
あとavexさん!木村水産の社歌はCD化して下さい(笑)。絶対売れますから!

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50歳の恋愛白書

50歳の恋愛白書

今日は「50歳の恋愛白書」を観てきました。

評価:(65/100点) – まぁ良いとは思うんですが、邦題が、、。


【あらすじ】

ピッパ・リーと夫のハーブはコネチカットの老人村に引っ越してきた。ここは老人達が余生を静かに過ごす街。しかし年上の夫とは違い、ピッパはまだ若い。彼女はもてあました時間で陶芸教室に通い始めるが、不安から夢遊病を発症する、、、。


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【感想】

本作は昨年の夏映画でしたが、ようやく日本に来ました。相変わらずのギャガ・クオリティで意味が良く分からない邦題がつけられてしまっています。原題は「The Private Lives of Pippa Lee」。そのまんま「ピッパ・リーのプライベートな日々」で良いと思うんですが、、、「60歳のラブレター」に掛けたんでしょうか?
話の内容は原題のとおり、ピッパ・リーの不安や不満と彼女の来歴を通した自己救済の話です。
彼女が嫌っていたはずの母親にどんどん似てきてしまう無常感と、あるトラウマによって自己抑圧の日々を自分に科す贖罪と義務の日々。そして唐突に訪れる贖罪からの解放。本来悲劇的であるはずにもかかわらず同時に救済であるというアンビバレンツな状況に対し、子供達の口あんぐりな感じを放って置いて青春に戻るピッパの笑顔。かなり悲惨でドロドロな話ではあるんですが、キアヌ・リーブスのちょっと間抜けっぽい雰囲気とロビン・ライト・ペンの年齢を感じさせないイケイケ感が上手く混ざり合って、なんかハッピーな気持ちにさせてくれます。
そこそこの規模で上映して居ますので、機会がありましたら見てみると如何でしょうか?
感情移入してどうこうというのは無かったですが、”強い女性好き”にはジャストフィットな作品だと思います。

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ニュームーン/トワイライト・サーガ

ニュームーン/トワイライト・サーガ

「ニュームーン/トワイライト・サーガ」を見てきました。予想はしてましたが女の子ばっかでした。

評価:(30/100点) – ティーンエイジャーの女の子&腐女子向け”萌えアニメ”映画


【あらすじ】

ベラの誕生日に恋人の吸血鬼エドワードはカレン家に彼女を招待する。しかし、パーティー中にベラが指を切ってしまったことで状況が一転、興奮したジャスパーが彼女を襲おうとしてしまう。危機感をもったエドワードはカレン家全員でベラの元を離れる決意をする。エドワードと離れ傷心のベラを助けたのはジェイコブだった。いつしかジェイコブに惹かれるベラだったが、映画館でのトリプルデートをきっかけに急に音信不通になる。心配するベラは彼の家を訪ねるが、そこには風貌の変わったジェイコブの姿があった。彼の血脈が街にやってきた吸血鬼達に影響され人狼として目覚めたのだ。そんな中カレン家の仇敵ヴィクトリアがベラを襲う。間一髪ジェイコブに救われたベラだったが、その最中にベラが自殺したと誤解したアリスが彼女の元を訪ねてくる。アリスとのテレパシーで事態を知ったエドワードはベラが心配になってとうとう電話をかけてくる。しかし電話に出たジェイコブがベラが死んだと誤解を与えてしまう。絶望したエドワードはイタリアのヴォルトゥーリ家を訪ねて死刑を求める。ベラはアリスと共にイタリアに急行しなんとか事なきを得、ついに2人は再会する。吸血鬼へ変身してエドワードと共に生きることを求めるベラに、彼は一つの条件をつける。それは彼との結婚だった、、、。


