ラ・ラ・ランド

ラ・ラ・ランド

今日はアカデミー賞ノミネートで大宣伝中の

「ラ・ラ・ランド」を見てきました。

評価:(45/100点) – 雰囲気パロディ


【あらすじ】

ミアは女優を夢見てハリウッドへやってきた。何百回とオーディションを受けながらも結果が出ず、ワーナー撮影所のコーヒーショップで働いている。
ある日、友達とハリウッドのプライベートパーティに参加したミアは、辟易しながら家路についていた。その途中、彼女はレストランから聞こえてきたピアノの旋律に耳を奪われる。それが、ピアニスト・セブとの運命の出会いだった、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 冬。ミアの上京。
 ※第1ターニングポイント -> ミアとセブがレストランで出会う。
第2幕 -> 春、夏、秋。ミアとセブが恋に落ちる。バンドと一人芝居。
 ※第2ターニングポイント -> ミアが故郷へ帰る。
第3幕 -> ミアが戻ってきてオーディションに受かる。

エピローグ -> 5年後の冬。セブズでの邂逅。


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【感想】

さて、本日は「アカデミー賞大本命!」とギャガが大宣伝中の「ラ・ラ・ランド」を見てきました。

予告を見るとラブストーリーっぽいのでもっとデート客が多いのかと思ってたんですが、意外と老夫婦が多くちょっとびっくりしました。この辺が宣伝効果ですかね。大成功だと思います。

監督は「セッション」のデミアン・チャゼル。まだ31歳でこれだけ話題の作品が撮れるんですから、素直に凄いと思います。個人的に主演(※厳密には主役ではなく脇役ですが^^;)ライアン・ゴズリングが大好きなんで、宣伝と相まってめちゃくちゃハードルが上がってました。

本作はラブストーリー部分だけに焦点を絞れば別にそんなに作りが変な話でもないですし、いい塩梅だと思います。ただ、いま見終わって1時間くらい経って書いてるんですが、私は個人的に結構キてます(笑)。いっぱい感動した人がいるのはわかりますし、大絶賛する人には多分この映画のバイブスが合ったってことだと思うので、全然いいと思います。いまから例によってグチグチ書きますが、それによって作品の価値が毀損するようなチンケなクオリティではありません。是非、劇場でご覧ください。

この後でもしかしたら取っちゃうかもしれませんが(笑)、個人的にはこれにアカデミー賞作品賞・監督賞はないと思います。それは個人的にどうこうっていうよりも、やってることが最近アカデミー賞を取ったばっかりの「アーティスト」とドンカブりだからです。さすがに二匹目のドジョウにサクッと賞をあげるようなことは無いんじゃないかな、、、と予想しています。とか書いといてハズれそうですが^^;

2017年3月1日追記:
本作、見事にアカデミー賞監督賞を獲得しましたね!おめでとうございます!!!とともに、私の予想の外れっぷりに謹んでお詫び申し上げます。主演女優賞と音楽関連は他にないし獲るんだろうな~とは思ってましたが、監督賞はまったく予想外でした。
m(_ _)mゴメンチャイ

ここでお約束です。これだけ評判の映画にグチるわけですから、具体的な部分に話が及ばざるをえません。以下多数のネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。

良かったところ1:ラブストーリーとして鉄板の話

まずは良かったところから行きましょう。1つ目は、多分本作で感動した皆さんがまさに思っているであろう点です。

この映画は「ハリウッドの夢追い人」=「あたまラ・ラ・ランド♪」な人が織りなす青春劇です。ミアは叔母さんの影を追って女優を目指し、セブは「ジャズの復興」という壮大な夢を提げ、お互いハリウッドにやってきます。ミアの友人たちが(いわゆる枕営業的なノリで)人脈を作ってのし上がろうとする中、ミアはそんな売り込みに馴染めず真っ向からオーディションを受けまくり、そして落ちまくります。一方のセブも「ジャズはバップこそが本流である」という信念を捨てきれず、レストランのBGMを弾くバイトでついうっかり勝手な演奏をしてクビになってしまいます。

こういった「信念はあるけど世渡りが下手で社会的に馴染めない」コダワリ派の2人が出会い、お互い励ましあいながらも夢に邁進していくわけです。そして大人になり、ちょっと回り道をしながら、見事に夢を叶えます。

この基本ストーリーは間違いなくよくできてます。っていうか鉄板です。オリジナリティはあんまり無いですが、「王道的」という意味では間違いなくど真ん中の青春ストーリーです。日本映画だってこの手の物は山程も作られていますし、これがダメなわけがありません。「パラダイス・キス(2011)」なんかはモロにこれですよね。

このストーリーの根幹部分は(面白いかは置いといて)減点法で言えば100点満点です。別にツッコム気は一切起きません。

良かったところ2:名作ミュージカルのパロディ

良かったところの2つ目はミュージカル・パロディです。本作は冒頭からして4:3の画面が広がってシネマスコープになるという20世紀フォックスの往年のロゴから始まります。もうこの時点でわかり易いくらいのパロディです。「いまから古き良きミュージカル映画をやるよ!」って宣言しており、そしてその宣言に違わず、映画はいきなり「ウソみたいな青空のもと」「原色のドレスを着た」人たちが群舞するオープニングソングから始まります。この色がモロに「着色感」があるギトギトなもので、完全に昔の天然色映画をパロっているのは疑いようもありません。余談ですが、このオープニングの長回しはとっても良かったです。

さらにさらに、本作は「本能寺ホテル」も真っ青なくらい、映画の舞台背景に奥行きがありせん。外のシーンでも道の真ん中から歩道を平行に撮るようなカメラ・ショットばかりですし、パーティやレストランシーンの舞台も狭く、そして何より例のポスターのポーズを2人で決める山の上からのシーンではわざわざ下界がピンボケしています。加えてそのシーンでのタップダンスは、今時珍しくクレーン撮影をしています。これらは完全に意図しており、要は「スタジオセットで撮影している」ような雰囲気を出すためなんですね。スタジオには奥行きもクソも無いですから、スケールを出すためにクレーンを多用します。

これを象徴するのが、本作で何度も出てくる「部屋の壁の絵」や「スタジオ内で運送中の書き割り」です。画面を意図的に書き割りとして撮っているわけです。まっすぐの道路や波止場を真正面かつ上から撮るのとかはモロにクラシカルですよね。こういうパロディはとっても微笑ましく見られました。

ワシのグチを聞いてけれ

さて、ここまで絶賛モードなわけですが、なんでこれが45点かという部分を書いていきます。

一番大きいのは、セブが夢を全然叶えてないところです。セブは「バトルスタイルのフリージャズ」にこだわりがあったわけですよ。そしてそういう「古き良きバップ」が若者に人気が無いという危機意識から、「俺が復活させるんだ!」「そのためにJAZZの店をやるぞ!」と野心ギラギラなわけです。ところが、最終的にセブが開いた店は「オシャレな大人向けのJAZZバー」です。カクテルとか出してやがるんですよ?は???おまえバップ至上主義者じゃなかったっけ?ミアがジャズの印象を「エレベーター/天気予報で流れてる曲」みたいなノリで言った時にマジギレしたり、熱くフリースタイルの素晴らしさを語ってなかったっけ?せっかく友達から売れるバンドに入らないかって声かけられた時「セルアウトとかジャズじゃねぇわ」とか言って断りかけたりしなかったっけ?そのおまえが最後に開くのが「大人の夜のオシャレJAZZバー」ってどういうこと?テキーラだの麻薬だので若者がハイになってガンガン踊り狂ってるような「狂乱のバップ酒場」じゃねぇの?

しかもですね、最後に開く「セブズ」ってバーがよりにもよってリラクシン♩な感じの椅子まで用意した本格的オシャレバーなんですよ(笑)。それじゃ踊れねぇだろ!ヤジれねぇだろ!アホか!!!!おまえが好きな「古き良きバップ」はラリったミュージシャンがラリったまんまのグルーヴを延々とアドリブでつなぎ続ける最高にサイケな音楽だぞ!!!!

