イレブン・ミニッツ

イレブン・ミニッツ

​今日の2本目は

「イレブン・ミニッツ」です。

評価:(90/100点) – スコリモフスキ meets ファイナル・デスティネーション!


【あらすじ】

ポーランドのワルシャワ、17時。女優はオーディションのため、夫を置いて一人で監督の部屋へ向かう。自殺未遂をした女は、同棲していた彼の犬を譲り受け、別れを告げられる。学生への性犯罪で保護観察中の男は、公園でホットドッグを売る。質屋に強盗に入った男は、そこでクビを吊った店主を発見する。そして17時11分、なにかが起こる、、、。


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【感想】

今日の2本目はイエジー・スコリモフスキの最新作「イレブン・ミニッツ」です。あんまりお客さんが入っていないのはある程度予想していたのですが、さすがに同じ列のサラリーマンが焼酎と唐揚げを食べ始めたのはびっくりしました(笑)。どうみても映画オタク向けの作品なのに、なんかいいんだか悪いんだか、、、というね、、、。

映画オタク向けと書きましたが、本作はイエジー・スコリモフスキらしからぬ、とても愉快なエンタメ色の強いジャンルムービーです。ですので、是非、映画オタクの方以外にも見ていただきたいです。ここから私はこの作品をがっちり褒めちぎります。細かいネタバレはいたしませんが、どうしても具体的に書かざるを得ない部分がありますので、実際に見てから読んで頂いたほうが良いかと思います。本当におすすめですので、是非劇場で御覧ください!

これは悪趣味ジャンルムービーだ!

いきなりですが、この作品には明確なストーリーがありません。いわゆる物語的な意味での起承転結がなく、ある日の世界の「17時~17時11分」までを切り取った形になっています。なぜ「11分」というハンパな時間なのか?これは映画を見ていただければわかります。

本作には起承転結が無いと書きました。では何があるのかというと、それは「不穏な空気とカタストロフの予感」です。本作では、全編を通して、ひたすら「不穏な空気」が描かれます。明らかに悪事を考えてるっぽいエロ監督と、狙われてるっぽいちょい頭の弱いグラマラスな女優。そこに乱入しようとする左目を怪我した女優の夫。保護観察中のホットドッグ売りと、その息子で麻薬中毒のバイク便配達屋。公園で彼氏を待つのは、手首を切って家に火を付けながらそれでも生き残ってしまった女。全ての登場人物が、何か犯罪の臭いというか危険な雰囲気を漂わせており、いたるところでちょっとしたアクシデントや不吉なイベントが頻発します。空にはよくわからない”何か”が浮かび、部屋には鳩が突っ込んでくる。

群像劇である以上はいつかはこの登場人物たちは交わるわけで、それはもうこの不穏さの積み重ねで破滅するしかあり得ないわけです。いつカタストロフがくるのか?いつこの不穏さが爆発するのか? 見ている私たちはヤキモキ・ハラハラしながら、それを待ち続けます。「お!バーナーに火がついた!」「うぉ、交通事故起きそう!」「うわ、飛行機が低空で!これは9・11か!?」「え!?隕石落ちちゃうの!?アルマゲドン!?」。そういったヤキモキが5分に1回くらいやってきます(笑)。まだこない、、、まだこない、、、うぉ、、、まだだ、、、。こうやってジレている内に、いつしかカタストロフを待ち焦がれてハードルが上がりまくっている自分がいるわけです。そしてついに来る破滅の瞬間!やっときた!ガッツポーーーーズ!しかも笑えるぐらい凄いあさっての方からカタストロフがやって来ます(笑)。この開放感!エクスタシー!最高にスッキリします(笑)。もう完全に「ファイナル・デスティネーション」です。

これだけだと普通のブラックホラー・コメディなんですが、さすがにこれで終わらないのがイエジー・スコリモフスキ。ちゃんとこの後に、「でもこういう劇的な事件は、実は世界中でしょっちゅう起きているんだ。」という締めが加わり、最終的には「人生の不条理さとだからこその面白さ」という人間讃歌に着地します。私たちが出会う人やすれ違っただけの人にも、すべてその瞬間に至る人生の物語があるんだってことですね。つまり、この映画は世界で常に起きていることを、たまたま11分だけ切り取ったという形なんですね。だから起承転結もないし、ドラマが途中から始まるんです。11分っていうのは、おそらく9・11の連想、つまり破滅の時ですね。ついでにホテルの部屋番号も「1111」です。

この結末はとても良くまとまってます。なんですが、なんかこういたずらっこの無理矢理なアリバイ言い訳に聞こえるんですね(笑)。「ほら!悪趣味だけど楽しいだろ!皆好きだろ!あ、一応道徳的な内容なんで、親御さんは子供が見ても怒らないでください。」みたいな変な言い訳(笑)。

とてもお茶目で素晴らしい映画です。

【まとめ】

もうすぐ80歳になる巨匠の最新作がまさかの直球ジャンルムービーという、よくも悪くもとても驚いた作品でした。逆に言うとですね、みんなホラーコメディのことを低俗だの下品だの文句いうなよ!ってことです(笑)。巨魁スコリモフスキも認めた素晴らしいジャンルです。是非是非、「ファイナル・デスティネーション(2000)」「デッドコースター/ファイナル・デスティネーション2(2003)」「ファイナル・デッドコースター(2006)」「ファイナル・デッドサーキット(2009)」「ファイナル・デッドブリッジ(2011)」とセットで見て欲しい作品です。これホント名作です。絶対映画館で見ましょう!

