ヒーローショー

ヒーローショー

本日も2本です。1本目は

ヒーローショー」です。

評価:(35/100点) – やりたいことは分かるけど、、、。


【あらすじ】

漫才芸人を志すユウキは、元相方の先輩・剛志からヒーローショーのバイトを紹介される。ある日、剛志の彼女と浮気したことから、ノボルと剛志はステージ上で殴り合いの喧嘩をしてしまう。剛志は旧知のチンピラ・鬼丸にノボルへの復讐を頼む。一方、鬼丸から恐喝を受けたノボルはギガブルー・勉の兄・拓也に泣きつき、自衛隊あがりの石川勇気を使って鬼丸への逆襲を計画する。そして遂に、両者の抗争は殺人事件へと発展する、、、。

【三幕構成】

第1幕 -> 美由紀の浮気
 ※第1ターニングポイント -> ノボルと剛志が殴りあいをする。
第2幕 -> 剛志組とノボル組の抗争。
 ※第2ターニングポイント -> 剛志が殺される。
第3幕 -> ユウキの人質生活と石川勇気。


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【感想】

本日の1本目は局所的な話題作・ヒーローショーです。監督は適当かつ暴論解説でお馴染みの井筒和幸。名物監督の作品ということなのか、かなりお客さんが入っていました。「ガキ帝国」「岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS」でのピークを境にみるみる作品の質が失墜している井筒監督ですが、久々の18番・青春バイオレンス映画ということでかなりの期待を持っていきました。ところが、、、、あれっ?っていう作りで、やはり近作の井筒作品と同じく、監督の言動に作品の質がついていっていないような印象を受けました。