というこのエピローグをもって、本作の私の中の評価はガタ落ちしたわけです。

そこまでも「ふーんa-haをそう使いますか?」とか「踊りも演奏も下手じゃね?」とか、「プリウスもiPhoneもあるのに、CG撮影はなくて車にもカセットテープなの?」とかちょいちょい引っかかる部分はあったんですが、この終わりが決定打で完全崩壊。

結局それっぽいのを表面だけそれっぽくやりたいってだけの志の映画なのね、、、っていう。じゃあ別にいいっすわ、それで。

そしたら急に雑さが目立ってきちゃったんです。ガラガラの一人芝居で何の前振りもなく急にフックアップってそれでいいのかとか、セブのバンドも最初はフュージョンだったのに初ライブで急にニューエイジポップスになっててジャンル変わってるじゃねぇかとか。

そんなわけで、せっかく一番盛り上がるであろう最後の脳内妄想パートもすっごいシラけてみてました。

結局セブは夢を叶えたんじゃなくて、一番現実的であろうところに妥協したってことなんですね。「若者にバップを広めてジャズを再興する」んじゃなくて「単価の高い大人をターゲットにオシャレバーをする」っていう。じゃあ最初に働いてたレストランと変わらないじゃん。

2017年3月2日追記:
実は私おとといのレイトショーで2回目を見てきたんですが、上記のセブが夢を叶えられなかったの自体が監督の意図のような気もしてきました。下でコメントいただいた「悲しき男代表」さんもおっしゃってますが、セブは未練タラタラでミアに引きずられまくっており、一方のミアはどんどん男たちを乗り換えて踏み台にしてのし上がっていくという構図ははっきりしてます。そんでもってこれ完全に薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」ですよね。

夢のいた場所に 未練残しても 心寒いだけさ
<中略>
愛した男たちを 想い出に替えて
いつの日にか 僕のことを想い出すがいい
–「セーラー服と機関銃 作詞:来生えつこ より」

まぁでもこの解釈になっちゃうと、本当に「パラダイス・キス(2011)」とまったく同じになるので、やっぱ45点で上等だよな~とも思います^^;

まとめ

多分この映画に乗れないのは、私の心が濁ってるからです(笑)。気に入る人が一杯いても全然いいですし、感動も全然ありです。かくいう私も描写に腹が立ってるだけで、ストーリー自体には別に文句はありません。最後だってそもそも冒頭で今カレから”ビビっと来て”速攻セブに乗り換えた前歴がありますから、別にどうとも思いません。

実際、ちゃんとミュージカルパートでお話が進んだりっていう基本的な部分はちゃんとできてますから、私もあんまり細かいところを気にせずに見ればそれなりに楽しく観れたと思います。

いろいろ書いてきましたが、こういうのは個人個人の好みの部分ですから、まずは見てみないことには始まりません。是非是非、劇場でご覧ください!もしアカデミー賞を取るようなことがあれば劇場が混んじゃいますから、ゆっくり見るなら今のうちです(笑)。

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記事の評価
本能寺ホテル

本能寺ホテル

今日はもちろんコレです!!!

「本能寺ホテル」じゃ!!!

(75/100点) – 綾瀬はるか史上最高傑作!


【あらすじ】

倉本繭子は現在無職の元OL。教員免許を持っているものの特にやりたいことが見つからず、周りに流される人生を歩んできた。そんな彼女は出会って半年の彼氏・吉岡からプロポーズをされ、なし崩し的に結婚を決める。彼の両親に挨拶をするために京都を訪れた繭子は、ひょんなことから「本能寺ホテル」に宿泊することとなった。そのホテルのエレベーターは、天正10年6月1日、すなわち「本能寺の変」前日に繋がっていた、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 繭子の京都旅行
※第1ターニングポイント -> エレベーターに乗る
第2幕 -> 天正10年の世界と信長との交流。
※第2ターニングポイント -> 繭子が信長に警告する
第3幕 -> 本能寺の変と繭子の決意



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【感想】

さて、本日は綾瀬はるか主演の最新作「本能寺ホテル」を見てきました。監督がフジテレビの鈴木雅之。そして主演が綾瀬はるかと堤真一。脚本が相沢友子。ということで、どっからどうみても「プリンセス トヨトミ2」なわけで、かくいう私も予告で完全に続編だと思っていました。万城目氏といろいろ揉めてるみたいですが真相はよくわからんのでどっちがどうかは何とも言えません。ただ少なくとも、「プリンセス トヨトミ」を見ている人には、本作は物凄いハードルが下がった状態だというのは確かです(笑)。

かくいう私も、半笑いで見に行ったわけです。

どうせプリンセス トヨトミ2でしょって(笑)。





で、ですね。実際見てみますと、、、

正直スマンカッタ。

これ滅茶苦茶面白いです!!!!!

マジおもろい。

どのぐらい面白いかって言うと、見てる間中ニヤニヤが止まらなくてハタから見てると「あ、、、変態かな?」って思われるぐらいオモロい。つまり、最高かよ!? これが最高のアイドル映画か!?!?!?

いままで綾瀬はるか主演映画の最高傑作って、黒沢清監督の「リアル〜完全なる首長竜の日〜(2013)」か「僕の彼女はサイボーグ(2008)」だったと思うんですよ。前者は映画的な意味で面白くて、後者はアイドル映画的な意味で綾瀬はるかが可愛すぎるという。

今回の「本能寺ホテル」は、この2作を超えました。作品の内容としても、そして綾瀬はるかの可愛さでも、文句なくダントツに「綾瀬はるか史上最高傑作」です。

以降、この映画を徹底的に褒めちぎります、、、いや、ちょっとだけ貶しますが(笑)、でも全体的に褒めます!ネタバレを多く含みますので、未見の方はご注意ください。いや、マジで見たほうがいいですよ!騙されたと思って、是非!

これは綾瀬はるか版「ブラック・スワン」だ!

皆さん、ダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン(2010)」は見てますよね? もし見ていない方はこれを機にぜひ見てみてください。ブラック・スワンは「強権的な母親によって抑圧された願望・欲望が狂気によって解き放たれる」という所謂「発狂系スリラー」の傑作であり、主演のナタリー・ポートマンそのもののような優等生的キャラクターがまさに劇中で自我を解放していくというカタルシスに溢れる作品です。

本作「本能寺ホテル」は、まさにこの「発狂系スリラー」の系譜に連なる作品です。

主人公の繭子はたぶんもう30歳近くて、それなのにいままでの人生で主体的に「これがしたい!」っていうものを持たないで生きてきました。ちょっと天然が入っていて、押しの強い彼氏の吉岡に流されまくって、なんだかんだで結婚するような雰囲気になってしまっています。教員免許をとったのも「手に職があるとなにかと便利」みたいななんとなくな理由です。そして春先に就職先が倒産して、次の職を探そうにもやりたいことが見つからずに悶々としています。

そんな繭子が、吉岡のお父さんという自分の好きなように生きるイカしたじいちゃんに出会い、問題意識を持つわけです。そして、実際にタイムスリップしたのかどうかは置いといて、本能寺ホテルで不思議な体験をし、自分の好きなことを遂に見つけて解放されるんです。

そう、この映画は、まさに私達が綾瀬はるかに持っているイメージそのものの「押しに弱そうで天然入ってる可愛い女の子」が自我に目覚めて大人の女性として成長する話なんです。まさに正統派の「発狂系スリラー」です。

ですから、この作品で「天正10年の描写が雑すぎ!」とか「信長の思想がおかしい!」とか、そういうのはもうどうでも良いんです。だって天正10年の描写は全て「繭子の内面の発露」なんですから。これは「胡蝶の夢」と同じ原理で、あくまでも繭子が内面的に「本能寺の変の日にタイムスリップして成長する話」であり、それが本当にタイムスリップしたのか彼女が発狂してそう思い込んだだけなのかは重要ではありません。だってタイムスリップ自体が「現実的じゃない」んですから、そこに出てくる信長の思想がおかしかろうが何だろうが、そんなのどうでもいいじゃないですか。これが大真面目なタイムスリップものだったら話は別ですが、あくまでも繭子が「精神的に追い込まれて、本能寺ホテルで不思議な体験をして、そして自己解放する」って話ですから。

実際に、本作を見ていて一番違和感を感じるのは不自然なカメラワークなんです。この作品では、カメラのフレームがすべて道や壁や階段に直角に撮られています。つまり凄く「カキワリ」っぽいんですね。本能寺ホテルのバーのシーンや人物の周りをカメラがぐるぐる回る一部シーンを除いて、映画の9割以上は繭子を「真横」か「真後ろ」か「真正面」から撮っています。いわゆるパース・奥行きがありません。「ブラック・スワン」がひたすらナタリー・ポートマンの肩口からカメラを撮り続けたように、本作では徹底して綾瀬はるかを直角から撮り続けます。アゴが目立っちゃってアレなんですが、これをすることで、画面全体が強烈に「ウソくさく」なるんです。これがまさに主体性の無い繭子の様子を映像的にも表現できていて、とても効果的です。意図してか単に下手なのかはわかりませんけれども(笑)。