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後妻業の女

後妻業の女

9月の映画の日は

「後妻業の女」を見てきました。

評価:(75/100点) – 大竹しのぶハンパねぇ!圧巻のブラック・コメディ


【あらすじ】

小夜子は資産家男性と結婚しては殺して遺産を奪う「後妻業」の女である。今度のターゲットは元女子大教授の中瀬耕造。いつもどおり首尾よく遺産を奪ったものの、耕造の次女・朋美は小夜子の胡散臭さに気付いてしまう。朋美は友人で法律事務所勤務の守屋に相談し、私立探偵を雇って調査することにする、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 小夜子と耕造
※第1ターニングポイント -> 耕造の死
第2幕 -> 本多探偵の調査
※第2ターニングポイント -> 本多が柏木を脅す
第3幕 -> 決着


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【感想】

今日はですね、映画の日ということで「後妻業の女」を日劇で見てきました。高齢の夫婦で4割ぐらいは埋まっていました。劇場で流れる予告の「通天閣やない!スカイツリーや!!」というアレがあまりにもアレすぎてちょっと不安だったのですが、、、これ実際に見てみるとかなり面白いです。もちろんギャグが全体的に古臭いというのはあるんですが、終盤は結構本気でツボに入りました(笑)。悪いことはいいませんので、予告でちょっと引いたかたも見たほうがいいと思います。

今回は核心部分のネタバレは無しで書いていきますので、そのあたりはご安心ください。

男と女の化かしあい

本作は、ブラックコメディとピカレスクのハイブリッド映画です。

メインストーリーとしては「男と女の化かしあい」というものです。主人公・小夜子の「後妻業」は女が男の遺産を狙って遺言を書かせた上で死ぬのを待つという”捕食”の犯罪です。しかし、本作では最後のとあるオチで「いやいや男側だってある程度そういう女側の打算は看破してるんだぞ」というのを見せます。女は男の最後を看取るかわりに遺産をもらう。男は人生の最後を楽しむために遺産を渡して女に相手をしてもらう。この両者の打算的なWin-Win関係が、本当に悪いといえるのか、、、ってなところです。要は「結婚って実際はそういう打算的な部分もあるんだよ」っという教訓話ですね。これは本当に身につまされます。

犯罪モノから怒涛のブラックコメディへ

こういったシリアスな大人の(というか高齢者向けの)ストーリーをベースにして、終盤には怒涛のブラックコメディが展開されます。もうですね、大竹しのぶ扮する小夜子の魅力が全てを掻っ攫っていきます。それも反則じゃないかというレベルで(笑)。

本作には、大勢の”小悪党”が登場します。結婚相談所・所長で小夜子に高齢者のカモを紹介する柏木。探偵の癖にいろいろ黒い本多。ホステスで柏木を金蔓にするマユミとリサ。金庫破りに、ヤクザも見る獣医。登場人物が少ないにもかかわらず、出てくる人がみんな悪党だらけです。それもわりとショボい小悪党。そんな中にあって、とにかくなんせ凄いのが小夜子です。ネコはかぶるわ、人は殺すわ、遺族にドス効かせるわ、銀行員に小芝居打つわ。もうやりたい放題です。この小夜子がですね、最初は本当にうざくてうざくて仕方ないんですが、鶴瓶演じる舟山が出てきてからは一気に人間臭くなるんですね。急にホツれ始まるんです。このギャップが凄い良くて、なんかもうこのキャラだけで全部いいんじゃないかというアイドルオーラを感じます。

序盤はわりと大人しめのピカレスク(=格好いい犯罪者もの)が展開されるのですが、だんだんギャグがひどくなってきて、三幕目は完全に悪ふざけの大ブラックコメディ祭りになります。この祭りの勢いを一身に担っているのが小夜子の実の息子・岸上博司君です。
この博司君がですね、30歳にしてニートかつキ◯ガイかつ獰猛かつ小心者という最高に頭の悪い狂言回しでして、もはや会話が通じないレベルのスーパーコントを展開して来ます。博司君が出てくるパートはことごとくウザく、ことごとく面白いです。ボケの博司君とツッコミの柏木という布陣で展開しつつも、後半は柏木に起きた”ある事”によってツッコミすら不在になり、一切収拾がつかなくなります(笑)。

このあたりは、私それこそ「マルホランド・ドライブ(2001)」のドタバタ殺し屋パートを思い出しました。ゲスな犯罪者達にしょうもない間抜けなドタバタコメディをさせることで笑い飛ばしちゃおうというスノビスト的なセンスですよね。それこそ北野武の「アウトレイジ(2010)」もそういう方向性ですし、なんかこう「90年代的日本映画の臭い」みたいなものを感じてとても良かったです。それも、序盤がシリアス/シニカルであればあるほど、後半の超絶ドタバタコメディでの「ゲスな犯罪者達への軽蔑込みの笑い飛ばしっぷり」が加速するわけで、この辺のバランス感覚は本当にすばらしいです。

【まとめ】

書き方が難しいんですが、とても日本映画らしいバランスの文芸コメディ映画でした。つい最近”ザ・ハリウッド”な某コスプレコント映画を見たばっかりだったので、余計に安心して見れたのかも知れません。こういう良作がもっと流行ってほしいです。そういう意味では、一番のネックはあの予告編ですよね(笑)。あのド下品なオヤジギャグ予告だと、じぃちゃんばぁちゃん以外は劇場に呼べないです。もっと大竹しのぶのはじけっぷりを前に出せばいいのにと、そこだけがちょっと不満でした。

ちなみにこういった内容の作品ですので、当たり前ですがポリティカル・コレクトネスとかそういう道徳的なものは一切ありません(笑)。たぶんフェミニストの方が見ると気が気じゃないくらい怒り狂うと思いますので、ご注意下さい。「君の名は。」で恋人たちのロマンチシズムに浸りきった後にはね、コレでも喰らえ!(笑)
超オススメします。

