咲 -saki-

咲 -saki-

2本目はこちら、

「咲 -saki-」です。

評価:(75/100点) – 意味がわからんけどテンションが高い!


【あらすじ】

麻雀がスポーツとして成立している世界。宮永咲を擁する清澄高校は、インターハイの長野県大会決勝まで上り詰めた。対するは最恐の天江衣(あまえ・ころも)擁する龍門渕高校、昨年天江に負けた雪辱に燃える池田華菜(いけだ・かな)擁する風越高校、そして影が超薄いステルスモモこと東横桃子(とうよこ・ももこ)擁する鶴賀学園。いま、長野代表を掛けた麻雀団体戦が幕を開ける!

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【感想】

今日のもう1本は「咲 -saki-」です。アニメの存在はしっていたのですが未見な上に漫画も読んだことが無く、完全に前知識なしの初見でした。いきなりダイジェストが流れて県大会が始まったので「すごい割り切り方だな(笑)」と思って見てたんですが、これ、前日譚でドラマもやってたんですね^^; いきなり連ドラの最終回だけ見ちゃったみたいなもんだったみたいです(笑)

実際、前知識がまったくないので最初よくわからなかったんですが、最初の10分ぐらいでだーーっと舞台を説明してくれて、しかも決勝がはじまるとちゃんとキャラ紹介の回想が挟まるので、終わったときにはもう「池田最高ーーー!!!!」ってぐらいテンションが上がってました^^;

そう、この映画、いわゆる「ドラマ」に関してはスッカスカなんですね。だけれども、フィルム全体から監督の「情熱」というか「愛」がめちゃくちゃ伝わってくるんです。それもこれも、ちゃーんと限られた時間の中で特定のキャラだけがきっちり”立つ”ようになってるからなんですね。猛烈に甘ったるくてただただホモソーシャルなところでイチャイチャしているだけに見えて、そこにちゃんと説得力があって、キャラごとの行動原理がわかるようになってるんです。だから私のようにまったく元がわからなくても、いきなりこの映画だけでも話が通じるんです。

作品のフォーマット自体はいわゆる「超能力スポ根もの」です。私の世代ですと「キャプテン翼」ですし、ちょっと下の世代だと「テニスの王子様」とか「黒子のバスケ」みたいなやつですね。スポーツを題材にしてるんだけどやってることはファンタジックな「必殺技」の応酬で「超能力バトル」が展開されるジャンルです。一見するとバカバカしくも見えますし、実際一時期は「シュート!」とか「スラムダンク」みたいなリアル路線のスポ根のほうが流行ってました。

本作では主要キャラがあり得ないような超能力を駆使して麻雀で戦っていきます。主人公・咲はカンからのリンシャンカイホウで必ずツモってきて超連鎖を起こしますし、ラスボス・天江衣はリーチからのハイテイを確実に決めてきます。劇中でも「2人の魔物」と称されていますが、とんでもないイカサマ級の超能力です(笑)。

この2人と戦う池田・加治木の両名は全然必殺技をもっていないわけで、こんなのに勝てるわけがありません。だけど、ちゃーんとこの作品はそんな「一般人」の2人に熱い見せ場を用意してくれます。池田の起死回生の数え役満からの「そろそろまぜろよ」で、私、涙がとまりませんでした。加治木も実は虎視眈々とオーラスで國士舞双を狙っていたり、もうね、こういう脇の描き方に親指が上がりっぱなしです。

ということで、遅ればせながら漫画に手をだそうと思います(笑)。いやね、本当によかった。

これ、原作ファンの方にはいつもの漫画映像化な感じで不評なんでしょうか? 個人的にはめちゃめちゃ面白かったですし、実際に原作漫画に手を出しそうな男がここにいますので大成功だと思います(笑)。テラフォーマーズとか映画はそれなりに楽しくても別に原作読みたくはならないですからね^^;

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記事の評価
聲の形

聲の形

昨日は今更ですが

「聲の形」を見ました。

評価:(40/100点) – アニメ版・中学生日記


【あらすじ】

石田将也(いしだ しょうや)は高校生である。小学生の時に聴覚障害のクラスメイト・西宮硝子(にしみや しょうこ)をいじめた罪を一心に背負い、自閉気味になりながらも親が肩代わりしてくれた賠償金を返済するためだけに生きてきた。ある日、バイト代で総額170万円を作り終えると、将也はそのお金を母に遺して自殺するために川へ向かう。途中、彼は最期の謝罪をするために硝子のもとを訪ねる、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 小学校時代の回想
※第1ターニングポイント -> 回想終了/硝子に会いに行く
第2幕 -> 西宮姉妹や永束との交流
※第2ターニングポイント -> 橋上で将也が当たり散らす
第3幕 -> 仲直り


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【感想】

さて、昨日は京アニの最新作「聲の形」を見てきました。最新作と言ってももう公開からだいぶ経ってますので、お客さんも学生カップルと一人サラリーマン数名といった所で、かなり空いていました。監督は「けいおん」の、、、というか京アニ社員の山田尚子。キャラデザも同じく西屋太志で、ルックスはまんまいつもの京アニ作品です。自慢じゃないですが、私、本作のウエノとけいおんの澪を並べられたら見分ける自信がありません(笑)。

一応最近はアニメ映画を取り上げる時はなるべく大真面目にちゃんと書くようにしてるんですが、(←実写でもいつもやれよというツッコミはご勘弁^^;)本作は面倒くさい要素がありすぎるのでさら~っと流させていただきたいと思います。

テーマと概要

この映画のテーマはとても明確です。「人と人との距離のとり方とコミュニケーションについて」。登場人物たちは、各々の思惑をもとに他者との関係を築き上げていきます。サバサバしていて仕切り屋のウエノ。根っからの「姫気質」で全てが自分のためにあると思っている川井。カツアゲから助けてもらったことで将也に全幅の信頼と友情を寄せる永束。そんな中で、物語の中心となる将也は、観客視点の受け皿として、まわりに流されていきます。

将也視点では彼はただ調子に乗ってからかってたのがエスカレートしただけなのに、結果としてイジメの極悪戦犯扱いされて自閉症寸前まで追い込まれます。一方、イジメの共犯者達は全てを将也に押し付けて逃げ出します。この作品は、将也の罪悪感と贖罪を中心として「人間同士のコミュニケーションと距離感の難しさ」を描きます。

差別的な意図は一切ございません

イジメだの障害者だの自殺だの核地雷級のポリティカル・コレクトネス案件なので、これをまとめるのは一苦労です。しかしそこはさすがに天下の京アニブランド。本作ではこの難問をガッチガッチのプロテクトで回避してみせます。

硝子が難聴である理由は劇中では特にありません。硝子が難聴なのは、ひとえに彼女を「他人との距離感がわからず、奥手であり、コミュニケーションに難がある、にも関わらず非が無い」というアクロバット設定にするためのオプションです。つまりなるべく観客に嫌悪感をいだかせないようにしつつ限りなく”無垢”であることの表現としての障害なんですね。また面倒なものを突っ込んでくるなぁと、、、、。だからこれに「障害者ポルノじゃねぇか!」「なんでもかんでも障害者=天使じゃねぇ」と怒る人がいるのは当然です。この設定の硝子はまさしくコミュニケーションのブラックホールです。他人同士の距離感を破壊し、しかし障害者であるが故に倫理的に守られていて責められることもなく、そして本人にもまったく悪意がない。彼女は彼女で「私はいつも周りに迷惑を掛けている」と罪悪感を背負っていて、結局行くところまで行くため、落とし前さえ付けている。ものすごく倫理的にプロテクトされた教育的・道徳的キャラクターです。

こんな最強守備力キャラに絡んでいく将也やウエノはまさに「スーサイド・スクワッド」でジョーカーに絡まれて「ハーレイあげよっか?」とか言われちゃったアンちゃんと一緒です。これは絡んだ時点で負け。どんな選択をしたって逃げ場はありません。