テレビギャグも微笑ましく見られる

一応ちょっとだけ苦言を呈しておけば、エレベーターが開くときの天丼ギャグだったり、八嶋智人の一発ネタだったり、いわゆるテレビギャグがちょいちょい入ってきます。でもこういうのも、それこそ三池映画的な意味でのくだらないブッコミだと思えば微笑ましく見られます(笑)。本筋がグダグダな作品でやられると腹立つんですが、本作はメインストーリーが滅茶苦茶しっかりしてますからね。「十三人の刺客(2010)」の伊勢谷友介は腹立たないけど、「愛と誠(2012)」の武井咲は腹立つってのと一緒です(笑)。

この映画って明らかにマズいタイミングでギャグをぶっ込んで台無しにしている場面が無いんですね。だから、「まぁ、なんかクスグりでしょ^^;」ぐらいの感覚で流せます。

たぶん本作があんまりお気に召さない場合って、天正10年の軽すぎるノリが合わないか、または「女の子が好き放題に自分探しをする」っていうスイーツ成分が苦手かっていうパターンだと思います。あとは「タイムトラベルの意味ないじゃん」みたいな。タイムトラベル先と現在のリンクみたいなものは全くないですからね。どの時間帯にタイムスリップするのかっていう設定もよくわからないですし。最初に行ったときから同時並行的に時間が経ってるのかな、、、とかですね。

でも、映画的な見方だと、そもそも本当にタイムトラベルしてるかどうかが怪しいんです。たしかに靴を失くしてきたり着物を貰ってきたりっていう描写で「本当にタイムスリップしてるかな?」ってのは見せてますが、それだって別に繭子が発狂して自分の部屋で着替えて妄想ロールプレイしてるだけかも知れませんしね(笑)。

そういう意味でも、本作ではテーマを「繭子の内面の成長・解放」とした時点で企画的に勝ちなんだと思います。描写の矛盾や不満も「内面描写だから」で全部片付けられますから^^;

そして実際に、映画は繭子がやりたいことを見つけて綺麗に終わるわけです。これだと文句の言いようがありません。

まとめ

ということで、この映画は滅茶苦茶よく出来ています。フジテレビ映画にあるまじき出来の良さ(笑)。ちょっとスタッフが「プリンセス・トヨトミ」と同じというのが信じられないレベルです。これ本当に劇場で見たほうがいいです。邦画の、、、しかもビックバジェット映画で、まさか「ブラック・スワン」のフォロワーをやってくるとは思いませんでした(笑)。是非是非、声を大にしてオススメします!!!

ちなみにツイッターでちょろっと書きましたが、何故か劇場がお年寄りばかりでした。しかもマクドナルドとか持ち込んじゃうタイプの筋金入りの、、、。もしかしたら「八重の桜」とか時代劇ものを期待しちゃったのかも知れません^^; 本作はバリバリの「自分探し映画」であり、「頑張れ、ワタシ♡」っていう例のヤツです。発狂してますけど(笑)。なので、くれぐれもタイムスリップ時代劇を期待して見に行くのは止めたほうがいいです。念のため。

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記事の評価
ゴーストバスターズ(2016)

ゴーストバスターズ(2016)

今日は2本です。1本目は

「ゴーストバスターズ(2016)」です。

評価:(8/100点) – イケイケおばちゃんのコスプレ・コント


【あらすじ】

女教授のエリンは、コロンビア大学で終身雇用を獲得しようとしていた。しかしある日、ゴーストが出たので助けて欲しいという謎の紳士の訪問で、かつて自分が友人と共同で書いた「GHOSTS FROM OUR PAST」というオカルト幽霊本がまだ売られていることに気付く。オカルト本を書いていたことがバレると自分の地位が危なくなると思ったエリンは、共同著者のかつての親友アビーの元を訪れる、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> GHOSTS FROM OUR PASTと幽霊屋敷
 ※第1ターニングポイント -> 最初の幽霊にあい、大学をクビになる
第2幕 -> ゴーストバスターズの結成
 ※第2ターニングポイント -> ローワンの死
第3幕 -> ニューヨークを救え!


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【感想】

今日の一本目はゴーストバスターズです。私の世代にはまさにど真ん中、ハリウッド80’sを代表する大傑作「ゴーストバスターズ(1984)」のリブート版です。私も一時期携帯電話の待ち受け画面がロゴだったことがある大好きなシリーズです(笑)。マジで冗談で無く、テレビ放送を録画したVHSを擦り切れるまで見ました。公開二日目の最初の土曜ですので、完全に客席が埋まってました。私の隣は小学生ぐらいの子供3人が子供だけで見に来ていて、とても嬉しくなりました。是非これをきっかけにオリジナル版も見てくれないかなと願ってやみません。そういう意味では、オリジナル版への興味を若い子達に持たせるという意味だけで、この映画の存在価値はあると思います。
ここから私はいつものようにガンガングチりますが(笑)、そんなことは気にせず、是非見に行ってください。

私のグチを聞いてけれ。

今回のゴーストバスターズですが、リメイク/リブートというよりは、往年のゴーストバスターズを元ネタに使った別個の同人コメディ映画になっています。海外ではゴーストバスターズのメンバーを全員女性にしたことで色々盛り上がってるみたいですが、私の感想としてはそこ以上に全体的にあんま愛が感じられないというか、あんまり制作側の熱量を感じませんでした。

1つ目の残念なポイントは、そもそもこの映画にドラマが何もないことです。チーム結成ものにもかかわらず、チームの結束が強くなったり、コンビネーションで合体技が出たりということがありません。そもそもみんな登場した段階で結構いい大人なので、成長要素がないんですね。天才発明家・ホルツマンが都合のいい道具を何でもすぐに発明しまして、それをメンバーがバンバン使います。そこにカタルシスやドラマは全くありません。みんな道具を労せず使いこなすし、ピンチらしいピンチもろくにありません。これですね、ゴーストが強くない&ゴーストバスターズのメンバーが苦労もせず強すぎるということで、単なるオリジナル版のコスプレをしてそれっぽいことやってるだけのノリノリおばちゃんを見る映画なんですね。これはキツい。これが素人が作ったファンムービーなら笑って済ませられるのですが、仮にもプロの仕事としてちょっとコレはないだろうと思います。

2つ目はゴーストの扱いです。本作のゴーストは全て敵役の人間・ローワンが1人で召喚します。すなわち、ローワンがゴーストのテッペンにいて、オバケたちはその下でいいように利用されているんですね。言うこと聞いてたり聞いてなかったりなんですが、それってなんかオバケものとしてはショボすぎませんか?ハッタリでいいからローワンが魔王の生まれ変わりとか、実はズールのしもべだとか、はたまた何かに乗り移られているとか、なんかこう彼の上に一体オバケを置いて欲しいんです。結局ラスボスが人間ってどうよ、、、っていうね。結局はお化けよりも冴えない人間の男の方が怖いのだ、、、ってそれないでしょう。仮にも「ゴーストバスターズ(お化け退治屋)」なんだから。

こういったことがありまして、私は単独映画としての本作を一切評価しません。CGがちょっと豪華なだけで、映画の中身には価値がないと思います。

少なくとも男はターゲットじゃない

一応海外でのフェミニズム的な話に触れておきます。本作は完全に女性向けです。というか男性差別が強烈です。クリス・ヘムズワース扮するケヴィンは「身体がいいだけで頭空っぽ&電話もロクに出られないバカ」として登場し、劇中では堂々と「彼は顔と身体だけあればいい」とセクハラされ三昧です。そしてもう一人の男「ブラッドリー市長」も完全に無能な狂言回しとして登場します。そして犯人はデブで冴えない根暗男子。べつに私はフェミニストじゃないのでこれについて怒るつもりはまったくないんですが、ここまであからさまに「オバちゃん目線」で描かれると、なんか別にこの映画自体がどうでもいいかな~と思えてきます。男は視聴のターゲットではないんでしょう。