■ おまけ(ネタバレあり)

この映画は、最後のオチが本当に良いと思うんです。最後に見つけた遺書って、本来は妻である小夜子が最初に見つけてしかるべき場所にあるんですね。小夜子にもし少しでも良心があったなら、当然仏壇に手を合わせて、お線香が足りなくなって、そしてサクっと遺書を見つけて、サクっともみ消せたんです。これは、耕造の最後のテストなんですね。「お前が遺産狙いなのは感づいてるぞ。でもそれは良い。きちんと”妻”を演じてくれるなら遺産は渡す。でも本当にお金が欲しいだけなら、そりゃあげないよ」という茶目っ気たっぷりの挑戦状です。そして見事にテストに不合格という、、、耕造/小夜子共々いいキャラでした。

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ゴーストバスターズ(2016)

ゴーストバスターズ(2016)

今日は2本です。1本目は

「ゴーストバスターズ(2016)」です。

評価:(8/100点) – イケイケおばちゃんのコスプレ・コント


【あらすじ】

女教授のエリンは、コロンビア大学で終身雇用を獲得しようとしていた。しかしある日、ゴーストが出たので助けて欲しいという謎の紳士の訪問で、かつて自分が友人と共同で書いた「GHOSTS FROM OUR PAST」というオカルト幽霊本がまだ売られていることに気付く。オカルト本を書いていたことがバレると自分の地位が危なくなると思ったエリンは、共同著者のかつての親友アビーの元を訪れる、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> GHOSTS FROM OUR PASTと幽霊屋敷
 ※第1ターニングポイント -> 最初の幽霊にあい、大学をクビになる
第2幕 -> ゴーストバスターズの結成
 ※第2ターニングポイント -> ローワンの死
第3幕 -> ニューヨークを救え!


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【感想】

今日の一本目はゴーストバスターズです。私の世代にはまさにど真ん中、ハリウッド80’sを代表する大傑作「ゴーストバスターズ(1984)」のリブート版です。私も一時期携帯電話の待ち受け画面がロゴだったことがある大好きなシリーズです(笑)。マジで冗談で無く、テレビ放送を録画したVHSを擦り切れるまで見ました。公開二日目の最初の土曜ですので、完全に客席が埋まってました。私の隣は小学生ぐらいの子供3人が子供だけで見に来ていて、とても嬉しくなりました。是非これをきっかけにオリジナル版も見てくれないかなと願ってやみません。そういう意味では、オリジナル版への興味を若い子達に持たせるという意味だけで、この映画の存在価値はあると思います。
ここから私はいつものようにガンガングチりますが(笑)、そんなことは気にせず、是非見に行ってください。

私のグチを聞いてけれ。

今回のゴーストバスターズですが、リメイク/リブートというよりは、往年のゴーストバスターズを元ネタに使った別個の同人コメディ映画になっています。海外ではゴーストバスターズのメンバーを全員女性にしたことで色々盛り上がってるみたいですが、私の感想としてはそこ以上に全体的にあんま愛が感じられないというか、あんまり制作側の熱量を感じませんでした。

1つ目の残念なポイントは、そもそもこの映画にドラマが何もないことです。チーム結成ものにもかかわらず、チームの結束が強くなったり、コンビネーションで合体技が出たりということがありません。そもそもみんな登場した段階で結構いい大人なので、成長要素がないんですね。天才発明家・ホルツマンが都合のいい道具を何でもすぐに発明しまして、それをメンバーがバンバン使います。そこにカタルシスやドラマは全くありません。みんな道具を労せず使いこなすし、ピンチらしいピンチもろくにありません。これですね、ゴーストが強くない&ゴーストバスターズのメンバーが苦労もせず強すぎるということで、単なるオリジナル版のコスプレをしてそれっぽいことやってるだけのノリノリおばちゃんを見る映画なんですね。これはキツい。これが素人が作ったファンムービーなら笑って済ませられるのですが、仮にもプロの仕事としてちょっとコレはないだろうと思います。

2つ目はゴーストの扱いです。本作のゴーストは全て敵役の人間・ローワンが1人で召喚します。すなわち、ローワンがゴーストのテッペンにいて、オバケたちはその下でいいように利用されているんですね。言うこと聞いてたり聞いてなかったりなんですが、それってなんかオバケものとしてはショボすぎませんか?ハッタリでいいからローワンが魔王の生まれ変わりとか、実はズールのしもべだとか、はたまた何かに乗り移られているとか、なんかこう彼の上に一体オバケを置いて欲しいんです。結局ラスボスが人間ってどうよ、、、っていうね。結局はお化けよりも冴えない人間の男の方が怖いのだ、、、ってそれないでしょう。仮にも「ゴーストバスターズ(お化け退治屋)」なんだから。

こういったことがありまして、私は単独映画としての本作を一切評価しません。CGがちょっと豪華なだけで、映画の中身には価値がないと思います。

少なくとも男はターゲットじゃない

一応海外でのフェミニズム的な話に触れておきます。本作は完全に女性向けです。というか男性差別が強烈です。クリス・ヘムズワース扮するケヴィンは「身体がいいだけで頭空っぽ&電話もロクに出られないバカ」として登場し、劇中では堂々と「彼は顔と身体だけあればいい」とセクハラされ三昧です。そしてもう一人の男「ブラッドリー市長」も完全に無能な狂言回しとして登場します。そして犯人はデブで冴えない根暗男子。べつに私はフェミニストじゃないのでこれについて怒るつもりはまったくないんですが、ここまであからさまに「オバちゃん目線」で描かれると、なんか別にこの映画自体がどうでもいいかな~と思えてきます。男は視聴のターゲットではないんでしょう。