ただ、この作品の良い所は、ちゃんと観覧車の中でウエノがまさにそこにキレる視点を入れることです。「おまえ障害者だからって甘えてんじゃねぇぞ」って。これ、この作品をアメリカで公開したら変な団体から猛バッシング喰らうこと請け合いです。それをちゃんと聴覚障害者の団体の協力を取り付けたお墨付き作品で出来るっていうのが、日本もまだまだいけるなと感心しました。

だからですね、この作品は100%倫理的に正しい「ユニバーサルデザインな映画」です。耳が聴こえないからってコミュニケーションをサボる理由にはならない。健常者だからって、耳が聴こえないやつをめんどくさがってハブる理由にはならない。聴こえようが聴こえまいがそんなの関係ない。どうせ一人一人は別パーソナリティなんだから、各々に合ったコミュニケーションをちゃんとやれ。グゥの音も出ないほどの正論です。強いて言えば「面倒な案件には深く関わらない」という大人な世渡りオプションが提示されてませんが(笑)、そこは青年向けアニメだからね^^;

ただですね、、、、これ映画としての出来は正直あんまり良くないと思います。メッセージは超道徳的で超正しいですが、それを映画文法に起こすことをしていません。アニメ絵に演技をさせるってものすごい労力なので、つい表情や情景で描写するのをやめてモノローグ全開になってしまいがちです。とはいえ、本作はさすがにちょっと、、、、。たしかに、動き自体は良いんですよ。手書き風(なのか本当に手書きなのか)で入りと抜きがしっかり入った線を見事に動かしてます。この技術レベルは本当に凄いです。でもさすがに本作はほとんどがモノローグで、胸の内をボソボソ言ってるだけですからね、、、。ラジオドラマかっていうレベルでぜ~んぶセリフ化してくるので、そもそも映画じゃなくていいじゃんという感想しかありません。

【まとめ】

さら~っと書きますとか言いながらすでに2,000字超えたのでまとめに入ります(笑)。
こういう倫理的にガチガチに守られた映画って、すごい文句いいづらいです。某・村○蓮舫の二重国籍問題と一緒で、論点に関係なく「それは差別だ!」って言ったもん勝ちですから。だから私はハッキリとそこを分けます。メッセージは道徳的で正しいです。ただ作品としてはまったく乗れません。面白くないです。ずーーーっと2時間説教されてるだけですから。だから、私はオススメしません。オススメしませんが、全国の学校教師には是非、中学校の授業でヘビーローテーションして欲しいですね。そんでもって2,000字ぐらいの感想文を提出させると。これが道徳教育ってやつですよ(笑)。

まぁ、私は「時計仕掛けのオレンジ(1973)」のアレックスよろしく、そんなルドヴィコ療法からはランナウェイします^^;。

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記事の評価
秘密 THE TOP SECRET

秘密 THE TOP SECRET

気を取り直して今日の2本めは

「秘密 THE TOP SECRET」です。

評価:(46/100点) – アイデアは良い。超惜しい!


【あらすじ】

警察官・青木は「第九」へ転属となった。「第九」は、死者と捜査官の脳をつなぐことで死者の記憶を覗き見ることができる「MRI捜査」を行う特殊チームである。しかしあくまでも「記憶」であるため、死者や捜査官の主観や妄想が入り混じってしまい、法的な証拠能力は認められていなかった。
「第九」のトップ捜査官であるであるマキは、第九の正式捜査機関への昇格のための最終試験を、よりによって新人の青木に託す。それは、娘を含む家族を皆殺しにした「露口一家殺人事件」の犯人・露口浩一死刑囚の記憶を覗き、唯一見つかっていない長女・絹子の遺体を探しだすというものだった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 青木の転属と露口浩一の記憶
 ※第1ターニングポイント -> 一家殺人事件の犯人が判明する
第2幕 -> 絹子の秘密と、同時多発自殺事件
 ※第2ターニングポイント -> マキが鈴木の記憶を覗く
第3幕 -> 結末


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【感想】

今日の2本目は松竹映画「秘密 THE TOP SECRET」です。公開から2週間立っており、もうそろそろ打ち切りも始まっているかと思います。私の見た夜の回は女性の一人客ばかりでしたので、原作ファンか生田斗真/岡田将生を目当てにした客層でしょうか? 漫画が原作で一度アニメにもなっているとのことですが、私はノーチェクで完全に初見です。なので、先入観もなにもない状態です。ポスターを見ただけで勝手に「攻殻機動隊の公安9課のパロディかな?」と思ってたんですが、実際見てみると当たらずとも遠からずでした。

ここでお約束です。
本作は、ジャンルとしてはSFサイコサスペンスです。以降ネタバレを多数含みますので、未見の方はご注意ください。先に感想を書きますと、本作はとても良く出来た作品です。アラもありますがそれ以上に好感が持てる部分が多く、とても楽しめました。ゴーストバスターズと違って見て損はありませんので、是非、劇場で御覧ください。

本作のいいところ:語り口はかなりスマート

本作は「るろうに剣心」の大友啓史が監督をしています。そこが結構売りになっているようですが、思い出してください。確かに「るろうに剣心(2012)」「るろうに剣心-京都大火編-(2014)」は面白かったです。面白かったですが、あれは別に演出や話運びが上手かったわけではなく、カンフー映画としてきちんとアクションが撮れていたから面白かったんです。実際、「るろうに剣心-伝説の最期編-(2014)」はストーリーが酷すぎて、よかったアクションをすべて台無しにした上でお釣りが来るぐらい遥か地面の底までめり込むレベルの出来でした。その前の「プラチナデータ(2013)」は言わずもがな。そんなこんなで、個人的には結構不安がありました。

それでもって本作はどうかというと、これとても良く出来ています。今回は「MRI捜査」というギミックが重要になってくるわけですが、この概要を一幕目の冒頭で一気に説明するんですね。そして文字・セリフだけの説明ではなく実際どんなもんかというのも、やはり一幕目に「露口浩一の脳を覗く」ことで見せてくれます。「インセプション(2010)」もそうですが、こういうギミックSFについては、ベースとなるギミックのルールをいかに素早くかつ分かりやすく説明するかが肝心です。この映画はそこが大変スマートにできています。これ満点。とても良いです。

俺達の大好物=悪魔型サスペンス

本作は悪魔型サスペンスであり、そして悪魔が2人登場します。

1人は「貝沼清孝」。「28人連続殺人事件」の犯人で、すでに自殺していますが、彼の脳を覗いた第九捜査官がマキ以外全員発狂したという曰くつきのサイコ野郎です。この貝沼は捜査中にちょいちょい名前が出てきまして、ラスボス感を漂わせてきます。
もう1人は本作の中心人物「露口 絹子」。家族を殺害した嫌疑がかけられているものの物証が無く、やりたい放題の色仕掛けで捜査を撹乱します。

貝沼は文字通り亡霊として事件に関与してきて結果的にマキを苦しめ、一方の絹子はイカレた警官の眞鍋を翻弄し青木にもちょっかいを出します。

この2人を巡る捜査が本作のメインストーリーとなります。

悪魔が正しく機能できているのか問題

でですね、上記2人の悪魔が機能しているかというと、実はあんまり機能してないんですね(笑)。なので、劇中のトーンと事件がちょっと空回っちゃっています。

貝沼は、大昔に財布をネコババするところをマキに見つかり、でも見逃してもらった上に1万円もらったことがきっかけでマキに執着します。なんでそんなことで執着するかはよくわからんのですが(笑)、そういうことにしときましょう。その後、マキへの「捧げ物」として28人を殺すんですね。しかも殺した子達をマキと錯視する描写まであります。要は「マキを殺したくて殺したくて仕方ないので代わりに28人殺した」みたいな感じです。しかもワザワザ自分の脳内にマキへの遺言を残してきたりもします。別にマキ自身は悪くないんですが、すごいイヤ~な気分にさせる嫌がらせをやるド変態ストーカーです。ただこれが全てなので、あんまり悪魔になってないです(笑)。価値観を揺るがすような悪魔ではなく、ただの変態サイコパス。遊びで子どもたちを催眠にかけて将来自殺するようにしたりとかね。まぁド変態殺人28連チャンを追体験させられたと思えば、覗いた捜査官が全滅しちゃうという話は無くは無さそうです。