バイオレンスの捉え方

一口に”バイオレンス(暴力)”といっても、映画におけるバイオレンスにはいろいろなレベルがあります。例えば、いわゆるアメコミヒーローものにおけるバイオレンスというのは、一種の記号化したアクションです。殴った時に鼻が折れるかどうかや血が出るかどうかというリアリティラインもありますし、どこまで殴れば人が死ぬのかという設定ラインもあります。例えば、昨日見ました「戦闘少女」では血しぶきが出まくりですが、一方で実は主演達の純白の戦闘服にはあまり返り血がついていません。これは血しぶきを一種のコント道具、もっというとギャグの特殊効果/漫画におけるトーン演出として使っているためです。だからあえて主演のアイドル達が血で汚れることはほとんどありません。
また、これは井筒監督が今月号の映画秘宝のインタビューで名指し批判していますが、お笑い芸人の品川祐が撮った「ドロップ」は金属バットでどれだけ殴ろうが人は死にませんし、顔が変形することもありません。
こういったバイオレンスの描き方というのは、そのまま監督の暴力観が表れる部分です。
これも井筒監督本人が語っていることですが、彼は暴力が嫌いだから、暴力を嫌なこととして見せるために本作のリンチシーンを長くしたそうです。この思想は、それこそスピルバーグや北野映画における人殺しのシーンに共通しています。この思想自体はとても映画的であり、そしてとても作家性の表れる部分です。
では本作では実際にどうかといいますと、、、これが驚くほど軽~い暴力の描き方をしています。あのですね、井筒監督、言ってることが出来てないんですけど(苦笑)。
本作で暴力が振るわれるシーンは4カ所あります。ステージ上での殴り合い、食堂での鬼丸のかち込み、山中でのノボル組のリンチ、そして最後のアパートでの襲撃です。この4カ所できっちり暴力が描かれるかというと、これがまた全然描かれません。ステージ上では単に唇が赤くなるだけですし、食堂ではちょっとスネを蹴る位です。一番激しいはずの山中も、鬼丸なんてゴルフクラブで胸を何度も叩かれたあげく助走付のフルスイングで金属バットを2度も頭にたたき込まれて、物凄い量の血反吐を吐いているのに、2日後には松葉杖のみで笑顔でお礼参りを敢行します。そしてラストに至っては結果のみの描写でまったく仮定が描かれません。全っっっ然嫌悪感の湧く暴力描写が出来てないんです。むしろ変な格好付けも相まって、暴力が割と楽しそうに見えます。
さらにもっともどうかと思うのは、この暴力に対しての報いがあまり描かれないという部分です。別に勧善懲悪である必要は全くないのですが、映画で暴力を描く以上は、なにかしらそれの結果も描かれていないと話として成立しません。本作では、暴力の報いを受けるのは勇気だけで、他の人間はやり得です。鬼丸兄弟にいたっては、とっても楽しそうです(苦笑)。でもですね、それじゃダメなんですよ。それこそ「息もできない」のように、復讐した者が新たな復讐の標的にされ、さらにその被害者も暴力を振るうようになって、、、、というスパイラルを描くでも良いですし、「復仇」のように敵も味方も全員死んで虚無だけが残るのでも良いです。でも、なにかしら暴力に対して落とし前だけは付けて下さいよ。それをよりにもよって暴力を振るった方の事情を見せて何か美談的な方向に落とそうとする根性が気に入りません。勇気は人を殺したわけで、それがのうのうとバツ一子持ちの女とくっつこうって発想がそもそも腐ってます。だいいち、途中で勇気は警察に自首するような言動をしておきながら、次のシーンでは死体を焼いて証拠隠滅するように動いてるじゃないですか。それもたかが共犯者が飲酒運転で事故死しただけの理由でですよ。だからコイツは倫理的にも物語的にも死んで当然です。そこに叙情を挟もうとして変な設定を詰め込んでも本質は変わりません。
もしも勇気サイドをきっちり描くのであれば、それはキチンと彼なりの落とし前を見せるしかないんです。でも結局彼はウジウジ40分も尺を使って女々しくしているだけです。まったくのれません。
片や鬼丸サイドですが、これもとても雑です。あんなドチンピラで人を恐喝するようなヤツが、相手の待ち伏せ確実な場所に丸腰でノコノコ行きますかね? 山中で一方的にリンチされますが、実質一人だけで相手の指定場所に突っ込むような素人じゃないでしょう? まぁあれだけ痛めつけられても2日で戻ってくる位ですから、不死身力でもあって丸腰上等なのかも知れません(笑)。こちらサイドは暴力に説得力も痛みもありません。
本作で私がもっとも腹が立ったのは、ラストのしょうもない締めかたです。
結局、夢をあきらめろってことですか?
夢をすてて現実を見ろってことですか?
それとも、親のスネを囓れってことですか?
「おまえに俺の何が分かるんだよ!山梨に一度来てみろよ!」からの帰郷なんですが、そもそも両親は屋台で鯛焼き屋をやってるわけであって、彼が手伝っても売る上げが上がるわけでは無いわけで、食い扶持が増える分生活は厳しくなるんですよ。もし両親を思って帰郷するなら、故郷で就職してくださいよ。それか東京で就職して仕送りしてください。
いかにもハートウォーミングな雰囲気で落としていますが、これこそ井筒監督が随所で批判している「幼稚園のお遊戯会」的な日本映画のよくあるまとめ方ですよ。

【まとめ】

監督のやりたいことは多くのインタビューを通して伝わってくるんですが、それが作品に全く反映されていません。非常に困った作品となっています。演者に関しては、所詮は吉本芸人のお遊戯会なんであんまり文句を言う気も起きないんですが、監督にはそうじゃないっていう気概だけはあるようで、少々困惑しています(苦笑)。
おそらく井筒監督が言ってることの半分でもできていれば、現状の邦画では半分より上に行けると思います。なんにせよ名物監督の突っ込みどころ満載・ニヤニヤ映画なのは間違いありませんので、井筒監督のキャラが好きなかたは是非とも足をお運び下さい。前半のリンチまではさすがと思わせる内容だっただけに、リンチ以降の投げやりな迷走が残念でなりません。

