釣りバカ日誌20 ファイナル

釣りバカ日誌20 ファイナル

さて2010年最初の映画はもちろんこれ。
釣りバカ日誌20 ファイナル」です。

評価:(60/100点) – ヌルい。だが、それが良い!


【あらすじ】

鈴木建設のハマちゃんこと浜崎伝助は釣りが大好きな駄目営業マンである。ところが持ち前の人望によって200億の案件を受注し、会長賞を獲得してしまう。会長はもちろんスーさんこと鈴木一之助。鈴木建設創業者にしてハマちゃんの釣り仲間だ。
祝いに訪れたスーさん馴染みの料亭「沢むら」で、ハマちゃんはスーさんが娘のように大事に面倒を見ている沢村葉子とその娘・沢村裕美を紹介される。亡くなった葉子の両親はスーさんの大親友であった。自身の老い先が短いと悟ったスーさんは、最後に葉子の父の墓参りに北海道を訪ねたいと申し出る。北海道と言えば渓流釣りの名所が目白押し。こうしてハマちゃんとスーさんの北海道旅行が始まった、、、。


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【感想】

あけましておめでとうございます。
2010年のお正月、10年代の始まりにふさわしい映画と言えば、もうこれしかないでしょう。日本最後のプログラムピクチャーにしてお正月映画・お盆映画の代名詞「釣りバカ日誌」であります。
とにかく全編を通してヌルいヌルい。微妙なギャグと古くさい演出のオンパレードで、客観的に見れば映画としてかなり如何な物かと思う出来です。
本作のメインストーリーは劇場予告にもあるとおり、沢村葉子がスーさんの隠し子ではとの疑惑と、裕美の同棲騒動から発展する沢村親子の話です。しかし正直に言って北海道および沢村親子の件は別にどうとも発展しません。極端な話、全部カットしても話は通じます。この適当な感じの脚本とヌル~い掛け合いが全編で続きます。
ここまで書くと酷い駄目映画に思えますが、でも本作はそれで良いと思いますし、それ”が”良いのです。理由は後述します。
役者の方々は全員素晴らしいです。三國さんや西田さんは言わずもがな、益岡徹さんや笹野高史さん、若手では吹石一恵さんも含めて、どなたも皆本当に素晴らしい仕事を見せてくれます。若干一名、塚本高史さんだけが浮いてますが別に出番もセリフも少ないのであんまり気になりません。そもそも演技には期待しない若い女性を劇場に呼ぶための撒き餌ですから(笑)。またカーテンコールで、本作初期のレギュラーメンバーのある方の顔が見えます。最近では健康上の理由で表舞台から離れていますので、本当にうれしいサプライズです。三國さんの本当にうれしそうな笑顔と相まって、私なんぞはこのカーテンコールだけで1000円分の価値はあると思ってしまいます。

最後のプログラム・ピクチャーということ

本作は現存する日本最後のプログラム・ピクチャーのシリーズです。プログラム・ピクチャーとは昔の劇場で二本立ての繋ぎで流れる、時間穴埋め用に適当に作られたB級映画です。ただ一概に適当=駄作とも言えませんで、もともと看板映画ではないので観客の存在を気にしないことから実験場という側面が強くありました。そして毎回独立した作品を撮り下ろすのは面倒ですから、必然的にシリーズ物が多くなります。一聴するとつまらなそうに聞こえますが、とはいえ東映のトラック野郎や不良番長シリーズはいまでも人気がありよく浅草とか神保町の単館でリバイバル上映しています。
プログラム・ピクチャーの低予算シリーズものは、「早撮り低予算」という必然から連続TVドラマのような雰囲気になっていきます。火曜サスペンスのシリーズ物をちょっとまじめに撮ったヤツと思ってもらえれば、当たらずとも遠からずです。
90年代からシネコンが日本でも爆発的に増えました。私は映画ファンとしてこのシネコン大増殖には大賛成ですし大変感謝しています。画一的な上映環境を提供してくれるシネコンのおかげで、都会だろうが田舎だろうが系列シネコンではほとんど同じフィルムが上映されます。ですので、田舎でもある程度ビッグバジェットの映画は見ることが出来ます。もちろん角川やハピネットが配給するB級ホラーや東宝の実験作は東京・大阪でしか見られませんが、それでも映画文化を考えれば田舎の映画上映機会を増やした功績は大きいと思います。一方で、経営的な面で単館に厳しくなっているのは間違いありません。私の近所の単館映画館も10年ぐらい前に2館が閉鎖してしまいました。子供の頃にドラえもんや東映まんがまつりを見に行った思い出の映画館が無くなるのは本当に寂しい物です。でもジャック&ベティや有楽町スバル座のように、大資本の後ろ盾が無いながらも差別化で頑張っている良質な映画館はまだまだあります。
ちょいと脱線してしまいました。シネコンが増えたことによる煽りは映画館だけにあるわけでは無く当然作品側にもあります。その一つが上映形態です。シネコンでは回転率をあげるために「全席指定入れ替え制」が当たり前です。一方でリバイバル上映や2番館(初回ロードショーの半年後ぐらいに余所で使ったフィルムのお下がりで上映するムーブオーバーが主流の映画館)では二本立て三本立ての自由席が主流です。朝チケットを買って入れば、いつまででも座っていられる形式です。前述のプログラム・ピクチャーはあくまでも後者の映画館でメイン作品とサブ作品の間に上映される「トイレ休憩用」の作品です。なのでシネコンでは必要ありません。このシネコン全盛の時代には、プログラム・ピクチャーが流れる環境自体が無くなってしまっています。釣りバカ日誌シリーズの終了も、三國さんのお年の問題とは別にやはりこの上映環境の問題が大きいと思います。日本最後のプログラム・ピクチャー・シリーズの終了が意味するのは、この複数本立てで新作を上映するという文化の終焉を意味します。かつてはメイン作品の看板スターで客を呼び、サブ作品で若手のスター候補を売り出すというのが常識でした。70年代の大映倒産で映画制作所とスター俳優の専属プロダクト制が終焉し、そして00年代のシネコン全盛で二本立て文化が終焉します。

【まとめ】

以上のことから、本作はある意味では日本映画文化の遺産であり、そしてプログラム・ピクチャーを象徴する作品でもあります。
適当な脚本も古くさい演出も、それ自体が一つの「型」として成立しているように思えるのです。本作はいわゆる「お正月映画」としてよりも、「最後のプログラム・ピクチャー」としての文脈を背負ってしまっています。だからこそ、ラストのカーテンコールでちょっと泣いちゃうわけです。別に良い話でも無いですし、泣くほど面白い作品ではありません。でも、こういうしょうもない作品を上映する環境が日本には存在していたんだということと、そしてそれが終わってしまったということ、それ自体が本作の価値だと思います。カーテンコールで三國さんが手を振る姿はまさに日活スターが手を振る姿であり、ひいては日本映画黄金期が手を振っているように見えてしまいます。
非常に残念な事に劇場は客入り4割ぐらいで、ほとんどが中年夫婦と老夫婦の家族連れでした。こういう作品だからこそ、是非20代・30代の人たちにも見て欲しいですし見るべきだと思います。私たちの世代は、こういう文化があったんだと言うことを子供達に話す義務があります。点数は60点としましたが全世代必見の歴史的作品です。全力でオススメします!!!
合体!!!

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