絹子の方は、すごく直情的なコントロール・フリーク・サイコパスです。男を次々に誘惑し、支配下に置いて気に入らないと殺しちゃうような。こっちのほうがまだ悪魔としては機能しているんですが、肝心の翻弄される眞鍋が元から頭がおかしいので翻弄された結果なのかどうかよくわかんないんですね(笑)。この眞鍋というキチ◯イ警官が本作の一番のノイズです。証拠もないのに勝手に逮捕してきたり(※本当に逮捕状をとってるのかも怪しい)、一人で絹子のところにいって癇癪起こしたり、捜査もストーリーも邪魔してきます。最後の最後に「死後に脳を覗かれることの気持ち悪さ=死後にだって秘密にしたいことは誰にでもある」みたいなメッセージを伝えるためだけの存在なんですが、あまりにそこに至るまでの行動が滅茶苦茶なので、説得力に欠けます。意図としては「眞鍋が絹子に翻弄されて一線を超える→青木と対立→究極の選択」みたいなことをやりたいんだと思います。惜しいです。たぶん「眞鍋が誤認逮捕で責められる/警察内で孤立する」みたいな描写がもうちょいあれば良かったと思います。「最初真面目だった眞鍋が絹子をぶっ殺したくなるくらい追い詰められる」描写が欲しかったですし、それがないと話が上手くつながりません。

【まとめ】

とまぁ全体としては今一歩といったところなのですが、間違いなく題材はいいですし、もうちょい整理できれば滅茶苦茶面白くなったんじゃないかな~という予感は随所に感じました。専門のちゃんとした人に脚本を頼めばいいのに、、、と思ってスタッフリストをみたらまさかの高橋泉。ランウェイ☆ビートの人(笑)。ちょっと目が泳ぎました、、、。
ちなみに映画の尺が長いですが、「頑張って捜査してるのに悪魔に翻弄されてウンザリ」という表現としての長さなので、そこはいいと思います。「ゾディアック(2007)」だって2時間半あるし、悪魔型ってどうしても長くなるんですよね。劇中の捜査がグダグダ=その間は画面もグダグダっていうシンクロです。

そうそう、最後に一個だけグチっておきたいんですが(笑)、最後のオチだけは絶対無い。あれはオカシイ。動物から見る人間の世界=理想的=みんな幸せそうっていうのは酷いプロパガンダです。本作を見終わった後で、是非連続で「ペット(2016)」を見て欲しいです。そうすると動物だって大変だぞってのがわかると思います(笑)。

制作側の志は十分に伝わるし、そこかしこに面白くなりそうな要素はいっぱいある映画なので、是非劇場で御覧ください。こういう映画は途中で逃げられない劇場で見るに限ります。テレビだと、途中でトイレに行ったり続きは明日でいいやって寝ちゃったりしますから(笑)。結構おすすめです。

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記事の評価
テラフォーマーズ

テラフォーマーズ

それでは二本目はこちら

「テラフォーマーズ」です。

評価:(40/100点) – B級アクションホラー映画へのチャレンジ精神は良い!


【あらすじ】

西暦2599年。本多博士の計画のもと、小町小吉を含む15人の一団は火星のテラフォーミングプロジェクトの最後のミッションへ向かう。ミッションは火星を地球化するために送り込まれたゴキブリを退治すること。しかもミッションに参加した者には多額の給料と恩赦が与えられるという。楽勝案件と思われたプロジェクトには、しかし大きなウラがあった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 火星への到着とテラフォーマーとの遭遇
 ※第1ターニングポイント -> テラフォーマーとの初戦闘
第2幕 -> 宇宙船バグス1への道のり
 ※第2ターニングポイント -> バグス2が墜落する
第3幕 -> 決戦と火星からの脱出


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【感想】

それでは「ちはやふる」の余韻も冷めやらぬ中(笑)、本日の2本目はテラフォーマーズです。某ネット映画評論家の人がボロカス叩いたそうで、ほんまかいなとイソイソと出かけてきました。結論なんですが、先ほどの「ちはや~」の文章で煽ってすみませんでした。これ、ジャンル映画としてはそんなに悪く無いです。普通にマシなほう。そして、少なくとも私の見る限り、邦画の平均でいうとわりと制作側の志も高い方です。ということで、今回は擁護モードで書いていきたいと思います。ボロカスな文章を期待していただいた皆様、すみません。

私、この作品についてはやはり漫画を読んでいませんしアニメも見てません。なので、原作ファンの方の怒りのツボみたいなのはわかりません。結構巻数が出てる作品みたいなので、きっとストーリーは全然違うんだろうなと思いつつ、あくまでも本映画だけに言及することをご容赦ください。

演出は超ダサい(笑)。っていうか舞台演劇。

まずダメなところから書いていきましょう。っていっても実際はそんなにないです。そもそもの内容がそんなにないですからね(笑)。

まず一番ダメなのは、ストーリーの進行がすべて棒読みの「セリフ劇」である点です。ここに関しては一切の擁護の余地はありません。本多博士のいかにも「マッド・サイエンティストで~す」というような大根丸出しな振る舞いや、各キャラの超棒読みかついちいち見栄を切ってくるセリフ回しは本気でゲンナリします。
なんでこんなことになっているかというと、完全に舞台演劇のメソッドで脚本が書かれてるからです。ちょいと気になって公式ページを見てみたら、脚本の中島かずきさんは50代半ばのベテランの方で、劇団☆新感線の本を書く人なんですね。それで腑に落ちました。「曲がれ!スプーン」とかもそうですが、劇団の人ってどうしても、大きな声で滑舌よく、人物同士のセリフが極力かぶらないように交互に叫ぶように演技するセリフ回しが染み付いちゃってるんですね。本作も基本的にクロストーク的な場面が一切ありませんし、毎回毎回キメ顔で「ポーズ」を取ります。なんでわざわざ海外ロケやってCGバリバリでスケール感を出したいはずの映画に劇団の人を使うのかよくわかりませんが(笑)、なんか中島さんご本人にとっても不運だったというか、完全に資質の問題ですね。これはさすがに依頼する方が悪いと思います。すくなくともスケール感が必要なSF映画にはまったく合っていません。

もう一つ悪いところを上げるならば、回想シーンや味方同士で励まし合ったりする「馴れ合いパート」の間の悪さです。せっかくいい感じのアクションでテンションが上がっている所で、本当にどうでもいい人情話が差し込まれるもんですから、そのたびにテンションがリセットされちゃうんですね。これもね、、、正直なんでこんなブサイクな構成にしてしまったのかよくわかりません。山田孝之演じる蛭間一郎の事情なんて、本作のストーリーに毛ほども関係ないんですよ。だって「みんなにそれぞれ事情がある」って冒頭で言ってるわけで、蛭間がなんぼ濡れ衣食らったからってだからどうしたっていうね。「嵌めた相手が本多博士の仲間だった」とか、「実は蛭間がバグズオペレーション技術の発明者で密かに自分に特殊能力を付加していた」とかならまったく問題ないんですが、まじで何の意味があるのかさっぱりわかりません。そしてこれまた邦画特有の敵を前にしたグダグダ馴れ合いですね。よそでやれっていう、いつものアレです。この辺はなんか三池崇史監督の悪意がチラチラ見えてきてちょっと嫌な感じです(笑)。真面目にやればできるんだからやりゃいいのにね。「大作邦画ってこんなかんじでしょ!」みたいな投げやりな感じが透けて見えるのがね^^;