一つ言いたいのは、この映画を見て「この映画のどこが男性蔑視だ!」と言ってる人たちは、私が好きな「チャーリーズ・エンジェル(2003)」や「トランスフォーマー(2007)」や「アナコンダvs殺人クロコダイル(2015)」に絶対に文句言うなよってことです(笑)。だって本作って男女ひっくり返せば、「冴えない男4人チームが頭の悪いブロンズ・スレンダーをアシスタントにしてセクハラしまくってブヒブヒ言ってる」って構図ですから。まぁそれって私の大好物な気がしますが(笑)。なので、怒りはしませんが、興味もありません。

【まとめ】

一応、オリジナル版のキャストやゴースト/アジトの消防署などが出てきますので、ファンサービスはできてます。できていますが、そもそものストーリー自体に愛が感じられないので、「これ出しときゃいいんでしょ!」みたいに見えて個人的にはあんまり喜べませんでした。オリジナル版のほうが100万倍面白いので、本作を映画館で見た後でオリジナルを見て、やっぱ良く出来てるな~と再認識して貰えると良いと思います。
本作の価値はそこだけです。

追記:2016年08月22日

この映画には「仲たがいしていた親友同士が友情を取り戻す」というドラマがちゃんとあるじゃないか!という感想を見かけたのでちょいと私なりの意見を書きたいと思います。
たしかにエリンとアビーは昔決別してます。アビーはずっーとゴーストの研究を続けていて、でも一方のエリンは「ゴーストがいるなんていったらキ○ガイに思われる」ってそれを否定して、二人は別々の道を行ったと。ところが本作の1幕目で、エリンは予告にも出てくる女幽霊と遭遇して、「Ghosts are real!!!(お化けは本当にいるんだ!!!)」って大興奮して、昔の価値観に戻ります。もうここで過去のわだかまりは全部溶けちゃってるんですね。友情を取り戻す事自体にドラマ性はなんにも無く、冒頭でサラっと描かれちゃってます。最後のほうでエリンが「もうアビーのことは見捨てないわ」みたいなこと言うんですが、そんなん映画始まってすぐから見捨ててないじゃん、、、ていうどっちらけっぷりでした。それを描くなら、映画の中盤以降のどこかで「いままで見たゴーストは全部夢だったんだ」みたいなことをエリンに言わせて、もう一回ゴーストの存在を否定させないといけないんです。それをやってないので、「仲たがいしていた親友同士が友情を取り戻す」という流れは、本作のドラマにはなっていません。

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デビル

デビル

はいはい。どんどんやっつけて行きますよ!!! でも次はやっつけられない今年一番の話題作!!!

デビル」です。

評価:(87/100点) – 俺達が10年待ち焦がれたシャマラン!!


【あらすじ】

ボーデン捜査官は妻と息子を交通事故で亡くし、そのショックでアルコール依存症にかかっていた。なんとか5年ぶりに復帰した彼を待っていたのは、飛び降り事件の捜査だった。不可解な飛び降り事件を捜査しているまさにそのビルで、今度はエレベーターが緊急停止して閉じ込められたとの通報を受ける。閉じ込められたのは5人の老若男女。果たしてこのビルで何が起きているのか、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 飛び降り事件の捜査。
 ※第1ターニングポイント -> 上りのエレベーターが止まる。
第2幕 -> エレベーター内での焦りと事故の積み重なり。
 ※第2ターニングポイント -> 残り二人になる。
第3幕 -> 結末。


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【感想】

さてさて、ようやっと7月末まで辿り尽きました。7月24日に見たのはシャマラン原作・プロデュースのオカルト・スリラー映画「デビル」です。アメリカでは昨年の9月に公開され、一部で結構話題になっていました。シャマランが立ち上げた「The Night Chronicles」レーベルの記念すべき1作目です。ちなみに「The Night Chronicles」は、最近だと「ブルーノ」とか「アジャストメント」なんかに出資しているアメリカのファンド「Media Rights Capital」とシャマランが共同で立ち上げたレーベルで、シャマラン原作のオカルトスリラーだけを映画化することを目標にした夢の様なプロジェクトですw 当面3作品は制作される予定です(※)。その記念すべき1作目なわけですから、そりゃあ誰だって気合いが入ろうってものです。

※注 2016年9月27日追記:気になって久々に調べていたら、なんとThe Night Chronicles 第2弾の「reincarnate(輪廻転生)」は2013年に撮影したのに頓挫して御蔵入りになったそうです。ということで、このシリーズ自体も無かったことになりました(笑)

監督はジョン・エリック・ドゥードル。2009年にこのブログでもとりあげたスペイン産傑作ホラー「レック/REC」を、ハリウッドリメイク(っていうか完全コピー)の名の元にズタズタにしてくれた職人監督ですw