一つ言いたいのは、この映画を見て「この映画のどこが男性蔑視だ!」と言ってる人たちは、私が好きな「チャーリーズ・エンジェル(2003)」や「トランスフォーマー(2007)」や「アナコンダvs殺人クロコダイル(2015)」に絶対に文句言うなよってことです(笑)。だって本作って男女ひっくり返せば、「冴えない男4人チームが頭の悪いブロンズ・スレンダーをアシスタントにしてセクハラしまくってブヒブヒ言ってる」って構図ですから。まぁそれって私の大好物な気がしますが(笑)。なので、怒りはしませんが、興味もありません。

【まとめ】

一応、オリジナル版のキャストやゴースト/アジトの消防署などが出てきますので、ファンサービスはできてます。できていますが、そもそものストーリー自体に愛が感じられないので、「これ出しときゃいいんでしょ!」みたいに見えて個人的にはあんまり喜べませんでした。オリジナル版のほうが100万倍面白いので、本作を映画館で見た後でオリジナルを見て、やっぱ良く出来てるな~と再認識して貰えると良いと思います。
本作の価値はそこだけです。

追記:2016年08月22日

この映画には「仲たがいしていた親友同士が友情を取り戻す」というドラマがちゃんとあるじゃないか!という感想を見かけたのでちょいと私なりの意見を書きたいと思います。
たしかにエリンとアビーは昔決別してます。アビーはずっーとゴーストの研究を続けていて、でも一方のエリンは「ゴーストがいるなんていったらキ○ガイに思われる」ってそれを否定して、二人は別々の道を行ったと。ところが本作の1幕目で、エリンは予告にも出てくる女幽霊と遭遇して、「Ghosts are real!!!(お化けは本当にいるんだ!!!)」って大興奮して、昔の価値観に戻ります。もうここで過去のわだかまりは全部溶けちゃってるんですね。友情を取り戻す事自体にドラマ性はなんにも無く、冒頭でサラっと描かれちゃってます。最後のほうでエリンが「もうアビーのことは見捨てないわ」みたいなこと言うんですが、そんなん映画始まってすぐから見捨ててないじゃん、、、ていうどっちらけっぷりでした。それを描くなら、映画の中盤以降のどこかで「いままで見たゴーストは全部夢だったんだ」みたいなことをエリンに言わせて、もう一回ゴーストの存在を否定させないといけないんです。それをやってないので、「仲たがいしていた親友同士が友情を取り戻す」という流れは、本作のドラマにはなっていません。

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記事の評価
さや侍

さや侍

ようやっと休みが取れたので

「さや侍」を観てきました。

評価:(25/100点) – 切腹を申しつける!by 伊武雅刀


【あらすじ】

伊香藩水位微調役だった野見は脱藩の身で追われていた。賞金稼ぎに追われながらも娘のたえと逃避行を続ける野見は、ある夜、多幸藩に入ったところを捕まってしまう。野見はお白州にて「三十日の業」を宣告される。それは母親の死でふさぎ込んでしまった若君を笑わせるために、30日間異なる芸を一日一個披露するというものだった、、、。


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【感想】

さて、本日は2本観てきました。1本目は松本人志監督3作目の「さや侍」です。予告をみるだに危なげな臭いがプンプンでしたが、とりあえずはずせないので見てきました。平日の昼間ですが結構中高年で埋まっていました。TOHOシネマズで1000円だったからでしょうが、それでもまだまだファンはいるようです。
ちょっと今回は最終盤まで書かざるを得ないのでネタバレありで行きたいと思います。申し訳ございませんが、未見の方はご遠慮下さい。結論としては、前2作よりも映画っぽい部分は増えていますが、その分だけより明確に失敗しているのが見えてしまい残念な事になっています。さらにメッセージの不快さは桁違いにパワーアップしています。どうなるかはわかりませんが、個人的には仮に松本監督の次回作ができたとしても見に行くかどうかはかなり怪しいレベルです。

「三十日の業」の流れ

話は野見に課せられた「三十日の業」が中心になります。そして「三十日の業」にはフェイズが3つ用意されています。まず第1フェイズとして、野見は自分でギャグを考えます。これは腹芸だったりどじょうすくいだったりとクラシカルなものでクオリティは目も当てられませんが、劇中でもきちんとすべっているので特に問題はありません。
次に野見は門番2人を味方につけ、彼らのアイデアをそのまま実行するようになります。ここが一番長く取られている部分で、かご抜けだったり白刃取りだったりです。ここから最後まで野見は何も考えなくなります。これ以降はすべて誰かに言われた通りのネタを披露するだけで、本人が努力するような描写はありません。このフェイズが一番長いため、どうしても野見はただ周りに流されているだけのような印象がついてまわります。
最後のフェイズは人間大砲以降です。ここからヘソを曲げていた娘が協力して口上するようになり、ギャグはすべて大道具をつかったバラエティ的なものになります。また、これより舞台にギャラリーがはいるようになり公開の出し物になります。一貫してギャラリーたちは野見の出し物に手を叩いて喜びますが、若君は無表情なままです。
そんなこんなでクライマックスの最終日、殿様までも味方につけた野見は「何をやっても若君が笑ったことになる」というインチキな状況の中で、何もやらずに切腹します。作品上では、それまでみじめだった野見が最期に武士としてプライドをもって死を選ぶというような雰囲気で描かれています。

作品内での問題点

さて、全体を通して言える作品内での問題点は3つです。
1つは野見の努力がほとんど描かれないことです。野見は最初から最後までただただ周りに流されまくるだけでほとんど自主的な行動をしません。ですから、そもそも感情移入も出来なければ応援しようという気もおきません。
2つめはギャグのクオリティの問題です。特に2フェイズ目までは作品内でもすべっているので気にはなりませんが、3フェイズ目は作品内のギャラリーは爆笑しているのに実際にはまったくおもしろくないという現象がおきています。これは例えば「ランウェイ☆ビート」で作品内では絶賛されているのに実際にフィルムに映っているファッションはダサいというのと同じで、どんどんフィルム内との価値観のズレが気になって興味自体がなくなっていってしまいます。
3つ目はフィクション・ラインの設定の問題です。本作では、冒頭で三味線の隠し刀で背中をざっくり切られて血が噴き出してもすぐに治ってしまいますし、鉄砲で頭を撃たれてもケロっとしています。ですから、どう見ても本作はルーニー・テューンズのような世界なんです。上から大岩が振ってきて押しつぶされても「ひらひらひらひら」みたいに人間がペチャンコになってすぐ元に戻るような世界観です。だから切腹くらいじゃ野見は死なないと思えるんです。介錯で首を切られたとしても、すぐ首がもどって生き返るんじゃないですか? だから全然感動できません。そもそも散々それまで生き恥をさらしていたくせに最期だけ「侍のプライド」みたいなことを言われてもどういう反応をしていいか分かりませんし。最終盤でお墓参りをした娘と若君の前に幽霊っぽい野見がでてきますが、このフィクション・ラインだとそれが幽霊かどうかすら分からないんですよ。単に切腹して首を切られても死ななかっただけにも見えます。

作品の世界観から見るメッセージの不愉快さ

とまぁ単純に映画としてかなり如何かと思う出来なのですが、はっきりいってこれだけであればそんなにケチョンケチョンに言うようなレベルの作品ではありません。よくある失敗した邦画です。ですがここに描かれるメッセージというのが本当に不愉快で本当にがっかりするんです。
見ればすぐ分かるように、本作は監督の前作「しんぼる」と同じく「天才・松本人志の苦悩」という自己評価がテーマになっています。本作の野見は松本人志の投影になっています。松本はアンチ松本(賞金かせぎトリオ)から致命傷と思われる攻撃をくらいますが、しかし本人はそんなことは一切気にせず、またたいしたダメージも負いません。ところが松本は奉行所につかまってしまい、辛口評論家である若君を笑わせなければいけないというバツゲームを食らうハメになります。しかし彼一人の力ではまったく笑わせることが出来ません。体を使った小規模なギャグではまったく笑いをとることが出来なかった彼は壁にブチ当たります。
その後に板尾と柄本Jrというブレーンを仲間にしてギャグを繰り出しますが、それでも評論家(若君)を喜ばせる事は出来ません。しかし、喧嘩別れしていた後継者(娘)が戻ってくることで、彼は本来の力を発揮します。大道具を使ったお金の掛かるギャグ(映画orTV)を繰り出すようになり、彼は一般大衆の人気者になります。しかしそれでも評論家(若君)を笑わせることは出来ません。評論家以外のほぼ全てを味方につけた彼は完全にイエスマンに囲まれた状況の中で「何をやっても笑ってもらえる」という状況を拒絶します。「自分にも表現者/男としてのプライドがあるんだ」として自ら切腹するわけです。
時は経ち、何百年もたって、町に残ったのは若君(評論家)ではなく彼の墓石(=作品)でした。彼は若君を笑わせることは出来ませんでしたが、歴史が彼を正当に評価したのです、、、。
ということなので、本作のテーマは「天才・松本人志の苦悩」となるわけです。彼の脳内では、彼はいま正当に評価されていないのです。「市中の人(一般人)には受けているのに若君(評論家)には評価されていない」というのが彼の自己認識です。しかしイエスマン・松本信者ばっかりに囲まれて甘やかされるのは嫌だと。そんな事になるぐらいなら引退したほうがマシだって言ってるんです。だけど今に見てろと。周りがどうこう言おうと、自分の正当性は50年とか100年経ったときにひっそりと作品が語り継がれていることで証明されるんだと。