それではそろそろ擁護をば

ではここから良かった集めをしたいと思います(笑)。

まず一番はですね、話の骨格・プロットがきちんとしている点です。こういう「変な場所に急に連れてこられた一団がサバイバルする」というジャンルものにおいて、「A地点でスタート→B地点に行ってなんか拾ったり発見する/知識を得る→A地点に引き返して脱出」というのはお約束のフォーマットです。最近だと「リディック: ギャラクシー・バトル」とか、当ブログだと「ブレデターズ」とかですね。変な惑星に放り出されて、原住民的なエイリアンに襲われて、なんだかんだで脱出するというジャンルムービーです。原作がどうなっているかはわかりませんが、世界観を上手にジャンル映画フォーマットに落とし込めてると思います。これは素晴らしい。なかなかこういうお約束って怖くてできないんですよ。だから、このストーリープロットだけは十分に満点です。
強いて言えば、最初は脱出ポッドが何らかの事情で使えないっていう描写は欲しいですね。一応「定員2人=どのみち全員は乗れない」というのがエクスキューズにはなっていますけれども。

そしてアクション・バトル関連のところです。これはそのまんま「戦闘少女 血の鉄仮面伝説」の丸パクリなんですが(笑)、ある意味「世界に持っていく日本特撮映画=ちょいグロ描写ありのチーム変身ものだ」「しかもスタイルの良い女の子が体の線をモロに出してやるんだ!」という制作側の認識は当たっているわけで(笑)、よくぞこんな企画に大金ぶち込んだと素直に褒めたいと思います。これ、もうちょいちゃんと作ればカルト映画になり得た可能性があったと思います。
それだけに、演技周りの不満が残念でなりません。

【まとめ】

本当のところはわかりませんが、「世界に持っていく日本映画」として作ったのであれば、方向性は間違いなく当たっていると思いますし、これが出てきたというのは大変うれしいことだと思います。あんまり貶す気にならないくらい好感を持ちました。ただ、やっぱり題材がゴキブリってのは、、、、正直なはなし、大画面でみたいかっていうとね(笑)。これなら別にエイリアンでいいじゃんっていう気がビンビンしています。ただのエイリアンじゃそもそも「テラフォーマーズ」にならないって話はありますけどね^^;。

なんというか「全然ダメ!話にならない!糞映画!」っていうテンションではなくて、「惜しい!次頑張って!」って応援したくなるような、そんな映画でした。ただ2回目は遠慮しときます。ゴキブリ苦手なんで^^;

映画をあんまり見ない人がたまたまコレを見たらボロカス叩きたくなる気は凄いよく分かります。でも死屍累々の糞映画を見まくっていて、それでも映画が好きな人ならば、かなり好意的に見られると思います。見どころが一個もないどうでもいいクソ映画じゃなくて、ちゃんと志があって長所のあるクソ映画ですから。「結局クソ映画なんじゃん!」ってオチがついたところで、本作はこの辺で(笑)。

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記事の評価
ちはやふる -下の句-

ちはやふる -下の句-

今日は邦画2本です。まず一本目は

「ちはやふる -下の句-」です。

評価:(100/100点) – これがアイドル青春スポ根映画のど真ん中じゃ!


【あらすじ】

都大会制覇の報告に新(あらた)を尋ねた千早と太一は、そこでかるたへの情熱を失った新と出会う。自身の大会出場中に亡くなってしまった祖父に自責の念を持ち、新はかるたができなくなってしまったのだ。新にもう一度かるたへの情熱を取り戻させるため、千早は全国大会個人戦での活躍を土産にしようと決意する。
そのためには、高校生にしてクイーン位に君臨する若宮詩暢(わかみや しのぶ)を倒さなければならない。左利きで変速のクイックを使う詩暢を意識するあまり、千早は徐々に自分のスタイルを見失ってしまう、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 福井への訪問
 ※第1ターニングポイント -> 原田先生にクイーン・詩暢の話を聞く
第2幕 -> 打倒クイーン!千早の焦り。
 ※第2ターニングポイント -> 全国大会で千早が倒れ、団体戦が終わる。
第3幕 -> 全国大会個人戦。


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【感想】

さてさて、本日の一本目は「ちはやふる -下の句-」です。先月末に公開された「ちはやふる -上の句-」の直接的な後編です。都大会を制した瑞沢高校かるた部の全国大会への特訓・いざ決戦というストーリーに並行して、「上の句」でポンコツになってしまった新の復活の話が描かれます。これはですね、結構歴史に残る青春スポ根映画の金字塔だと思います。ここから先は、この作品がいかに凄まじく計算されているか、そして俳優(というかアイドル)達の魅力がいかに存分に発揮されているかをがっつり褒めちぎります。

わたくしは原作・アニメとも未見のため、原作との比較はまったくできません。もしかしたら、いつもな感じで原作ファンの方から見ると「ちはやふるの魅力はそこじゃないだろ!」という不満があるのかも知れません。そういった原作ファンの方たちには申し訳ございません。ただですね、漫画原作でここまでしっかりきっちりとした映画になってるわけですから、これかなり幸せだと思います。いまこの文章はちょうど見終わって直後に映画館のすぐ横のスタバで書いてるんですが、この後2時間後ぐらいには私「テラフォーマーズ」っていう漫画原作の映画を見るんですよ(苦笑)。そんなこんなで、もろもろお察しください。

以下、いつものようにネタバレも含みます。未見の方はご注意ください。絶対映画館に行ったほうがいいですよ!

まずは「上の句」のおさらい

まずは上の句のおさらいです。ちょうど私ブログをお休みしてましたので^^;

「ちはやふる 上の句」はスポ根映画のフォーマットを完璧に踏襲した素晴らしい作品でした。場所は府中(?)あたりのちょい田舎。瑞沢高校の新入生の千早は、一年生ながら「競技かるた部」の結成に動きます。自身の幼馴染でBランクの太一を相棒に、これまた顔なじみに「肉まんくん」=Aランク西田優征を巻き込み、さらには和服の不思議ちゃん奏(かなで)と、頭脳系おたくの「机くん」駒野勉を加えます。物語は新設マイナー部活のメンバー集めというド直球でベタベタな展開にのせて、この「机くん」のアイデンティティクライシスまで描ききります。「自分は所詮は頭数あわせで期待なんてされてない」「人さえ集まればだれでも良かったんだ」。画面を見ている観客の私達も思ったこのド直球な問いかけに対して、映画はこれまたド直球の熱血スポ根でそれを返してきます。「最初は頭数あわせだった」「でも一緒に頑張った修行を通じて、弱かろうがなんだろうがもはや5人はチームなんだ」。この恥ずかしいまでのド直球が、これまた恥ずかしくて当然な青春と組み合わさって、「上の句」はそれこそぐうの音も出ないほど魅力的な青春映画となりました。「上の句」で一番すばらしかったのは、この「ド直球さ」です。邦画にしてはめずらしく、何のひねりもなく、何の小細工もなく、素直な青春スポ根を億面もなく、見せてくるんです。これね、こういう作品にはこちらもド直球で向き合わなければいけないわけで、その志だけでもう100点満点でいいんです。こういうと失礼ですが、「上の句」はまったくROBOT制作らしからぬ素晴らしい作品です。一切CGに頼ること無く、ちゃんと道具としてVFXを使いこなせています。ROBOTの他の連中(っていうか主に山崎某)に小泉監督の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいです(笑)。

そして下の句へ、、、

そして本作「下の句」です。正直な所、「スポ根映画」としての「ちはやふる」は上の句でほとんど100%描き切っています。そうなると、後は細かいかるたの技術論とか荒唐無稽な新必殺技しかスポ根要素は残されていないわけで、これ結構不安でした。どうやって「下の句」を構成してくるんだろうと。安直にやるなら「上の句」のリメイクみたいな感じで同じ話を繰り返せばいいんですが、それではつまりません。公開間隔も短いですしね(笑)。

そんなこんなで実際に「下の句」を見てみますと、、、これはもう凄いとしか言いようがないです。「上の句」が「青春スポ根映画」の「スポ根」要素を重視したとするならば、「下の句」は「青春」要素を重視した構成になっています。つまり、これは正しく「上の句」「下の句」なんですね。単独でもきちんと成立しているけれども、繋がるとまた違った意味が出て完成度が高くなる。これこそまさに百人一首なわけで、「競技かるた」題材の映画として完璧な構成です。おみそれしました。