まずはストーリー

本作はソリッド・シチュエーション・スリラー的な要素を盛り込んだゼロ・サム・スリラー(※最後の1人になるまで殺し合いになるフォーマット)です。エレベーターの中に閉じ込められた癖のある5人の男女達が、瞬間停電をするたびに一人また一人と殺されていきます。完全な密室状況の中において、当然犯人は乗客の誰かなわけです。
そしてさらにそれを監視室から見守る2人のビル管理人と主役であるボーデン捜査官。
物語りはこのエレベーター内部のスリラーと、エレベーター外部で次々に起こるオカルトホラー的な要素が並行で進む事によって転がっていきます。物語はちょいちょい起きる瞬間停電によってどんどん緊迫度を増していき、そしてついには驚愕の展開(ただし半笑い)が観客を待ち構えています。
そうです。本作は大変に良く出来た「エンターテイメント・ホラー映画」です。当ブログではことある事に「ホラーとギャグは紙一重」という話をしていますが、まさに本作こそお化け屋敷的な意味でのギャグ要素を頻繁にいれたコメデイ映画です。ファイナル・デスティネーション・シリーズのような「泣きっ面に蜂」を畳みかけつつも、一方ではワイガヤな密室パニック状態を見せる。そしてただただ見ているしかない無力な主人公とオカルトを信じるお茶目なヒスパニック系警備員。バランスは完璧です。まさに鉄壁のコメディ布陣。ちょっと演出方法でサム・ライミの「スペル(Drag me to the hell」をパクリすぎですが、それだけサム・ライミがこのジャンルでは標準になってるのだということですし、なにせ面白いので全部OKです。

監督の顔が見えないくらい偉大すぎるシャマランの魔力

本作は「シャマラン監督作です」といわれてもまったく違和感がないくらいシャマランのドヤ顔がチラチラ見え隠れします。それだけで私達のような良く訓練されたシャマラーは感涙で脳内点数が3倍増しなわけです。
皆さん、(エアベンダーは忘れて)ヴィレッジやハプニングを最初に見たときの事を思いだしてください。あのぎこちないカメラワークと会話。淡々としながらもそれでいて物凄い広がり方をする世界観の風呂敷。そして後半に急激に襲ってくるなんともいえない「やっちまった」感じ。そうです。前半のワクワクと後半の肩すかしな感じの落差こそがシャマランが中毒性をもって愛される理由なんです。いっつも前半は超テンションが上がって、それがだんだん怪しくなって、最後には観客の目が泳ぎ出すあの感覚。それこそがシャマランがシャマランである理由なんです。
ところがですね、なんと本作は最後失速しないんです。ずっと高いテンションのまま躁状態で終わるんです。これはハッキリ言ってシックスセンス以来11年振りの快挙です。普段は「シャマランの魅力はあの半笑いな所だよね」とかしたり顔をしているシャマラーな私ですが、でもやっぱり最後までちゃんとしてるシャマランが見たいんです!!!! 見たかったんです!!!!! 強がってたんですよ!!!! すっぱいブドウが恐かったんですよ!!!! すみませんでした。
これはおそらくシャマランの書いた脚本をブライアン・ネルソンに書き直させていることが相当大きいと思います。シャマランはアイデアの天才なんですから、実務は下々の職人に任せて、好き放題に脳汁を出してた方が絶対良いです。

【まとめ】

本作はまさに私達シャマラーが夢に描いていた「完成されたシャマラン映画」そのものです。夢が、、、夢の作品が今まさに公開されているわけですよ!!!! 集え、全国のシャマラーよ!!! 駆けつけるべし、駆けつけるべし、駆けつけるべし。
オ・ス・ス・メ・です!!!
ちなみに、非シャマラーの方にとってはただのショックスリラーですので、点数は1/3にして下さい(笑。

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ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える

ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える

やっつけ仕事の2本目は7月3日に見た

ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える」です。

評価:(70/100点) – 一作目とやってること一緒じゃん。好きだけどw


【あらすじ】

前作から2年、歯科医のスチュはタイ系の美女ローレンとの結婚を決めナーバスになっていた。ローレンの父はタイでも有数の金持ちで、弟は優秀な研修医。いつもの仲良し3人組+1人でタイへの結婚式へと向かった一行は、またもや前夜祭と称して一杯だけの乾杯をしてしまう。それが、悪夢の始まりだった、、、、。


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【感想】

やっつけ仕事の2本目は「ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える(原題:The Hangover Part II)」です。ぶっちゃけ書くこと無いくらい1作目と同じで書くこと無いくらい面白いジャンルムービーなので見に行って下さい。オススメです!!!!




だとさすがにやっつけ過ぎるのでちょっとだけw 本作は前作を見ている前提での「天丼ギャグ」的な作品です。前作と同じパターンになるたびに「志村!うしろ!うしろ!」をやり続けるという構造ですので、前作を楽しめて、かつ本作をB級ジャンルムービーと割り切って見に行く分には大変愉快な作品だと思います。一方で、前作がいまいち乗れなかった場合、特にアクの強いアランを筆頭とした下品なギャグの数々に目を細めてしまった場合は厳しいと思います。本作ではトッド・フィリップス監督がサービス精神満点で過剰なご奉仕を連発してきますので(笑)、前作以上に軽くヒく場面が増えています。「歯を抜くぐらいならまだしもそんなの切っちゃうの!?」とか、あまりのことに普通にサスペンスホラーっぽい雰囲気すらしてきます、、、、序盤だけはw
前作がすごかったのは完全に割り切った「カーテンコール落ち」だったという事だと思うんです。つまり、ただでさえ本編は良く出来たドタバタコメディだったのにそれがエンドロールの写真達のあまりのくだらなさとお茶目さによって一気に爆発的な笑いに転換するという、完全な出オチです。本作でもきっちりとその出オチが踏襲されています。前作ファンなら楽しめるサプライズ・ビッグゲストの登場に続いて流れる不謹慎なアホ共の姿に、ニヤニヤしながら引きつつ笑うという最高に楽しい体験が出来る作品です。もう大分客入りも落ちているようなのであんまり劇場で見なくても良いかなとは思いますが、とりあえず押さえておくと楽しめる作品です。オススメです。