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【感想】

■はじめに

本作品は「トワイライト・サーガ」全4作の映画化第2弾です。1作目は「トワイライト~初恋~」の題で今年の春公開、本作「ニュームーン(新月)」を挟んで3作目「エクリプス(日蝕)」が来春に公開されます。そして最後の「ブレイキング・ドーン(夜明け)」が来冬と2011年春に前・後編で公開予定です。
なんでこんなに映画化されるかというと、早い話が「トワイライト・サーガ」はアメリカの10代女子と30代オタク女子に絶大な人気をもつ「ライトノベル」なんですね。日本ではいまいちマイナーですが、アメリカでは各作品が500万部以上売れてる大ベストセラーでして、日本でいうとドラゴンボールとかガラスの仮面ぐらいの感覚の知名度です。ということで「トワイライト~初恋~」は日本では見事に転けましたが、本作はアメリカで公開初日興収で歴代3位に入った大ヒットでした。
なんですが、、、ぶっちゃけた話、オタク向けの作品なので何回も見に行くリピーターが多いのも事実でして、そこまで評判良い「名作!」って感じの空気ではありません。
というのを前提として、以下の感想を読んでいただければと思います。。

■ 感想

本作は、なんやかや言わずとも冒頭に書いた一文が全てです。「ティーンエイジャーの女の子&腐女子向け”萌えアニメ”映画」。
要はベラという「いたって普通で特別な才能も無い女の子」が実は「吸血鬼に取って特別魅力的な血を持っている」という先天的な要因ゆえにイケメンな優男の吸血鬼にモテモテになるという話です。さらには吸血鬼の天敵の人狼まで出てきて、やっぱり肉体派のイケメン人狼にモテモテ。違ったタイプのイケメン2人にモテモテ。終盤で「わたしのために争わないで~~~~!!!」というギャグを大まじめにやってきて失笑ものなんですが、まぁその一言が全てです。
すっごい俗な事を言ってしまえば、女性向けの「ギャルゲー」です。だから男の性格付けなんかは割と適当です。大事なのはベラにベタ惚れしている点です。あとはフレキシブルに(笑)脳内補完でカバーする感じです。
ただ一点だけ気になるというか頭にくる点があります。あくまで個人的な考えだという断り付きですが、どうも「吸血鬼」「人狼」というのを「恋の障害」としてだけ描いているように見えるんですね。本作では作中で吸血鬼が人間を襲う様子は直接描かれません。人狼も同様です。恋愛における女性心理の一つに「私だけが知っているor許せる彼の欠点」というのがありますが、それに使われてるんです。だから人ならざる者の悲哀とか狂気は描かれません。それがエスカレートしてしまったのか、ベラは終始「吸血鬼になりたい」を繰り返します。カレン家の人間が吸血鬼の「呪い性」を説いてもまったく聞きません。
別にこの程度のラノベに怒ることでも無いんですが、「アンダーワールド・ビギンズ(Underworld: Rise of the Lycans)」という吸血鬼と人狼の良作ラブ・ストーリーを今年見たばかりだったので、本作の薄っぺらい感じがどうも気になるんです。
ま、でもティーンエイジャー向けファンタジーとしては全然OKです。

【まとめ】

やはり二日連続で女性向け映画を見るのはキツいです(笑)。本作は意外とCGも悪くないですし、演出とストーリーのショボさを無視すればそれなりに楽しめます。ただし、初日興収で全米歴代3位というのは少々納得いきません。たしかに本作の男達は上半身裸が基本ですから、女性向けのソフト・ポルノと思えば分からんでも無いんですが、、、どうなんでしょう(苦笑)。
あと男達の一途さとは裏腹に主役の女の子が浮気性ってのも基本ですね。たぶん「花より男子」で喜べる人なら問題無くハマれると思います。なんだかんだで僕も残り三作品を劇場で見ると思いますし、、、中学生とおばちゃんの横で肩身狭くですが(笑)。
ということで、夢見る10代の女性と夢に逃げたい30代の女性にオススメです!!!

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スペル( 2回目鑑賞 )

スペル( 2回目鑑賞 )

を持して「スペル」を見てきました。TIFFについで二回目です。公開したらネタバレありで書きたいこと全部書こうと思ってメモとってたのですが、パンフレットを買ったら高橋諭治さんがほとんど書いちゃってました。
なので、それ以外のことを書いてみようかと思います。ちょっと悔しい(笑)
あらすじとかその辺の基本的な事はコチラを見てください。


【感想補足】

■ 非常に「道徳的な話」
間違いなく主人公のクリスティンは超常識人です。すごい良い子。どんなにテンパってても(猫以外の)無実の他人は自分から巻き込みません。すばらしいです。ホラークイーンにあるまじき(笑)優等生です。