本作の主題:挫折した天才へ再生を促す熱血物語

前作・本作を通じ、「メガネ君」新はミステリアスな天才として存在しています。「上の句」では本気を出せば日本一だけど、おじいちゃんの介護のために福井に隠居した達人。そして「下の句」では「おじいちゃんの死に目に立ち会えなかった」ことを後悔するあまり自分に「かるたをやる資格がない」と引きこもってしまった世捨て人。このメガネ君にかるたの情熱をとりもどさせるため、つまりはこの競技かるたの面白さを見せつけるため、本作の千早や太一は奔走します。こういう「挫折した天才もの」って私は大好きです。古くは「ドカベン」の山田太郎(※彼は当初野球を捨てて柔道をやっていました)から脈々と続く王道的スポ根ストーリーですね。しかしこの「情熱」を見せつけようと躍起になるあまり、千早も太一も周りが見えなくなってどんどん深みにハマってしまうわけです。そこから彼女たちを救い出すのは、友人であり、ライバルです。憎まれ口を叩きながらも叱咤激励をし、サポートしてくれる彼らのおかげで、千早たちはまた一歩成長し、そしてその熱血のバトンを新へとつなごうとするわけです。

もうね、おじさんは号泣しちゃうわけですよ(笑)。千早があるライバルから「全国大会攻略法」を託されて目が覚めた次の瞬間、彼女はゆっくりと走りだし、そして全力疾走し、雨の中で泣き出すという超ウエットで超ベタベタで、そして超ムカつく演出が入るわけです。「なんじゃこの監督!甘ったるくて腹立つわ~(怒)」と思いながら、後ろに座って持ち込んだポテトチップを食べてる女子高生コンビなんて気にもせずに、号泣しちゃうんですよ(笑)。こういうね、小細工なしで真っ向勝負してくる監督って本当に貴重です。だって、これにはハリウッド超大作みたいに何十億ものお金はいらないですから。聞いてるかいテラフォーマーズのプロデューサー連中よ!あと1時間でそっちいくから待ってろよ(笑)!

本作の主題その2:スポ根としての打倒クイーン

そして本作ではついに、大ボスであるクイーン詩暢が登場するわけです。この詩暢ですね、原作ファンにはあれなのかもしれませんが、存在感が完璧です。「京都弁をしゃべる意地悪なツンデレ」という超類型的なキャラクターでありながら、松岡茉優のちょっとツリ目でネコっぽい感じの雰囲気が完璧にマッチしてます。千早の広瀬すずも、ガサツでアホっぽくて、でも目をカッぴらいた時が最高に美人で怖いという完璧な立ち振舞でした。総じてキャストたちは最高だと思います。
この詩暢がですね、画面から漏れ出る威圧感が半端無いんですね。これぞクイーンっていう。いつぶぶ漬けだされるかとビクビクしながらも、目を離せなくなると。でまぁこの詩暢は、左利きでかつ「音の出ないかるた」という必殺技を使って淡々と相手をぶちのめしていくわけです。個人的には私もぜひ淡々とぶちのめしてほしいんですが(笑)、これね、スポ根としての要素が完璧なんですね。ストーリー上は千早も「スーパー聴覚」という必殺技を身に着けているわけで、これこそ純粋に「早さと速さ」の戦いじゃないですか。聴いた瞬間の判断が早い千早と、聴いた後のかるたへ向かう動きが速い詩暢。完璧に手がマッチしたライバルに、当然ロクに対策をしていない千早は現時点で勝てるわけがないわけで、でも性質上はいつか千早が必殺技を磨けば必ず勝てるはずの手合わせであるというこの構成。お見事です。

本作の主題その3:かるた競技のキモ=心を落ち着かせること=友情であるという解釈

さらに素晴らしいのは、本作が競技かるたのポイントを「平静を保つことだ」としたうえで、「それは友情/自分が一番楽しかった思い出によってもたらされる」というこの恥ずかしいまでに愚直な発想です。これはですね猛烈に説得力があります。変に声をかけたからとか、変に新を見つけたからとかじゃないんですね。答えは己の中にあって、そしてそれとまっすぐに向き合うことで強くなれるんだというこの「静かな熱血根性論」こそ、まさに本作が成功した最大の要因であり、そして「ちはやふる 上の句/下の句」が傑作邦画として輝きを放つであろう最大の要因です。小手先の技術ではなくて、己の志が大事なんだと。聴いてるかいテラフォーマーズ!!あと20分でそっちいくから待ってろよ(笑)!

【まとめ】

ということで、本作は最高によくできた「青春熱血スポ根映画」です。なんの文句もございません。私はBD買います(笑)。なんなら上の句下の句セットの豪華ボックスをだしてくれるならそっちを買います(笑)。これね、広瀬すずも照明さんとかに文句言ってないでこれで女優として一皮むけてほしいですね。小手先じゃなくて、答えは己の中にあるんだよと。筆で書いて便所に貼っときましょう。

ということで、おすすめです!

あたしゃちょっくら火星に行ってきます(笑)。

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記事の評価
パラダイス・キス

パラダイス・キス

土曜の2本目は

パラダイス・キス」を見てみました。

評価:(30/100点) – 女王様、調子扱いてすみませんでした m(_ _ “)m


【あらすじ】

早坂ゆかりは高校三年生。受験を控えた大事な時期だがどうも勉強に身が入らない。母は大変熱心な教育ママで少しコンプレックスも抱えている。
そんなゆかりは、ある日道端でチャラい男にナンパされたあげく追い回され、貧血で倒れてしまう。目が覚めると目の前にはナンパ男とギャルがいた。話しを聞くと、彼らは矢澤芸術学院の学生で、卒業制作のファッションショーのモデルを探しているという。早々に切り上げようとしたゆかりの前に、これまたスカしたナルシストが現れる。それが、運命の出会いだった、、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ゆかりとパラダイスキスのメンバーとの出会い。
 ※第1ターニングポイント -> ゆかりが家出する。
第2幕 -> ゆかりのバイト生活とジョージ。
 ※第2ターニングポイント -> ファッションショーが始まる
第3幕 -> ファッションショーとその後。


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【感想】

土曜の2本目は「パラダイス・キス」です。ご存じ矢沢あいの大人気コミックスで、私もさすがにZipperは買ってませんでしたが単行本は普通に買ってました。やはり客層は女の子ばっかりで、しかも10代~20代ぐらいの子ばっかりでした。一番前の列だったので周りに人は居ませんでしたが、物凄い肩身が狭かったですw
さて肝心の映画ですが、まず間違いなく原作ファンからは袋叩きに逢うだろうという前提で、私はいまから全力で擁護したいと思います。おそらく叩かれる一番の焦点になるとおぼしきラストについても当然触れざるを得ません。ということで、漫画未読で、まっさらな気持ちで映画を見たい方はご遠慮ください。

原作の肝:現代日本版のプリンセス・ストーリー

本作「パラダイス・キス」は、ストーリーのフォーマットとしてプリンセス・ストーリーの型を使っています。主人公の早坂ゆかりは教育ママの元で進学校に通う”冴えない女の子”です。ポイントは、彼女は漫画ならではのトリックで絵面はすらっとした美形になっていますがストーリー上は決して美人ではないと言う点です。そんな彼女がある日街中でスカウトされます。スカウトといってもファッションデザイン学校の卒業制作のお祭りモデルであって、決してプロではありません。そしてそこで金持ちでナルシストが入った”天才”のジョージに出会うわけです。しかし、ジョージも実際には決して一般的な意味での”天才”ではありません。彼はあくまでも専門学校という井の中の蛙のトップクラスというだけです。ゆかりはそんなジョージと出会うことで、いっときの「夢」を見るわけです。しかしそれはあくまでも「夢」であって、現実はそんなに甘いものではありません。ジョージはゆかりの日常空間に非日常というイリュージョンを生み出したプリンスであり、ゆかりはそのイリュージョンを一瞬垣間見ることで一生の幸せを得るわけです。そしてそれこそが「青春」なわけです。だって青春ってそういうことですから。
ですから、「パラダイス・キス」は間違いなく青春漫画であり、そしてプリンセス・ストーリーなんです。まるでディズニー映画で魔女に出会ってプリンセスに変身する庶民の女の子のように、ゆかりはジョージによってモデルの夢を見るんです。