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さや侍

さや侍

ようやっと休みが取れたので

「さや侍」を観てきました。

評価:(25/100点) – 切腹を申しつける!by 伊武雅刀


【あらすじ】

伊香藩水位微調役だった野見は脱藩の身で追われていた。賞金稼ぎに追われながらも娘のたえと逃避行を続ける野見は、ある夜、多幸藩に入ったところを捕まってしまう。野見はお白州にて「三十日の業」を宣告される。それは母親の死でふさぎ込んでしまった若君を笑わせるために、30日間異なる芸を一日一個披露するというものだった、、、。


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【感想】

さて、本日は2本観てきました。1本目は松本人志監督3作目の「さや侍」です。予告をみるだに危なげな臭いがプンプンでしたが、とりあえずはずせないので見てきました。平日の昼間ですが結構中高年で埋まっていました。TOHOシネマズで1000円だったからでしょうが、それでもまだまだファンはいるようです。
ちょっと今回は最終盤まで書かざるを得ないのでネタバレありで行きたいと思います。申し訳ございませんが、未見の方はご遠慮下さい。結論としては、前2作よりも映画っぽい部分は増えていますが、その分だけより明確に失敗しているのが見えてしまい残念な事になっています。さらにメッセージの不快さは桁違いにパワーアップしています。どうなるかはわかりませんが、個人的には仮に松本監督の次回作ができたとしても見に行くかどうかはかなり怪しいレベルです。

「三十日の業」の流れ

話は野見に課せられた「三十日の業」が中心になります。そして「三十日の業」にはフェイズが3つ用意されています。まず第1フェイズとして、野見は自分でギャグを考えます。これは腹芸だったりどじょうすくいだったりとクラシカルなものでクオリティは目も当てられませんが、劇中でもきちんとすべっているので特に問題はありません。
次に野見は門番2人を味方につけ、彼らのアイデアをそのまま実行するようになります。ここが一番長く取られている部分で、かご抜けだったり白刃取りだったりです。ここから最後まで野見は何も考えなくなります。これ以降はすべて誰かに言われた通りのネタを披露するだけで、本人が努力するような描写はありません。このフェイズが一番長いため、どうしても野見はただ周りに流されているだけのような印象がついてまわります。
最後のフェイズは人間大砲以降です。ここからヘソを曲げていた娘が協力して口上するようになり、ギャグはすべて大道具をつかったバラエティ的なものになります。また、これより舞台にギャラリーがはいるようになり公開の出し物になります。一貫してギャラリーたちは野見の出し物に手を叩いて喜びますが、若君は無表情なままです。
そんなこんなでクライマックスの最終日、殿様までも味方につけた野見は「何をやっても若君が笑ったことになる」というインチキな状況の中で、何もやらずに切腹します。作品上では、それまでみじめだった野見が最期に武士としてプライドをもって死を選ぶというような雰囲気で描かれています。

作品内での問題点

さて、全体を通して言える作品内での問題点は3つです。
1つは野見の努力がほとんど描かれないことです。野見は最初から最後までただただ周りに流されまくるだけでほとんど自主的な行動をしません。ですから、そもそも感情移入も出来なければ応援しようという気もおきません。
2つめはギャグのクオリティの問題です。特に2フェイズ目までは作品内でもすべっているので気にはなりませんが、3フェイズ目は作品内のギャラリーは爆笑しているのに実際にはまったくおもしろくないという現象がおきています。これは例えば「ランウェイ☆ビート」で作品内では絶賛されているのに実際にフィルムに映っているファッションはダサいというのと同じで、どんどんフィルム内との価値観のズレが気になって興味自体がなくなっていってしまいます。
3つ目はフィクション・ラインの設定の問題です。本作では、冒頭で三味線の隠し刀で背中をざっくり切られて血が噴き出してもすぐに治ってしまいますし、鉄砲で頭を撃たれてもケロっとしています。ですから、どう見ても本作はルーニー・テューンズのような世界なんです。上から大岩が振ってきて押しつぶされても「ひらひらひらひら」みたいに人間がペチャンコになってすぐ元に戻るような世界観です。だから切腹くらいじゃ野見は死なないと思えるんです。介錯で首を切られたとしても、すぐ首がもどって生き返るんじゃないですか? だから全然感動できません。そもそも散々それまで生き恥をさらしていたくせに最期だけ「侍のプライド」みたいなことを言われてもどういう反応をしていいか分かりませんし。最終盤でお墓参りをした娘と若君の前に幽霊っぽい野見がでてきますが、このフィクション・ラインだとそれが幽霊かどうかすら分からないんですよ。単に切腹して首を切られても死ななかっただけにも見えます。