■ 直接的な表現を極力控えている
これはサム・ライミ自身も清水崇さんと中田秀夫さんからの影響と語っていますが、直接表現が殆どありません。例えば変な黄色いゼリーや泥を効果的に使って、グロいものを映すことを避けています。
既に見た方はお気づきかと思いますが、ラストのあるシーンでクリスティンが泥水の中に沈むシーンがあります。そこから出てくるときの演出も素晴らしいのですが、それ以上にすごいのは泥の質感です。サラッとしつつも顔に薄く土が張り付く感じは、完全に血の描写方法です。ここは本来であれば血の海に沈む描写のはずなんです。でも、それをやらずに泥水でやってるところが中途半端ながらJホラーイズムみたいなものを感じてすごく好感が持てました。

■ そもそもギャガの宣伝がおかしい。
言葉通りです。宣伝が明らかにおかしい。特に宣伝映像は方向性がおかしいです。この物語は単にババァに逆ギレされて不条理にも呪いをかけられたOLが右往左往する話ではありません。もっというと、「逆ギレされた」と解釈してしまっては話を根本から誤読してしまいます。
作品中で何度も出てくるとおり、クリスティンは「自らの意志」で「出世のために」ババァのローン延長要請を断ったんです。そしてそれがもっとも重要です。この物語の原型は「因果応報の話」です。すなわち、クリスティンが自らの出世のためにババァの生活を壊してしまったことの報いを受ける話なんです。ただし「クリスティンがやったこと」と「クリスティンがやられること」のギャップが凄まじすぎるが故にギャグっぽくもなるし道徳的にもなるということです。
皆さんは子供の頃に「指切りげんまん、嘘付いたら針千本飲~ます。指切った。」ってやりませんでした?あれと一緒です。この場合「嘘をつくこと」と「一万回げんこつで殴られる」&「針を千本飲む」というのがトレードオフになっています。普通それは釣り合いがとれないので「嘘をつくの辞めよう」となるわけです。これが道徳です。本作は「ちょっと悪い事をしただけでも、こんなに酷い目に会うんだからやっちゃ駄目だよ」というのを物凄いスケールでやってるという訳です。なんせ命がけ+地獄でずっと拷問ですから。しかもクリスティンは完全に反省してるんですよ。それでもやっちゃった以上は報いを受けるんです。
だから「逆ギレ」「不条理」という風に捉えるとこの道徳教育が成立しなくなってしまいます。クリスティンはあくまでも自分がやった事の責任を取ってるわけで、意味もなく巻き込まれたのではありません。ギャガの宣伝映像を企画した方はこの一番大事なテーマを見落としたみたいです。

とりあえず以上の三点ぐらいでしょうか。あとちょっと気になったのは、上映中にあんまり笑い声が無かったことです。TIFFの時はみんな爆笑してたんですけど、やはり「映画は静かに見る」というマナーが良く行き届いてるんでしょうか?「映画は静かに」っていうのは「知人と雑談するな」っていう意味であって、クスクスしたりはOKですよ。特にホラー映画は隣の人がビクつと飛び起きたり目を覆ったり、ちょっと笑ったりしてるのが雰囲気作りに役立ちますから。TIFFで笑いが起こってたのは、外人がいっぱいいてちょっとぐらい騒いでも良い雰囲気があったのが要因かも知れません。

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沈まぬ太陽

沈まぬ太陽

角川のビッグバジェット映画「沈まぬ太陽」を見てきました。
評価:(10/100点) – 大自然を最後に持ってくる映画にご用心


【あらすじ】

国民航空社員・恩地は労働組合の委員長としての活躍を疎まれ世界中をたらい回しにされる。そんな中、国民航空機墜落事故が発生する。遺族世話係として尽力する恩地は新会長のもとで抜擢され、会社の改革に着手していく。しかし、待っていたのは再度の報復人事であった。

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【感想】

演出ダメ、テーマダメ。以上!