一方の映画版は、、、

さてさて、一方の映画版はどうかと言いますと、一言で言えば「天才が才能を発掘され調子にのる話し」です。つまり「ハリー・ポッター」「トワイライト」等でお馴染みのいつものアレです。ゆかりは元からモデルの才能があり、家出するなりいきなり雑誌のモデルの仕事を”バイト”としてこなし、しかもプロのモデル達からも一目置かれます。ファッションショーのリハーサルではロクに真っ直ぐ歩けなかったくせに、数時間後の本番ではスタスタと歩いた上にドヤ顔まで披露する余裕を見せます。ゆかりは努力の人ではなく完全に「選ばれし者」です。
このストーリーは才能のあるゆかりがジョージやイザベラという仲間にチヤホヤされてその才能を発揮するまでのストーリーです。当然天才ですから、周りの仲間は簡単に引き離されてしまいます。あれだけ天才扱いされていたジョージもラストでは完全に立場が逆転してしまいます。そうです。この映画版は原作の肝をことごとく潰しています。ゆかりはいっときの夢を見たわけではなく本物の天才モデルです。雑誌の表紙やグラビアを大量に獲得し、CMや街頭ポスターにも出まくりです。一方のジョージはデザインして委託販売したパラダイス・キスの服が一着も売れず、先生からは「彼は感性の人だから商売として服を作るのは無理」と一蹴され、実際にパリに留学しても泣かず飛ばずで結局洋服屋を諦めます。最後はミュージカルの衣装デザイナーに落ち着きます。
この映画版は原作のテーマでもあった「でも現実ってそんなに甘くないぜ。でもそういう調子こけてたことこそが美しき青春じゃん?」というド根本的な部分がバッサリ切り捨てられており「天才が天才としての才能を開花して人生思い通りでバラ色」になって終わります。つまり「現実は甘くない」という視点が無くなって甘やかされて終わるわけです。
ですから私は確信します。本作は間違いなく原作ファンの怒りを買います。当たり前です。だって話しが180度変わってるんですから。原作で儚いからこそ美しかったイリュージョンが、現実にずっと続くようになっちゃってるんですから。北川景子が「王様のブランチ」のインタビューで「原作は消化不良だった」とかふざけた事を言っていましたが、原作は消化不良なのではなく現実的な落としどころを見せることでより青春を美しく見せているんです。夢は覚めるからこそ美しい。醒めない夢の中にいる人はそれが夢だと気付きませんから。
いかんいかん、、、ついつい怒りが出てきてしまいましたw いかん!!! 私は今日は擁護しようと思ってたのに!!!!
ということで次のパートでは力の限り擁護しますw

よ~し。頑張るぞ!!!

もう欠点は指摘いたしましたので、ここからは全力で擁護するパートに行きたいと思います。制作関係者の皆様、ならびに北川さん・向井さんの熱狂的ファンの方々、お待たせいたしました!!!
まず何がすごいって、本作に出てくるジョージの衣装は完璧です!!! 一目で「うわぁ、、、、こいつセンス無いわ、、、、ダッサ、、、。」と分かるのに、劇中では高校に勝手に入り込んでキャーキャー言われるほどイケメン扱いされるわけです。この描写によって本作の舞台がファンタジックな異空間であり、まさしくイリュージョンの中だと分かるようになっています。つまり、画面に映っているジョージは驚くほどダサいのに、作中の人々の脳内では超絶なイケメンに見えているわけです。これは青春で舞い上がった少年少女達の新しい表現の仕方です。まさしくブラン・ニュー!!!
また、北川景子さんの表現も完璧です。冒頭からお嬢様・勉強できる子とは対極にある茶髪で厚化粧な状態で出てきますので、そりゃあ生活指導で呼び出されるのも当然です。この辺りは実在感が完璧です。います!!! いますよ、進学校でグレちゃって自分探しをはじめちゃう子にこういう雰囲気の子はいます!!! 完璧!!! しかも身長が160cm弱しかないのに道端でモデルとして声を掛けられるほどの圧倒的な存在感とドヤ顔感。これはもう北川景子にしかだせません。特に前半のサディスティックな雰囲気は最高に魅力的でした。鼻の穴にも華があって完璧なドヤ顔です。100点!!!!
恋愛要素という意味でも本作は良く表現できています。ゆかりはジョージを一目見た瞬間に惚れてしまうわけで、これは北川景子さんの「イケメン食い伝説」と相まって物凄い実在感を伴っています。ジョージはジョージで早い話が結局口だけの小者なんですが、しかしその小者がキザなハッタリを言ったばっかりに意志の強いギャルギャルしたイケイケな女に絡め取られていく感じがサイコホラーとして哀愁すら漂わせます。「あぁ、、、こういう半端な男ができちゃった結婚とかで強いチョイ可愛い女性に人生を食われていくんだな、、、。」という現実がしみじみと表現されていました。まさに弱肉強食。身につまされます、、、お大事に。
やっぱり実写で「パラダイス・キス」を表現するのってとんでもなく難しいと思うんです。だって原作は「青春ならではのキラキラとした夢の様なイリュージョン」を見せるものだったわけですから、それを実写にしたら全然イリュージョンじゃなくなっちゃうんです。「パラダイス・キス」を実写化するのであれば、どうしても一般的な恋愛映画にするのが一番簡単ですし、そうすると「実は天才な女の子がフックアップされる話し」「ハンパに才能のある男が慢心した末にイケイケな女に絡め取られて人生を潰す話し」に落とし込んじゃうのが手っ取り早いです。やっつけ仕事としては十分にまとまっていますし、問題無いクオリティだと思います。
そういう意味では、本作のヒーロー・ヒロインのキャスティングは本当に最適だとおもいます。時折清楚に見えるけど基本はガツガツした強いギャル女である北川景子と、遠くから見ると雰囲気がイケメンに見えるけど実はすごい弱気で純朴な丸顔をしている向井理。この2人がそのまんま本作のゆかりとジョージとしての強烈な実在感を支えています。もちろん原作のゆかりとジョージとはほとんど正反対なのが難点ですが、、、。

【まとめ】

ということで、本作のテーマは実は「半端な男の人生転落劇」だったんです。それまでイケイケだったのに自分よりはるかに上手(うわて)な女性と出会ってしまったことで主導権を完璧に奪われて転落していく話し。しかもその転落の瞬間が北川景子の本気で恐いドヤ顔@ファッションショーなんです。ドヤ顔一発で自称天才だった男の自信を粉砕した上に踏み台にして、かつその直後のキスで完全に男の人生を掌握する。あまりの恐ろしさに身震いしてちょっとチビりました。
パラダイス・キスとして見ればこんなゴミフィルムになんの価値もありませんが、恐い女と弱気な男の恋愛話としては大変面白い作品です。ドMな男の子とドSな女の子には全力でおススメします!!!!
YOUもこんな男の子or女の子に出会っちゃいなYO!!!! オススメDEATH!!!!

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記事の評価
GANTZ PERFECT ANSWER

GANTZ PERFECT ANSWER

土曜は

「GANTZ PERFECT ANSWER」を見てきました。

評価:(45/100点) – 名作の使い捨て、モッタイナ~イ。


【あらすじ】

前作から数ヶ月後、玄野は多恵とともに死んだ加藤の弟の面倒を見ながら、着々とGANTZの得点を稼いでいた。そんなある日、玄野の元に死んだはずの加藤が現れる。時を同じくして打倒黒服星人のミッションではバトルフィールドが現実世界とリンクし、一般人に直接的な被害者が出てしまう。果たしてGANTZはどうなってしまうのか、、、?