作品の世界観から見るメッセージの不愉快さ

とまぁ単純に映画としてかなり如何かと思う出来なのですが、はっきりいってこれだけであればそんなにケチョンケチョンに言うようなレベルの作品ではありません。よくある失敗した邦画です。ですがここに描かれるメッセージというのが本当に不愉快で本当にがっかりするんです。
見ればすぐ分かるように、本作は監督の前作「しんぼる」と同じく「天才・松本人志の苦悩」という自己評価がテーマになっています。本作の野見は松本人志の投影になっています。松本はアンチ松本(賞金かせぎトリオ)から致命傷と思われる攻撃をくらいますが、しかし本人はそんなことは一切気にせず、またたいしたダメージも負いません。ところが松本は奉行所につかまってしまい、辛口評論家である若君を笑わせなければいけないというバツゲームを食らうハメになります。しかし彼一人の力ではまったく笑わせることが出来ません。体を使った小規模なギャグではまったく笑いをとることが出来なかった彼は壁にブチ当たります。
その後に板尾と柄本Jrというブレーンを仲間にしてギャグを繰り出しますが、それでも評論家(若君)を喜ばせる事は出来ません。しかし、喧嘩別れしていた後継者(娘)が戻ってくることで、彼は本来の力を発揮します。大道具を使ったお金の掛かるギャグ(映画orTV)を繰り出すようになり、彼は一般大衆の人気者になります。しかしそれでも評論家(若君)を笑わせることは出来ません。評論家以外のほぼ全てを味方につけた彼は完全にイエスマンに囲まれた状況の中で「何をやっても笑ってもらえる」という状況を拒絶します。「自分にも表現者/男としてのプライドがあるんだ」として自ら切腹するわけです。
時は経ち、何百年もたって、町に残ったのは若君(評論家)ではなく彼の墓石(=作品)でした。彼は若君を笑わせることは出来ませんでしたが、歴史が彼を正当に評価したのです、、、。
ということなので、本作のテーマは「天才・松本人志の苦悩」となるわけです。彼の脳内では、彼はいま正当に評価されていないのです。「市中の人(一般人)には受けているのに若君(評論家)には評価されていない」というのが彼の自己認識です。しかしイエスマン・松本信者ばっかりに囲まれて甘やかされるのは嫌だと。そんな事になるぐらいなら引退したほうがマシだって言ってるんです。だけど今に見てろと。周りがどうこう言おうと、自分の正当性は50年とか100年経ったときにひっそりと作品が語り継がれていることで証明されるんだと。




好きにすればいいんじゃないですか。でも、今の松本人志さんの状況はまさしく「イエスマン・信者に囲まれて甘やかされている」んですから、わざわざ映画を撮ってまで宣言した以上はさっさと引退するべきだと思いますよ。それこそ「生き恥をさらすぐらいなら自害しましょう(by たえ)」な状況なんですから。

そもそもこの作品自体にオリジナリティがないんですけど、、、。

実は一番どうかと思うのはこの作品のオリジナリティの部分です。本作の元ネタは「千夜一夜物語」または「最後の一話(A Story Short/ケルト民話)」です。どちらもある事情によって毎日一つずつネタを披露しなければいけなくなった人間がネタ切れに悩みながらも表現者としての能力を発揮していく話です。本作はこれに松本人志本人の自己表現をかぶせてくるんです。そこに乗っかるギャグもクラシカルなものから大道具を使った良くあるバラエティ企画ものまで、まったくオリジナリティがありません。「わざと寓話的にしたんだ」と言われればそうかも知れませんが、ここまで類型的なモノで固めておいて「表現者でござい」と言われてもかなり困ります。しかもこのテーマ自体も前作でやったことの焼き直しなわけで、それすらオリジナルではありません。だから本作にはどこにも見所がありません。

【まとめ】

最初に戻りますが、私は本作を見て松本人志作品はもうお腹いっぱいです。私は「ごっつええ感じ」のど真ん中世代でとんねるずよりもダウンタウン派でしたし、松本人志のダラダラしゃべりのショートコントは本当に天才的だと思います。ですが、ここまで自意識が肥大化してしまうと、これはもう手が付けられないように思えます。松本さんの中ではもう彼は立派な歴史的映画監督になってしまっていて、死後に評価が改められるような位置に自分を置いちゃってるんです。そりゃあ確かに吉本興行の映画では良い方ですし、周りも稼ぎ頭に文句をいいづらいのも分からないではないですが、、、いい加減これは誰か止めた方がいいと思いますし、100歩譲ってもちゃんとした監督や脚本家を雇って本人は制作とか原案とかでクレジットさせた方が良いと思います。
特にオススメはしません。でも松本さんが好きな人は見に行った方が良いと思います。ある意味では信心テストのようなもので、「これでもまだついてこれるか?」って聞かれているようでした。申し訳ないですが私にはもう無理です、、、。本当にすべっているにも関わらず「わざとすべってるんだ」という負け惜しみを前面にだしてしまった時点で、もう彼に求心力は残っていないんだと思います。寂しい話です。

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パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉

パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉

久々の金曜のレイトショーはThat’s ハリウッド大作、

「パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉」です。

評価:(35/100点) – パート4だからキャラのファンさえ喜べばOK。


【あらすじ】

バルボッサにブラック・パール号を奪われたジャックは、自分の名を騙って船員を集めているものが居るという酒場を目指してロンドンに戻ってきた。彼はそこでかつての恋人・アンジェリカと出会う。なんとか警察の追っ手を振り切ったジャックは、しかしアンジェリカに嵌められて史上最恐の海賊・ブラックビアード(黒ひげ)の船に乗せられてしまう。なんとアンジェリカはブラックビアードの船・クイーン・アンズ・リベンジ号の一等航海士だったのだ。そしてブラックビアードの死期が間近に迫ったという預言を信じ、ジャックが地図を持っている「若さの泉」を探していた。
こうして、「若さの泉」と泉での儀式に必要な「人魚の涙」と「ポンセ・デ・レオンの二つの杯」を探す冒険が始まった、、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> ギブスの救出とアンジェリカとの再会
 ※第1ターニングポイント -> ジャックがクイーン・アンズ・リベンジ号に乗る
第2幕 -> 「若さの泉」を目指す冒険
 ※第2ターニングポイント -> ジャックが杯を持ってブラックビアードの元に戻る
第3幕 -> 若さの泉