と言いたいですが、それじゃこの映画と同じになってしまうので(笑)具体的に挙げていきたいと思います。
ちなみに、この映画は皆さんご存じの通り限りなく日航機墜落事故をモチーフとして描いています。それはもうモデルの人が透けて見えるレベルです。この「事実を元にしながらエンターテイメント性を上げるため大幅に設定変更・エピソード追加をした結果、政治的な意図すら透けて見える」という状況が随所で非難の的になっています。ただ、そこに踏み込むと色々面倒なので、今回はあくまでもフィクションとしての映画として意見を書きたいと思います。

それぞれのパート

この物語は「ひとりの真面目な男が周りの色々な(理不尽な)事件にめげずに信念を貫く」というフォーマットをとっています。すなわち、この映画は大前提として主人公・恩地に感情移入しなければいけません。これが演出家の腕な訳ですが、、、ご愁傷様です。何故かと言うところを全四部構成のそれぞれについて見ていきしょう。

1) 労働組合闘争編
冒頭、墜落事故から過去に戻る演出で労組闘争が描かれます。恩地は「劣悪な労働環境は労働者の集中力を削ぎ安全性を損なう」という主張で経営陣に冬のボーナス4.2月を要求します。ところが、肝心の「劣悪な労働環境」が描かれません。また「労働環境の改善」の話が無くひたすら賃上げのみ要求している姿を見るにつけ、とてもじゃないですが感情移入できません。「労組闘争って格好いい!」「勝ち取ったぞ!」という生き生きした雰囲気はガンガン伝わってきますが、なんというか草野球で頑張るおじさんを見るのと同じ感覚で、客観的に「よかったね。」レベルで止まってしまいます。明らかに描写が足りません。

2) 海外僻地勤務編
さて報復人事で海外に飛ばされる恩地ですが、ここでも描写不足が目立ちます。それは「恩地の会社に対する執着」と「海外僻地勤務の苦悩」です。たとえば「明日からイランに転勤ね」と言われて、普通の人はどうするでしょう? まず悩んで、次にどうしてもと言われたら会社辞めることも考えますよね。恩地も当然悩むんですが、彼は「2年我慢しろ」と言われて転勤を受け入れます。あまり元気とは言えない母親一人を残してです。ここで、「あれっ?」という感覚が出てきます。つまり、恩地の会社に対する愛です。彼は再三にわたって「労組の仲間のために」と口にするんですが、カラチ・テヘラン・ナイロビで具体的に労組をサポートすることはしません。いまいち会社にこだわってる描写が見えないので、「家族を振り回す自分勝手な男」にしか見えないんです。「そこまでして国民航空で働くことにこだわらなくてもよくないか?」と思ってしまいます。また、恩地の海外就労風景も少し出てくるんですが割と楽しくやってるんですね。ここは苦悩もきちんと見せてほしかったです。どうしても日本に帰りたいというエピソードが少なすぎます。唯一このパートのラストで、海外僻地勤務であるが故の人間として絶対に逃したくない事件を逃してしまう場面があります。ここで初めて海外勤務の苦悩が具体的になるのですが、直後に娘から届く手紙の「自分勝手なお父さん」「家族はバラバラです」という言葉にこそ観客は感情移入してしまいます。画面作りとしては渡辺謙に感情移入させて「こんなに頑張ってるのに、なんでわかってくれないんだろう」という共感をしないといけないのですが、残念な演出になっています。

3) 墜落事故編
この作品の一番のメインパートである墜落事故編です。恩地は遺族の側にたった誠意ある姿勢を見せ、遺族達の信頼を獲得していきます。ここがこの作品で一番共感を呼ぶ場面です。非常に正義感あふれる恩地は、まさに「あるべき日本男児の姿」として感情移入度MAXです。冗長な演出が目立ちますが、遺族の方々の空虚になってしまった絶望を表現するのであれば仕方のない事だと思います。

4) 会長室編
10分間の休憩を挟んで、映画は大きく動き出します。すなわち石坂浩二演じる新会長のもと会社の改革が行われます。「真摯な遺族お世話係」として評価を上げた恩地は新会長に抜擢され、会長室としてこの改革に携わっていきます。ここから、恩地は徐々にストーリーラインから外れて行きます。というのも、テーマが「大会社と政治とマスコミの腐敗」にシフトしていくからです。恩地が具体的に改革する様子はまったく描かれず、むしろかつての同士・行天が汚い手でのし上がっていく描写がメインになっていきます。フィクションなので当然最後に悪は失脚するのですが、「悪の行天」「善の恩地」という対比が弱い、もっというと「善の恩地」が並行で語られないため、カタルシスが少なく「淡々と失脚」(笑)していきます。ここも演出上どうかなと思います。また、美談に着地するために恩地の妻や子供との和解描写も描かれますが、海外僻地勤務編の移入度の低さが災いしてイマイチ乗れません。「頑固な親父が折れた」というより「家族があきらめた」様に見えてしまいます。

■ それらを総括すると、、、

ここまでざっと見てきましたが、一言で総評すると「描写が整理されていない」という事です。この物語は恩地に感情移入できない限りはまったく面白くないんです。極端な話、ダーレン・アロノフスキー監督の「レスラー」のように恩地の一人称視点を中心に描いても良かったのではないでしょうか?