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【感想】

土曜日は劇場版GANTZの後編、「GANTZ PERFECT ANSWER」を見てきました。相変わらず中高生の女子を中心に物凄い人が入っていまして、客席は8割方は埋まっていました。これについては言いたいことは一杯あるのですが、とりあえず興行的には良い線に行っていると思います。製作費用もかかっているのでペイできるかは厳しそうですが(苦笑)。

本作の良い所:CG満載だけど十分に見応えがある剣劇アクション

後から不満をたくさん書きますので、まずは良かったところを挙げてしまいたいと思います。
本作で本当に良かった点は前作から大幅に改善したバトルシーンです。前作では引き金を引けば全てが片付く絶大な威力の「Xガン」しか武器がほぼ無かったため、バトルは「いつ引き金を引くか」というしょうもない引っ張りしかありませんでした。ところが本作ではXガンはほとんど使われず、ガンツソードが多用されます。これによって前作のテイストとは全く違うCGテンコ盛りの剣劇アクションが展開されます。たしかにCGを使ったワイヤーアクションもどきばっかりだったりカメラを揺らしすぎだったりはしますが、この剣劇アクションは本当に面白いです。特に序盤の地下鉄での黒服討伐ミッションでの水沢奈子vsGANTZ古参3人の対決はかなり良いクオリティです。
後半に行くと剣劇が減ってバトルシーンもかなり失速していくのですが、それでも偽加藤vs玄野&加藤でもそこそこ見られる瞬間もあるぐらいの感覚です。これに関しては、邦画の中ではかなり頑張っている方です。

本作の悪い所:剣劇アクション以外の全て

とまぁ一応褒めた上でなのですが、、、ハッキリ言って剣劇アクション以外はかなり厳しい事になっています。「剣劇以外」と言っているのは、つまり剣劇アクション以外のバトルシーンもがっかりポイントだという意味です。というか突っ込み所が多すぎます。
時系列で行きますと、まずはチビガンツの存在です。本作では冒頭でチビガンツが鮎川の元に届けられ、彼女がチビガンツからのミッションを遂行していく所から始まります。そしてそこをフックにして時間を戻して、そこに至る経緯を描いていきます。
本作では鮎川を使ってガンツ100点卒業生達を殺させることで、ガンツはガンツ部屋にOBを召還しようとします。そのターゲットとなるのが小林(メガネデブ)と中村(アフロ)と山本(女子高生)と多恵です。
ところが本作では多恵がガンツに召還される意味が分かりませんし、何の説明も何の伏線もありません。普通に考えれば多恵も100点卒業生なのですがそれに対するものがなにも無いので、後半のストーリーの流れが非常に理解しづらいです。
後半はガンツからの「小林多恵を倒せ」という緊急ミッションを巡るあれこれになります。このミッションはそもそも「チビガンツのミッションを偽加藤が完遂してしまうとガンツ部屋に来られてしまうから、ミッションを完遂できないように先に多恵を殺せ」というガンツの意志だという説明が作中にあります。ところが、チビガンツはあくまでもガンツのパシリみたいなもので、そもそもガンツの意志でOB集めをしていたはずです。「4人殺せというミッションなのに最後の一人を殺すだけで手柄になるのか?」という話しもありますし、「そもそも自分でだしたミッションなんだからミッション自体を無かったことにすればいいんじゃないか?」とか思いますが、やっぱり何の説明もないので良く分かりません。
実はここも含めて今回の作品では「GANTZ」の設定そのものが持っている変な所がかなり目立ってしまっています。例えば冒頭の黒服ミッション編です。GANTZの世界ではミッションが始まると異次元に迷い込んでターゲットの星人以外は誰もいない世界でバトルが行われます。ところが異次元で破壊された建物は現実でも実際に壊れます。これは前作でも何度か描写されています。
そうすると当然思うのは、「ミッションが始まる瞬間、ターゲットの星人はどうなるのか」です。ガンツの討伐メンバーは変な光で転送されますが星人もそうなのでしょうか? でもそんなあからさまなことになったら星人側に警戒をあたえてしまいます。前作でも星人とのファーストコンタクトで星人が「自分が狙われている」という明確な警戒を抱いている描写はありませんでした。
一方、地下鉄のシーンではその逆で異次元から現実に討伐メンバーが移動して、その直後に乗客が「何かのイベントかしら?」とつぶやく描写があります。人が急に現れたら「イベントかしら?」じゃすまないと思うのですが、これは現実側からはどういう風に見えていたんでしょう?本来こういう部分は気にしないで適当にスルーするべきなのですが、下手に「現実とリンクする」という展開にしたためにワケの分からないことになっています。
とはいえ、設定や描写の変さというのはそれ以外が良ければ勢いで何とかなったりします。例えば前述の地下鉄のシーン。普通地下鉄には緊急安全装置が付いてますし司令室から送電停止すると止まります。本作では運転手が殺されていますし、発砲事件になっているのですからすぐに止めてしかるべきです。また本作では前方の電車に追突もしないですし対向列車とすれ違うこともありません。明らかに変です。でもそんな細かいことは気にならないくらいアクションが良く出来ているため、こういった描写のおかしさはあまり気になりません。
特に後半につらくなっていく一番の理由は、作品に玄野と多恵のヌル~い恋愛要素が入り始めるからです。せっかく玄野が多恵を背負って逃げるという良いシーンなのに、途中で突然手を引いて走り出したり(※背負ってるときはガンツスーツのおかげで超速いですが、手を引いてるときは普通の人間の早さです。じゃないと多恵の腕がもげます。)いきなり甘ったるい愁嘆場を展開したりします。前編では西君がスーツのステルス機能を使う描写がありましたが、よりによって今回は追いかけっこの最中に誰一人ステルス機能を使いません。なによりシラケるのは、鈴木と多恵が二人で逃げる場面です。よりによってここのシークエンスでは、予想外に見つかったり画面の外から急に攻撃されたりする描写が一回もありません。かならず追っ手側は画面の向かって奥からゆっくりと現れ、鈴木達にXガンを向けながら警告します。さっさと撃てばいいのに、そして不意打ちすればいいのに、何故か一回もそういった行動は取りません。これは偽加藤にも言えます。偽加藤はかなりジェントルメンで、目の前でいちゃついているのを待ってくれたり、わざわざ多恵がすぐに死なないように急所をはずして3回も甘く切りつけたりしてくれます。あまりのジェントルメンぶりにちょっと涙が出てきました。アクビのせいですけど、、、。
そうなんです。相変わらず後半は安い泣き脅しの展開になってしまうんです。せっかく前半はアクションのテンポが良かったのに、後半はいつもどおり愁嘆場を演じて、いつもどおり致命傷を負ってるのになかなか死ななくて、いつもどおり都合の良い生き返り方をします。最終盤なんて銃弾の嵐で蜂の巣にされてるのに、加藤はピンピンしていて、玄野はハァハァいいながらも10分ぐらい雑談する余力があって、それなのに他のメンバーはみんな即死なんです。意味がまったく分かりません。主人公補正かかりすぎ。というか本来はここのシーンって玄野以外はみんな虫けらのようにあっさりと死なないと成立しないんです。そこで絶望するから自己犠牲に繋がるわけで、劇中だと別に玄野がそういう決断をする必要はなくて他のだれかでも良いんです。そもそも玄野って本当は死んでいてガンツに生かされている立場なんだから、最終盤の状況はマッチポンプになっておかしいでしょ。電池を入れ替える際には一瞬とはいえ電源が落ちるわけだから。
今回の作品では、「ガンツとは何だったのか?」とか「星人って何なのか?」という事に関しては全く触れられません。でもそれはOKです。「CUBE」シリーズが「CUBE ZERO」で設定を説明された途端にものすごいズッコケたように、おそらくガンツについても下手な説明があるくらいなら謎のままの方がSFとして遙かに面白いはずです。
ただ、「多恵が何故チビガンツに召還されたのか?」というようなストーリーの流れを把握するために絶対に必要な部分まで説明がないのは頂けません。あまりにもそういった細かい部分の整合性がとれていないため、とても難解でわけのわからないストーリーになってしまっています。(もちろんGANTZの大ファンなら描かれていない部分も汲み取って想像で補ってやることはできますけど、、、)