好きにすればいいんじゃないですか。でも、今の松本人志さんの状況はまさしく「イエスマン・信者に囲まれて甘やかされている」んですから、わざわざ映画を撮ってまで宣言した以上はさっさと引退するべきだと思いますよ。それこそ「生き恥をさらすぐらいなら自害しましょう(by たえ)」な状況なんですから。

そもそもこの作品自体にオリジナリティがないんですけど、、、。

実は一番どうかと思うのはこの作品のオリジナリティの部分です。本作の元ネタは「千夜一夜物語」または「最後の一話(A Story Short/ケルト民話)」です。どちらもある事情によって毎日一つずつネタを披露しなければいけなくなった人間がネタ切れに悩みながらも表現者としての能力を発揮していく話です。本作はこれに松本人志本人の自己表現をかぶせてくるんです。そこに乗っかるギャグもクラシカルなものから大道具を使った良くあるバラエティ企画ものまで、まったくオリジナリティがありません。「わざと寓話的にしたんだ」と言われればそうかも知れませんが、ここまで類型的なモノで固めておいて「表現者でござい」と言われてもかなり困ります。しかもこのテーマ自体も前作でやったことの焼き直しなわけで、それすらオリジナルではありません。だから本作にはどこにも見所がありません。

【まとめ】

最初に戻りますが、私は本作を見て松本人志作品はもうお腹いっぱいです。私は「ごっつええ感じ」のど真ん中世代でとんねるずよりもダウンタウン派でしたし、松本人志のダラダラしゃべりのショートコントは本当に天才的だと思います。ですが、ここまで自意識が肥大化してしまうと、これはもう手が付けられないように思えます。松本さんの中ではもう彼は立派な歴史的映画監督になってしまっていて、死後に評価が改められるような位置に自分を置いちゃってるんです。そりゃあ確かに吉本興行の映画では良い方ですし、周りも稼ぎ頭に文句をいいづらいのも分からないではないですが、、、いい加減これは誰か止めた方がいいと思いますし、100歩譲ってもちゃんとした監督や脚本家を雇って本人は制作とか原案とかでクレジットさせた方が良いと思います。
特にオススメはしません。でも松本さんが好きな人は見に行った方が良いと思います。ある意味では信心テストのようなもので、「これでもまだついてこれるか?」って聞かれているようでした。申し訳ないですが私にはもう無理です、、、。本当にすべっているにも関わらず「わざとすべってるんだ」という負け惜しみを前面にだしてしまった時点で、もう彼に求心力は残っていないんだと思います。寂しい話です。

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パラダイス・キス

パラダイス・キス

土曜の2本目は

パラダイス・キス」を見てみました。

評価:(30/100点) – 女王様、調子扱いてすみませんでした m(_ _ “)m


【あらすじ】

早坂ゆかりは高校三年生。受験を控えた大事な時期だがどうも勉強に身が入らない。母は大変熱心な教育ママで少しコンプレックスも抱えている。
そんなゆかりは、ある日道端でチャラい男にナンパされたあげく追い回され、貧血で倒れてしまう。目が覚めると目の前にはナンパ男とギャルがいた。話しを聞くと、彼らは矢澤芸術学院の学生で、卒業制作のファッションショーのモデルを探しているという。早々に切り上げようとしたゆかりの前に、これまたスカしたナルシストが現れる。それが、運命の出会いだった、、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ゆかりとパラダイスキスのメンバーとの出会い。
 ※第1ターニングポイント -> ゆかりが家出する。
第2幕 -> ゆかりのバイト生活とジョージ。
 ※第2ターニングポイント -> ファッションショーが始まる
第3幕 -> ファッションショーとその後。


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【感想】

土曜の2本目は「パラダイス・キス」です。ご存じ矢沢あいの大人気コミックスで、私もさすがにZipperは買ってませんでしたが単行本は普通に買ってました。やはり客層は女の子ばっかりで、しかも10代~20代ぐらいの子ばっかりでした。一番前の列だったので周りに人は居ませんでしたが、物凄い肩身が狭かったですw
さて肝心の映画ですが、まず間違いなく原作ファンからは袋叩きに逢うだろうという前提で、私はいまから全力で擁護したいと思います。おそらく叩かれる一番の焦点になるとおぼしきラストについても当然触れざるを得ません。ということで、漫画未読で、まっさらな気持ちで映画を見たい方はご遠慮ください。

原作の肝:現代日本版のプリンセス・ストーリー

本作「パラダイス・キス」は、ストーリーのフォーマットとしてプリンセス・ストーリーの型を使っています。主人公の早坂ゆかりは教育ママの元で進学校に通う”冴えない女の子”です。ポイントは、彼女は漫画ならではのトリックで絵面はすらっとした美形になっていますがストーリー上は決して美人ではないと言う点です。そんな彼女がある日街中でスカウトされます。スカウトといってもファッションデザイン学校の卒業制作のお祭りモデルであって、決してプロではありません。そしてそこで金持ちでナルシストが入った”天才”のジョージに出会うわけです。しかし、ジョージも実際には決して一般的な意味での”天才”ではありません。彼はあくまでも専門学校という井の中の蛙のトップクラスというだけです。ゆかりはそんなジョージと出会うことで、いっときの「夢」を見るわけです。しかしそれはあくまでも「夢」であって、現実はそんなに甘いものではありません。ジョージはゆかりの日常空間に非日常というイリュージョンを生み出したプリンスであり、ゆかりはそのイリュージョンを一瞬垣間見ることで一生の幸せを得るわけです。そしてそれこそが「青春」なわけです。だって青春ってそういうことですから。
ですから、「パラダイス・キス」は間違いなく青春漫画であり、そしてプリンセス・ストーリーなんです。まるでディズニー映画で魔女に出会ってプリンセスに変身する庶民の女の子のように、ゆかりはジョージによってモデルの夢を見るんです。

一方の映画版は、、、

さてさて、一方の映画版はどうかと言いますと、一言で言えば「天才が才能を発掘され調子にのる話し」です。つまり「ハリー・ポッター」「トワイライト」等でお馴染みのいつものアレです。ゆかりは元からモデルの才能があり、家出するなりいきなり雑誌のモデルの仕事を”バイト”としてこなし、しかもプロのモデル達からも一目置かれます。ファッションショーのリハーサルではロクに真っ直ぐ歩けなかったくせに、数時間後の本番ではスタスタと歩いた上にドヤ顔まで披露する余裕を見せます。ゆかりは努力の人ではなく完全に「選ばれし者」です。
このストーリーは才能のあるゆかりがジョージやイザベラという仲間にチヤホヤされてその才能を発揮するまでのストーリーです。当然天才ですから、周りの仲間は簡単に引き離されてしまいます。あれだけ天才扱いされていたジョージもラストでは完全に立場が逆転してしまいます。そうです。この映画版は原作の肝をことごとく潰しています。ゆかりはいっときの夢を見たわけではなく本物の天才モデルです。雑誌の表紙やグラビアを大量に獲得し、CMや街頭ポスターにも出まくりです。一方のジョージはデザインして委託販売したパラダイス・キスの服が一着も売れず、先生からは「彼は感性の人だから商売として服を作るのは無理」と一蹴され、実際にパリに留学しても泣かず飛ばずで結局洋服屋を諦めます。最後はミュージカルの衣装デザイナーに落ち着きます。
この映画版は原作のテーマでもあった「でも現実ってそんなに甘くないぜ。でもそういう調子こけてたことこそが美しき青春じゃん?」というド根本的な部分がバッサリ切り捨てられており「天才が天才としての才能を開花して人生思い通りでバラ色」になって終わります。つまり「現実は甘くない」という視点が無くなって甘やかされて終わるわけです。
ですから私は確信します。本作は間違いなく原作ファンの怒りを買います。当たり前です。だって話しが180度変わってるんですから。原作で儚いからこそ美しかったイリュージョンが、現実にずっと続くようになっちゃってるんですから。北川景子が「王様のブランチ」のインタビューで「原作は消化不良だった」とかふざけた事を言っていましたが、原作は消化不良なのではなく現実的な落としどころを見せることでより青春を美しく見せているんです。夢は覚めるからこそ美しい。醒めない夢の中にいる人はそれが夢だと気付きませんから。
いかんいかん、、、ついつい怒りが出てきてしまいましたw いかん!!! 私は今日は擁護しようと思ってたのに!!!!
ということで次のパートでは力の限り擁護しますw

よ~し。頑張るぞ!!!