テーマについて

本作のテーマは、僕の見る限り三つあるように思えます。
[1] 周囲に振り回される真面目な男の苦悩
[2] 大会社の腐敗、政治の腐敗、マスコミの腐敗
[3] 大自然のすばらしさ

まず[1]についてですが、労組での暴れっぷりを冒頭で見せられているので「振り回される」と言うところに引っかかりが残ります。また恩地も家族を振り回しているので、なんだかなぁ感が出てきてしまいます。でもテーマとしては良いと思うんですね。渡辺謙のしかめっ面にかなり助けられていますが少し残念です。

[2]については「浅薄」と言う言葉が似合います。後半にとってつけたように汚職・収賄・横領が起こるのですが、その絡繰りが非常にずさんでこの作品の制作者が真摯に考えてるとは到底思えません。ホテルの買い手と売り手の帳簿で値段が食い違っているってギャグですか?監査法人に対する冒涜ですよ。あまりにディティールがずさん過ぎて、真剣に受け取りづらいんです。もっと言うと、一般論としての判官贔屓感というか「よくわかんないけど政治家とか金持ちとかロクでもないんでしょ」という安いワイドショー感(笑)で終わってしまっています。しかもこれが後半のメインなので、作品全体がワイドショー感で包まれてしまいます。このテーマに手を出すのであれば、きちんと描かなければむしろ逆効果です。

[3]は正直に言って私は不愉快です。ご飯ブハッって奴です。本作のラストはナイロビに行った恩地がお遍路をする事故遺族に向けて送る手紙の朗読で終わります。きちんとメモとっていなかったのですが、要約すると以下のような感じです。

「お体大丈夫ですか?家族を失ったあなたの苦悩は私の想像を遙かに超えています。だから簡単に言葉で何かを言う資格は私にはありません。もし良かったら一度アフリカに来てください。ここの自然はすばらしいです。」

私にはこれを見て「大自然を目にすれば、自分の苦しみなんてちっぽけなものだと思って立ち直れるかもよ?」としか理解できませんでした。ふざけてるんでしょうか? 延々3時間30分やって来て結論それですか?
私の誤解の可能性もありますが少なくとも僕はこんな印象を持ったため、それまでの「つまんない映画」という評価から一気に「不快な映画」にランクアップしてしまいました。
超好意的に解釈すれば「大自然で癒されてください」とも取れるのですが、なんだかなぁ。冒頭でフィクションとして感想書くと言っておいて何ですが、これ日航機墜落事故の遺族が見たら、どう思うんでしょうか?作り手はエンターテインメントやるなら最低限のモラルをもって欲しいです。見終わった直後に、もし監督が目の前にいたら手が出そうな位に腹立ちました。

【まとめ】

冒頭に書いたとおり、演出駄目・テーマ駄目の最低ランク映画です。しかめっ面して真面目風なテーマを掲げれば社会派の良い映画になるわけではないという典型例です。社会派気取りで駄目な邦画の見本みたいです。
そういう意味で、邦画の現状を把握するという意味ではお勧めです。是非見てください。そして今のメジャー系邦画がいかに酷いことになっているかを見てください。
ちなみにほとんどの役者さんは頑張ってました。この点だけが唯一の救いです。でも政治家役の皆さんは腹から声を出し過ぎ。シェークスピアではないので、普通よりちょっと滑舌良いくらいでトーンを合わせて欲しかったです。
余談ですが、取って付けたような「癒し描写」って何とかなりませんね?最近の邦画に多すぎるんです。