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【感想】

金曜は久々に新作レイトショーで「パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉」を見てきました。初日のレイトショーですが、金曜にしては6~7割ぐらい人が入っていたので結構多い方です。
本作はお馴染み「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズの4作目です。1作目の「呪われた海賊たち」は本当に良く出来た冒険活劇でしたが、「デッドマンズ・チェスト」と「ワールズ・エンド」の連作がかなり微妙な出来で、新作のハードルは下がっています。4作目は前3作の根幹にあった「エリザベスとウィルの身分違いの恋物語」が一段落し、仕切り直しとなっています。
極端な話しをすれば、4作目ですのでシリーズのファンさえ喜べればなんの問題もありません。そういった意味では本作は3作目でベビーターンしたバルボッサが大活躍しますし、ジャックはいつもの軽いふざけたノリ全開で来ますので、十分に楽しめると思います。思いますが、、、ちょっと全体的にはすごいことになっています。
一番ずっこけるのは、本作には迷ったり謎を解いたりという「冒険要素」が一つも無いことです。ジャックは最初から「若さの泉」への地図を持っていますし(というか前作の最後で手に入れてましたし)、人魚は最初からホワイトキャップ湾にいるのが分かっています。「ポンセ・デ・レオンの二つの杯」も何故かホワイトキャップ湾のある島にあります。ということで、本作はお宝に向かって最短距離で進みますw
結局アンジェリカがなんなのかは良く分かりませんし、ブラックビアードも「最恐の海賊」というのが納得出来ないほど全然活躍しません。スペイン軍も最後の最後まで目的がわかりませんし、それすらもなんとなくの宗教観・原理主義っぽさで動いています。ブラックビアードのクルーのゾンビも良く分かりません。全体的にすべてがとても記号的です。
本作はそういった薄いストーリーの上で記号的なキャラ達がワイワイキャキャとやるだけなので、これは作り手側がもう完全なファンムービーとして割り切っています。言い方を変えれば、本作を見て喜んでくれるファンが少しでもいれば全く問題ありません。私自身もちょいちょいズッコけながらも全体としては楽しく見られました。ジェフリー・ラッシュは「英国王のスピーチ」の先生役も良かったですがやっぱりバルボッサ役が一番イキイキと輝いています。
ということで、シリーズのファン限定でとりあえずオススメします!
ちなみに、本作では3Dはたいして意味がありませんのでどうでもいいです。暗すぎて全然3Dに見えませんし、最初から3Dカメラで撮ったわりにはあんまり有効に使われていません。私が言うのもなんですが、3Dブーム自体がもう終焉ですのでとりあえず記念に見ておくのは手だと思います。

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抱きたいカンケイ

抱きたいカンケイ

映画の日の2本目は

「抱きたいカンケイ」です。

評価:(60/100点) – アラサーでアイドルやってもよかですか?


【あらすじ】

エマは研修医。仕事にどっぷりで遊びに行く時間も無い。ある日彼女は酔った勢いで泊まっていった顔見知りのアダムと勢いで関係をもってしまう。付き合おうとするアダムに対してエマはそんな時間は無いと一周、体だけの関係なら構わないと言い放つ。一度は納得したものの結局エマに恋をしつづけるアダムと、面倒なことはお断りといいながらも徐々に魅かれていくエマ。結局2人はどうなってしまうのか、、、。


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【感想】

今月の映画の日の2本目は「抱きたいカンケイ」です。昼の回は完全満席だったので、レイトショーで見ました。1,000円の日とはいえ人が入らないでお馴染みのラブコメが満席というのは感慨深いものがあります。主演がナタリー・ポートマンとアシュトン・カッチャー。監督は「ゴーストバスターズ」「エボリューション」等のSFコメディの巨匠アイヴァン・ライトマンです。ライトマンはモンテシト・ピクチャーを作ってからはほとんどプロデューサーばかりやっていたので、本当に久々の監督作です。
ラブコメに真面目にツッコミを入れても仕方がないので触りだけ。
マサチューセッツ大学ウースター校を出た結構頭の良い医者の卵・エマは恋愛を「時間の無駄」として割り切っています。一方のアダムは等身大のダメ人間っぽい感じで登場します。父親が有名なTVの司会者で、自身は脚本家になりたくてTV制作会社でアシスタントスタッフをやっています。この2人がなんだかんだで出会って恋愛に発展するまでを映画にしています。
とまぁそんな感じですので、「そんなんあるかい!!!」みたいなご都合展開ばっかりです(苦笑)。ラブコメとして見れば本当に中の中というか、標準的な出来だと思います。ただですね、アシュトン・カッチャーのアシュトン・カッチャーらしさであったり、ナタリー・ポートマンのナタリー・ポートマンらしさみたいな、いささかカリカチュアされた特徴が良く出ていてアイドル映画としてはかなり破壊力のある作品です。
例えば、「アシュトン・カッチャーってどんな人?」と言われた場合に思い浮かべるのは「好青年」「アホの子っぽいけど素は真面目」「年上キラー」とかそういうキーワードが出てきます。それはナタリー・ポートマンも同じで、「頭よさそう」「超生真面目」「お嬢様」とかそういうキーワードが出てきます。そういういままでのキャリアやテレビ番組で付いてしまっているイメージのそのまんまをコメディとして役に当ててきてるんです。
二人とも童顔ですし、もう29歳と33歳なのにどことなく青春っぽさが出てくるのもナイスキャスティングです。
単純にナタリー・ポートマンが下世話なことをやらされてるという面白さもあるんですが、アシュトン・カッチャーもまったく期待を裏切らないサービスショットだらけですし、十分アイドル映画になっていると思います。アラサーの一線級俳優を捕まえてアイドルもないですけど(笑)。
ということで、主演俳優2人のファンであれば映画館に駆けつけつつDVDも予約した方が良いと思います。逆に言うとこの2人でピンと来ない方は絶対後悔しますので無かったことにしましょう。個人的には買いですw ここまで楽しそうなアシュトン・カッチャーはバタフライ・エフェクト以来かも知れません。

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