もう欠点は指摘いたしましたので、ここからは全力で擁護するパートに行きたいと思います。制作関係者の皆様、ならびに北川さん・向井さんの熱狂的ファンの方々、お待たせいたしました!!!
まず何がすごいって、本作に出てくるジョージの衣装は完璧です!!! 一目で「うわぁ、、、、こいつセンス無いわ、、、、ダッサ、、、。」と分かるのに、劇中では高校に勝手に入り込んでキャーキャー言われるほどイケメン扱いされるわけです。この描写によって本作の舞台がファンタジックな異空間であり、まさしくイリュージョンの中だと分かるようになっています。つまり、画面に映っているジョージは驚くほどダサいのに、作中の人々の脳内では超絶なイケメンに見えているわけです。これは青春で舞い上がった少年少女達の新しい表現の仕方です。まさしくブラン・ニュー!!!
また、北川景子さんの表現も完璧です。冒頭からお嬢様・勉強できる子とは対極にある茶髪で厚化粧な状態で出てきますので、そりゃあ生活指導で呼び出されるのも当然です。この辺りは実在感が完璧です。います!!! いますよ、進学校でグレちゃって自分探しをはじめちゃう子にこういう雰囲気の子はいます!!! 完璧!!! しかも身長が160cm弱しかないのに道端でモデルとして声を掛けられるほどの圧倒的な存在感とドヤ顔感。これはもう北川景子にしかだせません。特に前半のサディスティックな雰囲気は最高に魅力的でした。鼻の穴にも華があって完璧なドヤ顔です。100点!!!!
恋愛要素という意味でも本作は良く表現できています。ゆかりはジョージを一目見た瞬間に惚れてしまうわけで、これは北川景子さんの「イケメン食い伝説」と相まって物凄い実在感を伴っています。ジョージはジョージで早い話が結局口だけの小者なんですが、しかしその小者がキザなハッタリを言ったばっかりに意志の強いギャルギャルしたイケイケな女に絡め取られていく感じがサイコホラーとして哀愁すら漂わせます。「あぁ、、、こういう半端な男ができちゃった結婚とかで強いチョイ可愛い女性に人生を食われていくんだな、、、。」という現実がしみじみと表現されていました。まさに弱肉強食。身につまされます、、、お大事に。
やっぱり実写で「パラダイス・キス」を表現するのってとんでもなく難しいと思うんです。だって原作は「青春ならではのキラキラとした夢の様なイリュージョン」を見せるものだったわけですから、それを実写にしたら全然イリュージョンじゃなくなっちゃうんです。「パラダイス・キス」を実写化するのであれば、どうしても一般的な恋愛映画にするのが一番簡単ですし、そうすると「実は天才な女の子がフックアップされる話し」「ハンパに才能のある男が慢心した末にイケイケな女に絡め取られて人生を潰す話し」に落とし込んじゃうのが手っ取り早いです。やっつけ仕事としては十分にまとまっていますし、問題無いクオリティだと思います。
そういう意味では、本作のヒーロー・ヒロインのキャスティングは本当に最適だとおもいます。時折清楚に見えるけど基本はガツガツした強いギャル女である北川景子と、遠くから見ると雰囲気がイケメンに見えるけど実はすごい弱気で純朴な丸顔をしている向井理。この2人がそのまんま本作のゆかりとジョージとしての強烈な実在感を支えています。もちろん原作のゆかりとジョージとはほとんど正反対なのが難点ですが、、、。

【まとめ】

ということで、本作のテーマは実は「半端な男の人生転落劇」だったんです。それまでイケイケだったのに自分よりはるかに上手(うわて)な女性と出会ってしまったことで主導権を完璧に奪われて転落していく話し。しかもその転落の瞬間が北川景子の本気で恐いドヤ顔@ファッションショーなんです。ドヤ顔一発で自称天才だった男の自信を粉砕した上に踏み台にして、かつその直後のキスで完全に男の人生を掌握する。あまりの恐ろしさに身震いしてちょっとチビりました。
パラダイス・キスとして見ればこんなゴミフィルムになんの価値もありませんが、恐い女と弱気な男の恋愛話としては大変面白い作品です。ドMな男の子とドSな女の子には全力でおススメします!!!!
YOUもこんな男の子or女の子に出会っちゃいなYO!!!! オススメDEATH!!!!

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プリンセス・トヨトミ

プリンセス・トヨトミ

今日の一本目は大阪よ立ち上がれ!!!

「プリンセス・トヨトミ」でファイナルアンサー!!!!。

(4/100点) – 中学校のドアの件どうなった? 知らねヽ(´▽`)ノ


【あらすじ】

会計検査院の松平は部下2名を従えて大阪に会計監査に訪れた。特に何事もなく監査は進んだが、社団法人OJOの監査で不思議な事が起こる。監査後に忘れた携帯電話を取りに戻った松平が見たのは、つい1時間前までいた職員達が忽然と消え、電話も不通、机の中ももぬけの殻になった姿だったのだ。不信に思いながらも決定的な証拠を得られなかった松平だったが、空堀中学校で不思議な扉を見たことと研究者の漆原の言葉から、OJOに抜け道があることに気付く、、、。


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【感想】

本日の1本目は「プリンセス・トヨトミ」です。まるで2chのコピペでお馴染みの「大阪民国」を絵に描いたような映画ですが、結構客席は若い人もいて、埋まっていました。監督はフジテレビの鈴木雅之。フジテレビと東宝の協賛映画です。
ここでお約束のお断りです。本作にはロクにドラマがありませんがそれでも「話しが無い」という説明をするために結末付近までネタバレ有りで書きます。特に支障は無いと思いますが、未見の方はお気を付け下さい。

話しの地滑りっぷり

いきなりですが、本作はかなり話しが地滑りします。というか、そもそも話しが始まるまでに1時間以上かかります。
本作の前半は会計検査院の鬼の松平・ミラクル鳥居・旭の監査行脚を軸に物語が進みます。OJOで不思議な事があった後も監査は普通に進められます。物語が動き始めるのは開始約1時間目。松平がOJOの扉を開けさせるところです。ここまでがとにかく退屈です。いわゆる謎らしい謎もないまま(=話しが無いまま)ひたすら監査が続くものですから、とてつもなく退屈で睡魔との戦いになります。そして通路が開くと同時に、大阪国についての話しがすべて中井貴一の口から語られます。ここは完全に説明口調で、ナレーションで良いレベルで一気に情報が伝えられます。実は本作はある意味ではここで終わっているとも言えますw ここまでが言うなれば「前置き」にあたります。そして「木曜日」のインタールードの後、「金曜日」としてようやくドラマが始まります。最近の邦画にありがちなのですが、前置きでたっぷり状況やキャラクターの説明をして、映画上の第三幕だけで独立したドラマを語る構成になっています。これが私が良く使う「全○話のテレビドラマ」というやつです。
金曜日になると、ストーリーは監査から離れて一転、「豊臣国松の末裔が誘拐された」という話しになります。しかも「誘拐された」裏側も並行して見せながらの展開です。当然それまでにそんな誘拐の話しはありませんから、本当にここだけ全体から独立した話しになっています。そして、映画は最終的には「父と息子の関係性」「会話が途絶えがちな父と息子の幸せな一子相伝の話し」に着地します。前半の展開からは思いも寄らない所へのすごいすっ飛び方ですw 普通の映画は尺を最大限に使ってあるテーマ(=ゴール)を語るためにエピソードを逆算で構築するのですが、本作の場合はどうしても行き当たりばったりな感じがしてしまいます。だってこのテーマなら前半は丸々要らないですからw
ということで、本作にはかなり置いてきぼりにされた印象があります。「あれ、そこ曲がるの?」「あれ、その道は違くない?」って言ってる間に気がついたら知らない土地で迷ってる感じですw