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記事の評価
スペル

スペル

仕事帰り東京国際映画祭に行ってきました。
サム・ライミの最新作「スペル」です。

評価:(100/100点) – ホラーとギャグは紙一重という真理


【あらすじ】

銀行の融資係をするクリスティンは、ある日、小汚いババァのローン延長要請を断る。するとその夜ババァが駐車場で襲ってきた! ババァはクリスティンのボタンをむしり取ると呪いの言葉をかけて去っていく。その日から、クリスティンの周りに不可解な事が起こり始めた。

【三幕構成】

第1幕 -> クリスティンの日常。
 ※第1ターニングポイント -> ババァが呪いをかける。
第2幕 -> 呪いをかけられてから、四苦八苦して解決策を探すまで。
 ※第2ターニングポイント -> 降霊会の終わり。
第3幕 -> 解決編

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【感想】

はじめに

とにかく面白いです。ホラーが苦手な方には朗報ですが、この映画にいわゆる「グロい演出」はありません。すべてのショック・シーンやホラー演出は、ホラー文法に則った緻密な怖さをきちんと体現しています。しかし、たとえば血が出ると言ってもせいぜい鼻血ぐらいです。肉体破損描写もありません。ですからホラーが苦手な方も安心して(笑)見に行ってください。もちろん怖いというかビクッとする「音で脅かす演出」はあります。東京国際映画祭の先行上映でしたが、ホラー好事家が集まってるのかと思えばそうでもありませんでした。会社帰りの人といかにもな人が7:3ぐらいで、みんな終わった後はゲラゲラ笑いながら「ヤバイ」「キテる」を連呼されてました。まだ劇場公開されていない作品なので、いつもガンガンやってるネタバレは控えめにします。ですが、せっかくなので「ホラーとギャグは紙一重だ」という話、そしてホラー文法の基本について考えてみたいと思います。

ホラーとギャグは紙一重

さて今日の題目にもしましたが、ホラーとギャグは紙一重です。この感覚はホラーをあまり見ない人には分かりづらいかもしれません。そこで一般論に行く前にまずは本作「スペル」についていくつか脇道にそれてみます。

「スペル」って、、、(失笑)

まず「スペル」を見た方はこの映画がホラーだと思うでしょうか? おそらく皆さんがホラーだと言います。それはひとえにお化けが出てくるからです。では「この映画はギャグとして面白かったですか?」と聞くとどうでしょう。やはり皆さんがギャグとして良かったと言うと思います。これが何故かと言うことを考えていくわけですが、まずは原題を見てみてください。この「スペル」の原題は「Drag me to hell」です。直訳すると「私を地獄へ引っぱって」となります。これ要は「Take me out to the BALLGAME(私を野球に連れてって)」と同じ感覚なんです。つまり「地獄」が楽しい所で、「私」は行きたがってるんですね。これを見てアメリカ人は「あ、これギャグだ」と分かるわけです。
今月号の映画秘宝で町山さんがサム・ライミに「Don’t drag me~」にしなかった点を聞いていましたが、まさに普通行きたくない地獄に「Drag me~」と言ってる時点で作品全体のトーンが分かるんです。タイトル一つで作品の趣旨を全部表しているわけですから、すばらしいセンスだと思います。なので、配給元のギャガで「スペル(呪文)」などという恥ずかしいタイトルをつけた担当者は本気で反省してください。センスなさ過ぎ。サム・ライミへの冒涜です。