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ヒーローショー」への4件のフィードバック

  1. 丸腰でいったのはこの物語が事実に基づくものだからでは?東大阪生き埋めリンチ事件では確かにノコノコと罠にはまったわけですしね

  2. この映画に批判的な方の文章を読むと、おしなべて
    「映画から何かを読み取ろうとしたけど読み取れなかった・・だから、クソ」
    というように聞こえます。
    そして、実に表面的な、あらすじのディテールなんかに突っ込んじゃったりして。
    あの終わりのどこがハートウォーミングなのか・・・
    切なさだけが残った気がしますが。

  3. この映画に貴殿が求めていたのは要するにリアルな暴力描写と、筋の通った結末ですか?そもそも井筒映画にそんなものは(以前から)ないんだから、筋違いな批判に思えますが・・・
    暴力が嫌いだから、しつこいリアルな描写には興味ないんでしょ、井筒監督は。エグくやっちゃう人は、暴力それ自体に惹かれてるんだと思いますよ。
    暴力の救いのなさやそこから逃れられない悲しみ、若者のエネルギー、予定調和な映画ではなくて、井筒らしい傑作だと思いましたけど。

  4. 実質一人だけで丸腰で相手の指定場所に行ったのは、最初に指定した場所へ向かってる途中で場所が変更になったからです。
    要求した金の取り立てに参加しなかった鬼丸弟は、大学での恐喝シーンで女の子のバイト先であるヨガ教室の場所を詳細に聞いていますから、一連の事件が起こっている間に彼が何をしていたのかという怖い想像もできます。
    暴力シーンが軽いとは思いませんでした。ステージ上では流血もありましたよ。
    大学に脅しに行く場面は、相手を殴りに行った訳ではなく、金を脅し取る事が目的で行ってる訳ですから、暴力描写はあの程度で良かったと思います。
    それにステージ上や大学のシーンであまり派手な暴力を使うと、山中でのリンチが目立たなくなります。
    ラストで鬼丸が報復に来た後、勇気が血まみれで倒れているシーンでは凶器として使われていたであろう家電製品などが散乱していますから、そこから暴力の過程が想像できます。そして勇気は足が手前、頭を向こうにして仰向けで倒れています。普通あの状況なら、頭が手前で足が向こう側のうつ伏せで倒れるでしょうから、ボコボコにされてもなお自力で起き上がって途中で力尽きた事も分かります。
    山中のリンチシーンでもあらかじめ武器をしっかり映して、人間に当たる瞬間まで見せるという『CGを使わない表現で最も痛く見せる手法』でしたし、人も生き埋めにされて死んでいますし。
    私も映画を観た直後は『つまんねー映画見せやがって!』という不満しかありませんでしたが、ふとした瞬間に『井筒監督ほどのベテランがこんなメチャクチャな映画を撮るかな?わざとやってるんじゃないかな?』という思いが湧いて、その後、井筒監督のインタビューを幾つも幾つも読みました。
    そしてやっと『ああ、そういう意図だったのか』と納得がいきました。
    今となっては1度目に見逃していた部分を見直すために、もう一回劇場に行きたいと思っています。
    あまり長くなると大変ですので簡単に書きますと、
    このブログにきゅうべいさんが書いたヒーローショーの感想がありますよね。
    これは『その通り!』なんです。井筒監督はそう思ってもらえるように撮ってるんです。
    『なにかしら暴力に対して落とし前だけは付けて下さいよ』
    『暴力の報いを受けるのは勇気だけで、他の人間はやり得』
    『結局勇気はウジウジ40分も尺を使って女々しくしているだけ』
    『しょうもないラスト』
    きゅうべいさんがそう思うのは当たり前です。私も全く同感です。
    こんな映画が観ていて楽しいわけない。
    でも井筒監督は『観ていて楽しい訳ない映画を作ったる!』と思ったんです。
    ですから、この映画を観て大変不快に思われる気持ちも凄く分かるんですが(笑)、もう一度井筒監督のお話と『ヒーローショー』の中身を比べて頂けると良いと思います。実は伏線もやたらに多い映画ですしね。

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