【まとめ】

とまぁグダグダとグチを書いてきましたが、前作を見た上で本作を見るかどうか悩んでいる方は間違いなく観た方が良いです。少なくとも漫画に囚われずに映画は映画でまとめるんだという制作者側のガッツは見ることが出来ますし、なにより前半の地下鉄バトルまでは本当に面白いです。
私は冒頭で「中高生の女子が一杯入っていることに言いたいことがある」と書きましたが、たぶん一番の微妙な点はここだと思うんです。GANTZの話しは本来的には「魔物狩り」の話しであり、それってグロい描写と相まって非常にアクション色やカルトSF色・モンスター映画色が強い作品なんです。だから当然それは男の子向けなワケです。本作は主演と準主演に二宮和也と松山ケンイチというあんまり演技の上手く無いアイドルを起用することで、女性向けなマーケティングに寄らざるを得なくなったように思います。結果、話しの本筋に全く関係無い薄っぺらい恋愛要素が入ってきて、それがせっかくのアクションシーンのテンポを壊滅的に破壊していきます。そうすると残るのはいつものテレビ屋映画、大袈裟でテンポが悪い愁嘆場の連続になってしまいます。
せっかく作って貰ってなんですが、多分GANTZの映画化はVシネのように限られた予算でアクションに徹した方が良い出来になったと思います。そういった意味では惜しい作品でした。
とりあえずしばらくは劇場で掛かっていると思いますので、迷っている方はゴールデンウィークの合間にでも暇つぶしで見てみて下さい。前半は結構テンション上がります。オススメします。

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高校デビュー

高校デビュー

昨日の1本目は

高校デビュー」に突撃してきました。

評価:(1/100点) – なんかもう酷すぎて言葉が出ない、、、。。


【あらすじ】

長嶋晴菜は中学時代にソフトボール一筋で全国大会を制した。しかし彼女はどうしても恋愛がしたくて仕方が無い。高校デビューを目論みオシャレして街角に立ってみたものの、晴菜はまったくナンパされない。そんな晴菜は、友人の真巳に助言され街で見かけたイケメンの小宮山ヨウにコーチをお願いする、、、。


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【感想】

土曜の一本目は「高校デビュー」です。原作の存在を知らずに前知識ゼロで見に行きました。観客席は8割方埋まっていまして、そのほとんどがたぶん中学生~高校生ぐらいの女の子組で男は数人しか居ませんでした。ここまで極端なのは「君に届け」以来だと思います。漫画の売り上げは累計600万部越えということなので、単純に13巻で割っても46万人ぐらいが単行本を買っている計算です。そりゃ劇場に人も入るはずです。
肝心の感想なんですが、正直に言うとこの作品についてはあんまりテンションが高くありません。1点を付けといてなんですが、実は腹も立っていません。
というのも、結局この作品を構成している要素が私にとってはどうでも良いからです。「芸人の寒い一発ギャグ」。一人言を大袈裟に口に出すような「ファンシーセンス」。走っている足下に土煙をCGで足したり、3階(2階?)の階段から地面まで女の子が飛び降りて着地してしまうようなリアリティのカケラもない「コメディセンス」。その全てがどうでも良いです。
でまぁハッキリと書いてしまうと、こういうのが好きだっていう人が居るのは別に良いと思うんです。実際に見ていた女子中学生達は温水洋一のズラが飛ぶところで笑ってるわけですよ。私には面白さのカケラも分かりませんが、でも笑ってるんです。彼女たちにはたぶん「エンタの神様」とか「レッドカーペット」とか、ああいう条件反射の笑いが染み込んじゃっているって事だと思うんです。な~んにも頭を使わないで、ただ「ここは笑うところですよ~」「ほら、ギャグ言ってるから笑ってくださ~い」っていう指示をそのまま素直に受け入れるように教育されちゃってるんです。だから、別にそれはそれで良いんです。つまらないのが分かってるのにこんな映画を見に行った私が悪いんです。すいませんでした。
作品としては本当に褒めるところが1カ所も見当たりません。最初から最後まで、終始オーバーリアクションでファンシーな演出が繰り返し繰り返し同じトーンでスクリーンに映されます。監督が盛り上げたいところではそれっぽい音楽が流れ、悲しげなシーンでもそれっぽい音楽が流れ、唐突に熱く語り出したかと思えば唐突にどうでも良い一発ギャグで外してきます。終始同じトーンのため、盛り上がりが無ければ盛り下がりも無く、一貫してフラットにつまらないシーンが垂れ流されます。
問題点を具体的に挙げればキリがありません。まずカメラワークからしてかなり終わっています。本作は意図的に「書き割り」の雰囲気を出す画面作りをしてきます。つまり奥行きが無い感じ。もっというとジオラマ的(=箱庭的)で無機質な感じです。画面には奥行きが無く、カメラが同一シーンで引いたり寄ったりすることがほとんどありません。強烈に「撮影セットくささ」があります。画面に映っていないところは世界が存在していない感じです。この画面作りが去年の「矢島美容室 The Movie」を強く思い出させます。
さらに話し自体にリアリティがまったくありません。晴菜はセンスが悪いと言うよりはただの頭がイカレた女にしか見えませんし、ヨウもたこ焼き程度で懐柔される「イケメン」という体裁ですが、服装が全身黒ずくめで一番痛いタイプの「自称ビジュアル系」な方にしか見えません。晴菜やヨウの両親を含めて大人が出て来ないという所もとてもファンタジックです。
ファンタジックと言えば、やはり一番の問題は「この作品が何を表現したいのか」というテーマが見当たらないことです。この作品は「見た目なんか気にしなくても、いつかありのままを受け入れてくれる王子様が来るよ」という女性への甘やかしがメインです。しかし冷静に見て下さい。主人公の晴菜がモテなかったのは単純に行動が気持ち悪かったからです。だって、当たり前ですけど最初から大野いとは十分にカワイイですもの。この顔で「ブサイク」扱いしたら日本女性の8割以上はブサイクですよ。あまりにも設定が無茶苦茶すぎます。
結局、本当に本作は存在意味がわからないんです。そもそも漫画の映画化のくせしてここまで芸人をだして下らないギャグで作品世界を壊してどうするんでしょう? すくなくとも劇場で配っていた漫画を読む限り、この映画は漫画のファンに向けたものですら無いと思います。
またTwitterでもちょろっと書きましたが、本作は雰囲気だけで作品を固めた結果、おそらく監督の意志とは無関係に過去の死屍累々の駄作達のコラージュのようになってしまっています。つまりダサいという意味でもブランニューに成り切れていないんです。やれスイート・リトル・ライズだ、やれ踊る大捜査線3だ、やれキラー・バージン・ロードだと書きましたが、おそらくこの監督はそれらにオマージュを捧げるつもりはありません。彼のとてつもなく酷いセンスが、その酷さに於いても中途半端だというだけです。だから、その酷いセンスを笑うことすら出来ません。ただただ下らなく、ただただどうでも良い作品です。

【まとめ】

非常に得体の知れない気持ち悪い映画です。そもそもモテコーチが要らないくらいスポーツが出来て可愛い女の子の話なわけで、こんなものの何所に感情移入して見れば良いのでしょう? ココリコ田中扮する溝端淳平もアゴ出過ぎですしコントに出てくるようなイケメン像でしかありません。学芸会という言葉さえ使いたくありません。忘年会の余興レベルです。
ただ、もしそれでも良いという方が居れば別に止めませんし、見て貰って良いと思います。この作品を楽しめるという方が居るとすればそれはたぶん私とは映画に求めている物が違うんです。あまりにもあんまりなので、私にはこの映像群は判断がつきません。もし気が向いてお金が余っているならば、物は試しで見てみるのも良いかもしれません。

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