本題

ここからが本題です。ホラーとギャグは紙一重。これを説明するのにもっとも分かり易いのは「お化け屋敷」の構造です。皆さん、学生時代の文化祭で喫茶店とかやりましたか?たぶん文化祭のポピュラーかつ安易な出し物の一つに「お化け屋敷」があると思います。黒いカーテンで教室を暗くして机やロッカーで迷路を作った上で入ってきたカップルや客を、特にカップルを私怨を混ぜて脅かすわけです(笑)。さてこのお化け屋敷の構造は、真面目に考えるとずいぶんとマヌケじゃないですか?だって普段知ってる奴が、いつ来るかもしれないお客さんを待ってひたすらロッカーの中に入ってたりするんですよ?トイレとか必死に我慢して(笑)。つまりこれがホラーとギャグは紙一重という構造です。お化けは人間を脅かすためにひたすら待ってるんです。その待ってる方にフォーカスすると完全にギャグになるわけです。ドリフターズの定番ネタで消化器を使う幽霊コントがありますが、要はそれです。
「スペル」の中でもクリスティンをババァやお化けが脅かす演出がなされますが、特にババァについてはすべての登場シーンについて「ひたすら待ってる」んです。舞台の袖で(笑)。しかもサム・ライミは明らかにこの構造を熟知していて、いわゆる画面の端に「見切れる」演出を毎度やってきます。つまり、ロッカーの中で客が通りかかるのを待ってる友達が、ロッカーの窓からちょっと見えちゃってるんですね。ドリフの「志村!後ろ!後ろ!」を徹底的にやってるんです。是非これから見る方は、その「見切れ演出」に注目してください。ウォーリーを探せみたいなものです(笑)。
そういえば「ハリー・ポッターと秘密の部屋」で便所に住んでる女の子の幽霊がいましたが、彼女は全然怖く無いじゃないですか。それはどう見ても人間にしか見えないという要因もありますが、それにプラスして無害だからという事があります。彼女は危害を加えませんから。そうすると、幽霊の能力である「ものを透けて通れる」事だったり「飛べる」ことだったりが残って味のあるキャラになるわけです。物を投げても素通りしたり、そもそも物がつかめなかったり、そういう特徴はとてもギャグに生かしやすいものです。
「スペル」の大きな特徴は、クリスティンがお化けを怖がる描写がある一方で、彼女がとてもタフであることが挙げられます。彼女は劇中でそれこそ何度もお化けを腕力で撃退します。ここで「腕力で撃退」=「ツッコミを入れる」という構造が成立し、お化けがお化けらしく前述した特徴をいかした「ギャグ的な存在」として成立できています。ですので見ている間中、それこそ全体の六~七割程度はギャグシーンといっても差し支えありません。実際にスクリーン内で起こっていることはとても笑える状況では無いのですが、それでも笑いが絶えないのは、ホラーとギャグは紙一重という真理を上手く表現しているからです。お化けとクリスティンの夫婦漫才が行われているんです。クリスティンは命がけですけどね。

ホラー文法の基本

ホラー文法の基本はそれこそ無数にありますが、ちょっと長くなりすぎているので一個だけ紹介します。それは「いかに脅かすか」と言うことです。
みなさん、稲川淳二さんをご存じでしょうか?夏になるとテレビ番組に引っ張りだこで、怪談話のカリスマ的存在です。実は彼の話し方は「いかに脅かすか」というホラー文法に非常に忠実です。それは「集中と衝撃」というロジックです。
人間の感覚には閾値があります。閾値とは「これ以上になると~する」という境界線の事です。ホラーでは閾値を超えるとビクっとする訳です。例えば寝るときに部屋の電気を消すとします。最初は暗くて何にも見えないですね。でもしばらく経つと段々と見えるようになってきます。これは目の光に対する閾値が下がっている訳です。閾値が下がるとより少ない光を知覚できるようになりますから暗い中でも見えるわけです。ここで、いきなり電気を付けるとどうなるでしょう。すごく眩しくて目を細めますよね。これが衝撃です。あまりに閾値が低くなってしまったので、普段ならどうって事無い光でもとてつもない衝撃を受けるわけです。これをホラーに応用したのが「集中と衝撃」です。
ホラーでは「暗いシーン」や「静かなシーン」を続けることで、観客の閾値を下げていきます。暗いシーンであれば集中してよく見ないといけません。静かなシーンであれば耳をすまして集中しないと台詞や音が良く聞き取れません。そうすると当然観客は聴覚や視覚の閾値を生理的に下げるわけです。これは観客が意識してやるようなことではありません。人間である以上、勝手にそうなってしまうんです。そこで、いきなり画面いっぱいに怖い顔をだしたり大きな音を鳴らしたりすると「ビクッとする」わけです。これがホラーにおけるショック演出の基本です。「スペル」ではこの基本が随所に使われています。是非集中して見てみてください。

【まとめ】

ここまで色々と書いてきましたが、この映画は間違いなく今年の映画でトップクラスに面白い作品です。それどころか、ある種のマスターピースになる可能性をもった作品です。是非、映画館で歴史を目撃しましょう。ホラーが嫌いな方でも大丈夫です。なにせギャグ映画ですから。文句なくオススメです。

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