細かい所が行き当たりばったりすぎる

当然話し全体の流れがずさんであれば、細部を見ればボロボロですw 例えばそもそものきっかけになった「OJOの職員が入り口から出ていないのに忽然と姿を消した件」は最後まで意味が分かりません。話しの流れ上は「OJOの建物に隠し扉があったのだ!!!!」ってことで解決しているような雰囲気になっていますが、この隠し扉の先は部屋が一つあるだけで行き止まりですw そもそもこの隠し扉の通路は「人生で2度しか歩かない」「父と子が語り合うための神聖な場所」なわけで、断じて昼休みに通るための通用口ではありませんw よしんばカメラが映していない所でこの行き止まりの部屋からさらに別の通路があったとしても、OJOの職員がそんな所を通って別箇所に行く理由がありません。OJOのオフィスで大阪国の業務をすればいいだけですからw
隠し通路といえば、やはりこちらも話しのきっかけになる中学校にあった不思議な扉があからさますぎる上にその後は一切登場しません。江守徹扮する漆原教授曰く「大坂城には最低でも三カ所の隠し通路がある」はずですが、これと中学校/OJOの扉との因果関係もまったくありません。けっきょくなんだったんでしょうか? もしかして中学校の扉とOJOの扉が中で繋がってたんでしょうか? じゃあOJOの職員って本業は学校の用務員とかっていう設定? なんかよく分かりません。
分からないと言えば、やっぱりそもそもこの「秘密結社 大阪国」という設定がさっぱりです。そもそも年間5億円の資金のためにものすごい苦労しているわけですが、有志団体で推定会員266万人(=大阪の人口)いるんだから、全員から年会費200円取った方が秘密が守れるんじゃないの? 「他へ引っ越した人はどうなるの?」とか、「そもそも大阪城が赤くなったら観光客にはバレバレじゃね?」とか「大阪城の前で数万人単位で集まって数で脅しといて秘密も何も無いだろ!」とか、「結局鉄砲もってるんだから危険分子じゃん!!」とか「御神体=教祖が匿名の”ミスX”じゃあ求心力無いでしょ。」とかツッコミ所は山ほどあります。
そもそもからしてメインのはずの「プリンセス・トヨトミ」がなんにもしませんから。ドロップキックを一回やったくらいですw
着地も結局「鬼の松平」が拳銃にびびって逃げ帰ったようにしか見えません。情にほだされたとも見えなくはないですが、それも単に拳銃で撃たれて気が弱ってただけにも見えます。っていうか検査員なんだから仕事しろ。ちゃんと報告挙げろ。おまえの独断で揉み消して良い規模の裏金じゃない。

でも良いところもあるよ!!!

文句ばっかりになってしまったので、良い所も挙げておきましょう。なんといっても一番良いところは沢木ルカの存在感です。この子がまだ13歳だというのでかなりビックリしてるんですが、かなり良いです。ちょっと古風な感じのボーイッシュさと相まって、往年の角川映画のヒロインっぽさを凄い感じます。東宝映画ですけどw
その他の存在感ではやはり玉木宏です。大阪城公園の屋台のお兄ちゃんというズルい役でシークエンスのすべてを掻っ攫っていきますw いきますが、残念ながら話しの本筋とは一切関係ない出オチです。本作で非常に困るのは、柱になる話しが無いためメインの役所のキャラクター達が総じて薄っぺらいことです。結果、沢木ルカや玉木宏や甲本雅裕のような直接ドラマに絡まない俳優の「地力」が目立ってしまっています。

【まとめ】

色々書きましたが、沢木ルカを見るためだけでお釣りがくるぐらい彼女は素晴らしいです。なのでオススメしておきたいのですが、、、ちょっと内容が内容だけに難しいです。幸い映画の日が近いですから、1日に1000円で見に行くぐらいでちょうど良いのではないでしょうか?
真面目に見るとやってられないくらいの出来ですから、あくまでも半笑いでビール片手に見るぐらいの態度でOKですw

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恋とニュースのつくり方

恋とニュースのつくり方

今日の2本目は

恋とニュースのつくり方」です。

評価:(12/100点) – (自称)負け犬天才美女がみんなにチヤホヤされる話。


【あらすじ】

28歳彼氏無し。ベッキー・フルラーは仕事一筋で生きてきた。しかし地方TV局の緊縮財政の折、ベッキーはリストラされてしまう。それでも夢を追うベッキーは全国局に履歴書を送りまくる。
彼女の新しい仕事は40年以上続いた老舗の全国ネット早朝番組「デイブレイク」のエクゼクティブ・プロデューサー。しかし番組は視聴率が低迷し打ち切りの危機に瀕していた、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ベッキーのリストラと新しい仕事。
 ※第1ターニングポイント -> プロデューサー業開始。
第2幕 -> マイクへの懐柔と視聴率獲得作戦。
 ※第2ターニングポイント -> 「デイブレイク」が打ち切りの危機を脱する。
第3幕 -> ベッキーへのオファー。


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【感想】

今日の2本目は「恋とニュースのつくり方」です。「”プラダを着た悪魔”の脚本家」「”ノッティングヒルの恋人”の監督」という宣伝をしているように、配給としては完全にOLに狙いを絞っている、、、、はずなんですが、観客は少々の女子高生と年配の女性のみでした。400人の箱で20人も入っていませんから、初日としては相当マズい感じです。
ちなみに、公式Twitterへのリツイートで褒めてくれた人にオリジナルグッズプレゼントとか、ブログで褒めてくれた人にオリジナルグッズプレゼントとか、作品同様に腐った性根のキャンペーンをやっています。
ですが、私はそんな物で懐柔なんぞされません。甘い!!!!!
レイチェル・マクアダムスの自筆サインポスタープレゼントでも絶対無理。ハリソン・フォードとのディナーにご招待でギリギリ懐柔できるぐらいの作品の出来です。プライベートのハリソン・フォードに突撃して「F○ck Off!!」と叫ばれるという「ブルーノごっこにご招待」なら絶賛してみせますけどねw
とまぁおふざけは置いておきまして、本作で何がショックだったかというと、これはもう「誰かが私にキスをした」レベルの調子こいた万能美女の話をハリウッドメイクで見せられるということに他ありません。本作は「恋に仕事に頑張る冴えない女の子の話」みたいな雰囲気を被った「天才で、美人で、イケメン・エリートの彼氏がいて、誰からもチヤホヤしてもらえる女性の話」です。これを見た本当に冴えないOLの方々は激怒して良いレベルです。
だって、本作ではベッキーが努力するという直接的な描写が一切ないんです。彼氏の家にお泊まりしながらも夜中にニュース番組をチェックしたりする描写はあるんですが、そもそも彼女の受け持つ「デイブレイク」は報道番組ではなく情報番組ですし、直接この勉強が役に立つ場面が一切ありません。なにせ彼女が視聴率を立て直す切り札は「デイブレイク」を下世話なバラエティーにすることなんですから。でも、それってどうなんでしょう? 下世話な番組にしたらすぐに視聴率がV字回復するってちょっとTV視聴者を舐め過ぎじゃないですか? 早い話、本作ではベッキーは最初から最後まで、超優秀で人当たりも良くていろんな男性が声を掛けて好意を寄せてくれる完璧人間なんです。そんな完璧人間が個性的なキャスター2人を懐柔する話しなんです。
私、実は「プラダを着た悪魔」は大好きです。今でもちょくちょくDVDで見返すぐらい好きです。アン・ハサウェイとメリル・ストリープが大好きだというのも多分にあるんですが(苦笑)、あの映画ではきちんとアンディが「上司の無茶振りに根性で耐える」という「修行シーン」があったんです。ところが、本作では同じ脚本家が書いたとは思えないほど、主役のベッキーは最初から才能を持っているんです。それは開始直後の「デイブレイクのプロデューサ就任初の事前ミーテイング」ですぐに発揮されます。聖徳太子よろしく一斉に発せられる複数の要望をすべて完璧に裁いて見せるんです。しかも最後には余裕のアメリカン・ジョークまで付けてきます。この時点でどっちらけです。こいつはもう我々とは違う世界の天才なんだと。これは「冴えない女」では断じてないと。そう思ってしまうわけです。そうすると、後はもう感情移入も応援もすることなく客観的に天才の天才的でイケイケな行動を死んだ目で見るしかないんです。
本作にはテレビ業界特有の苦労や過酷な労働条件で働く女性の苦労は語られません。あくまでも記号としてのTV業界です。
なんか全体的に作り手の愛情や熱意が伝わらない作品でした。別に調子に乗っている天才の話ならそれはそれで良いんですが、だったら天才なりの苦労とか、天才だけどブチ当たる壁とか、そういった物を設定して欲しかったです。なんの障害もなくスルスルと実績を上げて行くベッキーを見て、本当に心底どうでも良いと思ってしまいました。
OLの方には一切オススメしません。もし「自分は天才なのに周りが分かってくれないから不当な扱いを受けている」と日頃から思っている方には、是非見て欲しい作品です。そんな方にはオススメします!!!

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洋菓子店コアンドル

洋菓子店コアンドル

土曜も2本です。1本目は

洋菓子店コアンドル」です。

評価:(65/100点) – 酷い話なのに説得力がハンパ無い。


【あらすじ】

鹿児島で実家のケーキ屋を手伝う臼場なつめは、恋人の海千尋を追って上京してきた。海が働く中目黒の洋菓子店・コアンドルを訪ねたなつめだったが、海はたったの2日で辞めてしまっていた。行くところの無くなったなつめは、コアンドルに転がり込み住み込みのバイトを始める。
彼女の一流パティシエへの道が始まった、、、。

【四幕構成】

第1幕 -> 臼場なつめの上京
 ※第1ターニングポイント -> なつめ、コアンドルのバイトになる。
第2幕 -> なつめ、海君を捜す。
 ※第2ターニングポイント -> なつめ、海君に振られ恋より仕事を選ぶ決意する。
第3幕 -> コアンドルのチャンスと十村の苦悩。
 ※第三ターニングポイント -> 十村、立つ。
第四幕 -> 復活のコアンドル。


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【感想】

土曜の1本目は「洋菓子店コアンドル」です。若い女性同士の二人組と中年夫婦が多く、客席はそこそこはいっていました。監督は深川栄洋。当ブログでは「半分の月がのぼる空」「白夜行」に次いで3本目です。
本作は「洋菓子店コアンドル」を舞台に描かれるソープオペラです。作品全体に明確なゴールは無く、前半と後半でまったく別のストーリーが描かれます。なので、実は昨年の「ハナミズキ」と同じように本作もテレビドラマ2話分の構成です。時計を見ていたところちょうど60分で話が切り替わりましたので、意図的にドラマ形式で構成していると思います。前半はなつめが自分を置いて上京した海君を追う物語。後半は天才パティシエ・十村のトラウマ回復話です。
個人的に私はこの作品がかなり好きです。その前提で「なんでこんな酷いストーリーの作品が好きなのか」という所で擁護方向で書きたいと思います。

この話、酷くね。

ということで、まずは客観的なところから悪口を書いていきますw
本作の何が酷いって、それはもう主役のなつめがクソアマ過ぎる所です。この女、自分勝手過ぎ。それもオマエはアスペルガーかっていうくらい他人の感情にずかずかと土足で入り込みすぎ。
これは全編通じてのことですが、なつめは全ての人から甘やかされています。コアンドルのオーナーシェフである依子は田舎からポっとでのなつめを住み込みで働かせてくれます。常連の芳川さんは、なつめの事を目に掛けてくれます。同僚の佐藤マリコはぶっきらぼうながらも、なつめの至らない部分を注意してくれます。
そういった最高な環境の中で、なつめはやりたい放題に暴走します。自意識過剰で逆ギレも当たり前な彼女は、最初から最後までかなり最低な女です。この作品中でケーキ作りの腕は上がっているかも知れませんが、人間的にはどんどん調子に乗って手が付けられなくなっています。
仕事中にサボるのは当たり前。店の材料を横領するのも当たり前。職場の雰囲気を壊すのも当たり前。二日酔いで厨房にも立ちます。でも腕前は半人前。ふつうのオーナーなら即日解雇ですw ところが依子さんはまるで自分の子供のようになつめを可愛がってくれます。こんな仏のような依子さんをして「あんな奴の行き先なんて知らない」と言わしめた海君はどれだけ社会不適合な最低男なんでしょうかw
一方で、本作のストーリーはこのなつめの強引さを引き金にして物語が転がっていきます。なつめがマリコに逆ギレしなければ海君は見つかりませんでしたし、なつめが十村を無神経に挑発しなければ十村はいつまでも立ち直れませんでした。結果オーライとは言いたくないですが、本作の構造はなつめの暴走からストーリーが始まるようになっています。
前述の通り本作はテレビドラマのフォーマットですから、たぶん連ドラでは毎回冒頭10分でなつめが問題を起こしてそこから物語が始まるんでしょう。そう考えると、物語の構成としては無しではありません。

それでも嫌いになれない理由。

個人的になつめのような女性は無理ですが(苦笑)、それでも私はこの映画が好きです。それはひとえに映画としての圧倒的な説得力です。本作を見ていて、私は深川栄洋監督の演出が好きだと確信しました。見ている間に「半分の~」を見たときの記憶も蘇ってきたのですが、この監督はカットの切り取り方と音楽の使い方が上手いです。最近の日本映画は音楽をむやみやたらに使おうとします。先日の「あしたのジョー」なんかは顕著ですが、始終BGMが鳴っていて細かい環境音が全然聞こえません。ところが本作では食器の当たる音や、クリームをかき回す音、果てはケーキを食べるときの「クチャ」としたちょっと汚い口を開く音までも聞こえます。映画慣れしていない監督は音楽をずっと鳴らしていないと不安になる傾向があるようですが、映画の観客は暗い中で集中力が上がっていますから、そんなこってりクオーターパウンダーみたいな演出は体に良くありません。
それに加えて、特に室内のシーンではあまりカメラを揺らしません。同じフレームで焦点深度を変えることで客の視点を誘導したり、俳優の顔以外を映して感情表現したりします。本作で一番カメラが揺れるのはなつめが十村を説得しにマンションの廊下に押しかける場面です。そことなつめとマリコの喧嘩シーン以外はほとんど揺れません。当たり前の事ではあるのですが、こういう基本に忠実な演出はとても映画的に説得力があります。
一方で、おそらく深川監督のクセなのでしょうが、「ここで泣け!」という場面ではピアノのBGMに併せて俳優の泣き顔を堂々と映します。この安っぽさは「半分の月~」でもありましたし「白夜行」でもありました。捻くれている私はこういう演出で逆にテンションが下がります。でも他の作品達を考えれば、このぐらいは可愛いものです。ただ十村が玄関で泣くシーンは最後背中の引きショットで終わりますから、やれば出来るはずなんです。監督のインタビュー等当たって見ないと分かりませんが、もしかしたらワザと分かりやすさを重視して安っぽく撮っているのかも知れません。
雰囲気映画といってしまえばそれまでですが、見ている間に一口も飲み物を飲まないぐらい画面に引き込まれました。

【まとめ】

調子に乗ってる自己中な女の話ですから、一般的にはあんまりオススメできるものではありませんw ただ個人的には好きですし、DVDが出たらもう1回は見たいぐらいのテンションです。映画はストーリーだけでは成立しないですし演出だけでも成立しません。でも、見た目の部分だけでも説得力ある撮り方をしてもらえれば、どんなに酷い話でも少なくとも腹は立ちにくいですし十分に集中して見ることが出来ます。ちょいちょいなつめの言動に「あ~ん?」と引っ掛かる部分はありますが、120分楽しく見ることが出来ました。こっそりとオススメします。
※書いてて気付いたんですが、これもしかして毎年必ずある「バレンタインムービー」でしょうか? カップルで行くのは絶対止めた方が良いです。見た男は十中八九、蒼井優が嫌いになりますし、過去に彼女にイラっとした記憶が鮮明に蘇ってきますw

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